「二人の堕天使」

「二人の堕天使」

「ユーシス殿、我ら3人はこのままアンタンジルへ向かいます。申し訳ありませんが、バルハラへはエインセル殿たちや解放軍とともに行ってください」
「なぜですか、フォーゲルさま? 私とともにバルハラへ行って、ミザール姉様を説得するのを手伝ってください」
「説得?」
「そうです。ミザール姉様が持ち出したキャターズアイを天界に戻すよう説得するのです。ミザール姉様が天使長に戻ることはなくても、キャターズアイを取り戻せばフィラーハの怒りも和らぐかもしれません」
「堕天させられたミザール殿が天界に戻ることができると思っているのですか?」
「当然です! ミザール姉様ほどの天使はいません、それはフォーゲルさまもご存じではありませんか」
「ミザール殿の罪はキャターズアイを持ち出したことだけではありません。ミザール殿の名の下に何人もの天使が地上に召喚されました。地上の戦いに加担させられた天使たちはミザール殿が堕天させられるのと同時に堕天したのです。それはキャターズアイを天界に取り戻したところで許されるはずはありますまい」
「だから一刻も早くキャターズアイを取り戻さなければならないのです。ミザール姉様の犯した罪が大きいからこそ、ひとつでも償わなければならないのではありませんか。ですがミザール姉様は責任感の強い方、自ら命を絶ってしまっては取り返しがつきません」
「ユーシス殿、シャヘル殿のことはご存じでしょう?」
「ええ、地上で半魔となってフィラーハが封じられた堕天使ですね。ですがミザール姉様はシャヘル殿とは違います」
「そうです。シャヘル殿はフィラーハが封じた。だがミザール殿のことは堕天させたきり何もしない。その違いはどこからくると思いますか?」
「ミザール姉様とシャヘル殿の違い?」
「シャヘル殿はフィラーハに愛されることを望んだ。神が人を愛し、天使を使役されることをよしとせず、人よりも自らを愛するよう望んだ。そのために堕天し、魔となるところをフィラーハに止められた、そうですね?」
「ええ」
「ですがミザール殿は自ら堕天しなかった。キャターズアイを持ち出したことを、いまとなってはフィラーハはそれほど重視していないでしょう。フィラーハはいずれオウガバトルが再来すると考えている。地上の大きな乱れもその兆候かもしれません。フィラーハはそれに備えているはずです。だが、ミザール殿の名の下に大勢の天使が召喚され堕天させられたことは重く見ているでしょう。天使はフィラーハの使いです。力のある天使が堕天させられればフィラーハのすることに支障があるかもしれません。ミザール殿が自ら命を絶てばそれもよし、そうでない時はどうするのか」
「だからフォーゲルさまはバルハラには一緒においでくださらないとおっしゃるのですね?」
「そうです。ミザール殿とて、もはや我らに用はないでしょう。ミザール殿が待っているのはただ一人、あなた以外にはあり得ますまい」
「姉様が私を?」
「あなたが天使長だからです。フィラーハが手を下さぬ以上、ミザール殿を裁けるのはあなたしかいません。だからミザール殿はバルハラから動かないのでしょう」
「私にミザール姉様を裁けと言うのですか?」
フォーゲルの言葉にユーシスはわななき、激しく震えだした。竜頭の騎士はそこに追い打ちをかけるように続ける。
「それが天使長としてなすべきことです。ミザール殿もずっとそうしてきた、だからその罪は重い。もしもあなたができないと言うのなら、あなたには天使長の資格はありません」
「私は天使長になどなりたくありません! 天使長にふさわしいのはミザール姉様ただお一人です」
「だがミザール殿は堕天させられました。フィラーハが天使長をあなたに決めたのです。フィラーハの選択に間違いはありますまい」
「考えさせてください、フォーゲルさま。私はミザール姉様を助けて天界に戻ってもらいたくて地上に降りたのです。そうならないかもしれないなんて考えたこともありませんでした。私はラシュディという男からミザール姉様を取り戻し、以前のような姉様に戻ってもらいたいだけなのです。天使長は私のままでも良いでしょう、でも私の側にはミザール姉様がいてくださらなければなりません」
