「支配と従属」

「支配と従属」

「ルバロンよ、おぬしの過去は問わぬ。神聖ゼテギネア帝国の四天王となって、ともにエンドラさまを支えていってくれぬか」
「勝者はあなた方だ、ヒカシュー殿。命じられれば俺は働く。断るつもりなどない」
「おぬしはオファイス王国に仕えた剣士ではなかったのか?」
「そんな時代もあった。だが俺は元々オファイスの人間ではない。俺が生まれたのはライの海のほとり、ニルダム王国だ」
「確かに、おぬしの肌の色はボルマウカ人に特有のもの。だが、なぜニルダムから去ったのだ?」
「あの国で俺の父は漁師だった。漁師の子は漁師にしかなれぬ。俺は、それが嫌で国を出たのだ」
「オファイス王国でも報いられなかったと?」
「俺がボルマウカ人であることは隠しようもない。実力があっても俺は出世できなかった。そんな国に未練などない。俺は支配される者でありたくない。俺は強者になりたいのだ。ヒカシュー将軍直々の誘いならば、オファイスよりもいい待遇が期待できるだろう。そうではないのか?」
「ならば神聖ゼテギネア帝国に仕える将軍としてヒカシュー=ウィンザルフが命じる。デニス=ルバロンよ、神聖ゼテギネア帝国四天王となれ」
「承知した!」
ルバロンに与えられたのは、いままでの生活からは考えられもしなかった贅沢だった。あり余る物と人が彼を訪れ去った。生まれて初めて彼は勝者になったのだ。物も人も彼の望むがままだった。
その一方でルバロンは贅沢に溺れてしまうこともなかった。自分を律することを忘れて鍛えなければ、せっかく得た地位と力は、すぐに去ってしまう。彼は厳しく自己抑制し、自分に仕える者にも、そうであるよう求めたので、すぐに厳格な人物として知られるようになった。四天王は一代限りの地位とされ、領土は与えられなかったのでルバロンが領主と呼ばれることはなかったが、そのようなものを手に入れていれば、領民にも厳しく接しただろう。
しかし同時に彼は領民を守ることにも命をかけたはずだ。弱者が強者に従う限り、強者には弱者を守る義務があるとルバロンは考えていたからだった。
彼は時々、ほかの四天王や大将軍となったヒカシューと試合をしたが、それは強さと同時に欠点をも知らしめてくれた。3人の四天王はボルーシ=コーニッシュ、オレグ=ガヤルド、それにアルフィン=プレヴィアといった。コーニッシュとガヤルドはルバロンよりも年上で、どちらもハイランド出身だった。2人とも剣技に優れていたが、ルバロンとの腕前の違いはそれほどではなかった。プレヴィアは魔法もよくする剣士で元はホーライ王国に従属する小国の出身だということだった。
ヒカシュー大将軍が誰よりも抜きん出た腕前を持っていた。彼に勝つことがルバロンの当面の目標となったが上幸なことに、その相手を務められる者はなかなかいなかった。四天王や大将軍と、いつも手合わせしているわけにはいかなかったし、ゼテギネア大陸全土を統一した彼らには治安を維持するという任務が与えられたからだ。
ルバロンは手向かう者には厳しく対処したが無辜の民は最大限守った。それが元はゼノビアの民であろうとオファイスの民であろうと分け隔てなく接した。彼にとり民とはすなわち弱者であり支配される者、守るべき者だったからだ。それだけに守った民が叛乱分子と繋がっていた時の怒りは大きく、厳罰に処すことも珍しくないほどだった。
「ルバロンよ、死を恐れない者ほど厄介な相手はないぞ。処刑はほどほどにしておくがよい」
「弱者の地位に甘んじたのなら、おとなしく守られていれば良いのです。我らに抵抗など愚かしいことではありませんか」
「旧王国に忠誠を誓った者は、なかなかゼテギネア帝国の支配を受け入れられないのだろう。ゼノビアの魔獣軍団長は例外だ」
 ヒカシュー大将軍にたしなめられてもルバロンの責めは変わることなく苛烈であった。
そんな彼が転機を迎えたのは神聖ゼテギネア帝国暦4年のこと、久々に与えられた休暇中にだった。
四天王となってから彼は書物もたしなむようになった。ヒカシュー大将軍は無論のこと、コーニッシュもガヤルドも知識が広く博識で、遅れてはならないという気持ちが働いたからだ。
自分の強さを求めるルバロンが好んで読んだのは指南書の類だったが、残念ながら彼の知っている以上のことは書かれていなかった。
次に彼が知ろうとしたのは魔獣やドラゴンについてだった。たまに暴れているドラゴンの退治は秩序を維持するために重要な仕事の一つだったが、ルバロンは魔獣のことを、あまり知らなかったのである。
それは彼に新たな扉を開いた。神話や伝説といった、これまで自分には無縁だと思っていた世界が彼の前に開けたのだ。
