「嗤えない商人」
「娘を助けてほしいだと?」
「はい。アイリンのほかにも何人もの子どもが行方不明になっているのです。きっとゴスペルにさらわれてしまったのに違いありません。どうかお願いします。娘がいなくなってしまったら私は生きている甲斐もありません」
母親はそう言って地面に頭をこすりつけんばかりに哀願したがアッシュの反応は冴えなかった。
「すまぬが我らはシュラマナに急がねばならぬのだ。そのゴスペルという奴を調べている余裕はない」
「そんな!」
彼女は泣き崩れたがリーダーたちの反応はアッシュが否定的だったこともあって、やはり鈍い。
見かねたランスロットが何か言うより速く、立ち上がったのはカノープスだ。
「いい加減にしろ! 解放軍なんてご大層な名前を名乗っておきながら子ども1人も助けられないなんて末代までの名折れだぜ。アイリンもほかの子どもも俺が助けに行ってやる。ほかに行こうって奴はいねぇのか?!」
呼応して手を挙げたり、返したりしたのはランスロットのほかにギルバルドら魔獣部隊の面々だった。
「こんなところまでえっちらおっちら散歩に来ただけじゃプロミオスが退屈だとさ」
「おぬし一人に任せるのは不安が残るからな」
「大将だけにいい格好させられませんからね」
「ようし。これだけいれば戦力に不足はねぇな。
アッシュ! そういうわけだからグランディーナに会ったら少し遅れるって言ってくれ。万が一、文句を言われた時には『子どもを助けてくれと言われて助けねぇのは解放軍の名がすたる』とな」
「殿下の救済に間に合わなんだ時はどうするつもりだ?」
「俺たちを待つのもシュラマナに急ぐのもあいつの判断に任せる。俺たちに訊くのは筋違いってものだろう?」
「彼女にはそのように伝えておこう」
呆気にとられてカノープスとアッシュのやりとりを見ていたアイリンの母親にランスロットは近づいていった。
「さぁ、我々が娘さんを助けに参ります。あちらで詳しい話を聞かせていただけませんか?」
「あ、ありがとうございます!」
泣き崩れかける彼女をなだめながら、ランスロットたちは場所を変えた。
そこについてきたのはモーム=エセンスだ。
「まさかおまえまで一緒に来るのか?」
「マチルダさまから、そのように言いつかりまして。本当はユーリアさんがいればいいんでしょうけど治療する者が1人もいないのも不安でしょうからと。私もそれほど魔獣の世話をしたことがあるわけではないのですが足手まといにならないよう心がけます」
「わかったよ。よろしく頼むぜ」
「まぁ、ほとんどの方は魔獣が苦手なので私以外に来られる者がいなかったというのが本当のところなんですが」
「それでもかまわぬさ。マチルダの言うとおり、癒し手がいてくれた方が心強いからな」
それから彼らがアイリンの母、イニアと名乗った女性に話を聞くと、最近、この地方で活動するゴスペルという商人が、いつの間にかゼテギネア帝国に取り入り、支配者のように振る舞うようになったと言う。
ゴスペルは人びとに重税をかけ、この地方の農産物を強制的に徴収していった。
それだけでは飽きたらず、子どもたちを誘拐して帝国に献上しようとしているというのだ。
「帝国が子どもを集めて何をしようというのだ?」
「そこまではわかりません」
「別に理由なんかどうだっていいんじゃねぇか? ゴスペルって腹黒い奴がいるから俺たちで二度と悪さしねぇように懲らしめておくのさ」
「じゃあ策を弄する必要はないですかね?」
「ドラゴンと魔獣を押っ立てて、力押しでいいんじゃねぇか?」
「わたしはいきなりそれは賛成できないな。一度くらいはゴスペルと話し合うべきじゃないか?」
「だが子どもたちを人質にとられたら我らには対処のしようがない。かなり乱暴な方法だが、力押しでいった方が速いだろう」
ランスロットは少し考え込んだ。
カノープスとライアンが主張しているだけなら反対のしようがあるが、ギルバルドにまでそちらに廻られると厄介だ。
