〈魔宮〉の底から
「真夜中の鐘が鳴ったら、ここで待ってるからな。遅れるなよ」
「そっちこそ、怖じ気づいて逃げたりするな。
負けを認めるなら今のうちだ、今だったら俺も臆病者呼ばわりしないでおいてやる」
「そんなこと言って、あとで吠え面かくなよ!」
ハントは思い切り顎をそびやかし、先に背を向けた。
振り返ってはだめだ。振り返れば、自分が早くも気弱になっていることを向こうに悟られる。
そう思いながら、彼はできるだけ横柄な歩き方で師匠、魔術師マッカランの塔に帰っていった。
慣れないかっこで歩いたものだから、塔に帰りついた途端に首筋が痛くなっていた。
痛いところを揉みほぐしていると、帰ってきた気配に気づいたのだろう。マッカランが音もなく背後に立っていた。
「お帰り、ハント。なにかあったのかね?」
「な、なんでもありません、先生。失礼しますっ」
温厚で人の良さそうな師匠の顔を見ると、途端に弟子同士の術比べは禁じられていることを思い出して後ろめたかった。
弟子の不祥事は師匠の不祥事だ。〈賢者の学院〉ではそういう規則にうるさいし、師匠の気持ち1つでどんなことでも起こりうる弟子の立場など、それこそ髪の毛ほどにも軽かった。軽いどころかないも同然とまで言う者もいるほどだが、あながち誇張しているとは言い切れない。
でも約束は約束だ。
いまさら禁じられているからといって約束を反故にすれば、それこそオルズデールになにを言われるかわかったものじゃない。
臆病者呼ばわりなどされてたまるものか。
たとえ圧倒的に不利であるのだとしても、売られた喧嘩を買わずにいられるほど、ハントは臆病でも卑怯でも弱虫でもなかった。
だから、師匠から逃げ出すように自分の部屋に戻り、彼は大きく息を吐き出したのだった。
マッカランと話をしていたら、すぐにぼろが出てしまいそうだった。
後々まで臆病者呼ばわりされないためにも、ハントは黙っていないとならなかった。
喧嘩の原因は今となってはもうなにがなにやらさっぱりわからない。
ただ、賢者ガーン=フォーンから紹介された時からハントは、オルズデールに強い反発心と同じくらいの好奇心を抱いたのだ。
同じ15、6歳ぐらいの年齢とは思えぬほど、どこか冷めきった眼差しで、彼はその師匠以外の人間をうさんくさいものとか、鬱陶しいものと考えているように見えた。
鬱陶しいどころか人間というものに不信感を抱いていると言ってもよかった。
オルズデールのその、自分だけ被害者面したようなしかめ面がハントには気に入らなかったのかもしれない。
世の中は理不尽なことだらけだ。
いちいち悪態をついていては命がいくつあっても足りやしないし身がもたない。
ハントはそういう処世術を物心ついたころには身につけていた。たとえ自分が一方的な被害者になるのだとしても、「なんてことはないさ」と言えるだけの分別を、だ。
けれど、マッカランを見ていると、人間もそう悪いものじゃないと思わないでもない。
彼の師匠は〈賢者の学院〉でも高名な人の良さで、ハントのような孤児を弟子にしたり、まともに暮らせるように養子に紹介したり、また別の職人の弟子にしたりしているからだ。
その数はとうてい両手では足りないくらいで、なかにはけっこう知られた名前の職人がマッカランに大恩あったなんて話も珍しくないという。
しかし彼の師匠ときたら、「当たり前のことですよ」とか言って、照れた顔をして笑うだけなのだろう。その人の良い顔に黙って微笑みを浮かべるだけなのに違いない。
「あーあ、先生に知られたら怒られるだろうなぁ。さっすがに先生も、今度は黙っててはくれないだろうなぁ」
ハントはため息混じりで、自分の寝台に寝転んだ。
それから、なんとなーく手持ちぶさたになって、口元に手を持っていって、自分がなにも持っていないことに気づくと、なんとなくおかしいようなつまらないような気分になった。
「ちぇーっ。こんな時は吸いつけるのに限るのに。酒も煙草もやらないなんて、先生ってどこまで人がいいんだろーなー」
夜中の鐘までどうやって時間をつぶしたものか、ハントは思いつかなかった。
そのうちに彼は眠ってしまっていた。彼にはいつでもどこでも眠れるという、素晴らしい特技があるのであった。
「しまったっ!」
目を覚ますと鐘の音が鳴っていた。鐘の音でたたき起こされたと言ってもいい。
ミストローア大聖堂の鐘は、日に4度鳴らされる。夜中、日の出、正午、日の入りの時だ。