神話は、それほどルバロンの興味を引かなかったが、オウガバトルだけは別だった。魔界に攻められた地上の人びとが、あと一歩のところで滅亡にまで追い込まれた戦いは彼を興奮させた。けれども、それは自分がそこにいたらと思うからであり、そのような時代に生きていないことは彼を少なからず残念がらせた。神代には多数あったという伝説の武器も、いまの彼にはとても手の届かない物だった。
しかしルバロンは偶然に別の伝説にたどり着く。天竜ディバインドラゴンがハイランドの奥地にいるというのだ。神にも等しいドラゴンのなかのドラゴンと戦えば、自分にも新たな道が見えるかもしれない。
彼はヒカシュー大将軍に長期の休暇を願い出ると、たった独りでディバインドラゴンを探す旅に出た。容易には見つからぬことも覚悟の上でのことだった。
ハイランドの奥地はルバロンが想像していた以上に厳しい土地だった。世界の壁とも思えるダミエッタ山脈が聳えて食べ物を得られる望みは少なく、昼と言わず夜と言わず厳しい寒さが彼を苛んだ。道はなく、進もうとした方向が切り立った岩壁に阻まれ、迂回しなければならなかったことも一度や二度ではない。空気の薄さや上り下りの多さは体力を削る。
それに加えてガリシア大陸が近いためかゼテギネアでは見たこともない魔獣や獣人が出て、彼を侵入者と見なして襲いかかってくる。戦いのためにほとんど先に進めないことも珍しくない。四六時中、気を張り詰めていなければならないので眠りも浅く短く、彼は何度もゼテギネアへ帰る夢を見た。そこが好きなわけではないが、少なくとも枕を高くして眠ることができるし食事や水の心配もない。寒さに震えることもなければ魔獣に襲われる恐れもないのだ。
しかし彼は、やもすれば帰ろうと思う自分の弱気を責めた。ゼテギネアに焦がれる弱さを憎んだ。途中で戻るくらいならば最初から来ない方が良かったのだ。天竜を見つけられずに帰るなど恥をかくようなものだ。そんな恥知らずが神聖ゼテギネア帝国の四天王に相応しいはずがない。だからといって、いまさら、その地位を辞退し一兵卒に戻れるはずもない。
この世界には強者と弱者しかいない。ルバロンはニルダムやオファイスにいた時のように弱者になる気はなかった。
目的地と思しき洞窟を見つけた時、ダミエッタ山脈に踏み込んでから25日が経っていた。雷竜の月に発ったから闇竜の月に入ったのだ。次第に獣人や魔獣が減り、ドラゴンと戦うことが多くなったと思ったところだった。
ルバロンが日にちを数えることを忘れなかったのは自分自身を見失わないようにするためだ。何のために旅をしているのか、ディバインドラゴンを見つけた時に、それで満足してしまわないためだ。彼はディバインドラゴンと戦い、剣士としてより高みに登るために来たのだ。
洞窟に入っていくと何頭ものドラゴンが彼の行く手を塞いだ。ルバロンの疲れは、ここに来て最高潮に達していたが却って余計な力が脱けて、いつもよりも効率的に戦うことができるようだった。
斬っても斬ってもドラゴンが湧いて出ると思っていたが、ある時、潮が引くようにドラゴンがいなくなり、後にはルバロンだけが残されていた。
洞窟は、まだ先に続いており、聞こえてくる唸り声は、まだ無数のドラゴンがいることを暗示していたが彼は、さらに奥に進んでいった。
それからルバロンは、あらゆる種類のドラゴンと戦った。レッドドラゴン、プラチナドラゴン、ブラックドラゴンといった見たことのあるドラゴンだけでなく、おそらくは別の大陸に生息しているドラゴンなのだろう。青いやつや紫色、緑色のやつまでいて改めてドラゴンの生態の多様性に驚かされてしまう。
やがて、それらの進化形のドラゴンも現れた。だが、さすがのルバロンもサラマンダーを倒した時には疲労も、ここに極まれりといった状態で己の剣にすがって、ようやく立っているような有様だった。 
?帰ルガイイ。1日デ、ココマデ到達シタ人間ハ、オマエガ初メテダ。ダガ、でぃばいんどらごんノ元ニタドリ着クニハ、マダ戦ワネバナラヌ?
「ここまで来てディバインドラゴンにも遭わずに帰れるものか。俺はまだ戦える。余計な指図はするな」
?でぃばいんどらごんハ口先ダケデ戦エルモノデハナイ。シバシノ猶予ヲヤロウ。少シ休ムガイイ?
「俺を哀れむのか。出てこい! ディバインドラゴンの前に、おまえから倒してやる。何様か知らないが姿も現さない奴に哀れまれる覚えなどない!」
?オマエノヨウナ人間ガ天竜ヲ倒セルト思ウノカ?
「そのために俺は来たのだ。強者は何よりも強くあらねばならぬ。俺は強者なのだ!」
?人ノ身デ天ヲモ支配ニ置クツモリカ?