「それはできますまい、ユーシス殿。あなたが肉体を得て地上に降りたことでいろいろな物事を見聞しているように、ミザール殿はもっと多くのことを知り、人間に会い、様々な影響を受けているはずです。万に一つ、フィラーハがミザール殿に天界に戻ることを許したとしても、二度と以前のミザール殿に戻ることはありますまい。それはフィラーハの力をもってしても不可能なことです」
「それでは私が地上に降りた意味がありません!」
「ですから最初から申し上げているでしょう、あなたがすべきことを。確かにあなたの仰ることとは違うかもしれませんが、いまとなってはミザール殿を助ける手段はこれしかないのです。罪を抱きながら生き延びることがどれだけ苦しいか、あなたはご存じない」
その言葉にユーシスは弾かれたようにフォーゲルを見たが言葉はなかった。彼女はまだ心を決めかねているようだった。
「私も休ませてください。少し疲れたようです」
「それがいい。これからどうするか、ゆっくり考えてください。ですが時間はそれほどありません」
ユーシスがいなくなると、それまで2人の話を黙って聞くだけだったグランディーナが口を開いた。
「それで、私への話とは何だったのだ?」
「ユーシス殿の気持ちが決まってからとしよう。あれではミザール殿は倒せまい」
「ユーシスとはグリフォンに乗った時に話せばいい。あんな不毛な会話に明日もつき合う気はない」
「そう言うな。ユーシス殿とミザール殿は特別、仲が良かったのだ。天界で身体を持たぬ天使が互いを姉妹と慕うほどにな。それにミザール殿が天使長位にあったのも特に長かった。ミザール殿の天使長以外は考えられないという天使も多いはずだ」
「だが、あなたはミザールが天界に戻ること、ましてや天使長位に戻ることもあり得ないと言った。なぜ、ユーシスにはそれが受け入れられない?」
「ほかならぬミザール殿のことだからだ。人にもあるのではないか、愛は盲目とも言うだろう?」
「私ならそんなことはしない。愛しているから、その者のためにいちばんいいと思うことをする」
「そなたのように割り切れる者はそうおるまいよ」
「神よ、どうぞ私の問いにお答えください」
ユーシスが祈るとすぐに太陽神が応じた。だがフィラーハは問いに答えるより早く天使長の帰還を求めた。彼女の肉体は解放されたのだから、一刻も早く天界に戻り、混乱を収めるべしというのが神の命であった。
それでもユーシスは構わずに祈った。フォーゲルにいくら言われても、フィラーハ自身の言葉を聞かなければ納得できなかったからだ。
「神よ、フィラーハよ、ミザールの処遇をどうされるおつもりでしょうか?」
そのようなことを気にする必要はないというのがフィラーハの答えだった。聖なる父は堕天させた元天使長より天界の混乱を収めたがっていた。
それでもユーシスは重ねて問うた。
「フィラーハよ、聖なる父よ、私はミザールのことをこのままにしておけないのです。ミザールと私は姉妹のように互いを思い、慕いあってまいりました。そのミザールがあのような事態を引き起こし、堕天させられたのです。このまま天界に戻り、ミザールのことを忘れてしまうなど、私にはできません」
厳しく感じられたフィラーハの思念が少し和らいだ。
ミザールとユーシスの仲の良さは天界中に知られていた。そもそも天界において肉体を持たない天使たちに、姉妹という概念を持ち込んだのはミザールだった。天使長として長くその地位にあったミザールは地上に降り、人間たちと接することも多かった。ミザールが姉妹と言い出したのも、その影響が強かったのだろう。ミザールほど人間に親しんでいなかったユーシスは最初のうちこそ抵抗を覚えたが、ミザールにとって妹と呼ばれるのが自分1人であり、自分にとって姉と呼べるのがミザールだけであることを知ると、じきにそれを受け入れるようになった。6枚の翼を持ち、皆が憧れる天使長ミザールにとって、ユーシスの存在が特別なものとなったからだった。
