「暁の戦女神(イシュタル)」
自分の死を意識する間もなくヴィリー=セキは死んだ。全身を貫く凄まじい痛みに顔が歪み、声も上げられぬまま、彼はイービルデッドの餌食になった。
ヴォルザーク島からともに戦ってきた解放軍の、最初の戦死者であった。
ゼテギネア帝国暦24年影竜の月7日、その日、彼らの運命が変わった。神聖ゼテギネア帝国ヴォルザーク島フェルナミア駐留部隊の一員だったのが、職を失ったのだ。
沖合に現われた1艘の帆船、そこから上陸してきた赤銅色の髪の娘に隊長を殺されたからだった。
彼女はまず、最初に立ち向かっていった彼ら戦士、新米兵士たちを海に墜とすと、その後から現われた隊長のバスカークを一撃で倒した。それから、はっきりと神聖ゼテギネア帝国を倒すと宣言したのだ。
ヴィリーを先頭に戦士たちは彼女を追ったが、断られた。
それでもしつこく追い続けると、彼女はヴィリーの鎧を壊して、一人でヴォルザーク城へ向かっていった。
「俺はあの人を追うよ。ヴォルザーク城に行ってみたら、きっと手がかりがあると思うんだ」
「だっておまえ、鎧を壊されて来るなって言われてたじゃないか。追いかけていったって、また追い返されるのが落ちじゃないか?」
「だからって、このままフェルナミアに残れるのか? バスカークと一緒になって威張っていたのに、町の人が許してくれるもんか」
「そうだよな」
マイケル=スワローが気弱そうに頷いた。
アルベルト=ブラッドフォードとジェイムズ=パンテルは顔を見合わせ、自分たちのしてきたことを思い返してみたが、誰かを傷つけたことは一度もなかったし、誰かの物を取り上げたこともなかった。そういうことは、みんなバスカーク隊長がやってきたのだと言おうとして、アルベルトもジェイムズも自分たちが、いつもその後ろにいたことをも思い出した。
「俺、家に帰ってくる」
「何をしに行くんだ?」
「いまなら母さんに、ちゃんと挨拶できそうな気がするんだ。それから荷物をまとめてヴォルザーク城へ行くよ」
「俺も一緒に行っていいかなぁ?」
マイケルが声をかけると、ヴィリーは嬉しそうな顔をした。
「おまえたちにだけ、いい格好をさせるもんか。俺たちだって行くよ、なぁ、ジェイムズ?」
「そ、そうだな」
しかし、結局のところ彼らは彼らだけで発たなかった。ジェイムズの父フィッシャー=パンテルが旧ゼノビア王国騎士団の生き残りだった上、その指導者ウォーレン=ムーンの召集を受けた直後だったからだ。
そして彼らは「あの人」がグランディーナという名で、ウォーレンが選んだ星、神聖ゼテギネア帝国に反旗を翻す反乱軍のリーダーだということを知った。
けれども彼らがようやくヴォルザーク城に着いた時、すでに彼女はおらずダスカニアを経由してゼルテニアの隠れ里へ向かっているということだった。
彼女はウォーレンに次ぐ指導者であるランスロット=ハミルトンや反乱軍への参加を希望する者十数名を引き連れてヴォルザーク城に戻ると、そこにいた者を加えて解放軍を結成した。
その時から彼ら、元ゼテギネア帝国兵たちの戦いも始まったのだった。
「聞いたかい、アルベルト?」
「何をだよ?」
そうは言ったが、彼にはわかっていた。ヴィリーがこんな風に目を輝かせて話そうとするのは、十中八九どころか9分9厘グランディーナのことなのだ。なにしろ彼ときたら、彼女に鎧を壊されてからというもの、その強さに憧れて、のぼせ上がっているのだ。
「グランディーナさまがギルバルドさまと戦った時のことさ。ギルバルドさまはゼノビア王国の魔獣軍団長だった方なんだ、そのギルバルドさまの鞭にグランディーナさまは触れさせもしなかったんだって。凄いよなぁ!」
「おまえ、ペシャワールに行ったのは俺たちと一緒だったじゃないか。そんなもの、いつ見たんだよ」
「へっへぇ。有翼人のカリナさんに聞いたんだ。ギルバルドさまの髭が短いのもグランディーナさまがぎりぎりで切り落としたからなんだって。凄いなぁ」
「何の話をしているんだい?」
「またグランディーナさまの話さ」
「俺も聞いた。ユーリアさんがギルバルド様を庇って、親友のカノープスさんも駆けつけたんだって。格好いいなぁ!」
「何が?」