「ゴスペルが人さらいだという保証は? 力押しでいって万が一、濡れ衣だったらまずいぞ」
「だけど悪い奴なのは確かだ。現にこの地方の連中が迷惑しているんだからよ」
「だったら、その話だけでも聞いておきたい。このままゴスペルを倒しに行くのは反対だ」
皆は顔を見合わせたが、やがてギルバルドが頷いた。
「ならば、わたしがつき合おう。ゴスペルを倒すのはそれからでも遅くはあるまい。
奴はどこにいる?」
「ゼペットという町に大きな屋敷を作って住み着いています。それも私どもが人夫をさせられて作らされた物です」
イニアはランスロットが「すぐに行く」と言わないので不安そうだったが、彼はギルバルドと立って、近くのキノの町へ近づいていった。
その間に解放軍の本隊はゴルドリアに向けて次々と発っていった。
幸いというか、セウジト地方の人びとにとっては不幸なことに、ゴスペルという商人に関する評判はイニアの話したものと同じような内容だった。つまり話を聞かれた者のたいがいが、ゴスペルの悪徳ぶりに困っていたのである。
「なぜ皆が困っているのならゴスペルに抗議しないんだ? 1人ひとりの力は弱くても皆で行けばゴスペルだって話を聞いてくれるかもしれないじゃないか」
「そうは仰いましても騎士さま、ゴスペルの屋敷には用心棒がいるのです。わたくしどもが何人で参りましても追い払われてしまっておしまいでございます」
「話し合いの余地もないのか」
「しょうがないな、ランスロット。こういう輩には力で教えてやるのがいちばん速い」
「そのようだな」
それで皆のところに戻った2人は、そのままゼペットに向かった。人間が6人(ランスロット、ギルバルド、ライアン、ロギンス=ハーチ、ニコラス=ウェールズ、モーム)、有翼人が4人(カノープス、カリナ=ストレイカー、チェンバレン=ヒールシャー、オイアクス=ティム)、グリフォンが5頭(シューメー、ピテュス、ファメース、メムピス、ピタネ)、コカトリスが2頭(アイギス、シーシュポス)、ワイバーンが2頭(プルートーン、クロヌス)、ヘルハウンドが2頭(ベレボイア、プロメニー)にドラゴンが4頭(プロミオス、ギャネガー、マーウォルス、メラオース)、それにイニアという大所帯であった。
翌双竜の月7日にゼペットに戻った一行は、モームとアイリンの母親を最後尾に置いて、ゴスペルの屋敷へ直行した。場所は訊くまでもなく、町の中央のいちばん大きな屋敷だ。
そこに行くまでの間、まるで道案内のように用心棒がいたが、女性以外は武装している上に、魔獣が15頭もいるのだ。文字どおり蹴散らして進んでいった。たまに刃向かう者もいたが、上空からはグリフォンやワイバーン、地上からはヘルハウンドやドラゴンという布陣に立ち向かえる者はなかなかおらず、ことにプロミオスが出ていけば、たいていの者は逃げ出してしまうのだった。
「な、何者だ、おまえら?!」
「解放軍さ。俺たちはゴスペルに用があるんだ。関係ねぇ奴はとっとと失せるんだな!」
そんな調子で彼らは高い塀に囲まれた屋敷に着いたが、予想に反して正門は大きく開け放たれていた。
「この入ってくれと言わんばかりの正門、どう考える?」
「ここまで来て止まるのもおかしなもんだ。入るしかねぇだろう?」
「中庭にはゴーレムみたいな像がいっぱい立ってますけど?」
「罠だろうな、間違いなく」
「これだけ派手にやってきたんだ。ゴスペルって奴だって備えくらいはしてあるだろう」
「行くのか、行かないのか?」
皆の視線がカノープスに集まった。ゼペットに着いてからというもの、ファメースの背に乗って、ずっと先頭にいたのは彼だから自然とそういう流れになったのだ。
「おまえら、覚悟はいいか?!」
「おう!」
「よし、突入!」
だがカノープスが上から越えた塀を、門から入ろうとしたプロミオスは越えられなかった。
件の青銅の像が動き出して、ドラゴンを門から入れまいと押しとどめたからである。その大きさはジャイアントほどだったが、力ではプロミオスと互角らしく、フレアブラスを止めている。
