「真っ直ぐな瞳」

「真っ直ぐな瞳」

「団長! じゃなかった隊長!」
顔を上げたランスロットは、ひとつだけ頷くと、また話し合いに戻った。
ウォルスタ騎士団の新兵教練という退屈な仕事に比べれば自分の持ってきた報せの方が、よほど一大事だとギルダスは思ったが口には出さずに黙って部屋の隅へ行き、ミルディンの隣りに腰を下ろした。ほかに空いた椅子がなかったのだからしょうがない。
話し合いは、それから小1時間ほど続けられて、アルモリカからの使いだという騎士はランスロットの報告と、今後の計画に満足して帰っていったが、血相を変えて部屋に飛び込んできたギルダスが、どんな報せを持ってきたのかには最後まで興味を示さなかった。
「聞きましたか、バルマムッサの件?」
4人だけになるや否や彼が口を開くと、ランスロットばかりか残る2人も頷いたのでギルダスは拍子抜けする。
「ですが2つの噂が飛び交っています。あなたが聞いたのはどちらの方でしょうか?」
「そりゃあ、もちろんガルガスタンって。2つ?!」
ウォーレンは頷いた。
「バルマムッサの虐殺はガルガスタンの仕業とされていますがウォルスタの自作自演だという話もあるのです。ウォルスタの上層部は根も葉もないデマだと必死に消したがっていますが」
その言葉にギルダスは肩の力が抜けるのを覚えた。
「そのことについて皆で話そうと思っていたところだ。2人とも、こちらに座ってくれ」
ランスロットに促されて2人は席を変えた。先ほどまでアルモリカ城からの使者が座っていた席だ。ギルダスはウォーレンと、ミルディンがランスロットと向かい合う形になった。
「じゃあ、虐殺そのものは事実なんですね? それでどっちが本当なんです? バルマムッサには確か神竜騎士団が向かったはずでしょう?」
「ロンウェー公爵や騎士団長のレオナールはガルガスタンの仕業だと主張し、ウォルスタのさらなる結束を訴えています。我々も当初はその説を信じていましたが、同じウォルスタの仕業だという噂がどこからともなく聞かれるようになって、その出所をたどるとヴァイスくんらしいのです」
「ヴァイスが?! デニムやカノープスの旦那はどうしたんです?」
「神竜騎士団も無関係ではないという話です」
「ああ」
とギルダスは頷いた。
「それで連中が、あんなに必死な顔をしていたんですな」
「除隊届けが多いそうでね。指導部としてはガルガスタンとの決戦を前に頭が痛いらしい」
「まさか話したいことというのは我々もどこかへ移動ですか?」
「それはないし、そのつもりもない。わたしたちは、このままライムにて与えられた任務をこなす。ただ君たちの意見を聞きたかったんだ、ウォルスタの仕業だという真偽も含めてね」
「我々が前線に出るという話はないんですか?」
「それはない。ライムも最前線だ。むしろ我々に移動命令は出ないだろう」
「しかしロスローリアンとは停戦協定を結んだはずですぜ?」
「ロスローリアンとはな。だが彼らがバクラムの意向で動く可能性もある。油断は禁物だ。もっともライムが戦場になれば、いまの戦力でどれだけ持ち堪えられるかはわからないがね」
「彼らの動きを探ってみますか?」
「それはやめておこう。我々の目的を悟られても厄介だ」
ミルディンは頷いた。
それでギルダスは彼が時々、姿を消す理由を察した。騎士のいでたちが、すっかり身についているが元は旧オファイス王国の暗殺団に所属していた男だ。その腕前は、いまだ錆びついていないものと見える。
「先に団長、じゃない隊長の意見を聞かせてもらえませんかね?」
ランスロットは、ため息を一つつくと話し始めた。
「最初に聞いた時は、わたしは信じられなかった。バルマムッサでの扱いは確かに酷いと聞いているし、バルバトス枢機卿は冷酷な指導者だ。ウォルスタ人を5000人殺すくらい平気でやるだろうと言われているが、そんなことをしても益がないことがわかっているだけの分別も持っていると思っていたからだ」
ギルダスは頷いた。
