「恐れと戦い」

「恐れと戦い」

「おまえはランスロット。まだ生きていたのか。なかなかしぶとい奴だな。だが、その悪運もこれまでだ。グランの後を追うがいいっ!」
「それはこちらの台詞だ。盗賊ふぜいが何を言うか。今日こそ、きさまを倒し、死んでいった仲間の仇をとってやる!」
彼の口上も終わらぬうちに、ウーサーはデビルハンマーを奮って殴りかかってきた。
ランスロットはそれを剣で受け流し、逆に斬りかかる。刃を通して肉を絶つ手応えがあり、ウーサーはうめいた。
その後方に控える2人の魔法使いに、彼は目もくれなかった。同じ小隊のアレック=フローレンスやオーサ=イドリクスらにも、ウーサー以外はできるだけ倒すなと命じていた。だが、魔法は容赦なく彼らに襲いかかる。
ウーサーの反撃はランスロットの鎧と楯に吸収された。脇腹に鈍い痛みを覚えたが、彼はそのまま剣を振り上げ、ウーサーの喉元を、狙い過たずに深々と切り裂いた。
元処刑吏が大量の血を吐き出した。身軽な皮鎧を朱に染めて、ゾングルダークの支配者が倒れる。
ランスロットは素早くデビルハンマーを奪い取った。
ウーサーが倒されたのを見て、2人の魔法使いも降伏する。
「蛮勇の士ウーサー、ここに討ち取ったり! 帝国兵よ、いさぎよく降伏するがいい。これ以上刃向かうとあらば我々も容赦はしない!」
彼の叫びにカシム=ガデムやエマーソン=ヨイスが合わせる。
将は討たれた。帝国軍の負けなのだ。
じきに現われたグランディーナがランスロットらの働きを労った。
帝国軍相手の初勝利に万歳の声が起こり、そのなかにはゼノビア王国の残党を支え、今日の功労者でもあるランスロットを讃える声も混じっていた。
その声を背に聞きながら、彼はデビルハンマーを投げ捨てる。戦いを前にした震えは、いつの間にか収まっていた。
ヴォルザーク島からゼテギネア大陸へ、解放軍がその第一歩を記したのはシャロームの辺境ニダの港だった。そこで帝国軍の駐留部隊を追い払った解放軍は、改めてゼテギネア帝国相手の戦いののろしを上げた。
まず手始めに、この地を治める帝国の元処刑吏、蛮勇の士ウーサーを倒すことが目標に掲げられた。
そして、グランディーナが言い渡したのが、ランスロット率いる小隊にウーサーを倒すことだったのである。ガーディナー=フルプフやリスゴー=ブルック率いる小隊にも、各都市の解放と駐留する帝国軍との戦闘という仕事が与えられ、皆の気分は否が応にも高まっていた。
ランスロットが皆の輪を外れたのはそんな時だ。皆の気持ちに水を差す気はなかった。だが彼らは若い。ゼノビア王国の時代を知らない者も多く、実戦経験もほとんどない。
今日の戦いは解放軍の方が有利だった。人数も多かったし、士気も高い。勝てて当然の戦いと言える。
だが、明日からはいくら辺境とはいえ、帝国兵との戦いは本格的なものになる。そう考えると、ランスロットは恐ろしくなり、身体の震えが止められなくなるのだ。
ましてや今度の戦いはゼノビア王国の残党にとって最後の旗挙げの機会となるだろう。ウォーレンの選んだ指導者の力がどれほどのものか、彼女はまだその片鱗も見せていない。
そんなことを考えると、ランスロットにはとても皆のようにはしゃぐ気になれなかったのだった。
「何をしている? 私はあなたに夜番を任せたつもりはないが」
「ヴィリーに替わってもらったんだ。とても寝るという気分にはなれなかったのでね。君こそ、どうしたんだ?」
グランディーナが近づいてくる。引きずりそうな曲刀、傷だらけの胸甲、解放軍の誰よりも傭兵然としているが、どこかそれ以外のものも感じさせる娘だ。
「先鋒を任せたはいいが、あなたの様子がおかしいと思った。そうでなかったら私の勘違いだ」
「なぜ、おかしいと?」
「あなたは馬鹿騒ぎに便乗する方ではないと思っていたが、あんな風にいきなりいなくなる方でもない。何かあったのか?」
「気づいたのは君だけか?」
「ウォーレンは知っているだろう」
「ああ、彼は知っている。つき合いも長いし、隠しても良くない。だけど、君に気づかれたのは少しまずかったかな?」
