「失われた楽園」

「失われた楽園」

「ここで二手に分かれよう。ベリアルとエリゴスは私が救出に行く。あなたたちには女性を頼む」
その言葉に皆の視線がグランディーナに集中したが彼女は話を続ける。
「私の方にはパウルと、そうだな、サダトを廻してくれ。私たちだけでは彼らも敵か味方か判断しづらいだろう」
「おまえ一人でお二人を助けられると?」
「私一人の方が戦いやすい」
少し思案してからサラディンは、また口を開いた。
「サダトはわかるがパウルは、なぜ必要なのだ?」
「後始末に彼の力を借りたい。それに実戦慣れもしておいてもらいたい」
彼はひとつ頷いてから指名された2人に向き直った。
パウル=ルキシュは押しかけ弟子だがサダト=ウルム=クレスタはボルマウカ人だ。助っ人に過ぎない立場の自分たちが勝手に使うわけにはいかないだろう。
「ゲド殿、グランディーナは、あのように言っているが、よろしいか?」
「サダトは若輩者です。却ってご迷惑をおかけしませんか?」
「そちらの戦力を削りたくない。ベリアルとエリゴスへの顔繋ぎになってくれればいい」
「承知しました。
サダト、おまえはグランディーナ殿、パウル殿と一緒に行くがよい。いまは求められる役割を果たせるようになれ。年若いおまえには、そのどれにも学ぶことがあるだろう。ましてやグランディーナ殿はゼノビア救国の英雄だ」
「わかりました」
さらにサラディンはパウルに、こう告げた。
「そなたはグランディーナに従うがよい。もともと十分な力はあるが、戦いの中で使い方を覚えるのだ」
若者はいささか緊張した表情で頷いた。
それで彼女らは二手に分かれて、それぞれの目的地へ向かった。12年来のニルダムの悲願を果たす、これがその第一歩となるはずであった。
「後始末って俺に何をさせるつもりなんだ? 力仕事ならお断りだぜ」
「あなたはゴーレムを使役できると聞いたが?」
「そうだけど、いまは手持ちのがいないんだ」
「そこらで捕まえられるだろう?」
言われて彼は目を白黒させたが、じきに頷いた。主人を失ったゴーレムは野良ゴーレムとなって、そこらを彷徨うようになる。そう簡単に巡り会えるわけではないが、可能性は低くない。
「ゴーレムに何の用だい?」
「穴を掘ってもらおうと思ってな。できるだけ大きいのを」
「穴?」
しかし彼は、それ以上、話を続けられなかった。ニルダム王家の末裔が閉じ込められているという村に近づいていたからだ。
グランディーナは足を止め、2人に指示を出した。
「サダトはこの場で待機、私かパウルが呼ぶまで動くな」
「わかりました」
「パウルは一緒に来い。魔法を使う機会はあなたに任せる」
「了解」
「さっさと片づけるとしようか」
そう言うなり彼女は走り出した。
曲刀が閃光一閃したかと思う間もなく、見張りの首が飛ぶ。
グランディーナは、そのまま村の中心に建つ教会に近づくなり、その扉を蹴破った。
パウルが支援する暇もない。中にいた兵士たちは次々に倒されていく。
それで彼は村の反対の方へ向かった。街道は、そちらにも続いているし、見張りは両方に置くだろう。
果たして彼が考えたとおりだった。村内の騒ぎを聞きつけた兵士が逃げようとしているところだ。
彼はただ念じるだけでよかった。制御しきれない魔力が凍てつく氷となって見張りに襲いかかる。
困るのは、それで魔力を使い果たしてしまうことだ。彼が魔法を使えるのは一日に1回きり、どんなに強力な魔法だろうと、それでは使い物にならないとサラディンに指摘されたのだった。
親友のティオキアを失った衝撃で魔力を封印して1年、そのあいだに彼の中では何かが狂ってしまったらしい。力が弱まったり失ったりしないで済んだのは僥倖(ぎょうこう)だったと言うべきなのだろう。
「こっちの見張りは?」
「片づけた、と思う。確認してくる」
「あなたは教会に戻れ。サダトを呼んできたら、ゴーレムを召喚して穴を掘ってくれ。そうだな、転がってる死体を入れられるぐらいがいい」
「ゴーレムにさせたいことって、それかよ」
「それだけのために、こちらに人数を割くわけにはいかないからな」
「まぁ、ね」
しかし教会に引き返しながらパウルは独り言ちた。
