「南瓜の名産地」

「南瓜の名産地」

「また来たの、ラシュディ? あなたはゼテギネア帝国の維持に忙しいと思っていたけど、それほどでもないようね」
「そう言うな、デネブ。確かに建国したばかりの帝国は何かと用が多く、些事に煩わされるが、それをおいてもしなければならぬことがあるのだ」
「あたしを帝国に迎えたいというあれかしら? あなたに会うのはこれで三度目だけれど断ったはずよ」
「そうだ、おまえは二度とも断った。だが、わたしはおまえを帝国に迎えたい。そのためにおまえの条件を呑んでもいいと思ってきたのだ」
「どんな条件かしら? あたし、あなたにそんなことを教えてあげた覚えはなくてよ」
「人造人間を作りたいのだろう?」
「誰に聞いたの、そんなこと?」
「同じ魔法使い同士、噂は伝わってくるものだ。おまえが期待する成果を上げられていないことなども含めてな」
「いやぁね、絶対に秘密だって言ったのに。だから他人なんて当てにならないんだわ」
「そう嘆くこともないだろう。わたしの所有する書物のなかに参考にできるものが何冊かある」
「それがあなたの言う条件ってわけ?」
「それだけとは言わぬ。望むならば、我が蔵書を思うがまま読むがいい。決しておまえにとって不利な条件ではあるまい?」
「そして、あなたは何を得するっていうの? あなたが自分の利を考えないなんて、あり得ないわ」
「おまえが敵にならぬことだ。味方になれとは言わん、だが敵対されるのは望むところではない」
「ずいぶん消極的な理由じゃない。そんなことでよく女帝を説得できたものね」
「エンドラが口を挟むことではない。おまえとて、まさか我らと敵対することを望んでいるわけでもあるまい?」
「あたしは誰の味方にもならないわ。それでは不足というわけ?」
「おまえほどの力を持つ者が中立でいるのはもったいないことだ。旧王国の者どもに声をかけられたりしたのではないのか?」
「おあいにくさま、あたしはあなたと違って目立つのは嫌いなの。静かにやっているのがいちばんいいわ。それに、あたし、あなたの弟子に大嫌いな奴がいるのよ。そいつと顔を突き合わせる羽目になるのは真っ平だわ」
「それよりもおまえに土地をやろう。バルパライソは知っているか?」
「バルパライソって、ゼノビアの南の?」
「そうだ」
「ほんとに?!」
「わたしの蔵書も届けさせよう。会議に出ることもない。思う存分、研究にふけるがいい」
「いいわ、その条件で乗ってあげる。三顧の礼をつくしてくれたんだし、バルパライソをくれるっていうのも気に入ったわ。でも、彼は近づけさせないでちょうだいね」
「案ずるな」
バルパライソといったらゼノビアの片田舎、だが南瓜の産地として有名だ。そこで採れる南瓜は実が大きい上に締まっていて甘く、わざわざマラノに出荷されるほどの人気なのである。
そのバルパライソに領主として赴任したのは、それまでは無名だった魔女デネブ=ローブだった。
しかし彼女は領主としては何もしなかった。増税も、そもそも税の取り立てもせず、住民たちを召し出すこともしなかった。
彼女はバルパライソの領主館に引っ込んで、自分の研究に明け暮れていた。
軍が駐留することもなく、バルパライソには自由な空気が満ちるようになった。
その一方で、デネブは法を守らせることにも無関心だった。山賊や野盗が横行しても取り締まろうとはしなかったし、そもそも捕えるための人員もいなかった。領主館にいるのはただデネブと、その身の回りを世話する召使いが少数であった。
魔女はラシュディから借り受けた書物をひたすら研究していたのだ。その熱心さは寝食も忘れさせるほどだったが、彼女の絶世の美貌を傷つけるには至らなかった。
新しい領主が美人の魔女と聞いて、興味を持つ者は少なくなかったが、デネブはそれだけの人間には関心も持たなかった。
何より、彼女は自身の研究を邪魔されることを嫌がった。
住民の陳情に耳も貸さずに彼女が没頭していたのは、ラシュディも指摘した人造人間の製作であった。
宣言したようにラシュディはデネブへの召喚状などは一度たりとも送ってきたことがなかった。
「この子も駄目だわ」
デネブは深いため息とともに目の前の物体に失敗作の烙印を押した。