「やべぇっ! 離れないと火傷するぞ!」
ライアンの言ったとおり、プロミオスの真紅の鱗が急速に熱を帯びていった。火の粉がフレアブラスの周囲を舞ったかと思うと、ドラゴンはいきなり火の玉を吐き出した。続けて前庭にいくつもの炎が落とされる。
同族のティアマットがイービルデッドを使いこなすようにフレアブラスはスーパーノヴァを使う。その威力は並みの魔術師を遙かに凌ぎ、プロミオスもガルビア半島に恒久的に降る雪をものともしなかったほどだ。
そして、その灼熱の業火は前庭中に次々に燃え移っていった。
「あーあ、俺たちまで入れなくなっちまったじゃねぇか。誰だよ、プロミオスを先頭にしようって言ったのは?」
「それはおぬしだろう」
「俺は嫌だったんだぜ。なにしろプロミオスを怒らせると手のつけようがなくなるからな」
「大将、行け行けって言ってたじゃないですか」
そんな話をしている間にもプロミオスは前庭へ侵入していく。先ほど吐き出した火の息をもらに喰らい、さしもの巨人も引っ繰り返ったのだ。しかし、そのため、却って門に隙間ができて、青銅の巨人が外に出てきてしまっていた。
ランスロットは早速、剣を抜いて立ち向かったが、青銅色の身体には傷ひとつつけることができなかった。予想以上に手強い相手のようだ。炎の息で転ばされたのも気がつくと立ち上がっている。
「ギルバルド!」
声をかけると、彼は真面目な顔で頷いた。
ふざけていると思ったカノープスたちも、いつの間にか真剣な顔つきだ。
「ゴーレムに剣が効きづらいのはわかっていることだ。それに、こいつは土塊でできているゴーレムとも違うらしい」
「いくら俺たちでも手こずりますねぇ」
「逆に言やあ、こいつらがゴスペルの切り札ってことだ。
出てこい、ゴスペル! てめぇの人形、壊されたくなかったら、さらってった子どもをとっとと返しやがれ!」
しかし返事はない。その間にも青銅の巨人との戦端が開かれてゆく。
「ランスロット! いまのうちにゴスペルか子どもたちを探せ。我々の目的は、この屋敷を壊すことではないのだからな」
「承知した。君たちも気をつけて」
だがギルバルドに言われたものの、この乱戦をかいくぐって屋敷に近づくのは至難の業だと彼が思う間もなく、力強い腕に羽交い締めにされて、足は宙に浮いていた。
「カノープス!」
「このなかを行くのは大変だろうから、2階の張り出しまで連れてってやる。そこから先はおまえに任せるぜ」
「ありがとう、助かる。だが、あの像はいつか戦ったゴーレムもどき以上に硬いぞ。君たちだけで大丈夫なのか?」
「わからねぇからギルバルドがおまえだけ、別行動を取らせたんだろう。万が一やばかったら、おまえにかかってるってわけだ」
「なるべく早く見つけるさ」
「いいか、放すぞ?」
「頼む!」
張り出しはそれほど広くなかったが、カノープスが気を遣ってくれたためもあって危なくなく下りることができた。
振り返って皆の戦いを確認したランスロットは、あの時の面子は誰一人としていないというのに、ゾングルダーク城での戦い、解放軍がヴォルザーク島で結成されてから初めての本格的な戦いを思い出さずにいられなかった。
だが、いまはそんな感傷にひたっている場合ではない。彼は、この屋敷に侵入して、ゴスペルか子どもたちを見つけなければならないのだ。
案の定、窓には施錠してあるようで開かない。ランスロットは二度三度と蹴飛ばして、四度目には体当たりもして、やっと中に入ることができたのだった。
屋敷は外から見たよりも広く、造りはゼノビア城に似ていて、中央の中庭を囲むように建物が四角く建っていた。これならばゴスペルがカノープスの呼び声に応じず、前庭の戦闘に気がつかないのも納得がいく。奥には声が届かなかろう。
「何者だ、おまえは?!」
「わたしは解放軍の兵士だ! ゴスペルはどこにいる?」
武器も持っていそうにない召使いを脅すのも気が引けたが、すでに屋敷の外では戦闘中だ。ランスロットは剣を抜き、強硬的な態度に出ることにした。
