「デネブのお料理教室」

「デネブのお料理教室」

「はぁい、皆さぁん。それではこれからカボちゃんたちを助手に南瓜の焼き菓子(たると)を作りまぁす。頑張って美味しいお菓子を作ってちょうだいねぇ」
金竜の月15日、アラムートの城塞の台所に甘ったるい声が響き渡った。魔女デネブ主催のお料理教室で、参加者は女戦士や槍騎士が15人に助手が3体のパンプキンヘッド、1体のマッドハロウィンだ。魔女と助手はお揃いのピンクの前掛けをしているが、ふだんは鎧などに身を包んだ女性たちは今日は食事の支度や給仕の時に使う上っ張りを身につけて、緊張した顔つきだった。
「まずは材料を量りますぅ。3人一組になってくださぁい。一組に1人、カボちゃんが付きますぅ。あたしは最後の組に付くけど、用事があったらいつでも声をかけてね」
「はーい」
皆はばらばらに応じた。言われたように3人が一組になり、パンプキンヘッドないしはマッドハロウィンが1体ずつ、最後の一組にデネブが付いた。その組み合わせは、かしまし3人娘にアニー、ミミ=ギシャールとペパーミント=フェッシュとティア=ホールステッドにエパポス、バニラ=シェラーとミレーユ=ミゼンコとクイン=ヴァレラにワイズ、マンディ=パスケヴィッチとバイオレット=ネイとフェイ=シュロフにシーガル、アイーシャとラミア=ヴィクトルとオパール=スウォロフにデネブだ。
4体のパンプキンヘッドとマッドハロウィンは料理用の天秤を5台出してきて、それぞれの組の前に置いた。アラムートの城塞の台所は一度に100人近くの食事を作れるので16人の調理場所を確保するのはたやすいのである。
「まずぅ、小麦粉を130ナーシー(重さの単位。1ナーシー=1グラム)ずつ量ってくださぁい」
小麦粉はたいがい袋詰めだ。天秤の片方に重りを載せて、130ナーシーにしたが、小麦粉を入れる皿を載せたところでさらに重りも追加して、と台所は賑やかだった。
そこに右腕を三角巾で吊ったグランディーナが現れたので皆は一斉に沈黙した。
「どうしたの、こんな時間にぃ?」
「書物を読んでいたら昼飯を食いっぱぐれたんだ。何か残ってないか?」
「あらぁ、やっぱりあたしが付いてないと忘れちゃうのねぇ。カボちゃんを1人、残してあげれば良かったわぁ」
「だから腹が減ったことを思い出したから下りてきたんだ」
と言って彼女がそこらの棚を開けようとするのをデネブがやんわりと制した。
「そんなところに食べ物は入ってないわぁ。食事も忘れちゃうようなうっかりさんには黒パンと乾酪(ちーず)くらいしかないけどいいかしらぁ?」
「十分だ」
「じゃあ、そこいらに座っててぇ。すぐに用意してあげるぅ」
「何かしていたのだろう? あなたの手を患わせることはない」
「駄目よぉ。あなた、黒パンと乾酪を探して、皿と杯を探すだけでこの台所を吹っ飛ばしかねないものぉ。おとなしく座ってなさい」
それでグランディーナは隅に腰を下ろした。
「みんなはぁ、小麦粉を量っててちょうだいぃ」
デネブに言われて皆の動きが戻った。もっともデネブの言った「黒パンと乾酪を探して、皿と杯を探すだけでこの台所を吹っ飛ばしかねない」件については追及したくてもできない相談だ。
皿に黒パンと乾酪を載せられ、杯に水も汲まれて、グランディーナは勝手に食べ始めた。
「それで今日は何をやっているんだ?」
「南瓜の焼き菓子を作ってるの。一口食べただけでほっぺたが落ちちゃいそうな甘ぁいお菓子」
皆が目を離した隙に空っぽになった皿と杯を、すかさずデネブが片づける。
「お菓子?」
「そ! カボちゃんの美味しさにみんながめろめろになっちゃうような特製焼き菓子よ!」
「お菓子って何だ?」
デネブはグランディーナを振り返った。
「ねぇ、あなたのことだから冗談で言ってるんじゃないと思うんだけど本当にお菓子のこと知らない?」
「見たことも聞いたこともない」
「アヴァロン島でもお祭りはあったでしょう? そういう時にお菓子を食べなかったの?」
「祭りには行ったことがない。傭兵をしていた時もそんなものに行く機会はなかった」
「うっ」
予想もしていなかったリーダーと魔女の会話に皆が耳を澄ませていると急にデネブが涙ぐみ、手巾(はんけち)を手にしたシーガルが急いで駆け寄ってくる。
「どうした?」
