「理由」

「理由」

「役立たずめ」
血の海に倒れ、自らも酷く傷ついた彼女に初老の男はそう吐き捨てた。
すでに彼女の身も心も動かず、その灰色の瞳からは光も失せていたが、それだけの短い言葉は鉤爪のように彼女の心に突き刺さり、そのまま大きく引き裂いたのだった。
その記憶は彼女の心の底に深く沈んだ。
暗い黒い澱みとなって、すべての事実を忘れ去った後も時折浮き上がり、そのたびに傷口は開き、またさらに深く沈んでいった。
男の名を彼女は知る。
それは生涯忘れ得ぬ、決して忘れ去ってはならない名前となって魂に刻み込まれ、忘れがたいあの言葉とともに決して癒えることのない傷口が生々しく開いて、人間(ひと)のものとは思われぬ、どす黒い血が流れ出すのを彼女は感じる。
「ラシュディ、私がおまえをこの手で殺す」
《  終  》
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