もっとも、こんな意見は部外者である彼らだから持てるものだ。覇王ドルガルアがヴァレリアを統一するまでガルガスタンの圧政は常にウォルスタを苦しめてきた。個人差はあれ、ガルガスタンというだけで蛇蝎のように忌み嫌うウォルスタ人は少なくない。ましてや、それが冷酷さで知られた現ガルガスタンの指導者レーウンダ=バルバトスともなればウォルスタ人を何人殺そうと不思議はないと言うだろう。
だが彼は単に冷酷なだけの人物ではない。ウォルスタ人を大勢殺せば、どういう事態になるかを計算するぐらいの頭は持っているし、真に彼を冷酷な指導者とさせているのは、その計算高さでもあるからだ。バルバトス枢機卿は、それが利となると判断すれば、いとも簡単に同じガルガスタン人さえ何人でも殺せる男なのだ。
「しかしウォルスタの上層部が実行させたという噂を聞いた時に彼らがそこまで追い詰められているのかと思ってね」
そう言って彼は唇をかみしめる。
「追い詰められている? どういう意味です、それは?」
「ロンウェー公爵の指導力を疑う声があちこちからあがっているのを聞いたことはないか?」
「ないとは言いませんが雇い主の悪口を吹聴してまわるわけにもいきませんからね」
「彼らはバルマムッサの同胞を犠牲にすることで一石三鳥を狙ったというんだ。ウォルスタ人のガルガスタンへの憎しみを煽り、バルバトス枢機卿を討つ大義名分を手に入れ、反ロンウェーの声を封じ込めるためにね。もっともウォルスタ解放軍のなかでは少数意見のようだが、おかしいと思う者もいるらしい」
「なるほど。だけどどうしてヴァイスが? デニムやカノープスの旦那とは袂を分かったんですか?」
「そうだ。わたしの考えでは彼は虐殺に反対し、神竜騎士団から脱走したのだろう。じきに彼の手配書が配られることになると思う」
ギルダスは息を呑んだ。港町ゴリアテで会った2人の少年のことが思い出された。
デニム=パウエルは、あまり我を通すことはなかったが芯の一本とおった意志の強さを感じさせる少年だった。控えめだが意外と頑固で、優しいが人を率いていく強さも持っていた。
ヴァイス=ボゼッグは、そんなデニムの親友だが天邪鬼なところがあって、いつも彼と違うことをしたがった。出世欲も強くデニムよりも神竜騎士団のリーダーをしたがっていたがロンウェー公爵の意向は変えられなかったようだ。
けれど、それもヴァイスの生い立ちを思えば無理もない。彼は母を早くに亡くし、父と2人きりの家庭だったが、その父が終始、酔っ払っているようなろくでなしで、いわば町の厄介者のような存在だったからだ。親子の隣家は幸い教会であった。つまり、これがヴァイスとデニムとの出会いでもあったわけなのだが、ヴァイスは同い年のデニムと仲良くなると同時に、尊敬される父を持つ彼への劣等感も育てていったのだろう。しかし、2人の関係は暗黒騎士団ロスローリアンによるゴリアテ襲撃から大きく変わっていくことになるのである。
ヴァイスの父も含めて、大勢の人がロスローリアンに殺された。なぜかデニムの父プランシー=パウエル神父だけが連行され、生き残った人の多くは近隣の町や村に逃げていった。
そんなわけでギルダスたちがゴリアテに着いた時、町にはデニムとヴァイスに、デニムの姉カチュアしかしないような有様だったのだ。
ヴァイスは、どこからかゴリアテにランスロットが来ると聞き込んでデニムとカチュアとともに待ちかまえた。残念ながらゴリアテを訪れたのは新生ゼノビア王国の元聖騎士ランスロット=ハミルトンと、その仲間であって、ロスローリアンの団長ランスロット=タルタロスではなかったのだが、その出会いが縁となってギルダスたちはヴァレリアの少数民族ウォルスタに協力することになった。
アルモリカ城に囚われていたウォルスタの指導者ジュダ=ロンウェー公爵を救出したのが、その始まりだ。若き英雄に祭り上げられたデニムは公爵直々に神竜騎士団のリーダーに任ぜられ、遊撃的な任務をこなしている。彼らを気にかけてカノープス=ウォルフが追いかけていったが、ギルダスたちに与えられた任務は新兵の教練に当たることだった。
やがて、その場所はアルモリカ城から古都ライムに移された。
ウォルスタはガルガスタンと本格的な戦いを迎えるにあたって、フィダック城に駐留するロスローリアンと不可侵条約を交わしたが彼らが、それを守るという保証は、どこにもない。ロンウェー公爵はライムを空っぽにしておいて、アルモリカを攻められることを嫌ったのだろう。