「あなたって可哀想だわ。女の子なのにお菓子も知らないなんて。甘ぁいお菓子は人生の一部よ、女の子を女の子たらしめるのはお菓子なのよ!」
「だからって、あなたが泣くほどのことじゃないだろう」
しかし辺りにデネブが鼻をかむ音が響き渡った。
「だって、だって。そうよ! サラディンは料理が得意じゃない。どうしてお菓子を作ってもらえなかったの?」
「さあ。それは彼に訊いてみないとわからないけど、あなたほどお菓子とやらは重要視してなさそうだな」
「ひど〜い」
デネブが泣きじゃくる背後で皆は小麦粉を量り終えて次の指示を待っている。それを察したグランディーナは出口の方に行きかけて振り返った。
「南瓜の焼き菓子を作るんだったな?」
「そうよ。美味しい甘ぁい南瓜よ」
「だったら後で食べさせてくれ。あなたにそこまで言われるとどんな物か興味が湧いてきた」
「ほんと?」
「こんなことで嘘を言ってどうする。緊急の用事があったら忘れてしまうかもしれないけど」
「忘れちゃ嫌! あなたの分、ちゃんと取っておくから来てね」
「忘れなかったらな」
そう言ってリーダーは左手を軽く挙げて、台所から出ていった。
魔女は、それを恨めしそうな顔で見送っていたが、顔を洗い直してくると再度、皆の前に立った。
「デネブさん、提案があるんだけど、いいですか?」
「なぁに、ラミア?」
「南瓜の焼き菓子は1人1枚造るんですよね?」
「そうね。あら、みんな、粉を量ってくれたのね」
「はい。それで、みんなで話したんですけど、1人1枚、甘い焼き菓子を食べるのはちょっと多すぎるんじゃないかと思いまして」
「あら、あたしはいつも1枚食べるわ。もちろん後のご飯の量も調節しなきゃならないけど」
「でも私たちは1枚は多いと思ってるんですよ。それで、ここにいない人にも分けてあげたらどうかと」
「だけど解放軍中に行き渡るには16枚くらいじゃとても足りないわよ?」
「女性陣だけとか。今日は来られなかったけど仲がいい人とか」
「それはあなたたちの自由、好きな人といただけばいいわぁ。
さあ、再開しましょ。小麦粉を量ったら、次はお砂糖を30ナーシー量ってねぇ」
その後、彼女たちはデネブの指示で卵黄をとりわけ、牛酪(ばたー)と、もう1回砂糖と凝乳(くりーむ)と南瓜を量った。
それから焼き菓子の生地を造り、南瓜を茹でて裏ごしして材料を混ぜた。
さらに造った生地に南瓜を載せて竈(かまど)に入れ、焼き上がるのを待っているところだ。
使った調理器具を片づけると時間が空く。そのあいだは当然、おしゃべりだ。
「ねぇねぇ、さっきは驚いたわね」
例によって、かしまし娘たちが口火を切る。彼女たちに言わせれば、これでも精一杯、遠慮したのだ。
「お菓子のこと?」
「そうそう。お菓子を知らない人がいるなんて思わなかったもん」
「でも男の人たちも知らなさそうじゃない?」
「ウォーレンさまとか?」
「アッシュさまとかも!」
「ああ、ごめん。あたしが驚いたのは別のことよ」
「何よぉ、マンジェラ? 食い意地の張ったあんたに言われるとは思わなかったわ」
「食い意地が張っただけ余計ですぅ。あたしが驚いたのはグランディーナさまがあんな優しい顔をしたのはゼノビア以来だってこと」
「そうだっけ?」
「そうよ、ゼノビア城を攻め落とす前にみんなで旗を見ていたらカノープスとやってきたじゃない」
「あの時はまだヴィリーも生きてたんだもんねぇ」
「そうそう」
「あいつら、元気にやってるかしら?」
「手紙を出しても返事をもらうまでアラムートの城塞にはいないだろうしね」
「そうねぇ。誰か来ればいいのに」
「誰かって誰よぉ?」
アヴァロン島で解放軍を辞めた戦士たちのことを思い出して、3人はしみじみとため息をついた。
「ねぇ、いまの話、本当?」
そこに興味深そうに割って入ったのはラミアだ。アラムートの城塞戦で負傷したので一線は引いたが商家の娘という経歴を生かして補給部隊の専属に変わっている。彼女のおかげで一度にたくさん買う物、たとえば弓矢のような買い物が安く済むようになったとは補給部隊の責任者ヨハン=チャルマーズの弁だ。
「何がぁ?」
「グランディーナさまが優しい顔をしたことがあるってこと」
「うん、そう」
「あの時は解放軍の旗ができたっていうんでそれどころじゃなかったし、ずっと忘れてたもんねぇ」