「だけど野良ゴーレムを捕まえるのも、そう簡単なわけじゃないんだぜ」
村に住んでいたローディス人たちを追い払って死体を埋める作業は続けられた。ゴーレムさえ召喚できれば後はお任せだ。幸いなことにゴーレムはローディス軍が使役していたのをかっぱらうだけで済んだ。真っ先に教会に突入したグランディーナは、その存在に気づいていたのだろう。
「あんなことをしたって、あいつら、すぐに戻ってくるぜ?」
「奴らに宣戦布告するいい機会だ。どちらにしても彼らがここにいられては揉めるからな」
「まともに戦えるわけじゃなし俺には人畜無害に見えたけど?」
「だから厄介なんだ」
そう言って彼女は頭をかいた。
そこにサダトとともに2人の皇子が近づいてきた。1人は戦士だが、もう1人は魔法使いのようだ。けれどもパウルにわかるのは、そこまでだったし、彼らは、すぐに自己紹介した。
「このたびは虜囚の身から助けていただき、感謝の言葉には尽くせぬほどだ。わたしはベリアル=ガフラヌ=ナハマ、彼は従弟のエリゴス=ガフラヌ=サベナ、以後、お見知りおきのほどを頼む」
「私はグランディーナ、彼はパウルだ。続きは道々、話すとしよう。
片づけは終わったか?」
「もちろん」
「途中で野宿することになる。ゴーレムに荷物を持たせてくれ」
「了解」
「何か我々にできることはあるか?」
パウルと入れ違いにベリアルが彼女に近づいた。
「歩きながら話す。あなたたちに決めてもらいたいことがあるからな」
二人は顔を見合わせたが何も訊かなかった。
それで彼女らは揃って教会を出た。夜はまだ明けそうになかった。
歩き出して、じきに彼女らは野宿することになった。2人の皇子が歩けなくなったからだ。
パウルはサダトに手伝ってもらって、すぐに彼らのために寝床をしつらえた。
さらに2人は火を起こし、グランディーナは見張りに立っていた。
「交替しようか?」
「私が立っていよう。あなたたちは休むといい」
「ゴーレムはどっちに置いておけばいい?」
「村の方だ」
パウルは、それで寝るつもりだったのに、ベリアルの言葉に聞き耳を立てずにいられなくなった。
「グランディーナ殿、先ほどの話をよろしいか?」
「腹を決めたのか?」
「そうではない。その話なら先ほども言ったように皆と合流してからにさせてもらいたい」
「では何を話すことがある? 私から話すことはもうないはずだが?」
「いや、あなたはまだ、なにゆえにそのような策を取るべきか話してくださっていないではないか」
「彼らが、ふつうの人間だからという理由では納得できないのか?」
「そうだ。ふつうの人間ならば、よけいに我らに害をなすことはあるまい?」
「だが彼らがいるのを理由にローディスが口を出してくる。居留民の保護は侵略にはいい口実だ。彼らがあなたたちにとって、どんな人間であるかなど関係なくな」
「だがそのために罪なき民を殺すなど神がお許しになるはずがない!」
「ここには無辜(むこ)の民などいやしない。彼らは自分たちが襲われるようなことになってもローディス軍が守ってくれるとわかっている。ローディスはそうやって領土を増やした。侵略と植民は貨幣の裏と表だ」
「しかし」
「だから言っただろう。選ぶのはあなたたちの自由だと。ここは、あなたたちの土地だった。好きなようにするがいい」
「神は土地をくださったのではない。ただ使う自由を我らに与えられただけだ」
「その理屈がローディスに通用したのか?」
「だからと言って我らにローディス教国と同じ過ちを犯せと言うのか?」
「するもしないもあなたたちの自由だ」
そこで彼女は立ち上がった。赤銅色の髪が焚き火を受けて煌めく。
「手を汚したくないのなら何もしなければいい。パラティヌスは土地を返すだろうし、ゼノビアも異は唱えまい」
「我らに人の情けにすがって生きろと?」
「それも選択肢の一つだ。あなたたちがどれを選ぼうと私は必要とされる限り、ここに残る」
「何のためにそんなことを?」
「戦争屋のすることなど一つしかあるまい?」
ベリアルとエリゴスは何かを言おうとして口をつぐんだ。
それでグランディーナは火を離れていった。その姿はなぜかパウルにサラディンを思い出させるのだった。