それが何のために鳴らされるのかは知らないが、ミストローアで暮らす者は、鐘の音で時を知り、生活していくのだった。
下町の酒場だって、真夜中の鐘の音が鳴ると閉店する。市場が開いているのは日の出の鐘から日の入りの鐘までだ。鐘が鳴らなくなったら、たいそう不便なことになるだろう。
榛の木の杖を握りしめ、ハントは急いで約束の場所に出かけた。
寝つきもよければ目覚めも良い。規則正しい生活というより、切り替えの速さもまた、処世術と同時に身につけたものだった。
とっさに反応できなければ、食いっぱぐれようと馬車にはねられようと文句は言えないのだ。
そうして命を落とした者を、ハントは何人も知っていたし、そのおかげで助かったことも物の数ではなかった。
オルズデールはあわててやってきた彼を見ても何も言わなかった。
ただ、宙に浮いた扉に向かって顎をしゃくり、
「入れよ」
とだけ言った。
「何だ、ここは?」
「いくら真夜中だからって、術比べを公然とやるわけにはいかないだろう。だから別のところでやる。心配するな、ちょっとやそっとじゃばれっこない。こんな時間に出かけるような物好きもいないだろうからな」
ハントが先に入った。
入っていきながら、またしても弱気の虫が首をもたげてきた。
次元系の術は、実はオルズデールのもっとも得意とするところなのだ。
この扉だって一時的に作り出した〈魔宮〉に繋がっており、そこはオルズデールの魔力によってのみ維持されているのである。
もしも彼がその気になれば、ハントだけを閉じ込めておくことだってできるのだ。
そのなかで術比べを行うということはつまり、オルズデールには二重の術を維持する自信があるってことだ。それはハントにはとうてい真似のできない高等技術であった。
つまり、術と術を重ねて、かつどちらも維持しようと思ったら、その手間は相乗的に増える。
加えて、ハントも術を使うとなれば、1つの〈魔宮〉を維持するのに比べて、オルズデールの手間は2倍の4倍の、8倍になっているはずなのだった。
振り返ると少しうつむいたオルズデールがあとをついてくるのが見えた。
額の真ん中で2つに分けた黒い髪は、いつもどこか、女の子の髪のように頼りなさそうに見えたものだ。
だがこうして間近で見ると、ちびだった頃についた癖がずっととれないハントの髪のように、やっぱり硬そうだった。
黒い髪はハロンドール人の証だが、オルズデールはハロンドールの出身ではないそうだ。薄茶の髪のハントにいたってはもう何人の混血だかわかったものじゃない。
ついでに言うと、オルズデールは背が低い。ハントもそれほど高い方ではないが、オルズデールより背の低いものは〈賢者の学院〉には1人もいないだろう。
その、傷痕があちこちに残る腕の細さから言っても、オルズデールは間違いなく、〈賢者の学院〉一のちびだった。
「なに、じろじろ見てんだよ」
「あっ、ごめん」
思わず謝ったハントにオルズデールはまた渋い顔になった。
それは彼だって間の抜けた話だと思わなくもないが、そこまで露骨にいやそうな顔をしなくてもよさそうなものだ。
つまり喧嘩の原因はおおむねそんなところなのだ。なんとなく気に入らないやつ、発端はその程度のことであった。
しかし、オルズデールは渋い顔のままで顔を背けた。
「俺はもうやめる気はないからな。とっとと始めるぞ」
「いつでも来い。条件は?」
「互いに作り出した〈魔宮〉の底まで降りて、この石を持ってくること。それだけだ」
そう、それだけだ。ハントは自分に言い聞かせる。
まず〈魔宮〉を作る。
互いの〈魔宮〉に入っていき、底に置いた石を持ってくる。
たったそれだけのことなのだ。
オルズデールから預かった石は重さがなかった。
なおもつきまとう弱気の虫を振り払って、ハントは石と杖とに集中して、〈魔宮〉造りに専念した。
〈魔宮〉は次元系のいちばん基本的な術だ。異次元に場を作り出せなければ、次元系の術はそれ以上、一歩も先へ進みはしない。
内部の構造とか装飾は二の次である。
まず〈魔宮〉が作れるようになること、それができなければ、次元系の術を習得するのはあきらめろということだった。
ハントは螺旋階段を思い描いた。底へ底へ、階段を回ってたどり着く。
どこかで見たような構造だが、この際贅沢は言ってられない。
底に魔法の石を置く。