「そうそう。あんた、よく思い出したわね」
「ちょっとぉ、既視感て言うの? どこかで見たことあるなぁと思って」
「私、リーダーはいつも怒ってると思ってたわ」
「えー、そんなこと、ないんじゃない?」
「だって戦闘中はいつも怒鳴ってるわ」
ラミアに助太刀したのは仲のいいオパールだ。
「話しかけられる人もなかなかいないしね」
「解放軍も人が増えたから、甘い顔をしていられないのかも」
「あんまり働かない人もいるもんね」
それが誰かと名指しすることがないのは、かしまし娘たちの、せめても配慮だ。
「あなたたち、ちょっと誤解しているようだけどグランディーナはあたしの知ってる限り、解放軍の誰に対しても怒ったことはないわよ」
「えっ?」
デネブの言葉に頷いたのはアイーシャだけで、ほかの全員が驚いて魔女を凝視した。その彼女は鼻唄交じりで化粧直しだ。
「あの子の愛想が悪いのは性格だけど、だからって怒ってるわけじゃないわ。あの子が怒鳴るのはその方がみんなに聞こえるからよ。あの子ほど気が長いというか寛大というかな人、解放軍にはいないわよ」
「でもグランディーナさまの言い方ってきつい時がありますよね?」
今度はクインがデネブに食い下がった。皆もデネブの言葉には素直に頷けないようだ。
「まぁ、あの子は実力だけが評価される世界で生きてきたからある程度はしょうがないわね。だけど考えてもごらんなさいな、解放軍も200人近い大所帯よ。どこかで誰かが引き締めなくちゃ、みんなの好き勝手にやらせるわけにはいかないでしょ?」
「でも、あたしの友だち、解放軍の入隊試験で落とされたんです。一緒に頑張ろうねって言ってたのに。そのことでグランディーナさまに訴えたら、『実力のない者を解放軍に置く余裕はない』って」
「あなた、勇気があるわねぇ。グランディーナにそんなこと言える子、なかなかいないわよ。でも、あたしはあの子の言うことに賛成。モームの腕は確かよ、司祭としては解放軍でも2番目、その彼女が力が足りないって言うのなら、グランディーナはその判断を優先するわ。それに命がけの戦闘でお世話になるなら、あなただって頼りになる人の方がいいでしょ?」
「それはそうですけど」
クインはまだ納得してないような顔で口ごもった。
「グランディーナはその方が傷つけられるような事態になることを避けているのだと思います」
それまで黙っていたアイーシャが口を挟む。
「私たち司祭や僧侶は後方支援ですから前線に立つことはありませんが、それでもいつ戦闘に巻き込まれないとも限りません。モームさまが実力不足と判断されたのは、そのような方は戦闘に巻き込まれた時に命を落とされる確率が高いためだと思います。解放軍にいる限り、その危険性は決してなくなりません」
「だけど、あたしがいるんだから、そんな時には庇ってあげられるのに」
「ですが、その分、あなたが危険になります。最終的には皆さんに影響を及ぼすことになるかもしれません。でもロシュフォル教会にいらっしゃれば、そのような事態はほとんどないでしょうし、このような時にはロシュフォル教会でも人手はいくらでも必要とされます。もしかしたら、あなたのご友人が残られたことで感謝された方もいらっしゃるかもしれませんよ」
「どうしてぇ?」
「本当に大変なのは帝国を倒した後だとグランディーナが言っていました。自分は戦争屋だから壊すだけだけど、作り直すのは壊すよりも何倍も時間も手間もかかると。あなたのご友人が残られれば、残られた皆さんの負担も減りましょう。それもまた戦いなのだとグランディーナは言うのです。解放軍のように目立たない分、それは厳しいことだと思います」
「そうかぁ。じゃあ、あの子がマタガルパに残ったことも意味がないわけじゃないのね?」
「ええ。私はそう思います」
「ありがとう」
そう言ってからクインは赤面した。
「名前を聞いてもいいかしら?」
「これは申し遅れました。司祭のアイーシャ=クヌーデルと申します」
「ありがとう、アイーシャ。おかげでだいぶすっきりしたわ」
「いいえ。私は1つでも友人への誤解を解いてもらいたいだけです」
「グランディーナさまがあなたと?」
「はい」
「へぇぇぇ」
素っ頓狂な声をあげたクインにラミアが、そっと耳打ちする。
「アイーシャはロシュフォル教会の大神官フォーリス=クヌーデルさまの娘さんですから」