「だってギルバルドさまとカノープスさんは24年も仲違いしていたんだぜ。それを親友の危機に駆けつけるなんて凄いじゃないか」
「そんなに格好いいものじゃねぇよ」
急に影ができたと思ったら、当のカノープス=ウォルフその人が立っていた。真紅の翼は高さ7バス(約210センチメートル)、彼自身も6バス半(約190センチメートル)と高く、ほとんどの者には見上げるようだ。
「ギルバルドと戦うことはその前にグランディーナから言われていたし、その時にはユーリアも一緒だった。でも俺はあいつらとともに行かなかったんだ」
「どうしてですか?」
「馬鹿だったからさ。つまらねぇ意地を張って24年も無駄にした。せっかく来た妹まで泣かせちまってな。どうしようもない馬鹿だ、ガキのやることさ」
「じゃあ、どうして気が変わったんですか?」
「自分が馬鹿だと気づいたからだ。俺たち有翼人はおまえら人間の3倍も生きる。それでも24年は長い時間だ、おまえたちなんか24年も経ったら、いい歳のおっさんになっちまう。俺はそれだけの時間を無駄にした。これからの24年間も無駄にするわけにはいかなかったのさ」
そう言った彼はまだ20代の若者にしか見えない。
「しかも情けないことに俺はそうと心を決めるまで酔っぱらっていた上、1頭のグリフォンもいなかった。バハーワルプルからペシャワールまで飛んでいくのは一苦労だったぜ」
「でも間に合ったんだから凄いですよね」
「バハーワルプルってどこにあるんですか?」
「ペシャワールのずっと北さ。一晩飛びとおしで、着いた時にはへろへろだ。もうあんな距離を飛ぶのはごめんだな」
「グランディーナさまがギルバルドさまの鞭に触れさせもしなかったって本当ですか?」
「俺は見てねぇから知らねぇな。着いた時にはもう終わっていたし。そんな話、誰に聞いたんだ?」
「こいつがカリナさんからだって言うんですよ」
「あの野郎、余計なこと言いやがって!」
そう言いながらもバルタンが笑っていたので、若い戦士たちは安心した様子で話し続けたのだった。
「1人でシリウスと戦ったなんて凄いな!」
「でも本当はリーダーの人たちと一緒に行くはずだったんだろ?」
「だって、その理由が凄いじゃないか! 満月の時のシリウスには誰もかなわないんだから1人で出かけたって。格好いいな!」
「本当に倒しちゃったんだから凄いよな。ランスロットさまが牛のような大きさの化け物だって言ってたろ? 見てみたかったなぁ」
「そんなこと言ったって誰も連れてってもらえなかったんだから、おまえなんかが連れていってもらえるわけがないだろ」
「だからシリウスの死体だけでもさ。なぁ?」
「そうそう!
何だ、アルベルト、ひょっとしてランスロットさまの言ったことを疑ってるのか?」
「そ、そんなわけないだろ! ランスロットさまの言ったことなら間違いないさ」
そうは言ったものの誰もが牛のような化け物だというシリウスの姿を想像しあぐねていた。何といっても人狼など見たことがなかったし、牛のような化け物がどんなものか魔獣ぐらいしか思いつかなかったからだ。
「だから凄いんだよ!」
ヴィリーが突然、そう断言した。
「俺たちが想像もつかないような化け物と、たった1人で戦って勝ったんだから、グランディーナさまは凄いんだ!」
「そう、だな」
ビンセント=ハンナが頷いた。
「でも酷い傷も負ったみたいだぜ。マチルダさまが全治1ヶ月の大怪我だって言ってたからな」
「だけど寝たきりになるような傷じゃないじゃないか。魔獣にも乗らないで、ふつうに歩いているんだからマチルダさまがちょっと大げさに言ったんだよ」
治療部隊のマチルダ=エクスラインは実直な人柄で、あまり騒がない大人の女性と見られていたのでヴィリーの言い分に納得する者はいなかったが、グランディーナが怪我を負う前と同じように歩き回っているのも事実だったので皆は黙り込んだ。
「マチルダさまの言ったことはともかくさ」
しばらく経ってからバイソン=ロイスターが静かに言った。
「グランディーナさまが凄いってことは認めてもいいんじゃないかな?」
「そうだろう?」
ヴィリーが勢いづいて言い、その話はそれで結論づいた。
しかしその後、マトグロッソ近郊に野営していた解放軍はシルキィ=ギュンターが悪霊に襲われて負傷した上、グランディーナも霊のために行方不明になってしまった。
