「剣、失いし者」

「剣、失いし者」

「よしっ! いくぞ、アーウィンド!」
「えぇ、サイノス!」
2人と対峙した邪龍ティアマットは聞く者の血も凍るかと思われるような咆哮をした。
しかしサイノスは手にした剣で斬りかかった。同時にアーウィンドが魔法で援護する。一昨日、出会ったばかりとは思えない息の合った攻撃だった。
そこにティアマットがイービルデッドを放った。
「あぶないっ、アーウィンド!」
「サイノス?!」
イービルデッドは身体の内側から破壊する恐ろしい暗黒魔法だ。突き飛ばされたアーウィンドは無事だったがサイノスは下半身がもろに餌食となった。しかし駆け寄ろうとするアーウィンドをサイノスは制した。
「ぼくにかまうな! けんをもて、やつをたおすんだ!」
「で、でも、そのままではあなたがしんでしまう!」
「てあてはやつをたおしてからすればいい! こんどはぼくがえんごする。きみがやつをたおしてくれ!」
アーウィンドは頷いた。サージェム島で、この邪龍に対峙できるのは彼女ら2人しかいないのだ。彼女は勇気を振りしぼり、サイノスの剣を拾い直した。
ティアマットは再度、吼えた。
「いくわよ、アキシオン!」
彼女が斬りかかるより速く、サイノスが魔法を撃った。ティアマットが、わずかに怯む。その隙を逃さずにアーウィンドが攻撃する。
やがてドラゴンは自らの血の海に沈んだのだった。
「ところでアーウィンド、きみはこれからどうするんだ?」
「あなたは?」
「ぼくはこれからせんせいじゅつしのもとにいくのだが、もしよかったらいっしょにいかないか?」
「ありがとう。でも、わたしはべつのみちをみつけようとおもっているの」
「そうか、それはざんねんだな」
「でも、いま、すすむみちはちがっても、さいごにもとめるものは、きっとあなたとおなじだとおもうの。あなたのこううんをいのってるわ」
「ありがとう、アーウィンド。きみもきをつけて」
「っていうところでめがさめたのよ」
「ええっ、アーウィンドもティアマットをたおすゆめをみたの?」
「ええ。サイノス、あなたも?」
「うん、そうさ。きみとぼくがいっしょにたたかってティアマットをたおしたんだ。とてもつよいドラゴンだったなぁ」
「わぁ、すごい。わたしもサイノスといっしょにたたかっていたわ。さいごはあなたのけんをつかうことになったのよ」
「うん、そうだったね。ぼくたち、おなじゆめをみたんだろうか?」
「ふしぎね、そんなことってあるのかしら?」
「ねぇ、ゆめのなかではふたりともどんなだったんだい?」
「もっとずっとおおきかったわ。ふたりともよろいをきて、けんをもっていたの。すごくつよいまほうもつかえたのよ」
「ねぇ、それはどこでだったの? どうして、ほかのみんなはいなかったの?」
「わからないよ。そこはサージェムとうといったんだ。じゃあくなドラゴンがあらわれて、みんながめいわくしていたから、ぼくとアーウィンドがたちむかったのさ」
「かっこいいなぁ」
「へへぇ」
「ねぇ、ガルシアもこっちにおいでよ。サイノスとアーウィンドがかっこいいゆめをみたんだって」
窓際に1人で座っていた少女は黙って首を振った。
夢の話に彼女は興味がなかった。ただひとつ、気になるのはサージェム島のことだ。そういう名前の島は本当にあって、地図にも載っている。
けれど彼女たちは誰一人として、この塔から出たことがない。外にさえ出られないのに、どうしてサイノスとアーウィンドはサージェム島に行ってドラゴン退治をしたという夢を見たのか、ガルシアが興味を抱いたのは、ただそのことだった。
そこに双子の兄、レクサールが近づいてきた。他の6人にはない同じ赤銅色の髪をし、彼女よりも明るい灰色の眼をした少年だ。
「どうしたの、ガルシア?」
彼女は、その手に余る大きな地図帳を広げ、自分がたったいま発見したことを彼に指し示した。
「うん、おかしな話だね」
ガルシアは頷いた。
「でも、ゆめはゆめだ。ぼくたちはこのとうからでられないけれど、ゆめのなかならどこにでもいけるんじゃないかな?」
そう言ってレクサールが手を差し出す。
「おいで、ガルシア。みんなとはなそうよ」
レクサールは地図帳を持ち直した。
さんざん迷った挙げ句、ガルシアはやっとレクサールの手を取った。温かい手だった。