「ひええっ! 案内しますのでお許しを」
男はすぐに先に立ったので、彼もその後についていった。
「ゴスペルがさらったという子どもたちはどこにいる?」
「それは地下室に放り込んであります」
「何てことを! だいたい、いまさら子どもたちを集めさせて帝国は何をしようとしているんだ?」
「さあ。わたくしのような下っ端には、そこら辺の事情はさっぱり話していただけません。ここが旦那さまの部屋です」
やがて着いたのは、いかにもそれらしい厳めしい構えの扉だ。
「開けろ」
アプローズ男爵のようにゴスペルが魔法を使えるかもしれない。ランスロットが命じると召使いは恐る恐るといった様子で扉を開けた。
それが彼の油断だった。
「ゴスペル! わたしたちは解放軍だ! さらっていった子どもたちを返して −−− ?!」
無害だと思っていた召使いが彼を背後から刺し、ランスロットはその場に倒れた。
ゴスペルと思しき男が近づいてきたが、彼の意識は急速に遠のいていった。
屋敷の扉が開いて、商人らしい豪奢な衣装に身を包んだ男が現れたのは前庭の戦闘があらかた片づいたころだった。
「あなた方が反乱軍ですか? いけませんねぇ、わたしは邪魔されるのがすごく嫌いなんですよね。あなた方なぞ私のタロスちゃんにかかれば −−− 」
「タロスってのは、このゴーレムのことか? 悪いが全部、片づけたぞ。鉄みたいに硬いくせに火に弱いっていうのは盲点だったけどな」
「な、何ですって?!」
「さぁ、子どもたちを返してもらおうか。もちろん、おまえには二度と悪さできないようにしてな!」
「ば、馬鹿をおっしゃい! どうせ、この騎士もあなたたちの仲間でしょう? これ以上、わたしに逆らうと首を切り落としてしまいますよ!」
「ランスロット!」
「さぁ、タロスちゃんを壊した罰です。あなたたちが死になさい!」
しかしゴスペルの口上も終わるか否かという時にプロミオスが火の玉を吐き出した。ライアンが止める間もなく、たちまちゴスペルの身体を包んだ火は豪奢な衣装に燃え広がり、商人は悲鳴をあげた。だが、それは誰にも手出しできない業火だ。彼らは火が消えるまで見守るしかなかったが、ギルバルドとカノープスがランスロットを助けに走ったのだった。
フレアブラスは満足そうに鼻から煙を吐き出したが、その場にいた誰もが背筋を冷たくしたのである。
その後、屋敷を捜索して囚われた子どもたちを解放した一行は、ランスロットの傷の手当てのために、もう1日、ゼペットに残った。
それからイニアとアイリンとともにゴルドリアに向けて発ち、途中のキノの町で母子と別れた。事件が片づいた以上、彼らとて本隊と急いで合流しなければならなかったからだ。ほかの子どもたちはゼペットの町長に押しつけるような形で依頼したのが心残りと言えば心残りであった
「魔獣は無事だったが、まさかランスロットが怪我をするとはな。モームがいてくれて助かった」
「私もお役に立てて幸いです。
ランスロットさま! ゴルドリアまではワイバーンに乗っていてくださいね」
「わかっているよ、モーム。
しかし結局、ゴスペルが何のために子どもたちを集めていたのかわからずじまいだったな」
「セウジト地方での企みは防いだんだ。そんなこと、どうでもいいじゃねぇか。この先、また同じようなことがあったら、また防げばいいんだ。それにどうせ出所は帝国だろう? 帝国を潰せば、そんな心配もなくなるさ」
「それにしても今回のやり方は強引すぎたろう。ゴスペルもあんなに簡単に見殺しにしてしまっては真相も聞けなかったし」
「この期に及んで余計なことを考える連中にはいい威嚇になったさ。俺たち解放軍も行儀がいいだけじゃねぇって報せるにはな」
果たしてカノープスの言ったとおりだったか、ゴスペルのような悪徳商人は二度と目立つことはなかった。
ゼテギネア帝国を倒すための戦いは、いよいよ終盤へさしかかろうとしていたのであった。
《 終 》