それは首のない人間であり、あちこちに焼け焦げた痕のある石の台座に横たわっていた。彼女は未練がましそうにその指を持ち上げたが、何の反応もなかった。
それからデネブが口の中で何事かつぶやくと、その人体は急に燃え上がった。
「おかしいわねぇ。材料は合っているはずなのに何か足りないのかしら?」
そう言うと魔女は台を離れ、書物の広げられた机の前に座り込んだ。その書物こそ、彼女がラシュディから借り受けた書物を書き写した物で、さらに彼女の手になる書き込みもあちこちになされている。
デネブは書物の頁を繰り、目的の頁を探し出すと、そこに書かれた文字を丁寧に読み上げた。読みながら、傍らの書き込みも参照していたが、しまいには首を振った。
「もしかしたら何か多いのかもしれないわね。割合がちょっとずつ違うとか」
気がつくと、その部屋の中には灰色の煙が充満して、人間を焼く時にそっくりの嫌な臭いが籠もっていた。
彼女は立って窓を開けに行き、煙を追い出しにかかった。しかし、薄紅色の形の良い唇からは先ほど読み上げた原材料と割合の数値が漏れて、魔女はしばらく、館の外の景色を眺めていたのだった。
このようにしてデネブの実験は飽きることなく幾度も繰り返された。
だが、彼女が少なくとも一日に一回は燃やす人体の出す臭いは召使いはもとより、近隣の住民にもとても評判が悪かった。館を逃げ出す召使いは後を絶たなかったが、彼女の美貌に惹かれて、希望者も引きも切らなかった。
無数の試行錯誤を繰り返して、デネブの実験が一応の成功を見たのはそれから何年も経ってからだ。
「やったわ」
魔女は感無量の面持ちで呟き、もう一度、最後の点検をした。
彼女の前には貧相な身体の人造人間が立っていて、やはり頭はなかった。
「あたしの仮説が当たっていたのよ。やっぱり人間と同じ組成では駄目なんだわ!」
デネブは羽根ペンを取り、書物に書き込んだ。それは例のラシュディの書物を書き写した物で、彼女の書き込みで余白は埋まっていた。
「よし、身体はこれで完璧だわ。あとは頭を乗せるだけね」
彼女は実験の時にはいつもしている前掛けを外した。それから自分の私室に向かうと、ピンクのとんがり帽子にピンクの裾の短いワンピースにやはりピンクの腿まである長靴を履いて、さっそうと出かけていった。
その目的地はちょうど収穫期を迎えた南瓜畑で、まだ採取されていない南瓜がたわわに実っていた。
デネブは農道から左右の畑を見回した。
その姿を見かけた村人が遠見に驚愕した様子だったが、いつものことで彼女の視界にはこれっぽちも入ってこなかった。
「あれに決めたわ!」
彼女が畑に入っていくのを止めるわけにもいかず、その村人はデネブを見守るのみだった。ただ彼は、魔女がほかの南瓜にも細心の注意を払って歩いていることにも気づかなかった。それよりも得体の知れない彼女が南瓜に悪さをしようとしているのに自分は止めることもできないという焦燥感でいっぱいだったからだ。
やがてデネブは1個の立派な南瓜の前で立ち止まった。大きさは中くらいだったが、形の良いことはほかの南瓜の比ではなく、市場に出されれば間違いなく高値のつくであろう南瓜だ。
しかし魔女は速攻でその南瓜を採った。
さらに彼女が南瓜を振ると、南瓜色の果肉と緑色の種が乱雑に落ちてきて、どういう魔法か、南瓜には三角の穴が2つと半円の穴が1つ空いていた。その素早いこと、南瓜を一振りしただけであった。
デネブは素晴らしく上機嫌で領主館に引き返したが、彼女が南瓜を盗んだ一部始終は、その日のうちにバルパライソ中に広まっていたのだった。
それからバルパライソでは南瓜頭の人間を見かけたという噂が絶えなくなり、デネブの南瓜泥棒も続いた。
魔女の気まぐれなことといったら、南瓜を献上しても気に入らないから自分で選ばせろとまで言う始末だ。
召使いも全員、首になったが、魔女が若い男を助手として住まわせるようになっただけでもあった。
後にデネブはゼテギネア帝国を裏切り、解放軍に参加するが、南瓜人間、すなわちパンプキンヘッドも少なからぬ活躍をしたことで知られている。
しかし、その作り方は誰にも教えられることはないままである。
《  終  》
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