「解放軍の陰亡(おんぼう)」

「解放軍の陰亡(おんぼう)」

「ウォーレン、船を下りたら隠亡たちに渡りをつけてくれ」
その言葉に老占星術師と騎士は一瞬、固まった。2人はリーダーとなった赤銅色の髪の娘を凝視し、やがて彼女の方でも彼らの沈黙に気づいて顔を上げた。
「隠亡などに何の御用です?」
不快さを隠しながらウォーレンは訊ねる。傍のランスロットも、あまり愉快な気持ちではない。
「戦闘になったら死人が出る。それを放置していくわけにはいかないだろう」
また自分の考え事に戻ったグランディーナは2人の困惑には、まるで気づかぬ風だ。
「だからといってそのためにわざわざ隠亡を連れ歩くつもりですか?」
「何か不都合でもあるのか?」
「まさかないと仰るのですか?」
そこで初めて彼女は2人の態度を気にかけたらしかった。
「戦闘のたびに隠亡に頼んでいては面倒だ。かといって彼らの自主性に任せているのも解放軍としては体裁が悪い。ならば連れて歩くのが妥当だと思うが、あなたたちはそうは思わないということか?」
「隠亡を連れ歩くことそのものが問題だと申し上げているのです」
「あなたも同意見のようだな?」
「賛成しかねるね」
彼女は、しばし無言で2人を睨みつけた。やがて、ため息のように息を吐き出すと、こう言い換えた。
「彼らを小隊に同行させるかどうかについては考える。だが連絡だけは頼む」
「承知しました。ですが彼らとの話にはわたしも同席させてもらいます」
「わかった」
隠亡に連絡をつけるのは簡単なことだった。彼らは、どんな小さな村にも住んでいて埋葬の仕事を一手に引き受けているからだ。
けれども彼らは古くから忌避されており、社会的に下層の職業と見なされている。彼らの仕事を必ず人の死と結びつく不吉なものであるからだろう。その存在が不可欠とわかっていても誰かの死を嗅ぎつけるように現れる隠亡は多くの人びとにとっては受け入れられないのだった。
しかしウォーレンはグランディーナの言い分にも一理あることがわかっていた。
これが戦場ならば放っておいても隠亡たちが死体を片づける。彼らは墓穴を掘り、死体を埋める。誰に頼まれるわけもなしに彼らが、そうするのは先祖伝来の仕事であるという以外に死者の持ち物を全て獲得できるという暗黙の了解があるからだ。
けれど、それが行き倒れや戦死者に限られた習慣にすぎなくても、また人びとに隠亡を忌み嫌わせる理由にもなっている。
たとえ、それが彼らの生活の糧の一部であり、得られる金などフェアリーの涙ほどでしかないとわかっていても死者の物を掠めるという行為に後ろめたさを抱く者は少なくないのだった。
そのようなわけでウォーレンとランスロットの反応は、ごく一般的なものであった。グランディーナが彼らに妥協したのも、そのような事情を知っているからだった。
けれども彼女は、その種の偏見や迷信を簡単に捨てることができる稀有な人物だった。
2人が、そのことを知るのは、もう少し先のことになるが。
「話はわかった。だがそちらの要求には応えかねる。事情はそちらの方がよくご存じのはずだ」
隠亡たちのリーダーだというムドム=トンボと名乗った老人は、まるで枯れ木のような風貌だった。土気色の肌と外套は、まるきり彼の仕事を表しているように思えて、ウォーレンは自分から言い出したものの彼らと同席しているのも不愉快だった。彼ら自身や衣から死臭さえ漂うように思われてならないのだ。
「ではあなたたちの協力は得られないということか?」
「我らの仕事を断るわけではない。だがそちらの望んでいるような形での協力は難しいということだ」
「だが死体を放置するのは望ましくないし前線も広がる。あなたたちのいつもの対応では追いつかない。同行してもらえるのがいちばん早いのだが」
「それに我らの数は多くない。そちらの希望するような人数は賄えまい」
「そちらの事情をよく知らないのに無理を言ってすまない。だが死体を放置するわけにはいかない。5人だけでいい、同行してもらえないだろうか? 報酬は払う」