「えええええ?!」
「そんなに驚くことはないでしょう。解放軍にはゼノビアの皇子だってゼテギネア帝国の大将軍の娘さんだっているんですから」
「ふぇぇぇ。あたしなんかがいていいのかしら?」
「当たり前じゃないですか。私だって別に名家のお嬢様というわけじゃないんですよ」
「そうよぉ。あたしたちだってただの一般人だもの、自信持ちなさいよ」
フィーナ=タビーが軽くクインの肩をたたく。
「そうそう、むしろあたしたちがいないと解放軍は立ち行かないんだから」
「ねぇーっ」
「あたしたちが頑張ってるんだから解放軍はあるんだもんねーっ」
シルキィ=ギュンターとマンジェラ=エンツォは両手を打ち合わせた。そののりで皆の手をたたき回っていると最後に片手と打ち合ったので2人とも目を白黒させた。
「そうだな。あなたたちがいないと解放軍は成立しない」
「グランディーナさま?!」
「いつのまに来たんですか?!」
「南瓜の甘い匂いが漂っていたから、そろそろかと思って下りてきた」
「さすが鋭いわね。そろそろできあがるころよ」
グランディーナは、さっきと同じ席に腰を下ろした。
どこにいても、その赤銅色の髪は目立つ存在だが、たまにこんな風に誰にも知られずに話に混じっていることがあるのが皆には不思議でならない。
「いまの本当ですか?」
フィーナたちに力づけられたのか、クインがまたしてもグランディーナに食い下がる。その勇気というか無謀さは解放軍に長いほど真似できないところだ。
「南瓜の匂いならアラムートの城塞中に漂っている。皆が気にしてた風だ」
「そうじゃなくってぇ!」
グランディーナは、ほんの少しだけ口の端を上げた。
「あなたたちがいないと解放軍が成立しないという話なら本当だ。もちろんトリスタンにもラウニィーにもあなたたちにはできない役割がある。だが彼らがいなくても解放軍は成り立つ。逆に彼らだけで解放軍は成り立たない」
「さっ! 難しい話はそこまでにして、南瓜の焼き菓子をどうぞ」
それで皆の焼き菓子も竈から出され始めた。
そのころになると台所の出入り口に料理教室に参加していなかった者が現れて、こちらの様子をのぞいている。リーダーが言った「南瓜の匂いがアラムートの城塞中に漂っている」とは大げさな話でもないようだ。
しかも、その数が少しずつ増えているようで出入り口で押し合いへし合いしている有様だ。
「あら、皆さん、遠慮しないで入って来たらどう? 南瓜の焼き菓子ならたっぷりあるわよ」
しかしデネブは臆すことなく、そう言ってワイズとシーガルを助手に次々に南瓜の焼き菓子を卓に並べさせていった。それも、どう考えても竈の大きさを無視した数だ。
そこにアニーとエパポスが突き匙(ふぉーく)と刃物で焼き菓子をだいたい八等分に切り分けていく。時々、四角かったり南瓜の形に切り分けられた焼き菓子もあったが、そういうのは最後まで残っていて、それもそのうちに誰かに食べられた。
それでも、まだ台所に入るのを躊躇(ためら)う人びとに魔女は甘い顔で手招きした。
「ど・う・ぞ。突き匙を使ってね」
「いただきます」
応えて食べ始めたのはグランディーナだけだ。
「どう、初めてのお菓子は?」
手招きはしたが、それきり他人への関心は失ったようなデネブはリーダーの前に座り込む。その隣りにアイーシャと4体のパンプキンヘッドとマッドハロウィンが並んだ。
いつも非常識なほどに早食いのグランディーナには珍しく、この時はゆっくりと咀嚼(そしゃく)した。初めてだと言うお菓子を味わっているようだ。
それを見て、遠慮がちに眺めていた者たちも1人ずつ台所に入りだした。なかにはミミやバニラ、バイオレットたちに引き入れられた女性もいる。時間の問題もあって参加したかったのに参加できなかった者もいたのだろう。
「甘いな」
やがて最初の一口目を呑み込んだグランディーナの第一声だ。
「それに南瓜だ」
「ちょっとぉ」
デネブは思い切り口を尖らせた。
「あと包み焼きに似てる気がする」
「包み焼きだってお菓子よ?」
「いや、サラディンが造ってくれた包み焼きには肉と野菜が入っていたと思う」
「ああ、そういうこと。確かにそれはお菓子じゃないわね」
「それにしても甘いな」
「お菓子だもの」
「水をくれないか?」
「ええ?