翌日の夕方、彼女らはサラディンたちと合流を果たした。
ゲドたちボルマウカ人はニルダム王家の末裔の存在に涙を流すほど喜び、その感動はしばらくは冷めそうにない。ベリアルとエリゴスも何年ぶりかで会う同胞の姿にこみ上げる涙を堪えきれないようだった。
「そちらの状況はどうだった?」
「おまえの推測どおりだ。冥煌騎士団はニルダムにそれほどの戦力を割いていない。テンプルコマンドが1人、いるだけだそうだ」
「問題はそんなことではないからな。彼らには辛い選択になる」
サラディンは口をつぐんだが、2人の周囲で動く野宿の支度に加わろうとはしなかった。
グランディーナも黙って座っている。もっとも、こちらは下手に手を出すと皆の邪魔にしかならないことがわかっているから、そうしているのだが。
やがて食事の支度ができたことをアイーシャが告げに来るまで2人は黙って座っていた。サラディンは眉をひそめ、グランディーナは余裕の笑みさえ浮かべて。
辺りが、すっかり闇に閉ざされたころ、ようやくボルマウカ人たちも落ち着きを取り戻した。パラティヌスから戻ったニルダム戦士団が数百人、そこに彼らの家族が加わったのだから、その人数は、かつての解放軍の比ではなかったのである。
けれども彼らのほとんどは奪還した村々に戻り、末端からニルダム王国の再建をすることが決まっていた。ボルマウカ人はゼノビアやパラティヌスと異なり、全ての男性とわずかの女性がグラップラーとしての訓練を受けるが、どうしても向き不向きがある。そのため団長のゲド=オロキ=ガラテアの判断で、ほとんどの者を村に帰すことを決めていたのだった。
もっとも彼は、そのことを主人であるベリアル皇子の判断を仰がずに勝手に決めたと恐縮しまくっていたが彼は異を唱えることはしなかった。
「それよりも相談したいことがある。リーダー格の者だけ集めてくれ」
「承知しました」
「グランディーナ殿、あなた方にも同席をお願いしたい」
「わかった」
来るように言われなかったがパウルも勝手についていった。しかしグランディーナもサラディンも来るなと言わず、このような場には不似合いなアイーシャと並んで腰を下ろした。その隣にはギルバルドやデボネアも座っている。
「あなたの口からもう一度話していただけぬか? その方が皆にもわかりやすいだろう」
集められた40人ほどを前にベリアルが話を切り出した。彼には品の良さがあったが王族らしい威厳や高圧さを示すことはなかった。パラティヌスならば、さしずめ貴族のお坊ちゃんという程度だろう。
「あなたから話せ。それがあなたの仕事だろう。汚れ役ならばいくらでも引き受ける」
ベリアルは渋い顔をしたが二度、同じことは言わなかった。彼は立ち上がり、すでにパウルが予期していたことを話し始めた。
もっとも当人は石にされた親友のことを思い出して気もそぞろではなくなっていたのだが。
「これからローディスに奪われた我らの土地を取り返すにあたり、そなたたちの意見を聞かせてもらいたい。問題はそこにいるローディス人たちの扱いだ」
「もちろん追い出すべきです。彼らはいてはならないところに居座っているのですから」
真っ先に発言したのはゲドだ。それに賛成の声がいくつかあがったが、すぐに反対意見が出された。
「そんなことをする必要はありますまい。彼らの全てが悪しき隣人というわけではありません。それに、もしもローディス人を追い出せば穏やかならざる事態に陥りましょう」
戦士団を引退したセイレン=ロフレスカ=カムヤは言ってみれば長老のような立場で、もちろんこれにもすぐに賛成する者が現れた。
「我らの独立自体がすでに穏やかならざる事態でありましょう。ローディスが、このまま我らの独立を認めるとお思いか?」
「もちろんたやすくはあるまい。だが認めてもらわねばならぬ。それは」
「我々を隷属させた連中に、まだ頭を下げろと言うのかッ?!」
ゲドがセイレンを怒鳴りつけたので場の雰囲気は一気に険悪なものとなった。
「そ、そうではない。だが戦うだけが能ではあるまい。それは愚策というものだ。まず交渉があって、それから」