しかし、最愛の姉の心のなかに、ユーシス以外の者が住むようになり、その存在が次第に大きくなっていった。それが賢者ラシュディ、地上でゼテギネアと呼ばれる大陸を一度は平定しておきながら、後に混乱に陥れる男である。そしてミザールの心にラシュディが棲みつくと、ユーシスにはどうやっても彼を追い出すことができなかった。と同時に、ミザールは天界よりも地上のことばかり考えるようになり、ラシュディに会うたびにその気持ちは強くなっていくようだった。その当時の地上、ゼテギネアは終わることのない戦乱に荒れており、人心も乱れていた。天を敬う心は薄れていく一方で、ユーシスにはなぜミザールが足繁く地上に通うのか理解できなかったほどだ。
そうだ、ミザールの心にユーシスが占める部分など大したものではなくなっていたのだ。ユーシスがミザールを追っても、天使長は応えてくれなくなっていった。そしてミザールは地上に降りたきり、二度と天界に戻ってこなかったのだ。
フィラーハはミザールを堕天させ、新たな天使長にユーシスを任じた。ユーシスにはそれが認められなかった。姉の堕天がではない。ミザールが自分よりもラシュディを愛し、地上に降りるまでに変貌したことがである。彼女がいつまでもミザールを愛しているように、ミザールにも変わらずに自分を愛していてほしかったのだ。天使の生は神とともに常永久(とことわ)に続く。仮初の肉体にいるうちに命を奪われない限り、その命は永遠なのである。ユーシスは信じていたかったのだ。ミザールと永遠に姉妹でいられると。自分が誰よりも姉を慕い、愛しているように、ミザールにも永遠に自分のことを思っていてほしかったのだ。
けれど彼女の心はラシュディに向いてしまった。ラシュディに取られ、しかもミザールが天界に戻る可能性もほとんどない。ミザールの犯した罪は、聖魔となった堕天使シャヘルより大きく重い。ミザールのために多くの天使が堕天させられ、命を失った。彼女たちはいずれ天界に復活しようが、スローンズであった者もエンジェルだった者も等しくエンジェルに降格され、彼女たちが蓄えた経験は失われてしまうのだ。彼女たちに以前の知識は残らず、すべての記憶も失われる。天界はもうじきそんな天使たちがあふれるようになり、万事に支障をきたすだろう。残ったスローンズたちの負担は大きく、何人ものエンジェルが経験不足のままスローンズに昇格させられるかもしれない。ユーシスは天使長として天界に戻り、彼女たちを束ねていかなければならないのだ。天界の混乱を収め、秩序を取り戻すよう求められている。
それでもとフィラーハは優しく訊ねた。それでもミザールのことを優先させたいのかと聖なる父は問うた。もはや姉の心が二度とユーシスに向かわないとわかっていても、天界の混乱よりも堕天させられた姉を慕い、思う気持ちの方が強いのかと神は訊ねた。その御心は激しく傷む彼女の心を悼み、温かく包んでいた。フィラーハがシャヘルのようにミザールを裁かないのは彼女が地上で己の罪を知り、悔いているからだ。その罪はフィラーハにも癒せるものではないことを知ってしまったからだ。そして彼女が得た仮初の肉体は、地上の基準でいってもそう長く持つものではない。ミザールの身体はいずれ朽ちる。フィラーハはその時まで彼女に後悔する時間を与えるつもりなのだ。
しかし、ユーシスがミザールに会えば、フォーゲルが言ったようにその命を絶たねばならなくなる。それが代々の天使長がしてきたことであり、天使長はそのために選ばれてきたのだから。天使長とは魔界との戦いに先陣を切って赴く者だからだ。しかもオウガバトルの時には何人ものスローンズがセラフィムに昇格し、天使長を助けたともの聞く。魔界の将と戦うにはそれでも力不足なのだというから、オウガバトルの苛烈さもわかろうというものであった。
「ミザール姉様の命を私が奪うことはフィラーハの御心にかないませんか?」