彼女は、この塔に住みついていて食事を出したり、身の回りの面倒を診てくれる女性以外には、自分たちより大きな大人には近づかないようにしていた。そのうちの1人はラシュディといい、もう1人のガレスは何ヶ月かに一度しか来ず、部屋の中に入ることも滅多になかった。けれどもガルシアは、その2人が来ても話をしなかったし、触られるほど近づいたこともない。
「ねぇ、みんな、ガルシアがおもしろいことをみつけたんだ」
「なんだい、レクサール?」
「ぼくもおもしろいことをみつけたよ」
「わたしもよ」
ガルシアは足を止め、レクサールから手を放した。背中を冷たい汗が流れる。
「ねぇ、ぼくたち、ゆめのなかじゃなくてもまほうがつかえるんだよ」
けれど彼女が、その場から逃げ出す前にそれは放たれた。
倒れた彼女の耳に入ったのは強力な魔法を撃ち合うサイノスやアーウィンドの声だった。
全身の血が凍りつきそうに寒く冷たく、直撃を受けた脇腹はひどく痛んだ。
それでもガルシアは消え入りそうな意識を必死でつなぎ止めて、狭い塔の中を荒れ狂う魔法合戦の行く末を注視していた。
彼女はどうしてこんなことになったのかは考えなかった。考える暇もなかった。どうすればやり過ごせるのか、それだけを考えて、いろいろな可能性を考えては打ち消した。
扉から逃げ出す。
だが、この塔から出られる扉は1つしかなくて、いつも外から鍵がかかっている。鍵が開けられるのは誰かが来た時だけで、それは3人しかいない。
そのうちの誰かが来れば、彼らは戦うのを止めるだろうか? わからない。気がそれることはあるかもしれないが戦うのを止めるようには思えない。
窓から逃げる。
だが手の届く高さにある窓はない。登っているあいだに、また魔法を撃たれてしまうだろう。
隠れる。
だが彼らの撃つ魔法は強力だ。家具が壊され、破片がひっきりなしに降っている。破片の下に隠れても見つかれば終わりだし、破片毎、吹き飛ばされないとも限らない。
反撃する。
だが彼女には魔法など使えない。彼らのように魔法が使えるという自覚はない。
その時、ガルシアはレクサールの声を聞いた。彼が魔法ではなく剣を使っていることを知った。
兄が使えるのなら自分も使えるかもしれない。
けれども、その声の何と冷たく響くことか。それは、ついさっき、彼女に手を差し伸べた兄の声ではなかった。まるで別人、人の心も忘れた誰かの声だ。しかも、それはレクサールだけではない。サイノスもアーウィンドも、皆が、そうなのだ。
「のこったのはぼくたちだけか」
「そのようね、レクサール」
「ねぇ、ぼくのけんはすごいだろう? どんなにつよいまほうがつかえたってくびをきられればどうしようもないんだ!」
「でも、わたしのまほうもすごいでしょう? あなたのけんがとどくまえにまほうをうてばいいんだわ!」
「いくぞ、アーウィンド!」
「いくわよ!」
ガルシアは痛みを押して素早く立ち上がった。誰が置いたのか、すぐ手の届くところに剣があり、彼女は迷うことなく拾い上げた。
走りながら鞘を捨て、アーウィンドの背後から突き刺す。
そこに斬りかかってきたレクサールにはガルシアの姿は見えなかったろう。アーウィンドの身体を突き抜けた剣を、そのまま全体重をかけてレクサールに突き刺した。
レクサールの剣がアーウィンド毎、ガルシアに襲いかかった。
アーウィンドが最後の力を振りしぼって呪文を唱え、3人の周囲に激しい吹雪が荒れ狂った。
ガルシアの手は柄に凍りついて離れず、彼女はそれきり意識を失ったのだった。
次に目覚めた時、ガルシアは二度と眠れぬ悪夢に囚われた。
彼女の目には襲いかかるレクサールやアーウィンドの姿が、いつまでも写り、消えなかった。
かと思うと彼女の周囲には7人の遺骸が転がっており、彼女の手を、その血で濡らしていた。
空気は凍るように冷たく、血の臭いがした。
身体中から、いつまでも血のぬめりが取れない。
声をあげて助けを呼ぼうにもレクサールやアーウィンドに気づかれそうで声も出せない。
逃げ出そうにも身体が動かない。
緩慢だが確実な死が少女を呑み込もうとしていた。
《  終  》
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