だが、それはギルダスたちには危険な賭である。なにしろ相手は大国ローディスの筆頭騎士団なのだ。いまはバクラムの指導者ブランタ=モウンの下で、おとなしくしているが、いつまたゴリアテのように牙を剥いてこないともわからない。
つまりギルダスたちはアルモリカの防波堤にされているのだった。
ランスロットが続ける。
「それを聞いた時に初めて彼らに出会った時のことを思い出してね」
「あなたをランスロット=タルタロスと間違えて襲ったことですか?」
「うん、それもあるけどその後で彼らと公爵救出の話をしただろう?」
「はあ」
「その時にデニムくんが最後まで我々の手を借りるのを反対していたことを思い出したんだよ」
「ああ、そんなこともありましたなぁ」
ギルダスは苦笑いした。
「カノープスの旦那が生意気な奴だって怒ってましたっけ。そのくせ、あいつらが放っておけないなんて言って独断専行しちまうんだからわかりませんや」
「彼は若者に加担するからな。解放軍の時にも彼の周りにはいつも若い兵士たちがいたものさ」
それはギルダスも覚えている。そのせいで彼の周囲は、いつも賑やかだった。
「あの時のデニムくんの目を思い出してね」
「目?」
「真っ直ぐな目をしていたよ。ウォルスタのため、お父さんを助けるために、いつでも命なんか捨てられると言いたげな真っ直ぐな眼差しだった」
「だけど、それは彼がバルマムッサに発つ前には変わっていたんでしょう?」
「ああ。彼が怖いと言うのを聞いて、わたしなりに何か言ってやれたと思ったんだ。だが彼の本質は変わっていなかった。だからバルマムッサの虐殺を承諾したんだろうとね」
「団長は彼らの選択を認めるというんですか?」
「それはわたしの選んだ道でもあるからな。だがデニムくんやヴァイスくんたちが公爵に利用されたのではという懸念も抱いている」
「それも奴らの選んだ道でしょう? 承知の上でゴリアテの英雄なんかに祭り上げられて神竜騎士団を引っ張ってるんだ。それが間違っているなんて誰にも言わせませんぜ。たとえそれがあなたにでもだ」
「わかっているさ。だが、それでも、わたしは彼らが若すぎると思わずにいられないんだ。たとえ彼らが自分の意志で武器を取ったのだとしても、ほかの道があったのではないかと思ってしまう」
「いまは奴らの無事を祈るとしましょう。できなかったことを話しても仕方がない。俺たちがゼテギネアに生まれたことを選べなかったように、あいつらもヴァレリアに生まれたことを恨みはしないでしょう。俺たちにできることなんて、そんなものだ」
「わたしは過保護だな。彼らがとっくに独り立ちしているのに、いつまでも、つい手を出してしまいそうになる」
「そうでもないみたいですぜ」
苦笑いしていたランスロットばかりでなくウォーレンやミルディンまでギルダスに注目した。この2人は必要以上にはデニムたちに関わろうとしなかったから彼には逆にそれが驚きだったが、そんなことはおくびにも出さずに続ける。
「居心地いいんだそうです。あなたと一緒にいると安心するんだそうですよ、まるで親のそばにいるみたいにね」
ランスロットは照れた様子もなしに微笑んだ。
「それは光栄だな。そんなことでも彼らの力になれれば嬉しいよ。部外者であるわたしたちにできるのはそれぐらいだからな。
さて午後の教練を始めるとしようか」
「しばらく忙しいんですか?」
「暇になることだけはないさ」
それでランスロットとギルダスが立ったのでウォーレンとミルディンも続いた。
結局、バルマムッサの事件について彼らのなかで、さしたる結論は出しようがなかった。それは、もう起きてしまったことだったし、彼らはバルマムッサの虐殺を非難できるような立場にはなかったからだ。
それから1ヶ月後、ギルダスたちの駐留する古都ライムを暗黒騎士団が襲撃する。港町ゴリアテで行った蛮行が、また繰り返されるのだ。
ヴァレリアの混乱は、まだ終わることはなかった。
《  終  》
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