そうではないと聖なる父は応える。フィラーハは天使たちを愛しんでいる。長く天使長として仕えたミザールを愛しむ気持ちはとりわけ強いし、それはユーシスについても同じだ。ミザールがその仮初の肉体から解放され、新たな天使として復活する時をフィラーハが望まないはずがない。だが、それはミザールのために堕天させられた天使たちが全員、復活してからのことだ。たとえミザールがほかの天使たちより先に倒されたとしても、その復活は最後のことになる。
ユーシスはフィラーハの言葉にいちいち頷いた。けれど、それでも彼女はもう一度ミザールに会いたかった。フォーゲルはミザールがユーシスに命を絶ってもらいたがっていると言った。ならば、最愛の姉の最後の願いをユーシスはかなえたい。ミザールの心が自分から大きく離れてしまったいま、それだけがユーシスがミザールにしてやれる最後のことなのだから。
彼女はなおミザールを愛していた。ミザールがもはやラシュディのことしか心になくても、ユーシスは誰よりもミザールを愛しているのだから。
そして、ユーシスはフィラーハに地上にとどまることを許されたのを知った。たとえ堕天させたとはいえ、神はいまだにミザールを愛しんでいる。同様に堕天使たちも、天使たちや地上にある全てのものを愛しむように聖なる父は世界を愛しているのだ。
けれど人間たちはそれと知らず、世界を己がままにし、神への信仰をますます失っている。神を信仰しているように見える人間たちも、その実、フィラーハの威光を借りているだけで、心からの信仰にはほど遠い。
けれど、フィラーハはそのことを重視してはいない。天を敬い、神を愛する気持ちを地上に取り戻せとは代々の天使長にも命じてはこなかった。
それよりも神は、地上での戦いがこうして天界にまで波及してきたことを重んじていた。そのことを踏まえて、ユーシスには地上で自由に動いてよいという。
「天空の三騎士の方々とともにいる必要はないのですね?」
彼らには彼らの仕事があるとフィラーハは応えた。けれど、ともにいることは心強く、地上に不慣れなユーシスをいろいろ助けるだろうとも。
彼女はゼテギネア大陸を支配しているという神聖ゼテギネア帝国に恨みはなかった。人間のすることは愚かで考えも浅はかなものだ。地上ではいかなる英雄も、フィラーハの前では赤子に等しい。彼らのすることをいちいち咎め立てしても徒労に終わるだけだ。
だが、聖なる父の言うとおり、天空の三騎士の存在は頼もしく、その思考や行動はユーシスの指針となってくれるだろう。彼女は天空の三騎士が治める島を訪れたことはないが、3人のことはよく知っているからだ。彼らは神ではなく、フィラーハに選ばれて神性を与えられた人間にすぎないが、その存在は人間よりも神に近いからであった。その3人が神性ゼテギネア帝国と対立しているということは、天界と敵対しているのも同然のことだったのである。
こうしてユーシスはフィラーハとの対話を終えた。神の声は聞こえなくなったが、彼女には聖なる父がその司る太陽の届くところ、隅々にまで満ちていることを知っていた。その御心が世界を見守っていることを知って、その存在に大いに心を慰められるのであった。
「フォーゲルさま、私はバルハラに参ります」
「我々は先にアンタンジルに向かいます。ご一緒することはできません」
「かまいません。私は天使長としてなすべきことをなし、ミザール姉様にお会いしなければなりません。あなた方に来ていただいても、お願いできることはないでしょう」
「ならば、ユーシス殿に頼みたいことがあります。バルハラにはゼテギネア帝国軍がおり、ミザール殿やほかの天使の方たちに会うことを阻害されるでしょう。その時、どうしても解放軍の手を借りなければならなくなります」
「どうしてもでしょうか? ミザール姉様のことなのに、人間の手を借りるなど、私はしたくありません」
「恐らくミザール殿は帝国軍と行動をともにしています。あなたがミザール殿を解放することはおろか、会おうとすることさえ邪魔立てするはずです。肉体に束縛されている以上、彼らを除くには人の手を借りなければなりますまい」