「それが神聖ゼテギネア帝国だ!」
?愚カナトハ言ウマイ。ソレガ人間トイウモノダ。ダガ、ココマデヤッテキタオマエノ力ニ敬意ヲ表シテ、我レ自ラ相手ヲシテヤロウ!?
ルバロンは身構えた。
と同時に奥の方から重々しい足音とと荒々しい咆吼が響き、全身を白銀の鱗に覆われた巨大なドラゴンが姿を現した。
それを見た時、一瞬、彼の身はすくんだが、すぐに恐怖を振り払った。
?帰ルナラ、イマノウチダゾ人間?
「おまえがディバインドラゴンだと言うのなら、どうして帰る必要がある? 俺はおまえを倒し、四天王最強になる!」
ドラゴンが耳も割れるような声で吠えたがルバロンは、もはや怯まなかった。
1人と1頭の戦いは3日3晩に及んだ。ルバロンは、あんなに疲れていたはずなのに、まだ戦えることを訝しんだが、力はいくらでも湧いてくるようだった。
それは彼がディバインドラゴンの血をあびていることとも無関係ではないだろう。伝説の英雄はドラゴンの血を浴びて無敵になったそうだ。それも、ただのドラゴンではあるまい。天竜と呼ばれるほどのディバインドラゴンにも匹敵するようなドラゴンに違いない。
だとしたらドラゴンとの戦いは皮肉なものだ。ドラゴンが傷つけられればられるほど傷つけた戦士を強くしてしまうのだから。
けれどディバインドラゴンと戦い続けられるのもルバロンの力があってこそだ。力なき者はドラゴンに倒されるか、現れた時に逃げ帰っていただろう。そもそも、そのような弱者は、こんなところに来られもしないだろう。
ディバインドラゴンの巨体が倒れた時、彼は知らぬうちに歓声を上げていた。
だが、その瞬間に目眩がして膝が落ち、手からも剣がこぼれた。倒したという達成感より、自分も倒れるのかという恐怖がルバロンを包んだ。それに抗おうとするよりも早く彼は血の海に沈んだ。もはや指1本動かす力も残ってはいなかった。
しかし、倒したはずのディバインドラゴンが光を放ち、ルバロンが切り刻まれた肉片や斬り落とした角とともに消滅していったのも、その時だった。身を浸していた血さえ音もなく消えていくのを彼は、いまにも消えそうな意識を繋いで眺めているだけだった。
「どういうことだ?」
?オマエハ我ガ試練ヲ乗リ越エタノダ。胸ヲ張ッテ帰ルガヨイ。オマエハ強者デアルコトヲ証明シタ?
「俺が訊きたいのは、そんなことじゃない! まさか、おまえは幻だったというのか? いいや、おまえだけじゃない。この洞窟で俺の戦ったドラゴンも、そもそもこの洞窟そのものが幻だったと?!」
?空シクナドハナイ。オマエハ確カニ強クナッタ。戦ッタトイウ事実ハ幻デハナイ。ソノ証拠ニ、コノ剣ヲ持ッテユクガイイ。タダノ幻カラ剣ガ得ラレルト思ウノカ? コレハ天竜、神ノ作リタモウタ幻ナノダ?
ルバロンの傍らに1振りの剣が現れた。彼は天竜の言葉に納得したわけではなかったが、これ以上、この洞窟にいても得る物はないと悟り、その剣、ソニックブレードを手に入れてゼテギネアに帰還したのだった。
その後、ルバロンは神聖ゼテギネア帝国四天王の筆頭となった。コーニッシュやガヤルドをも上回る強さの秘訣を訊かれても彼は何も言わなかった。
それなのに、いつしか彼が天竜ディバインドラゴンを倒し不死身の肉体を手に入れたのだという噂が流れるようになったがルバロンは、これも否定しなかった。
やがてコーニッシュとガヤルドが引退し、四天王には新しくカラム=フィガロとクアス=デボネアが選ばれたが彼は鼻にもかけず、最強の地位は譲らなかった。
しかしルバロンは、どうしてもヒカシュー大将軍を上回ることができなかった。3回に1回ぐらいなら勝つこともできたが運としか思えず、勝ったと自覚できたことはなかった。武人としてヒカシュー大将軍に、それほど劣っているとは思わなかったが、その差が彼には、わからないままであった。
神聖ゼテギネア帝国暦24年、遙か東方のゼノビアから反乱軍が興った。1人の女傭兵に率いられたそれは、帝国軍を相手に連戦連勝を重ねて、とうとうライの海までを制してしまう。
かつてのルバロンならば強者となった反乱軍に迷うことなく投降しただろう。けれども、その時の彼には、そんな気持ちは毛頭起こらなかった。神聖ゼテギネア帝国こそ支配者に相応しい。その信念に則って、ルバロンは反乱軍を迎えるのだった。
《  終  》
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