先にこれを取って、〈魔宮〉を出てきた者の勝ち、というのが術比べの決まりだ。
「俺はいいぞ」
そう言ってハントはオルズデールを見た。
「どうぞ」
とオルズデール。どこまでも人を喰った言い方で自分の〈魔宮〉の入り口を示す。
2人の少年は同時に、互いに作り出した〈魔宮〉に入っていった。
〈賢者の学院〉で禁止されている、弟子同士の術比べが早々に発覚していることを、2人はまだ知らないままであった。
冷たくて生臭い風がハントの頬をなぶった。
オルズデールの作り出した〈魔宮〉は暗く、まるで地下室のように居心地が悪かった。
入って早々、ハントは灯りなしでは歩けなくなり、杖の先に魔法の〈灯り〉をつけて、得体の知れない不気味さをこらえながら、下へ下へと降りていった。
〈灯り〉をつけると、周囲の様子がわかった。
土の壁だった。地下室ではなく、洞穴のようだった。
しかもご丁寧に、虫まで這っている。
普段はまず見ることのない百足や蜘蛛に、ハントはこれまたいい気持ちではなかった。
それもオルズデールの作った魔法の代物なのだ。螺旋階段の〈魔宮〉を作り出しただけのハントとは、力の差は歴然としていた。
たとえそれらが幻術だったとしても、ハントには思いつきもせず、たとえ考えてもできはしない。
「わかってるさ、そんなこと。やる前からあいつのが腕がいいなんて、わかりきってるんだ。俺はやっと弟子に認められたような凡才だし、勝負なんてするまでもないんだ」
ハントは立ち止まって、額の汗をぬぐった。
天井は高くないので周囲を見回すのは簡単だ。
視界の隅に薄茶けた骨が突き出しているのまで見つけて、彼はますます気分が悪かった。
「だからって、こんなもの作ることないだろうに。あーあ、俺の単純な〈魔宮〉なんてとっくに抜け出しているだろうし、もう帰っちゃおうかなぁ」
けれどもハントは、オルズデールがいつまでも〈魔宮〉を解除して、勝負のあったことを宣言しないのが不思議でもあった。
彼が自分の単純な〈魔宮〉の底に着くのに、そんなに時間のかかっているはずがない。
それに〈魔宮〉を維持するのは容易ではないのだから、オルズデールの性格から考えたって、とっとと〈魔宮〉を解除してしまいそうなものだ。余計な魔力の消費など性分でもないだろうに。
〈魔宮〉の術を解除すれば、中にあった物も者も、いちばん近い現実の世界に放り出される。
倉庫としても書庫としても〈魔宮〉は有益な術だったが、術が解けた時の惨事を考えると、そういう使い方をする魔法使いはあまりいないという。
それに〈魔宮〉を作れることとそこを安定に保つことはまた別の問題だ。1つの〈魔宮〉を保つのには、創造、維持、安定と都合、3つの手間がかかる。
安定していない〈魔宮〉に大切な書物を置いて、それが次元の彼方に飛ばされたとなれば、その犠牲は大きいものになるだろう。
ハントはもう一度周囲を見回した。底はまだ見えない。
〈魔宮〉の大きさまで限定しなかったのは失敗だった。彼はまさか、オルズデールがこんなに大きい〈魔宮〉を作り出すとは思ってもみなかったのだ。
「オルズデール! 聞こえているんだろう。おまえの勝ちだ、負けを認めるから、俺をここから出してくれよ。えっちら降りてきたところをまた登るのは面倒だ、さっさと術を解除してくれた方が早いだろ」
返事はない。
「ちぇっ、いい性格してらぁ。こんなにでかい〈魔宮〉を作って、俺は登り降りしてるだけとくらぁ。
どうせ聞こえてるんだろうから言っちゃうけど、なんかこの〈魔宮〉って感じが悪いよ。暗いし、狭いし、汚いし、臭いし、百足とか蜘蛛もいるし、骸骨なんか転がってるし、足下は不安定だし、俺の趣味じゃないな。て言うより、〈魔宮〉って作った奴の性格が出ると思うんだけど、俺、おまえのことはもうちょっといい奴だと思ってたんだ。でも、こんな〈魔宮〉見せられるとその考えは改めないといけないなって思うよ。
答えろよ、オルズデール。聞こえてるんだろ!」
またしても応えたのは沈黙だけだった。
「おい、こらっ! 幻のくせに生意気だぞ。俺の足に乗るなよ!」
幻とは思えぬほど、団子虫の感触は生々しかった。
ハントは足を振って虫を落とし、やはり返事のないことにとうとう諦めざるを得なかった。
「しょうがねぇなぁ。
ちくしょー、覚えてろよ。戻ったら、絶対に1発殴ってやるからな。いいや、殴らないでいられるもんか、先生に怒られたってかまやしない。