けれども影の報告でゴヤスで悪霊を操るラシュディの三番弟子、黄玉のカペラが悪魔の力を借りていると知り、グランディーナの選んでいた4人、ウォーレン、ランスロット、ギルバルド=オブライエン、カノープスが予定どおりグリフォンとコカトリスに騎乗してゴヤスに向かった。リーダーたちの話し合いでカペラを倒すことになったからだ。行方不明のグランディーナがゴヤスに人質にとられたわけではないことも後押しになった。
残った者たちはリスゴー=ブルックに率いられてイグアスの森、現在はポグロムと呼ばれる森に沿って南下していくことになった。ゼノビアへ続く街道を辿っていき森には入らないで進んでゆくのである。
解放軍の何人かの者がポグロムの森で家族を殺されていたので誰もが自然と無口になっていた。そのような家族がいない者にとっても同じゼノビアの人間としてポグロムの森で行われた虐殺は許しがたいものであった。
アラゴアスで予定どおりグランディーナたちと合流すると戦士たちのみならず誰もが安堵したような笑みを浮かべた。彼女がなぜ野営地からいなくなり、どうやってウォーレンたちと一緒になったのか詳しくは知らされなかったが、そのころには皆の気持ちは王都ゼノビアの奪還に向けられていたので、それで済んでしまったのである。
「見て見て! 解放軍の旗だって!」
マンジェラ=エンツォが青い無地の旗を掲げたのでシルキィとフィーナ=タビーが手を出した。フィーナはバーンズ=タウンゼントという騎士に率いられてゼノビア攻めの前に解放軍に加わった女戦士だが歳の近いマンジェラやシルキィと早速打ち解けて10年来の旧友のように親しくなっていたのである。
ヴィリーたち戦士も興味を覚えて近づいていくと、ひときわ大きな人影が旗を取り、大きく広げた。シャローム地方で解放軍に加わった有翼人のカリナ=ストレイカーだ。上背があるのでマンジェラたちが持つよりも高く掲げることができ、旗が映えて見えた。
「この旗、誰が持ってきたんだ?」
「今朝、グランディーナさまが持ってきてマチルダさまに旗に仕立ててほしいって頼んでましたよ」
「へぇ」
「解放軍の旗ってことは俺たちの旗なんだ」
「当たり前じゃないか。俺たちだって解放軍の一員だろう?」
「でも初めて実感湧いてきたんだ」
「何よ、いまごろ。ヴォルザーク島を出てから、ずっと一緒に戦ってきたじゃないの」
「そうよそうよ」
「うん。だけど俺なんか半人前だろう? いつもリスゴーさまの後ろにいて、みんなに庇ってもらってるだけで、勢い込んでやってきたけど、とても役に立ってないと思ってたんだ。だけど、この旗を見ていたら急に実感が湧いてきた。いつまでも半人前だなんて甘えていちゃいけないって」
ヴィリーの興奮した顔つきに皆は様々な反応を示した。アルベルトたち戦士は彼の発言を自分たちの言葉のように聞いて考え込んだし、マンジェラたちは彼らの頼りなさを姉のような心境で受け止めた。カシム=ガデムを初めとする魔法使いたちは、とっくに前線に立って戦っているという自負から何をいまさらと言いたげだ。カリナだけは人懐こい笑顔を浮かべて戦士たちの頭を1つずつ軽くたたいた。
「誰だって最初は、みんな半人前なんだぜ。あんまり気負って怪我してもつまらねぇからな、順番にやっていけばいいんだ。俺だって、そうやって何度、大将に尻ぬぐいしてもらったか数えきれたものじゃねぇ」
彼の言う「大将」とはカノープスのことだ。旧ゼノビア王国時代、同じ魔獣軍団に所属していたせいでカリナは、いまもカノープスをそう呼んで慕っているのだった。
「あっ! グランディーナさまとカノープスよ!」
シルキィが、こちらにやってくる2人を見つけたのはその時で早速マンジェラと近づいていって引っ張ってきた。グランディーナを崇拝するヴィリーなどには、とても真似できない大胆さだ。
「あっ! グランディーナさま、カノープスさん、見てくださいよ! さっきマチルダさんが見せてくれたんです。解放軍の旗ですって!」
「気に入ったか?」
強面のリーダーの表情が珍しく和んだ。
「もちろんですよ! 旗がなくちゃ格好つかないじゃないですか。俺たち正真正銘の解放軍なんだなぁってみんなで言ってたところです」
