「星の定めしところ」

「星の定めしところ」

ゼテギネア暦24年影竜の月4日、ウォーレン=ムーンは見知らぬ娘にタロット占いをしてやっていた。
だが、彼は占星術師の自分が、どういう経緯で彼女を占ってやることになったのか、まったく覚えていない。どこから来たのか、ヴォルザーク城に隠れ住む自分をどう知ったのか、彼女が話したはずのことが思い出せない。
それに彼女の姿が見えないのも不思議な話だ。占い小屋は演出のためもあって薄暗くしておくことが多いが相手の姿が見えないほど暗くすることはないからだ。
けれどウォーレンは、卓上に広げられた手に余る大きさのタロットを1枚ずつめくり、見知らぬ娘に問いかけるのだった。
「1枚目、魔術師。あなたは王様から魔法の薬を作るように命令されました。どんな薬を作りますか?」
「私は魔法はまったく使えない」
「これはあくまでも占いですよ?」
「それならば毒薬かな」
「なぜ、そのような物騒な物を作るのですか?」
「名指しで頼むんだ、考えているのはろくなことではないだろう?」
ウォーレンに娘の口元が見えて、口の端が少しだけ上がったのがわかった。
「2枚目、死神。あなたの信頼する仲間のなかに裏切り者がいました。あなたはどうしますか?」
「何もしない。裁くのは私の仕事じゃない」
「あなたは軍の最高責任者です。何もしないというわけにはいかないでしょう」
「ならば死だ。私が殺す。戦争屋は生か死か、二つに一つしか考えない」
「厳しすぎるとは思いませんか?」
「私に責任を押しつけておいて、その言いぐさか。裏切り者を残しておけば、また裏切る。放逐すれば敵に廻るだろう。ならば殺す」
そう答えた娘の姿が見えて、ウォーレンは内心で驚いた。思っていたよりもずっと若いくせに、ずいぶんと修羅場をくぐっていそうな傭兵然とした人物だったからだ。
「3枚目、塔。あなたの治める王国内で異教徒達が反乱を起こしました。あなたはどうしますか?」
「できるならば話し合いたい。だけど、そんなことにはならないだろう」
「なぜでしょう?」
「私は王になれるような人間じゃないから国を治めることはない」
「ずいぶん謙遜されるのですね」
「謙遜ではなくて事実だ。戦争屋が戦争以外のことに手を出すものじゃない」
「ご自分のことをそう言い切れる方は少ないと思いますが」
娘は答えず、初めてウォーレンと目を遭わせた。感情をあまり読ませない冷静な眼差しだった。
「4枚目、吊られた男。あなたのミスがもとで、あなたの軍は退却しなければならなくなりました。あなたは何を考えますか?」
「皆を安全に退却させることだけだ」
「ではお仲間を退却させた後で、あなたは何をしますか?」
「うーん」
ウォーレンの予想に反して彼女は唸り声を上げた。
「いままで無事に退却できたことなんか、ほとんどなかったからな」
そうつぶやいて頭をかく。
「これは占いです。無事に退却できたことにしましょう」
「ならば後で反省して同じ過ちは繰り返さないようにする」
「ご自分のしたことには甘くないですか?」
「あなたは無事に退却できたと言っただろう。やりなおしができるのに、それ以上の咎を受ける謂われはない。それに、これは占いなのだろう?」
彼女は挑発的に笑った。
「5枚目、隠者。激しい戦いの末、残念ながらあなたが指揮する軍隊は負けてしまいました。その原因は?」
「私のせいだろう」
「戦力や運とは考えないのですか?」
「私が責任者だ、ほかの者のせいにはしたくないし運に頼って戦闘する気もない。たとえ戦力で劣っていても勝つ手段はある。それが見つけられなかったのなら私の責任だ」
「どんな軍隊にも勝利する可能性はあると仰るのですか?」
「最初から負けるために戦う者はなかなかいるまい?」
そう言った娘の眼差しには自信のほどがうかがえる。よく見れば、彼女が身につけた胸甲は傷だらけだった。
ウォーレンは次のタロットをめくった。
「6枚目、太陽。あなたは、激しい戦いの末、ついに勝利を手にする事ができました。あなたは何に感謝しますか?」
「ともに戦ってくれた仲間に」
「運が良かったとか神のご加護があったとは仰らないのですね」
「神の加護は信用していない。運なんて不確かなものに頼る気はないし勝利がそのためだとも思わない。戦ってくれた仲間がいるから勝てた、その方が納得できる」
