「対決! 南瓜大戦」

「対決! 南瓜大戦」

「グランディーナ、決闘よ」
2体の南瓜頭を従えたデネブが、芝居がかった仕草で彼女を指さした。
「あなたとか?」
「正確にはあたしのカボちゃんたちとね。バルパライソから思えば長かったわ。あの時、あなたに切り刻まれた南瓜の恨みを、いまこそ晴らす時が来たのよ。アラムートの城塞では失敗して、マッドハロウィンなんて造っちゃったけど、今度は負けないわ。ご覧なさい! この子たちが新しいパンプキンヘッド、あなたを倒すための精鋭よ。もちろん、挑戦は受けてくれるわね?」
「いいだろう」
「ええっ?!」
驚いたのはデネブではない。彼女とグランディーナを除く、その場にいた、ほぼ全員だ。
解放軍はザナドュでヒカシュー=ウィンザルフ大将軍を討ち取ったばかりだった。彼は愛娘ラウニィーに討たれ、ゼテギネア帝国全軍はここに崩壊した。残すは女帝エンドラ、その弟、黒騎士ガレス、すべての元凶とも言える賢者ラシュディと、彼女らに従うわずかな兵のみ。佳境を迎えた解放軍の戦いも、いよいよ最後の時に近づこうとしている。
そんな時のデネブの「決闘」発言である。解放軍のリーダーがとかく、この魔女に甘いことは周知の事実だが、まさかこのような時に、彼女が魔女の申し出を受けようとは誰も思っていなかったのだ。
「さすがね。でも、あたしもこの時のために鍛えた、とっておきのカボちゃんよ。さぁ、紹介するわ。
出番よ、カーナ、レッジ!」
皆の困惑をよそに、デネブは話を進め、高らかに2体のパンプキンヘッドを呼び寄せた。
「どこが新しいって?」
「いや、アニーたちとは違うように見えるな」
「ご自慢の視力も大したことなくてね、カノープス。ふふふ、この子たちはただのパンプキンヘッドではないのよ」
「何だと?!」
「それで、いつやるの?」
「すぐに片づけよう。明日から帝都に攻め上がる。こんなことをしている暇もなくなるだろう」
「余裕だわね、グランディーナ。でも、あたしは手加減なんて教えてないわよ?」
「その必要はない。
皆は休んでいろ。これが終わったら、明日のことを話そう」
そう言ってから、彼女はカーナとレッジと呼ばれた2体のパンプキンヘッドを上から下まで眺めた。
南瓜の頭に痩せっぽちの身体、パンプキンヘッドとは皆そういうものだ。しかも、デネブが造ったそれは4体とも個性があって、解放軍では半分玩具、半分戦力という扱いをされていた。特に女性陣に大人気だ。
「今度から長衣を着せることにしたのか?」
「ふふふ、よく気がついたわね。でも、この子たちの違いは、それだけじゃないわよ」
「うん。カーナは女性体だろう?」
「ええっ?!」
今度はデネブも含めて、皆が驚いた。
思わず自分の目をこすったカノープスは、言われてみれば、確かにカーナの胸元がわずかに隆起していることに気づいた。
「ど、どうしてわかったの?!」
「見ればわかる。それに、カーナの方が指が細い。驚くほどのことではないだろう」
「そ、それもそうね。こんなことで狼狽(うろた)えていたら、あなたは負かせないわ。それに、カーナの秘密はそれだけじゃないのよ。知った時に驚かないことね」
そしてデネブは周囲を見回すと、皆を片手で追い払い、かなり広く場所を確保した。
皆も、パンプキンヘッドの技は巨大南瓜を降らすドラッグイーターであることを知っていて、それもどこに落ちるのかわからないという命中精度の悪さから、南瓜の犠牲になってはたまらないと、言われたのよりも下がったのだ。
休めと言われても、去る者はほとんどいなかった。グランディーナとデネブの決闘とやらにも興味があったし、魔女が自信たっぷりなわけも知りたい。果たして、パンプキンヘッドが強面のリーダーに勝てるのか、興味津々でもあった。
「どちらが戦うんだ?」
「2人ともよ。2対1だったら卑怯かしら?」
「私はどちらでもいい。早く始めようか」
「ふふふふ。その自信も今日までよ。
いくわよ、カーナ、レッジ! 必殺! かぼちゃ・うぉーず!!」
2体のパンプキンヘッドが頭の南瓜を同時に蹴り上げたところまではいつもと同じだった。
グランディーナも含めて、誰もがいまにも雪の降り出しそうな曇り色の空に上がっていく南瓜を見ていた。
と、その動きが止まったかと思うと、2個の南瓜はそこで急に巨大化した。そして、落ちながら真っ二つに割れたかと思うと、無数の南瓜が中から出てきて、雨あられとグランディーナに降り注いだのだ。
彼女はすかさず刀を抜き、慌てず騒がず、大量の南瓜を切り刻んだ。
その光景にバルパライソでのそれが重なり、ランスロットとカノープスは誰よりも呆然とした。あれだけデネブが勝利にこだわったのに、あっさりと負けが再現されたことにではない。この後に予想される魔女の落胆ぶりと、今晩の食事に無数の南瓜料理が並ぶことが容易に想像がついたからだ。
だが、デネブも伊達に自信たっぷりなわけではなかった。