カボちゃん、お水ですって」
言いつけられて瓶まで飛んでいったのはシーガルだ。
そのころになると、そこここで南瓜の焼き菓子が食べられており、造った当人たちはもとより、思わぬお相伴に預かった者たちの反応も、おおむね良好だった。
そこに集まってきた皆に行き渡るだけ南瓜の焼き菓子が造られていた件については誰も追究しなかった。なにしろ魔女デネブがやることだ。追究するだけ空しいのである。
グランディーナが水を飲みながら食べ終えるころ、デネブとアイーシャも焼き菓子を食べ始めた。型焼きや包み焼きを食べたことはあっても焼き菓子は初めてだと言うアイーシャは焼き菓子の美味しさに感動した口ぶりだった。
デネブは宣言していたとおり、1人で1枚食べた。
あれほど働いたパンプキンヘッドたちは、もともと何も食べないのだった。
やがて皆が食べ終えると誰からともなく片づけが始められた。皆の講師を務めたデネブはもとよりお料理教室に参加した者の手も断られ、和気藹々とした雰囲気で片づけは進み、やがて全てが元どおりにしまわれて台所に最後まで残っていたのはグランディーナとデネブとアイーシャ、それに4体のパンプキンヘッドとマッドハロウィンだけとなった。
台所から退出する際に、皆が口々にデネブに礼を言っていったのがアイーシャには印象的だ。
「それでぇ、結局ぅ、あなたはどうだったの?」
「私? 造ってもらった物を食べただけだから、あんまり言ったら悪いだろう。そうでなくても私の反応はあなたの期待外れだったみたいだし」
「お菓子が好きじゃないの?」
「初めて食べた物に好き嫌いもないだろうけど、あんなに甘いとは思わなかったからな」
「また食べたい?」
「アイーシャが言っていた型焼きや包み焼きはどんな物なんだ?」
「何にしてもお菓子への興味が芽生えるのはいいことだわね。あなたが食べたいって言うのなら、お姉さん、いくらでも腕を振るっちゃうわ」
「あなただって忙しいだろう。無理することはない。食べられなくても私は大丈夫だ」
「あたしがあなたに造ってあげたいのよ。それならいいでしょ?」
グランディーナは頭をかいた。
「困ったな、こういう時に何て言えばいいのか、わからない」
「別にあたしもあなたに気の利いた答えなんて期待してないわ。でも何で困るの? もしかしてあたしがいたら迷惑?」
潤んだ眼でデネブは訊いた。
「そんなことはない。あなたがいると刺激的だし、おもしろい。いてくれた方がいい」
「わかったわ」
魔女が珍しく、ため息をついた。
「あなたってすごく不器用。こういう時には、わぁ、ありがとうって喜ぶものよ」
「子どもじゃあるまいし」
「あぁら、子どもで悪いこと、ないでしょう? いいじゃない、子どもだって。素直に喜びなさいよ。
ねっ、アイーシャ?」
「でも私は、その方がグランディーナらしいと思います。それに言葉には出さなくてもグランディーナは喜んでくれました。
ね、そうでしょ?」
「ああ、楽しかった。サラディンたちはまだ帰ってこないし、たまにはこんなのも悪くない」
デネブはグランディーナを見つめた。先ほどまでの潤んだ瞳はどこへやら、今度は心の奥まで探るような眼差しだ。
「そうね。アイーシャの言うとおり、今日はこれくらいで勘弁してあげる。型焼きと包み焼きは、また今度ね」
「楽しみにしてる」
そこにヴァネッサ=マッケイとミシェル=ギャバンがおしゃべりしながら入ってきた。
「そろそろ夕食の支度だ。部屋に戻ろう」
「ね、ちょっと夕焼けでも見に行かない?」
「そんなものを見てどうする?」
「感傷的な気分にひたりたいのよ」
「夕焼けが? あれはただの自然現象だろう」
「ああん! がたがた言わないで来るのよ!」
グランディーナがアイーシャを見ると彼女は黙って頷いてみせた。それで3人は呆気にとられているヴァネッサとミシェルを置いて、揃って台所を出ていった。強面のリーダーが魔女に引っ張られていったという話は、たちまちアラムートの城塞中を巡ったが、デネブのやることだから、と納得した者も少なくなかったのである。
その後、魔女デネブは色々な南瓜のお菓子を造って皆に振る舞ったり、講釈したりした。
けれども解放軍のリーダーが、それらの出来に一喜一憂したとは伝わっていない。
《  終  》
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