絶対に! 殴ってやるから、そう思え!」
そうでもしなければ、ハントはもう自分を奮い立たせられなかった。
自分の尻をひっぱたくような何かがなければ、彼は一歩も動けなかったのだ。
それぐらい彼は疲れていた。
どれぐらい下ったのか、もう何時間経ったのか、もしかしたら夜が明けたのかもわからない。
間違いなく、師匠に術比べは見つけられてしまっただろう。さすがのマッカランも今度は怒るだろう。
いや、マッカラン先生だけじゃない。オルズデールの師匠、ガーン=フォーンも一緒のはずだ。
2人の賢者に怒られることを考えて、ハントはますます気が重くなった。
かといって〈魔宮〉から出ないわけにもいかないので足だけは前に前に進めるしかない。
「あれ、あんなに早く明るくなったっけかな?」
前方が明るくなったのを見て、彼は首を傾げた。
だがそれは出口が近い証拠だ。疲れ切った足は自然と速まった。
こんな息苦しい〈魔宮〉にはもうちょっとでもいたくない。
けれども、ハントの予想はまたしても外れた。
それは思いもかけない方向に、であった。
急ぎ足で明るい方に首を出すと、そこには彼が今までいた洞窟とはまったく違った、暖かな野原があった。
「え?」
心地のいい風が吹きつけてきた。
芳しい花の香りが漂っている。
どこか懐かしい光景、そのまま丈の短い草のなかに顔を埋めて、いつまでも寝転んでいたいような光景だった。
そう遠くないところに東屋が建っていた。
そのなかに、石が光っている。取ってくれば勝ちになる、魔法の石だ。
雲雀の鳴き声が聞こえた。
〈魔宮〉とは思えないような空は、美しい曙光の色に染まっている。
夜が明けたのだ。朝が来たのだった。
ハントはその場に座り込んだ。涙が出てきて、不意に力強い腕に引っ張り上げられた。
「そこまでだな」
途端に魔法が解けた。ハントは賢者ガーン=フォーンに腕を引っ張り上げられて、マッカランとオルズデールもその場にいるのを見た。
「ガーン=フォーン様! 俺、ひどいことを、ろくに中も見ないで、オルズデールに、ひどいことを」
喉がつまって言葉が続かなかった。
「気にしてない。まさかあんなに簡単に引っかかるとは思ってもいなかったけど、俺は意図的にああいう〈魔宮〉を作った。おまえがいつまでも上がってこないから、不安になったのはこっちの方だ。でも、あの〈魔宮〉だけで終わってほしくなかった。だから、わざと応えないで、こっちの〈魔宮〉の方も見てもらいたかったんだ」
「オルズデール」
仏頂面の彼は、ちっとも勝者らしくなかった。
ただいつもの怒ったような顔でハントを見て、唇を尖らせてそっぽを向いた。
「先生、もう解放してやってくれよ。罰は何でも受けるから、杖を折られるのだけはごめんだけど、あとは何でもするから、もういいだろう?」
「マッカラン、こっちの坊主は預けるぞ。こんなに強情な奴とは思わなんだ、もうへろへろじゃないか」
「俺、平気です、これぐらい。
でも罰ならば俺も受けます。オルズデールだけってわけにはいきません。俺も同罪なんですから」
マッカランは中肉中背だが、ガーン=フォーンはオルズデールとは逆に、〈賢者の学院〉でも1、2を争う巨漢だ。
「殊勝なことをぬかすな、ハント。オルズデール、おまえもおまえだ。わしら2人が罰を与えるとも何も言わないうちから、罰だの何だの物騒な話をするんじゃない」
「え?」
「だって、俺たち、〈賢者の学院〉で禁じられている技比べをやったんですよ。罰があっても当然だって思ってたのに」
オルズデールの語尾がだんだん消え入ったのは、藪を突いて出さなくてもいい蛇を出したことに気がついたからだろう。
「んー、それはだなぁ」
ここで賢者ガーン=フォーンと賢者マッカランは、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。マッカランには珍しい表情だ。
ハントの師匠はいつもにこにこと機嫌が良く、彼が魔術で大失敗をやらかしても、滅多なことでは困った顔などしなかった。
「そのうちにうまくできるようになりますよ」と言うのが口癖みたいなもので、ハントはそのおかげで魔術師の弟子などやっていられる。
彼が引き起こした惨事も、マッカランはいつも黙って片づけてくれて、そもそも弟子に取ってもらったことから、ハントは師匠のお世話になりっぱなしだった。
