「滅びの唄いまは絶え」

「滅びの唄いまは絶え」

「お頭、塔が見えたぜ!」
「そいつか、開かずの塔というのは?」
「そうだ。10年くらい前までここらはサルマン家の領地だったのは知ってるだろう?」
「ああ、呪術師サルマン、悪魔の友とも神を裏切りし者とも聞いていたが、何年か前に一族郎党ごと滅ぼされたそうだな」
「あの塔を建てたのは最後のサルマン家の当主だったらしいんだ。サルマン家選りすぐりの魔法の仕掛けを解除できれば、お宝がざくざくだって噂だぜ」
「おいおい、そいつは眉唾物じゃないのか? そんなに有名な塔ならとっくに誰かが仕掛けを解除してるだろうが」
「まぁ、そう言うな。手つかずの開かずの塔がかつてのサルマン家の領地にあるのは事実らしい。せっかくここまで来たんだ、手ぶらで帰る法もないだろう?」
彼らは身なりの粗末な5人の男たちだった。お頭と呼ばれた男がリーダーらしく、いちばん年嵩で腰に大振りな短刀を手挟んでいる。ほかの3人は同じような年頃で、先頭を歩いている男が皆より若そうだった。
やがて5人は塔の前に立っていた。周囲には何もなく、足首までもない低い草が辺り一面に生えている。
塔の高さは100バーム(約30メートル)ほどありそうだった。石造りで窓が少ない。ただ一つの入り口である木の扉は大きな閂で閉ざされていた。
「本当にこんな塔が開かずだったのか? こんな閂、俺たちじゃなくたって簡単に開けられそうだが」
「開けられるかどうかは試してみればわかるさ。さあ、誰が開ける? 開けた奴には最初に見つけた宝をやるぞ」
「俺が開ける!」
先頭の若者が扉に飛びついた。
案の定、閂は錆びついており、彼が動かすと嫌な音を立てて錆の破片が散った。
しかし彼が格闘していた時間は、そう長いものではなく、ほかの誰かが「替われ」と言い出さないうちに閂は留め金ごと外れて落ちた。
彼が勇んで扉を開けると、銀色の粉がそこら中に舞い、彼は慌てて後ろに飛びすさった。
「どうした?」
「見えないのか、あれが?!」
けれども彼が指さしたそれは、やがて空中に霧散してしまい、塔の中から何かが出てくる気配もない。
お頭を除いた残る3人が一斉に笑い転げた。
「臆病者め!」
「何を見たっていうんだ、いったい?」
「こんな古ぼけた塔に何をびくついていやがる」
「み、見えなかったのか?!」
「何の話だ、さっきから?」
「俺が扉を開けたら銀色の粉が飛び散ったんだ。もう、消えちまったけど」
「消えたなら問題なかろう? さあ、お宝を拝見しようぜ」
3人は、なおも笑いながら塔に入っていった。
若者は、まるで狐にでもつままれたような顔だった。
「サルマン家が魔法を仕掛けたのかもしれんな」
「それだよ! やっぱり、こんな塔、開けちゃいけなかったんだ!」
「落ち着けよ、ヨエル。よく考えてみろ。魔法を仕掛けた連中はとっくにくたばったんだ。死んだ人間のかけた魔法がいつまでも有効なわけがないだろう?」
「じゃあ、なんで閂は外側にかかってたんだよ? 出しちゃいけないものを閉じ込めていたからじゃないのか?」
「それも一理なくはない。だが臆病風に吹かれたなら、おまえにやる宝はねぇぜ」
ヨエルが何か言おうとすると、そこに三人組が戻ってきた。
「お頭! すげぇ物を発見したぜ!」
「何だ、お宝はあったのか?」
そこで3人は、また笑い出した。だが今度は、先ほどヨエルの臆病さをあざ笑ったのとは少し違うことにヨエルだけ気づかなかった。
「何だ、話してみろ」
「この塔が何でできていると思う?」
「石と煉瓦じゃないのか?」
「俺たちもそう思っていたんだが、松明に壁が光ってよ。何か宝石でも埋め込んだのかと思ったら聞いて驚け!」
「この塔、ところどころに黒真珠が埋め込まれているんだ!」
「黒真珠?」
お頭と呼ばれた男は眉をひそめた。
「それはあまり愉快な話じゃないぞ、おまえら」
「なんでだい? 見なよ、こんな物が何千個埋まってるのかわからないんだぜ!」
開いた手のひらに何粒かの黒い真珠があった。3人は、すぐにそれを隠したが、お頭の言葉に手放しそうになって止めた。
「馬鹿。黒真珠は魔法を封じるために使われるんだ。この塔にそんなに黒真珠を使ったってことは、ここから出したくないものがあったってことだろうが」
「ゲウラ! 後ろ後ろ!」
「なんだってんだ、ヨエル?」
気がつくと、そこに1人の男が立っていた。
蓬髪に伸び放題の髭を生やし、黒い長衣を着ている。顔つきからヨエルやゲウラよりも年上だろうと思われたが、その眼は異様に光っていた。
「誰だ、おまえは?」
「俺は、ここに、閉じ込められて、いた者だ」
「何のために? サルマン家に仇をなしたのか?」
彼は首を傾げた。それがあんまり長い時間だったので、皆は彼が気違いに違いないと思い始めたころ、ようやく応えた。
「違う、と思う。俺は、サルマン家の、一員だ」
「サルマン家なら十年も前に滅ぼされたぞ。なぜ、その一員がこんな塔に閉じ込められていた?」
「俺は、預言者だ」
「何を預言した?」
「ずっと、遠い、未来を。俺たちが、いかに、滅ぶのかを。幾通りも、幾十通りも、俺は、ずっと語ってきた」
「そんな預言など毒にも薬にもなるまい。それともおまえは、サルマン家が滅ぶことも預言したというのか?」
「そんなものに、興味は、ない。俺が、語ったのは、遥かな、未来。どんなに、試しても、いつか、滅ぶ、未来」
「いまのおまえは何も預言していないな。もう止めたのか?」
「塔が、開かれ、封印は、解かれた。俺は、もう、預言を、語ることは、ない」
「預言どおりに世界を滅ぼそうとでもいうのか?」
「俺は、それを、食い止める。俺の、力で」
男は手を挙げた。彼らがそれを見る間に上空から雷が落ちてきて、辺り一帯に轟音を轟かせる。
「はっ! こいつは愉快だ。それで、おまえはどこへ行こうって言うんだ?」
「おまえたちと、一緒に、行こう。おまえたちには、ここから、解放してくれた、恩が、あるからな」
「よかろう。その力、せいぜい奮ってもらおうじゃないか」
「お頭、一緒に行く前に黒真珠を回収しようぜ。このままにしておくのはもったいないじゃないか」
「それもそうだな。それに塔の探索もまだじゃないのか?
さあ、ヨエルも行ってこい。4人でかかれば、今日中には終わるだろう」
男たちは短刀を持ち出し、塔の中に散っていった。
「ところで、おまえの名前は?」
「ラシュディ」
彼はそう言うと、自分が閉じ込められていたという塔を見上げた。
その後の彼らの行方はようとして知れない。ラシュディという名が再び歴史に登場するのは、それから何百年も先のことであった。
《  終  》
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