「なぜそこまで厚遇する? 我らの仕事を知らぬわけではあるまい」
「必要があるからあなたたちがいるのだろう。あなたたちは当然の権利を受けるだけだ。厚遇と言われるようなことではない」
「確かに我らがいなければどこの町も村も死体であふれ、やがて腐り果てたそれらは悪臭を放ち、病の元にもなるだろう。人びとはそれらが知った者であったことも忘れて忌まわしいものと避け、忌み嫌うだろう。そうさせぬために我らがいるのだが、そちらのような反応は初めてだ」
「私はただの戦争屋だ。死体の山を作るしか能がない。あなたたちには敬意を抱きこそすれ、嫌悪するなど思いもよらない」
隠亡たちは互いに顔を見やったが、ムドムだけは微笑みのようなものを浮かべた。まるで死体が笑っているようではウォーレンには気持ちの良いものではなかったがグランディーナも微笑み返したらしかった。
「報酬はどのような形でいただけるのか?」
「あなた方の望むように」
言ってから彼女はウォーレンを振り返った。
「私がいなくても彼に連絡をしてくれれば渡すように取りはからう」
それを聞いて隠亡たちは小さな声で話し合った。人目をはばかっているのだろうが、そういうところも気持ちの良くないところなのだ。
しかも自分が主たる連絡役になると聞かされて、ウォーレンはますます良い気分ではなかった。
やがて彼らは話を終えて、また元の位置に戻った。
「やはりそちらに同行することはできない。だがそちらの用事は最優先で片づけるよう通達する。死体を1日以上、放置させるようなこともさせないと約束する。報酬は金ではなく宝石でもらいたい。それでいかがか?」
「わかった。あなたたちの協力を得ることが最優先だ。それ以上は求めまい。あなたたちには無理を言ってすまない」
「これが我らの仕事だ。それに戦がなければ我らは餓える。因果な話ではあるがな」
「戦をしているのはあなたたちではないのだから気にすることはない。あなたたちは誰もやりたがらないことをやってくれているだけだ」
「それがご先祖から受け継いだ我らの仕事だからな。我らは我らなりに死者を悼んでいるつもりだ」
グランディーナは頷き、立ち上がって手を差し出す。
その行為にムドムは、ひどく戸惑ったらしかったが、やがて意を決した様子で握り返した。
彼女に促されてウォーレンも手を出さざるを得なかったがムドムは、それを握り返しはしなかった。自分の嫌悪感は十分すぎるくらい彼らには伝わっているのだろう。グランディーナ1人が不思議そうな顔をしていたが相互に無理強いすることはなかった。
「これで後顧の憂いはなくなったな」
皆のところに戻りながら彼女は、そうつぶやいたがウォーレンは内心で、その言葉の使い方は間違っていると指摘したいくらいだった。
「大した資金はありません。彼らに与える報酬などどのように捻出するつもりですか?」
「金の当てがないわけじゃない。何とでもする」
「皆には何と説明するのです?」
「ありのままを言うだけだ。だがこれで安心だろう。死体が野ざらしにされることはないのだからな」
価値観が違いすぎるとウォーレンは返す言葉もなかった。
しかし、と彼は考えを改めた。だから〈星〉は彼女をリーダーに選んだのだろうと。強大なゼテギネア帝国を相手に戦いを挑もうというのだ。皆を率いていけるのは少しくらい常識外れなリーダーの方がいいのだ。
もっとも後日、ウォーレンはグランディーナの常識外れなことが一筋縄ではいかないことを知って、ランスロットともども、さらに頭を悩ませる羽目に陥ることを知らない。
かくて解放軍の快進撃が始まる。
けれども、その影に大きな使命を負った人びとがいて、解放軍を支えたことは最後まで表沙汰にされることはなかったという。
《  終  》
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