刀を収めたグランディーナの後頭部に、いきなりどこからともなく南瓜が1個降ってきたからだ。
「あれ?」
さすがの彼女もこれには驚いて、自分の頭を打った南瓜を振り返って見つめた。
だが、それは皆も同じだ。そんな南瓜に誰も気づかなかった。南瓜が落ちるその時まで、誰一人としてその南瓜に気づいた者などいなかったからだ。
「破れたり、グランディーナ! あたしの勝ちね!」
デネブは走っていき、1個だけ切り刻まれていない南瓜を拾い上げた。
「大量の南瓜を降らすことがかぼちゃ・うぉーずではなかったのか?」
「ふふん。そう思い込んだ時にあなたもかぼちゃ・うぉーずの罠にはまったのよ。どう、負けを認める?」
グランディーナは南瓜を受け取り、しばし、それを眺めた。
「そうだな。あなたの言うとおり、今回は私の負けだ。これはあなたに返す」
「本当に? 本当に負けを認める?」
「ああ。私の負けだ」
「やったあ!!」
デネブは万歳をして、そこら中を飛び回った。グランディーナと南瓜の周囲を一回りして、最後はなぜか彼女に抱きついた。
意外な結果に終わったことに皆は驚きつつ、解散し始める。
「あの南瓜はいくら何でも予想外だ。本当にデネブの勝ちでいいのか?」
「まぁ、グランディーナが認めたのだから、いいのだろう。2人の決闘なんだ、当事者が納得していれば、いいのじゃないか?」
「まったく、しょうがないことにつき合わされたぜ。早く明日の話をしようぜ」
「さぁ、みんな! カボちゃんたちがこの時のために腕を振るった南瓜料理をご馳走するわ! カボちゃんたちも頑張ったんだから、ぜひ、食べていってよね」
「この人数分あるのか?」
「もちろんよ。あたしのしたことに過不足なんてあったことがあったかしら?」
「なるほど。
だったら、食べながら、明日の話をしよう。リーダーたちは集まってくれ」
前掛けをつけた4体のパンプキンヘッドが、大きな皿に南瓜の焦げ焼き料理(ぐらたん)、南瓜のスープ、南瓜を生地に練り込んだパンに蒸し南瓜、蒸し焼き南瓜、南瓜の和え物、南瓜の包み焼き(ぱい)などなど、考えられる、ありとあらゆる南瓜料理とお菓子を運んできた。
「この大量の南瓜はいったいどこから来たんだ? かぼちゃ・うぉーずとやらの南瓜か? そもそも、あの南瓜、食えるのか?」
「もちろん食べられるわよ。この南瓜は、かぼちゃ・うぉーずの練習の産物。でもね、なかなか思うように当てられなかったの。カボちゃんたち、すっごく頑張ったんだから、褒めてあげてちょうだい」
言われたカノープスは、つい2体のパンプキンヘッドを探した。
だが、いい匂いにつられて皆の集まってきたなかに、南瓜の頭は4体しか見当たらない。それもいつもの4体で、ついさっき、グランディーナ相手に勝利を収めた2体のパンプキンヘッドが見当たらないのである。
「なぁ、褒めてやろうにも、いねぇんだけど?」
「ええっ?!」
デネブの悲鳴に皆が驚いた。
南瓜料理は女性陣が代わって運ぶことになり、4体のパンプキンヘッドがデネブのもとに集められる。
「あんたたち、カーナとレッジがどこに行ったのか、知らないの?」
しかし、パンプキンヘッドたちは一様に首を振った。彼らはそもそも料理を運ぶのに忙しかったのだ、ということを、しっかり者と評判のシーガルが身振り手振りで説明しているようだ。
「カーナ、レッジ! どこに行っちゃったの? あたしの特訓が厳しすぎた? 南瓜ばかりでいやになっちゃったの?」
辺りはすでに暗く、特徴的な姿のパンプキンヘッドとはいえ、闇に紛れては行方もわからない。ましてや北国の冬は夜が長い。
やがて、勝利に浮かれるデネブをよそに、2体のパンプキンヘッドがどこかへ行ってしまったという目撃証言がいくつか現れた。
「どうして引き留めてくれなかったのよ?!」
「だって、あんなに南瓜を降らされたらと思うと恐ろしくて。なぁ?」
「そうですよ。リーダーだってかなわないのに、俺たちなんか南瓜に埋もれちまう」
「あぁん、どこ行っちゃったのよぉ?!」
だが、カーナとレッジは二度と解放軍に戻ることはなかった。デネブは手を尽くして探したが、帝国の倒されたゼテギネアでも、新生パンプキンヘッドが見られることもしばらくなかった。
ところが、その翌年、陸続きのパラティヌス王国に、カーナやレッジと同じような技を使うパンプキンヘッドが現れたという。
また、研究熱心の魔女デネブは、新たなパンプキンヘッドを造り出し、戦乱渦巻くヴァレリア諸島に連れていったとも伝えられる。
そして、信じられないことだが、この新生パンプキンヘッドたちは子孫を作ることができ、やがて世界のあちこちでパンプキンヘッドが見られるようになったのも、これ以降のことだと言う。
けれど、人びとは森の中でこの南瓜の頭をした貧相な人間に会うと、理由もなしにいたぶってみたくなるのだそうだ。
《  終  》
[ 目 次 ]
[ トップページ | 小 説 | 小説以外 | 掲示板入り口 | メールフォーム ]