カシムの返答に、うまいことを言うものだなぁと感心しつつ戦士たちは頷いた。
「青は呪術的にも成長や若さを示す色です。僕たち解放軍には相応しいと思いますね」
「またエマーソンの悪い癖!」
「すぐ知ったかぶりして蘊蓄(うんちく)たれるんだから!」
「本当のことだ、君たちに揶揄(やゆ)される覚えはないね。
グランディーナさまだってご存じでこの旗にしたんでしょう?」
「そうだ。それだけが理由でもないがな」
「へぇぇ」
「この先、ドヌーブやホーライ、オファイスの生き残りが入るのを計算してのことだろう? ゼノビアの旗じゃゼノビア対帝国って形になっちまうし、ほかの国の奴らが肩身の狭い思いをすることになっちまう」
「そうだ、と言いたいところだが足りない。ハイランドを忘れている。アヴァロン島やマラノ、ともに戦う意志のある者ならば誰でも歓迎する」
「へぇぇ」
さっきはシルキィだったが、今度はマンジェラが頓狂な声をあげた。皆の視線が一斉にグランディーナに向けられる。
「アヴァロン島やマラノはわかりますけど、ハイランドっていうか、帝国は敵じゃないんですか? 俺たちは帝国を倒すために戦っているんですよね? そのなかに俺たちに味方してくれる人がいますかね?」
不満そうに反論したのは地味な魔法使いウィングス=イースタリーだ。同業のカシムが目立つので、いつもは仲良しの人形使いワイルダー=ホーナーと控えめにしている。
「勘違いするな。帝国は敵だが、そこにいる者全てが敵というわけじゃない。やむをえず帝国に従っている者もいるだろう。旧王国の者もいる。我々の意志に賛同するのなら私は誰でも解放軍に迎えるつもりだ」
「そうだよ! 俺たちだって帝国の兵士だったんだから。帝国にだっていい奴はいっぱいいるさ」
リーダーの言を受けてアルベルトは、つい勢い込んだ。皆も同意するように頷きあって改めて、いろいろな意味の込められた旗を見つめ直した。
「あなた方が思い描くのはどんな国だ? ゼノビアの旗ならばゼノビア、ゼテギネアの旗ならばゼテギネアしか思い描けないだろう。だが無地の旗ならば、それができる。あなた方の知らない国の形がある。国を作るのは、結局、一人ひとりの民だからな」
「そんなこと、考えたこともなかったな」
「だってゼノビア王国のことなんか知らないもん。知ってるのはゼテギネア帝国だけだわ」
「ポグロムの森のことがあるから自分がゼノビア人なんだって思ってた」
グランディーナの言葉にフィーナ、シルキィ、マンジェラが感想を述べ合うとリーダーはさらに続けて言った。
「ならば、これから考えろ。そして話し合え。状況に流されるな。大切なのは国を作るという自覚だ。たとえ神帝がいても国を支える者がいなければ国とは呼べない。もっとも国などなくても人は生きていける」
「新しい国には当然グランディーナさまもいるんですよね?」
「さあな。明日からゼノビア攻めだ。よく休め」
「はいっ!」
「カリナ、旗手はあなたに任せる。敵に奪われるな。そのうちに増やすかもしれないがいまのところ、それしかないからな」
「承知してますよ。今回はゼノビア城のてっぺんにこの旗を翻してみせますとも」
カリナが旗を巻くとグランディーナとカノープスは、その場を離れていったが、ほとんどの者は、いまの話を自分なりに消化して呑み込むのに忙しかった。グランディーナの話は、それほど彼らには刺激的なことに聞こえたからだ。
「驚いたな」
エマーソン=ヨイスが呟く。
「あんなことを考えている人だとは思わなかった。僕たちの知らない国の形って、どんなものだろう?」
「ホーライとかドヌーブってこと?」
「じゃあ、オファイスも?」
「そんなはずがないだろう! グランディーナさまは無地の旗ならば、どんな国でも描けるって言ったんだ。ホーライもドヌーブもオファイスも、そのなかに入っているはずがないじゃないか」
「だって国なんて偉い人が作るんでしょ? ゼノビアの騎士団長だった人が助けられたって聞いたわ。あたしたちが何を考えても、そういう人たちが決めるんじゃないの?」
「偉い人って、たとえばウォーレンさまやランスロットさまのこと?」
「マチルダさまやリスゴーさまは入るの?」
マンジェラたちの問いに皆は黙り込んだ。カリナでさえ目を白黒させて旗の柄を弄んでいる。
