「剣は剣の」

「剣は剣の」

「ジャック、対価は払う。あなたの持っている剣を1振り、譲ってくれ」
「なぜ剣がご入り用なのか、伺ってもよろしいでしょうか、グランディーナ?」
「この船に乗る前に剣を失くしてしまった。丸腰では落ち着かない」
「なるほど。どうぞ、わたしについてきてください」
〈何でも屋〉のジャックが船室を出、グランディーナもついて出た。
彼の後を用心棒が追いかけたが、ジャックは手を振って追い払う。
「剣ならば仕入れたばかりの売り物があります。その中にはあなたのお気に召す1振りが必ずあるとわたしは確信しています」
「それは大した自信だな」
「そうでなければ〈何でも屋〉の称号に傷がつきましょう?」
甲板に出ると冷たい季節風が吹きつける。まだ年は明けたばかりで、春が来るのは2ヶ月も先だ。それに今日は薄曇りで日差しが弱いし、ジャックの帆船は足が速い。
船尾から船倉に降りていくと、ジャックの部下が出迎えた。
「何か、お探しですか?」
「彼女が剣を欲しいというのです。武器はいちばん奥にありましたね?」
「はい、ご案内いたします」
「いいえ、あなたはついてこないでください。わたし一人で十分です。角灯(らんたん)だけ借りていきますよ」
「はぁ」
ジャックは綱で固定された荷物のあいだを進むと、階段のある場所からいちばん奥、船首の方まで歩いていった。
〈何でも屋〉と称するだけあってありとあらゆる商品を積んでいるようだが、船倉にはまだ余裕がある。
「たしか、ここらへんだったと思うのですが」
いくつもの木箱がある中で立ち止まり、ジャックは周囲に角灯を向ける。グランディーナが黙って見ていると、やがてそのうちの1つに近づいた。棺桶ほどの大きさの箱がいくつも並んでいる。
「やぁ、こんなところにありました。グランディーナ、どれでも好きな物を選んでください」
彼女が言われて箱をのぞき込むと、布で包まれた細長い棒状の物が何本も詰まっていた。適当な1本を手に取って布を剥がすと、黄緑色の刀身の剣が現れる。
「それはペリダートソードです。魔法の宝石ペリダートで作られたその刀身は、切るもの全てを凍らせてしまうとか」
「鞘はないのか?」
「あいにくと、わたしどもが手に入れた時には鞘はありませんでしたねぇ。ですが、その大きさの剣ならば、ほかの剣の鞘でも代用できるでしょう」
しかし、彼女はペリダートソードを包み直して脇にのけた。
「お気に召しませんでしたか?」
「この剣は片手用だ。両手用の剣があればその方が慣れている」
「どうぞ。お気の済むまで見てください。わたしの知っている限り、何という剣かお教えできます」
「剣の名前にはあまり興味がない」
「この中にはイスケンデルベイもありますよ?」
グランディーナは手を止めて振り返る。
「英雄イスケンデルベイの剣か?」
「ええ。持ち主の気迫に共鳴して刃が白熱するという、伝説にも謳われた名剣です」
ジャックは微笑んでみせたが、彼女はまた剣探しに戻る。
「知ってはいるが、自分が使いたいとは思わない」
「なぜですか? 剣士のあなたには、少しでも良い剣を求めたいというお気持ちがあるのではありませんか? いざとなればあなたの命を預かるただ1つの物です。剣士の方々がより良い剣を求められるのは当然だと思っていましたが?」
グランディーナは箱から何本も取り出したが、どれも布は開かなかった。それらの包みはどれもペリダートソードと似たような長さだったのだ。
「剣に名をつけて尊(たっと)ぶのはあなたたち商人のやり方だろう。私は戦争屋だ。剣は敵を屠るための武器、それ以上でも以下でもない」
「ですが、同じ無名の剣ならば、あなたもより切れ味のいい方を求めるものではないのですか?」
グランディーナは再度、振り返り、ジャックを見た。〈何でも屋〉の表情は真剣だ。
「そうかもしれないけれど、私は負けた言い訳を、剣が劣っていたからだとは言いたくない」
「自身の未熟さを補うのが剣の役割だとわたしは伺ったことがありますよ」
「そういう考え方をする者がいることを否定するつもりはない。私にとってはイスケンデルベイも無銘の刀も同じ剣だというだけのことだ」
そう答えるとグランディーナは剣探しに戻る。
彼女の求める両手持ちの剣や東方に由来する曲刀などは箱の下の方に重ねてあった。その中でも下の方に置かれた長い包みを彼女は取り出す。
「これでいい」
「そんなに簡単に決めてしまっていいのですか?」
彼女が布を剥がすと、1振りの曲刀と短刀が一緒に入っている。しかし、それを見たジャックは、予想を裏切られたような顔をした。
「どうかしたのか? 短刀と一緒にくれるのが都合が悪いと言うのなら、短刀は返してもいい」