「騎士のあなたが戦えないとは言うまい?」
「もちろん言わない。だけどどうしようもないんだ。戦いの前には震えが来る。どうしても止められなかった。わたしは戦いが怖いんだよ」
そう口にすると気が楽になった。ランスロットは自分の感じている不安と恐れを語り、グランディーナも黙って聞いている。彼は自嘲気味にこんな言葉で締めくくった。
「わたしを外してもかまわない。逃亡などする気はさらさらないがね」
「別にそんなつもりはない。あなたのような意見は貴重だ。皆もじきに実感するようになるだろう」
「わたしを臆病者だと思わないのか?」
「自分を臆病だと言えるのなら、あなたは大丈夫だ。戦いの前に威勢のいいことを言う者の方がよほど危うい。だが、なぜ戦いをやめない?」
ランスロットはグランディーナを見た。
「君はいくつになる?」
「20歳だ」
「若いな、君より年下なのは解放軍ではミネアぐらいだ」
「それがどうした?」
「逆にわたしはいまの解放軍ではウォーレンとリスゴーに次いで年嵩だ。若者たちを戦いに駆り出すことに、わたしは最後まで反対したんだ」
彼女は無言だ。だが若いと言っても、解放軍には彼女ほど戦い慣れた者がいないこともランスロットにはわかっていた。
「結局、人が足りなかった。それに君が来たのが予想以上に早かったものだから、その話もうやむやになってしまった。彼らにとって、これは初めての戦いだ。最後の戦いになど、ならなければいいが」
「あなたならば、かまわないと言うのか?」
「その覚悟はある。待つ人もいない。だからといって戦いに慣れたわけでもないがね」
「ならば、あなたはなぜ戦う?」
「生きているからだ。剣を取ることを選んだ時、わたしの責任の取り方は決まったんだよ」
「責任? 何に対する責任だ?」
「わたしという命がなす責任だ。この命かけて、わたしが果たすべき役割だ。それに今回の戦いはただの戦いではない。わたしたちにとって最後の機会であると同時に、ゼテギネア帝国を倒せば、その後のことも問われる大事な戦いだ。決して失敗するわけにはいかない。わたしはわたしたちの蒔く種がどのような実を結ぶのか、見届けなければ」
グランディーナはしばらく無言だった。彼女が再度、口を開くまで、ランスロットは立ち去ったものと思っていた。
「彼らに剣の使い方を教えたのはあなただと聞いたが?」
「することもなくてね。久しぶりにゼノビアに戻ってきても、わたしにできることといったらそれだけだ。それに、いつかこんな日が来ることをわたしたちは願っていた。矛楯した話だな。武器の使い方を覚えれば、使いたくなるのは自然の理だ。戦わせたくないと言いながら、結果的に彼らを戦いに駆り立てている」
「何も知らないよりましだ。戦い方を知っていれば、生き延びる確率は上がる。それに、あなたが教えられることはまだあるだろう」
「何をわたしが教えられるって?」
「生き延びることを、あなたが恐れていることを、戦う理由を、彼らに教えればいい。そのためにもあなたに先鋒を任せた」
ランスロットはグランディーナの表情をうかがおうとしたが、火が遠かったので影しかわからなかった。だが、見えなくてもそれは予想がつくような気がした。
「ならば、君の期待に応えられるよう、頑張らなくてはな。それにこんなところで負けて、けちをつけるわけにもいかない」
「わかっているのならいい」
彼女が立ち去っていく。その足音を聞きながら、ランスロットは震えが収まっていたことに気づいた。
翌影竜の月12日、ランスロット率いる小隊はゾングルダークを目指してセバストポリを発った。
アレックやオーサたちの表情に、昨日にはない緊張が見える。いつも強気なカシムやエマーソンもほとんど話さない。
「今日は臆病者の話をしようか」
ランスロットの言葉に皆が一斉に彼を見た。
春の日差しが、彼らの上に柔らかく降り注いでいた。
《  終  》
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