「グランディーナさまは、そうじゃないって言ったんじゃないのかな?」
呟くように応えたのは、またしてもエマーソンだ。
「だから僕たちに考えて話し合えと言ったんだ。新しい国について考えろと言ったんだ」
「だけどエマーソンだって、それがどんなものだかわからないんでしょ?」
「わからないものを、どうやって話し合うの?」
「それを考えろってことじゃないの?」
「難しいぃ! あたし、そんなに頭良くないもん! どうやったら、もっと弓が上手になれるかって、それで精一杯!」
「でも、それが状況に流されるなってことなんだ。難しいからって考えることを止めちゃいけないんだ」
エマーソンの言葉にマンジェラたちは顔をしかめたが、ヴィリー一人が例によって瞳を輝かせて誰に言うともなく呟いた。
「やっぱりグランディーナさまは凄いなぁ。そんな難しいこと、俺には思いつきもしないや」
「解放軍のリーダーを任せられるような人だもの、俺たちとは頭の出来が違うのさ」
「剣も強いんだろう? 一回でいいから教わってみたいなぁ」
「俺たちなんか、まだ早いって言われないかしら?」
「大将は頼んでみたらって言ってたぜ?」
「えええっ?! 絶対止めろって言われると思ってたのに!」
「大将が、そんなこと言うわけないだろう?」
けれど、その機会が永久にまわってこないことなど、彼らは知るよしもなかった。
やがて解放軍は守備隊長クアス=デボネアを降して王都ゼノビアを解放した。
屋上から城内に攻め込んだグランディーナに同行したのはランスロットだけだったが、降伏して武装解除された帝国兵から戦いの様子を聞くことができ、ゼテギネア帝国四天王が一人を負かした鮮やかな勝ちっぷりは早速、戦士たちに話題を提供した。
「聞いたかい、ゼノビア城でのことさ?」
「聞いた聞いた! デボネア将軍に自分の剣をさせなかったって」
「グランディーナさま一人で途中の兵士も片づけちゃったっていうじゃないか」
「ダスカニアで使った必殺技も使ったんだって」
「腕を切り落とされた兵士もいたって」
「凄かったんだろうなぁ」
「近くで見てみたかったよな」
「だから言っただろう、グランディーナさまは凄いんだって」
「今度はアヴァロン島だって?」
「フェルラーラから船に乗るんだって」
「船の上じゃ帝国軍との戦闘もないだろう? グランディーナさまに教われないかなぁ?」
「馬鹿だなぁ。船の上で、そんなことができるわけがないだろう」
「そうかぁ。残念だなぁ」
「機会なんて、いくらでもあるさ」
「でもグランディーナさまは、いつも忙しそうだから頼みにくくて」
「そんなこと言ってたら永久に教えてなんかもらえないぜ」
「うん。わかってるよ」
「何だったら俺から頼んでみようか?」
それからアヴァロン島に船で渡った彼らは、バインゴインの港に上陸する際に戦闘に巻き込まれてしまう。帝国軍が待ち伏せしていたところに解放軍が攻め込んだためだ。
竜使いのライアンとドラゴンたちとともに真っ先に船を降りたグランディーナは戦士たちに最後に来るよう命じた。
けれども皆の動きが速く、彼らが戦場に出たのは戦闘が始まってから、それほど経っていないころだった。
しかも戦闘は彼女の予想に反して長引き、このような乱戦に不慣れなヴィリーたちは戸惑い、思うように剣を振るうこともできなかった。
ガレス皇子らしき人物が現れ、戦場にイービルデッドを撃ち込んだのは、その時だった。
ヴィリーは戦場に顕現した魔法陣の、ちょうど真ん中におり、ほぼ即死した。その周辺にいた帝国兵も何人も倒れたし、魔法陣の外側だったアルベルトは、その余波で負傷した。ビンセントとバイソンは、それ以前に怪我を負っていた。
「ヴィリー?!」
グランディーナの声が彼らの耳を打つ。彼女は血の海に沈んだヴィリーを抱き上げた。その姿に彼らの胸は痛んだ。
「グランディーナさまは、まるでイシュタルのようだよ!」
そう言ったヴィリーの無邪気な声が甦る。
けれど一際険しい顔で皆の間を飛び回るグランディーナに純白の戦女神イシュタルを見出す者は、もはやいなかった。
どんなに超越した腕前を持っていても彼女もまた人に過ぎない。彼らは、そんな当たり前の事実に気づいたのであった。
《 終 》