「仲間は大切にされるのですね」
「その逆だ。いままで仲間に恵まれなかったし勝ち戦にも縁がなかった。たとえ占いでも、そんな仲間がいたらいいと思った」
「ずっと一人で戦ってきたのですか?」
「結果的にそうなった。一時的に共闘した者はいるが仲間ではなかった。強さを見抜くことはできても信頼できるかどうかはつき合ってみなければわからない。私の人徳の問題かな」
「仲間に巡り会えなかったことも運不運とは仰いませんか?」
「仲間を捜そうと思ってきたわけでもないからな。それに私が信頼できると思っても相手に信頼されなければ意味がない。信頼されるよう振る舞ってこなかったのも自覚している」
そう言った彼女は自嘲気味に笑った。
「では最後にあなた自身の手でタロットカードを1枚だけ選んでください」
果たして彼女がめくったのは皇帝のカードだった。それを見た時、ウォーレンは全身を雷に貫かれたような衝撃が走るのを覚えた。
今朝、東の空に〈啓示の彗星〉を見つけた。その星が示すのはウォーレンたちゼノビア王国の残党を率いてゼテギネア帝国に戦いを挑むリーダーの出現だ。ゼノビア王国が滅ぼされて以来、彼はこのヴォルザーク島に籠もり、どこかに出かけたことがない。リーダーをやるような人物をどうやって選ぶのか彼はついさっきまで半信半疑だった。そんな出会いがあるのか疑わしいと思っていた。
だが、彼の前に座って占いをしているのが24年間、待ち望んでいた人物だったのだ。彼女をリーダーに推して戦えばゼテギネア帝国に勝ち、無惨に殺されたグラン王の仇が討てる。その希望にウォーレンは胸が躍った。
「このカードが意味するものは何だ?」
そうと知らずか娘の声は相変わらず淡々と響く。
「このカードは」
言葉を切った彼に彼女は顔を上げた。
「悪しきゼテギネア帝国と戦うべく定められた運命を持つ者を選ぶカードです」
「私にゼテギネア帝国と戦えと?」
「引き受けていただけますか? わたしの名はウォーレン=ムーン、もとはゼノビア王国に仕える占星術師でした。あなたが受けてくださればゼノビア王国の生き残りの者たちがあなたに従います」
「私をリーダーにすると?」
「そうです」
彼女はウォーレンを見つめた。たかが占いだからと馬鹿にした様子は見えない。むしろ、彼の本心を見抜こうとするようなその眼差しに背筋を冷たいものが流れるのを感じる。
やがて彼女の目が和んだ。
「いいだろう、引き受けよう。ゼノビア王国と言ったな。どこに行けばいい?」
「本当に引き受けてくださるんですか?」
「二言はないつもりだ。それに私もゼテギネア帝国は倒したいと思っている。あなたたちがともに戦ってくれるのなら都合がいい」
「これは占いだと仰らないのですか?」
「あなたは占星術師なのだろう。ならば、あなたが読んだ運命に乗るのも一興、どちらにしても専門外のことに口を出す気はない」
「わかりました。わたしはゼノビア王国の辺境ヴォルザーク城におります。あなたのおいでをお待ちしています」
「ウォーレン」
言いながら彼女は立ち上がった。
「私はグランディーナだ。よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ウォーレンの差し出した手をグランディーナは握り返した。予想していたのとは逆に暖かいが、戦闘に明け暮れたごつい手でもあった。
その後、ウォーレンはヴォルザーク城を出て隠れ小島のゼルテニアに急いだ。そこには彼同様に皆を率いるランスロット=ハミルトンが住んでいる。彼と今後のことを相談するためだった。
グランディーナとの出会いは夢であったのかもしれない。だが誰もいないはずのヴォルザーク城の一室に彼女のために並べたタロットが置いてあり、真ん中に置かれた皇帝のカードが確かに彼女のいたことを物語っていた。
そして出会ってから3日後にグランディーナはヴォルザーク島を訪れ、皆に迷うような余裕も与えずに解放軍を結成したのだった。
こうして運命は回り出す。神聖ゼテギネア帝国を倒すという、無謀とも思える目的に向かって。
その戦いの行く先はカードだけが知っている。
《  終  》
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