ユーシスは己を解放した人間たちのことを考えた。そのリーダーが昨晩、フォーゲルと話した時に同行した赤銅色の髪の娘なのだ。その不遜(ふそん)な眼差しをユーシスはよく覚えている。いまの人間とはこのようなものかと彼女は思ったものだ。
だが、リーダーの腰に提げられた聖剣ブリュンヒルドをユーシスは見逃さなかった。あの剣を手にした者は天が認めた地上での代行者だからだ。
それでもユーシスは彼女が好きになれなかった。あれは自分を捕らえた神聖ゼテギネア帝国の輩と同じ視線だ。神を敬わず、天を恐れぬ者の目だ。
フォーゲルが言葉を続ける。
「彼ら人は我々と違って休息を必要とします。彼らが休みたいと言ったら、無理を言わないでください」
「それぐらい知っています。馬鹿にしないでください、フォーゲルさま」
「ですが、あなたたち天使は人間たちを軽んじて、すぐにそのことを忘れてしまう。彼らの戦いは何日も続いています。1日や2日はあなたたちの無理も聞けるでしょうが、すぐに支障をきたすようになるでしょう。特に一日の行動については、彼らの言うことに従ってください」
「ですが人間は怠惰なものです。したいようにさせておいたら、何もしないのではありませんか?」
フォーゲルの竜頭は無表情だったが、それでも彼の沈黙からユーシスは不機嫌さを感じ取った。天空の三騎士も元は人間だ。同じ人間のことを悪く言われるのはいい気持ちではないのだろう。しかしフォーゲルが続けた言葉は彼女の予想を裏切るものだった。
「そこまで言うのなら、ひとつ試してみるといい。あなたには解放軍のリーダーが同行することになりますが、彼女とあなたとどちらが先に根を上げることになりますかな」
その夜、ユーシスはもう一度グランディーナと話す機会を得た。カンダハルというところに囚われていた時、最初に自分を十字架から解放しようとしたのは彼女だった。けれど、その眼差しは冷たく、神を恐れず、天を敬わぬ者の臭いがした。ユーシスはラシュディに会ったことはなかったが彼からもきっと同じような臭いがするのだろうと思ったものだ。
しかし、いまの彼女はフォーゲルとユーシスの話に黙って頷くのみだった。相変わらず神を敬わず、恐れもしない者という臭いはさせていたが、冷たいと感じた視線をユーシスに向けることはなかった。ただ彼女は無関心なだけだった。神や天のすることに無関心だという態度を装っていた。
「バルハラ中の天使を捜し出せと?」
「そうです。召喚された全ての天使を捜し出しなさい。私は天使長の名において、彼女たちを一刻も早く解放しなければなりません」
「だが、あなたはミザールのところへ行くのだろう? 天使たちをバルハラに連れていくのは手間だ。もっと移動の少ないところで待ち合わせよう」
ユーシスはフォーゲルを盗み見たが、竜頭の騎士は同意するように頷いた。
「バルハラ地方は天候が悪い。ユーシス殿は雪をご存じですか?」
「そのような名称を聞いたことはありますが、見たことはありません」
「バルハラには年中、雪が降っています。そのために移動がしづらく、負担となるのです」
フォーゲルの説明にユーシスは頷いたが、ふと思い当たった疑問を口にした。
「あなたたちはカンダハルからの移動に空を飛んでいるではありませんか。なぜバルハラでもそうしないのですか?」
「皆を飛行魔獣に乗せるには数が足りないし、揃えることもできない。今回はダーイクンデイー湿原を迂回したかったからグリフォンを使ったが、移動は徒歩が基本だ」
「それでは仕方ありませんね。私も地上には不案内です。場所の選定はあなたに任せましょう」
グランディーナは頷いた。それから彼女は踵を返した。たかが人間にすぎない彼女が話を切ったことが、ユーシスにはひどく不愉快だった。
こうして天使長ユーシスはバルハラに向かい、いくつかの戦いの末に念願のミザールと再会を果たす。
けれど、この時の彼女は知らなかった。ミザールの愛の深さを。もう1人の堕天使シャヘルがどれほどフィラーハを愛していたのかも。そして、人間たちのことも。
《  終  》
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