「いえ、そういうわけではないのです。ただ、こんな曲刀は仕入れた覚えがありませんでしたものですから。短刀も返していただく必要はありません。いや、わたしの知らない商品があるはずなどないのですが、これがいいのですか?」
「あなたの都合が悪くなければ、私はこれがいい。ただ、私も曲刀を使うのは2年ぶりだ。必ずとこだわるつもりはない」
「いいえ、わたしとしては覚えのない商品を置いておくぐらいならあなたに引き取っていただけるのは大歓迎です。ただ、わたしはそのような無銘の刀よりも、あなたにはもっといい武器を使っていただきたかったのですよ」
「私にとっていい武器というのはどれだけの敵を屠っても刃こぼれすることもなく、血糊で切れ味が悪くなることもない武器のことだ。それに、あなたの言ういい武器をもらってしまうと対価が支払いきれない。それでは私が困る」
「武器などいくらでも差し上げます。対価のことなど心配なさらないでください」
「誰からも施しは受けたくない。そうでなくてもあなたには、ヴォルザーク島まで乗せていってもらうという借りがある」
ジャックは軽く肩をすくめた。
「そのことならばとっくにご理解いただけたものと思っていましたよ。わたしたちはゼテギネア大陸で商売するつもりでした。特にゼテギネア最大の都市マラノには商人ならば誰でも一度は行ってみたいと思わせるような魅力があります。あなたの行きたがっているヴォルザーク島はゼテギネアでは東の辺境ですが、なに、もののついでというやつですよ」
「その話は聞いた。だが、武器のことは別問題だ」
「では、こういう話ではいかがでしょう。わたしとあなたとが知り合った記念にその曲刀と短刀は差し上げます。施しではなくて贈り物ならば受けていただけますね?」
「あなたはそんな理由で贈り物をするのか?」
「おやおや、グランディーナ、人はさまざまな理由で贈り物をするものですよ。それが傍目にはどんなにつまらない理由に見えてもです。あるいは理由などなくても、人はしたい時に好きな人へ贈り物をするものではありませんか?」
「さぁ? 私は贈り物をもらったことがあまりないからよくわからない」
「ではわたしから贈り物を差し上げます。受けていただけますね?」
しかしジャックの言い分に彼女はまだ戸惑っている。
物事には何でも対価があるものだ。そして人は滅多に無償で誰かのために働いたり、物をやったりなどしない。人が誰かのために何かをしたり、やったりする時、必ずと言っていいほど、そこには見返りが期待されている。傭兵だったこの5年間、彼女はそういう連中としかつき合ってこなかった。人間とはこういうものだと、彼女は思ってきた。
自分に無償で何かをしてくれた人を、彼女は数えるほどしか知らない。
生きるため、食べるため、何かを教わるため、ただ寝るためでさえ、彼女が何も差し出さずに求めたものを与えてくれた者だけだっただろうか。その答えは否だ。彼女自身もそうだったように人は対価を必要とする。それが見合うものかどうかは別問題としても。
「あまり難しく考えないでください、グランディーナ。わたしがあなたに贈り物をしたいのです。あなたはただ、それを受け取ってくださればいいのですよ。それにあなたは物の価値をご存じだ。わたしは剣は剣の価値を知る方にお渡しできればと思います。まぁ、そうは言いましてもわたしも商人ですから、金を払われればどんな方にでも物を売らざるを得ませんが、もしも選択の余地があるのなら、わたしは売る相手を選びたいと思ってもいますよ」
彼女はようやく頷いた。
「わかった、ジャック。そこまで言われたら、今度は断るのがあなたには失礼になりそうだ。この刀と短刀はありがたくいただこう」
「ありがとうございます」
グランディーナはかすかに笑った。
「おかしな人だな。なぜあなたが礼を言う? 礼を言わなければならないのは私の方だろう?」
「わたしの気持ちがあなたに通じたからです。それに職業柄、わたしはお礼の言葉をつい気楽に口にしてしまうのです。だからといって、あなたへの感謝の気持ちが偽りだというわけではありませんよ」
「偽りだなんて、露ほどにも思わないけれど、私の方こそ、ありがとう、ジャック」
「どういたしまして」
その後、1振りの両手持ちの曲刀は、ゼテギネア帝国相手に勝ち進む解放軍と、そのリーダーとなったグランディーナ自身の強さと相俟って、反ゼテギネア帝国の代名詞とも言える存在となっていく。
だが、それは後の話のこと、ゼテギネア帝国暦24年神竜の月初め、ゼテギネア大陸はいまだ、女帝エンドラの布いた恐怖政治の下にあった。
《  終  》
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