「遙かなるリオネス」終章

終章

その後、シラムーン=バーディシュとその娘のダイナの行方は杳として知れない。
銀河帝国は躍起になって2人の行方を追い、とうとうリオネス人の同年代の母子を殺すまでしてのけたが、2人の名を騙る偽物は現われても、グラエの本当の妻と娘は、リオネスの闇に消えたのである。
グラエの死により、リオネスの反乱は鎮静化した。強大無比の銀河帝国に対抗しうるだけの力は、彼にしかなかったばかりか、まことグラエこそ、反帝国のシンボルであり、人びとの希望だったのだから。
けれども帝国は、最後までロゥンとグラエが同一人物であったという証拠をつかむことができなかったのであった。
その後もリオネスを出ていくリオネス人はあとを絶たず、以前よりさらに多くの惑星に、リオネス人街は復活した。しかし、当然のことながらリオネス人への迫害は度を越したものとなりがちで、互いに深い怨恨の種を蒔いたのである。この点に関してだけは、帝国の政策は完全に成功したのだった。
けれども、リオネス人たちは、決してグラエの名を忘れなかった。彼がいつかふたたび現われ、今度こそリオネスを独立に導き、暗黒の惑星でなくならせてくれるのだと、だれもが信じていた。リオネスに隠れたダイナより、いつかグラエの血筋は復活するのだと願っていたのだった。
だからこそ、帝国は、その血を引く唯一の人物であるダイナの行方を追ったのだが、暗黒惑星においては、もはやそれを破壊するしか有効な手段はなかった。
その名が示すとおり、グラエの娘は、すべてのリオネス人の希望となったのである。
やがて時代が進むにつれ、グラエの名はいよいよ伝説のものと化していったが、リオネス人たちはいつしか、“グラエ・ナル・グラエ”、すなわち「戦士のなかの戦士」という言葉を、同胞を讃える最高の賛辞と意識するようになっていったのである。それは滅多に使われる言葉であってはならなかった。“グラエ”だけがリオネスを救えるものなのだから。
銀河帝国もまた、五代皇帝グロシェン=インパールより、六代ジェレミア=カラザア、七代エレウシヌス=バスト、八代ハイドライア=イクオン、九代レオネル=アシドシスと、その繁栄はますます確かなものとなっていったが、その癒しがたい病根も、深くなる一方であった。
そしてふたたびグラエと呼ばれるようになったものは、八代皇帝ハイドライアの時代になるまで現われなかったのである。
シラムーンとダイナが隠れたのは、帝国の手の及ばない裏リオネスであった。シラムーンはそこで、問われるままにダイナにグラエのことを語ったが、たったひとつのことだけは生涯自分の胸のなかに秘したままであった。いまとなっては、彼女の他に知るものもない、暗黒ガスの存在理由である。
彼女もまた、いつかグラエと呼ばれるものが現われるだろうと信じていた。それはダイナの血筋でなくてもかまわない。リオネスを本当に解放できるものが、“グラエ”と呼ばれるべきなのだ。
そして、そのときにこそ、トライクス・ガスに対処する術があるかもしれない。それまではグラエの血とともに、リオネスの希望を消してはならないと、彼女は考えたのであった。
母から娘へと語りつがれた物語は、さらに多くの人びとに伝えられていき、グラエの伝説は、真実として、いつまでも色褪せてしまうことなく、リオネス人の心のなかに残ったのである。
リオネスの反乱終結より数年後、マナスのもっとも古い植民地である衛星ヴィジュアルにおいて、同様の独立の反乱が勃発した。
マナスの属星という地位に長年甘んじ、帝国内でも低い地位しか与えられていなかったヴィジュアルが、最下層のリオネスの反乱に触発されたかのように立ち上がったのだった。
これは、帝国にとって、リオネスの反乱以上にショッキングな出来事であった。マナス黒人がヴィジュアルを植民地にしたのは、帝国が生まれる遥か昔のことであった。彼らにとって、ヴィジュアルとはもうひとつのマナス同然であり、それはヴィジュアルも当然そう考えているものと思っていたからである。
しかし、実際のところは、ヴィジュアル人の地位はマナス白人なみに低く、帝国となってからもそれが改められることはなかったのであった。リオネスの独立の反乱同様、それは起こるべくして起こったものだったのである。
ヴィジュアルの反乱については、だれもが長期化を予想した。リオネスとちがい、ヴィジュアルには帝国の文明の利器が豊富にあるだけ利用できる。あのリオネスでさえ、鎮圧までに1年もかかったのだから、ヴィジュアルならば、それ以上かかると見たものが多くてもおかしくはなかったろう。
しかし、皇帝グロシェン=インパールは、今度は躊躇することも腰を抜かしてしまうこともなかった。
「大きくなるまえにこれを鎮圧せよ。武力行使を厭わず、そのくそ生意気な鼻を徹底的に叩き折るのだ。リオネスの二の舞は決して繰り返してはならぬ」
この勅書を受けて、ヴィジュアルの反乱は、半年足らずで鎮圧された。帝国が以後、リオネス同様にヴィジュアルに対してもより厳しい態度で臨んだのは言うまでもなかろう。
だが、帝国が統一されたばかりの不安定な時期ならばともかく、この平和裡に二度も反乱を享受したグロシェン帝の執政能力を疑う声は高く、存命中でありながら、彼は帝位を皇太子に譲らなければならなかった唯一の皇帝として、その「反乱王」という不名誉なあだ名とともに記憶されることになったのである。
帝国の構造を思えば、グロシェン帝の時代に二度も反乱が起きたことは、時の流れとしてはしょうがなかったのかもしれない。だが、だれもそんなことを指摘しなかった。帝国の支配下にあって、反乱など起きなくて当り前のことだったからだ。
36歳で六代皇帝となったジェレミア=カラザアは、利発であることを父に疎まれて、無念の死を遂げた実兄イェリオに似た、聡明な若者であったが、リオネスに対してもヴィジュアルに対しても、その態度が軟化することはなかった。
しかし彼は、二度の反乱による帝国のほころびを癒す「再生王」として、実際にあげた功績以上に、人びとに記憶されたのであった。
銀河帝国はふたたび平和な時代に入った。
しかし、八代皇帝ハイドライア=イクオンの最晩年より九代皇帝レオネル=アシドシスの治世にかけて、今度は帝国の存在そのものを根本よりゆるがすような大乱が起きる。
その中心には、二人目にして最後のグラエ、レファ=ソウパーがおり、彼女の魂の真実の叫びは、リオネス人ばかりでなく、すべての帝国市民に訴えてやまなかったのである−−−。
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