「ローディスが交渉になど応じるものか。力尽くで取られたものを我らは返してくださいと頼みに行くのか? 奴らにそんなことを聞き入れる道理などあるわけがない。力で奪われたものは力で取り返すべきだ」
「力で応じれば力に滅ぼされるだけだ。今度はローディスに滅ぼされるかもしれないのだぞ?」
「誇りを失ってまで生きていたいとは思わぬ。ローディスに、またしても尻尾を振るくらいなら死んだ方がましだ」
「戦士団はそれでもいいだろう。だが、おぬしは女子どもらにも死ねと言うのか?」
「当たり前だ。これ以上、ニルダムの誇りを失って生きることに何の意味がある? この12年間の屈辱を耐えたのはニルダム復興のため、ローディスと戦うためだ!」
賛同の声が次々にあがり、その場を高揚させたが、じきに鎮まっていった。2人の皇子たちが、なおも沈黙していたので、自分たちが何のためにここにいるのか思い出したのだろう。
「ベリアルさまは何を案じておいでですか? ローディス人たちが何かをなすと?」
「結果的に。彼らを残せばローディスは彼らの保護を口実に侵略してこよう。だから、居留民の扱いをどうするのかグランディーナ殿に決めるように言われたのだ」
それでボルマウカ人たちの視線が彼女に集中した。彼女も今度はベリアルに話を続けるようには言わなかった。
「何のためにです?」
訊いたのはセイレンだ。
「彼らがあなたたちの考えているような良き隣人などではないからだ。彼らはローディス教国が領土を拡げるための尖兵であり、先触れ、後から来る者のための礎だ。だから私は彼らを殺せと言った。そうでなければ一人残らず追い払えと。そうしないのなら何もしないのと同じことだ」
予期していたこととはいえ、パウルは息を呑まずにいられなかった。だが、それはここにいる誰もが同じ思いだっただろう。
もっとも、こっそり盗み見たサラディンだけは、あまり表情を変えなかった。あるいは、ここに集められた時から、このような話題は予想していたのかもしれない。彼の洞察力は、いつも自分の予想を上回る。
「そのような恐ろしいことを我々にやれと?」
「どうするのか決めろと言っている」
「ここに、どれだけのローディス人がいると思っているのだ。そんなに大勢のローディス人を殺したら、どんな目に遭わされるか、わかったものではないではないか。そのことは考えているのか?」
セイレンの声は、わずかに震えてさえいた。
「ローディスから独立しようというのが、すでに大問題だろう。あの国は侵略して領土を拡げ続けてきたが失ったことはなかったからな。それに、たかが数万の居留民の死など奴らには痛くも痒くもない」
「ではなぜ、そのような問題を突きつけるのだ? ニルダムの独立さえ達せられるかどうか、わからないというのに」
「我々が力を貸そうというのだ、そう簡単に諦めてもらっては困る。問題は後始末の方だからな」
言葉を続けられなかったセイレンに代わって、後を継いだのはゲドだ。
「おぬしたちはゼノビア人だと言ったな?」
「いかにも」
「我らの独立を助けてゼノビアは何を得るつもりだ?」
「何も。そもそも我々は国に差し向けられたわけではない。勝手に行動しているだけだ」
「だがローディスは、そう受け取るまい。我らを『保護』するという名目で侵略してくるかもしれない」
「そうだろうな。だが、それも計算のうちだ。ニルダムの独立にゼノビアが動いたと知ればローディスも容易には動けまい。奴らとてゼノビアと事を構えるのは時期尚早だと考えているはずだ。まして私の名を聞けば警戒せずにはいるまい。幸いなことに冥煌騎士団はパラティヌスから、そう戦力を割けまい。あちらが片づいてからという隙は与えないし別の騎士団をよこす時間も与えない。さっさと結論を出せ。ぐずぐずしていると何もかも失う。手を汚すのは引き受ける」
そう言って彼女は不敵な笑みを浮かべたがボルマウカ人たちは一斉に息を呑んだ。
「だからと言って、そんなことを全てあなた方に押しつけるわけにはいかない。ニルダムは我らの土地だ。我らの手で取り戻さなければ」
「それで、どうする?」
返答に窮してゲドはベリアル皇子に目をやった。皆の視線も、また彼に向けられる。
「今日、答えなければならないことなのか?」
