「知恵の塔」

「知恵の塔」

「エルフィンドールの塔というのはここか?」
「いかにも。知識を求めるならば門をくぐるがよい。後のことは中の者が答えてくれよう」
門をくぐってからサーラは一度だけ足を止めて来し方を振り返った。
山の中に聳える不可思議な塔、その存在に気づいたのはシヌログの村を出て、しばらくしてからのことだった。その方角は村に入る前にも視界に入れたはずだ。だが、その時には見えなかった物が見えたことには彼女でなくても興味を抱くだろう。彼女は慎重に、その建造物に近づいていったが、それは二度と失せることはなかった。
それから3日経つ。日没の直後に彼女は塔の入り口にたどり着いた。
その大きな石の門は、彼女が手を触れると音もなく開いた。出迎えたのは岩のように古びた老人だ。彼は誰何することもなく、彼女を敷地に招き入れた。
3階建ての塔の周辺には何もなく、周辺の山々と変わらぬ、むき出しの土のままだ。
サーラは誰にも邪魔されずに塔に入り、似たような老人の出迎えを受けた。
「ようこそ、エルフィンドールの塔へ。ここには世界中のあらゆる知識が集められているが、ここまでたどり着ける者は少なく、ここで得た知識を有効に使う者はさらにない。知識とは諸刃の剣、どう使うかはおぬし次第ということだ」
「私は石化を解除する方法を探している」
「それはコカトリスによるものではないのか?」
「違う。その技は人を完全な石に変えてしまう」
老人を右手を挙げると、その方向にある扉が白く光り出した。
「そちらへ行き、扉を1つずつ開けるがよい。用向きがあれば番人に訊ねよ」
「どこにあるのかは教えてくれないのか?」
「知らぬ。求めるものはおぬし自身で見つけ出さねばならぬ。だがおぬしの求める知識があれば扉はあのように光っておぬしをそこまで案内するだろう。
されどおぬしがこの塔に害をなさんとすれば塔はおぬしを追い出し、二度と見つけられることもないだろう。心せよ、力持つ者よ。この塔がおぬしに門戸を開いた意味を忘れるな」
「言われなくても他人の領域を荒らすつもりはない。情報さえもらえればとっとと退散する」
開けた扉の先には下りの階段が続いていた。それで塔が3階しかない理由に納得して、彼女は階段を下っていった。
それからの7日間は毎日、同じことの繰り返しであった。
階段を下りていくと扉がいくつかあるので、そのうちの1つを開けてみる。光っているところは最初の扉以外、見たことがないが何かあるのではないかと思ってのことだ。
だが、その期待も2日目には捨てた。以降、扉を開けるのは用のある時だけにして7日が経ったのだ。
最初のうちは少し休むだけにしていた。彼女が考えていたよりも階段が多く、階数も多かったからだ。
けれども、彼女は最後の扉の前に立っていた。扉には「100」とあり、数えるまでもなく、それが100階であることは明らかだ。階段は、ここで終わりだった。
それで彼女は重い扉を開けた。どの扉も予想以上に重たかったが7日分の疲労が溜まったためもあるだろう。知識の司が集う塔だと軽く考えていたせいもあったかもしれない。
ともかく彼女は考えていた以上の疲れを覚えて最下層に着いたのだった。
扉を開けると高いところに座った番人がサーラに目をやった。それも上の階で見たのと同じ光景だ。こんな塔が、どうやって100人以上もの番人を養っているのか、彼女はとうに気にしないことに決めていた。自分が疑問を抱こうが、この塔は存続している。ならば、それ以上、考えたところで無駄ではないか。
だが相変わらず何の反応も示さぬことに、いい加減に彼女は疲れていた。それで何とはなしに腰を下ろすと、それきり動けなくなったのである。
「ここまで来る者があるとは珍しい。どんな知識を探しておいでだ?」
「石化を解く方法を探している。だが何もわからずにここまで来た」
「それはまた異なこともあるものだ。この塔に来て、何もわからずに帰る者がいようとは前代未聞の珍事であるぞ」
「私はこの塔に嫌われているのだろう。光った扉を見たのは一度きりで、それ以外はどの扉も光らない」
「それはまたおかしな話だ。おぬしが光った扉を見たのなら、ここで知識が得られるという証、おぬしは光る扉を見逃したのではあるまいか?」
「そんなはずはない」
「エルフィンドールの塔は訪れた者に必ず答えを与える。手ぶらで帰すことなどないはずだ」
「ともかく少し休ませてくれ。食べ物と水ももらえるとありがたい」
「そんなことはお安い御用だ」
番人が片手を振ると食糧と水、それに毛布まで出てきた。
エルフィンドールの塔は巨大な蔵書庫に似ていて、扉の近く以外は棚ばかりだ。不思議なのは番人たちが、いつも起きていることだ。彼女が訪ねた時も寝る時も、もちろん目覚めた時だって彼らはいつでも起きていて何か用事はないかと訊いてくる。
いまも、そうだ。
彼女が目を覚ましたのを察して番人は、その席を離れた。それが、どれだけ珍しいことなのか、彼女は知らなかった。
「おぬしの探し物は23階にあるそうだ」
「23階?! 知っているのなら、なぜそうと最初に言わない?」
「それは本当ならばできぬ相談なのでな。ここに来た者は自分の力で答えを見つけなければならぬ。だが今回は特別だ。せっかく来たのに何の答えも得られなかったとあってはエルフィンドールの名がすたるというもの」
「だが23階まで戻ったからといって私はやはり見つけられないのだろう。ここまでいかなる扉も光らなかったのだから」
「そんなことがあるはずがない!」
言ってから番人は考え込んだ。
「いや、待てよ。おぬし、まさか、魔法の効かぬ体質ではあるまいな?」
「魔法は効くが魔法の才は持っていない。それが何の関係がある?」
「エルフィンドールの扉は、おぬしの魔力に反応するのだ。魔力を持たない者には探せないだろう。たとえば有翼人などにな」
「ならば、どうして最初の扉だけ光って見えたのだ?」
「それは入り口の番人の力によるものだ。おぬしの力とは関係がない」
「では私がここへ来たことは無駄だったというわけか?」
「そうとも言えぬだろう。おぬしが知ることはできなくても答えはあるのだ。ほかに知る者がいるかもしれない」
「今度はその誰かを探せと?」
「その者の方からおぬしに接触してくるだろう。そうでなければエルフィンドールに来た甲斐もないというものではないか」
「それはどうも。どちらにしてももうここに用はないのだな」
そう言って彼女は棚に近づいた。
「おぬし、何をするつもりだ? 出口はそちらではないぞ」
「下りてきたところを上って帰れと言うのか? それはあまりいい方法とは思えないな」
彼女は棚に置かれた書物を取った。アヴァロン島にあった物より古そうだが、造りはしっかりしている。
「何をするのだ?!」
「塔に追い出してもらおうと思ってな」
言うが早いか彼女は書物に手をかけた。
が、次の瞬間には彼女は外に放り出され、エルフィンドールの塔は影も形も見えなくなっていた。
「さて、次はどこへ行ったものかな」
そう独り言つと彼女は山を下り始めた。追い出されたそこがエルフィンドールの塔の敷地の近くとは限らなかったからだ。
しかし、その数日後、サーラはウォーレン=ムーンと名乗る占星術師に出会う。
運命の歯車が回り始め、彼女の放浪の日々も終わりを告げたのだった。
《  終  》
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