「まぁ、つまりですね。弟子同士の術比べが禁じられているのは、加減というものを知らないし、相手の力量も自分の限界も知らない若い魔法使いが、なにをしでかすかわからないということが予測がつかないからなんですよ。それは大惨事を引き起こすかもしれませんし、何もないかもしれない。2人とも死んでしまうことだってあり得ます。そういうのを防ぐために禁止、という措置を執っているわけです。
しかしわたしは、今回のような場合は、2人とも命に別状はありませんし、けがもしてない。オルズデールの判断も適切なものでしたので、不問にしたいと思っているんですが、どうでしょうね、ガーン=フォーン?」
ガーン=フォーンは、豊かな顎鬚をかいて、マッカラン、オルズデール、ハントと視線を移した。
「要するに、弟子の不祥事は師匠の不祥事でもあるわけだし、よけいなとばっちりは喰らいたくないってこともあるがな。予測不能で片づけるには、わしもマッカランもいい歳だし、言い訳としては通用しない。だとするとおまえたちだけじゃなく、わしらもただでは済まないというわけだ」
「じゃあ、俺たち―――」
同時に言いかけて、ばつの悪さにハントとオルズデールは思わず黙った。
しかし、ガーン=フォーンの話は、まだ終わりではなかった。と言うより、本題はこれからだった。
「かといって、不問に期してしまうと、2人ともまた何かやらかさないとも限らない。それで大事になったらそれはそれで問題だ。だから、ここでだけ罰を与えようと思うんだが、どうかな、マッカラン?」
「しでかしたことには責任は取るべきでしょう。致命的なことにならない罰ならばね」
「それは何ですか?」
今度はオルズデールだけが言った。
「杖をよこせ」
とガーン=フォーン。
「え?!」
ハントもオルズデールも、つい後ずさった。
ガーン=フォーンも一歩踏み出す。
マッカランだけが、その場から動かなかった。
「これからの生活では2人とも杖なしだ。大した罰ではあるまい?
さぁ、杖をよこせ。1ヶ月わしが預かる。反省の態度が見られるようならそこで返すが、見られなかった時はまた1ヶ月だ。1年経っても更正の余地がなければ杖はそのまま返さん」
オルズデールの横顔は思いっきり強ばっていたが、彼は唾を飲み込むと、おとなしく杖を差し出した。
そうされてはハントも渡さないわけにはいかない。
2本の杖を預かったガーン=フォーンだけが、ただ機嫌が良さそうだった。
「ハントの杖も預からせてもらうぞ、マッカラン。おまえとわしとでは、どうも判断基準が変わりそうだからな。それでは互いに不公平というものだろう」
「どうぞよろしく」
マッカランがあっさり了承したので、2本の杖は、すぐにどこかに隠されてしまったようだった。
共犯という意識もあってか、ハントとオルズデールはなんか親しくなった。
ハントは素直に負けを認め、オルズデールの技を褒めた。
けれども彼はますますしかめ面になって、「その手は喰わない」とか「おだてたって無駄だ」とかつぶやいたが、ハントは二度と彼と術比べをやる気も、争う気もなくなっていた。
オルズデールもそのことには気づいたようで、やがてうち解けて話すようになっていった。
「あの時さ、俺がへそを曲げて最初から上に行っていたらどうした?」
「そうしないってわかっていたから、ああいう仕掛けにしたんじゃないか。それにしたって、いつまでも馬鹿正直に下っていくとは思わなかったけど、本当にからくりに気づかなかったのか?」
「からくりって?」
「いや、いい。訊いた俺が馬鹿だった」
「おかしなやつだなぁ。
でもさ、おまえなら、きっと賢者になれるよ。〈魔宮〉のことではマッカラン先生も驚いていたもの。得意だって聞いてたけれど、そんなにすごいとは思わなかったって褒めていたんだぜ」
「あんなの、大したことじゃないさ。先生の技に比べれば子どもだましみたいなものだ。
それで? おまえは何になるんだ?」
「俺は、先生のようになる。俺みたいなガキが1人でも少なくなるようにな。先生が俺を助けてくれたみたいに、俺もほかのやつに、もっとまともな暮らしをさせてやりたい。それには金が要るだろう? だから、もうちょっと頑張って、一人前になれるようにするんだ。それで金を稼ぐのさ。だから俺は、いつまでも〈賢者の学院〉にはいないと思うんだ」
そう言ったハントを、オルズデールは、一瞬まぶしそうに見た。
それがなぜか、彼は訊いたことがない。
《 終 》