「セイレンたちとは明日、別れる。本当なら一昨日に答えがあってもいい話だ。それを今日まで引き延ばしたのはあなただろう」
「そんな恐ろしいことを、わたし一人で決められるはずがない」
「別に皆殺しを選択しろとは言っていない。私が提示した案は3つだ」
「だが何もしないことなどあり得ない。だからといって追放しても、あなたたちが去った後に戻ってきたらどうすればいい? わたしたちに自力でローディスを押し返す力があるというのか?」
「先走るな。そんな話は後回しだ」
「だが、わたしには大勢の人を殺させるような命令はできない」
「ならば答えは1つだな」
「あなたは本当に、そんなことができるのか?」
「やれと言っているのは私だ。できないことは言わない」
「なぜゼノビアの者がそこまでしてくれるのだ? わたしは何も持っていない。皇子などと呼ばれてるのも本家の方々が全ていらっしゃらないからで、わたしはそんな器ではないのだ。
そなたたちも同じだ。わたしのような者を王に抱けるのか?」
「あなたがガフラヌの名を捨てぬ限り、我らの抱く王はあなただけです」
ゲドの言葉にボルマウカ人たちは頷いた。その点に関してはゲドとセイレンのあいだで議論はないらしい。
オウガバトルの前から続く長い歴史を持つニルダムの事情は、他国にはなかなか伝わっていない。
「だけど、その名は、わたしには重いのだ。アンドラスの兄上がいらっしゃれば良かったのだろうが」
「あの方はガリウスに召喚されたまま、お帰りになりません。噂では我らの存命と引き換えにローディスの騎士団に配属されることを承諾されたとか」
「おいたわしや。あの誇り高きお方がローディスのために働いていらっしゃるとは」
セイレンが、そうつぶやいて涙ぐんだが、それはゲドたちも同じ気持ちらしい。ニルダム王家の生き残りの名はパウルも聞いたことがあった。
「もしもニルダムの独立を知ったらアンドラスの兄上は駆けつけてきてくださるだろうか?」
「何をおいてもおいでになるでしょう。それこそ、あの方の望みでもあるのですから」
「では、その時を頼みに、わたしも頑張らなければならないな」
「我らも精一杯、お仕えします」
しかし彼らは知らない。ニルダム王家の末子アンドラス=ガフラヌ=オーリヤがガリシア大陸を離れた遠いヴァレリア諸島に派遣された暗黒騎士団の一員であることを。
そして彼にはニルダムの独立を知る術もないことをも彼らは知らないままであった。
グランディーナが立ち上がった。
「話は決まったな。私はローディスが嫌いだがパラティヌス革命軍のやり方も気に入らない。だから、あなたたちに手を貸すことにした。それ以上の理由など、要らないだろう?」
「だが、それではあなたたちの負担が大きすぎるではないか」
彼女は軽く肩をすくめた。
「これが性分だ。それに私の名前を出す以上、ローディスの期待を裏切っては悪いだろう?」
しかしボルマウカ人たちは笑えなかった。これからのことを考えると彼女のように笑い飛ばせなかったのだ。聞いているだけのパウルだって、いざ、そんなことになれば冷静ではいられないだろう。
「気にすることはない。人にはそれぞれの役割というものがある。私は私の役割を果たすだけだ。その代わり、ニルダムの再興などという役目は御免被る」
ようやくベリアル皇子は心を決めたような顔で立ち上がった。
「あなたがそこまで言うのなら、わたしも覚悟を決めよう。
ニルダムの再興を目指して力を尽くす。皆も協力してくれるか?」
「もちろんです」
その後、ニルダム王国は悲願の独立を果たし、その領土もローディス教国の侵略を受ける前までの大きさに、ほぼ回復した。
ニルダムの王となったベリアル=ガフラヌ=ナハマは新生ゼノビア王国、パラティヌス王国と同盟を結び、いずれ来るであろうローディス教国の侵略に備えた。後にヴァレリア王国も加えた四王国間の交易は活発に行われ、大勢の人も行き交い、四王国は、それぞれに栄えた。
けれど炎の女神ゾショネルに愛されたニルダムの楽園は、二度と戻ってはこない。
《  終  》
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