「王の墓」
「ここは?」
「大昔の王様の墓だ。ここらの連中は王様ってのは永遠に生きるものだと思ってたらしい。墓が住処というわけだな。王様があっちの世界でも困らぬよう、生きてたころに使った道具を揃えて、死体もそのまんま保存したんだ。ふつうは永遠に生きられない庶民でさえ、王様に仕えるなら生きられるという話まであった。だからここらの連中は、いまでもやたらに殉死をしたがる。それで作られたのが木乃伊(みいら)さ。抜き出した内臓も専用の瓶に入れて保存したんだから恐れ入る。もちろん、お仕えの連中も一緒に木乃伊にされた。これ以上ない栄誉だと思ってな。もちろんそれ以外では下々の連中がおいそれと入れるところじゃねぇ。侵入者除けの罠を仕掛けるのは当たり前、墓そのものを隠しちまったりしたこともあったそうだ。秘密を守るためには墓を作るのに携わった職人も労働者も皆殺しにしたっていう念の入れようだ」
男の足が小さい瓶を蹴飛ばした。しかしすでに蓋のないことでもわかるように、瓶の中身はとうに空っぽになっていた。
「ところが、どこにでも罰当たりというか、欲深な奴はいるものさ。そうでなくたって王様の威光なんて何十年も残るものじゃねぇ。王様の持ち物はどれ一つとったって大した宝物だ。まずそいつを盗み出そうって奴が現れて、失敗もしただろうが最後には罠を突破しちまった。罠を壊さねぇで解除しちまった奴もいただろう。宝物が盗み出されて、残ったのは木乃伊だけさ。あっちの世界じゃ、物がなくて困ってる奴が大勢いるだろうな。この木乃伊も、時代が変わったり、薬になるなんて噂が広まってみな。この墓にゃ木乃伊だって残っちゃいねぇし、お宝もなしだ。残ってるのはほかに使い道もねぇ墓ばかりさ。墓なんてあったって、いまさらお参りしようなんて殊勝な奴もいねぇ。もっともそのせいで、俺たちみてぇのが隠れるには都合のいいところだがな」
「詳しいな」
「へっへっ、ここらじゃ常識よ。伊達にこんな墓を待ち合わせ場所に選んだわけじゃねぇんだ。おい、どこへ行くんだ?」
「皆が集まるまでにまだ時間があるだろう。時間つぶしに中を見てくる。火を分けてくれ」
「蝋燭(ろうそく)まで持ってくるとは準備のいい奴だ。言っておくが、この墓はかなり前に発掘されている。わざわざ見る物なんて残っちゃいねぇぜ」
「ただ待っているよりもおもしろそうだ」
「そいつが物好きだって言うのよ」
光源が2つになり、サーラは蝋燭を掲げた。
天井はそれほど高くなく、大きく切り出された石が滑らかな面を作っていた。これだけの石を運ぶのも、四角錐の形に積み上げるのもかなりの労力だったろう。内部は狭いが、外から見た時はこの墓の高さは100バス(1バスは約30センチ。30メートル)以上もありそうに思われた。
その途方もない歳月と、その秘密を守るために殺された大勢の人びと、自ら進んで王に殉死したという人びと、彼女には想像もつかぬ世界であった。
部屋の中には先ほど転がされた瓶以外にも陶器の瓶がいくつも置かれ、その大きさもまちまちだった。大半は蓋もなく、中身も失われて久しいようだ。
背をかがめなければくぐれないような出入り口が二つの壁に空いており、外で見た四角錐の向きと通路の角度を鑑みると、ほぼ真北と真東に向いていることになる。
部屋の大きさは5バス四方と広いものではない。
しかし、もう一つの部屋を除くとずっと大きく、隅に押し寄せられた石棺が目を引いた。蓋がずれているところを見ると、盗掘された後なのだろうが、黴(かび)臭さはよりきつく、臭いの元と知れた。
サーラはそちらの部屋に入っていった。通路はここで行き止まりで、別れ道は二つの部屋の手前にあったが、その先にあるのはさらに狭い部屋だけだそうだ。
ということは、この部屋がかつて王の木乃伊が収められた玄室なのだろう。南側の壁以外には、一面に彫刻が施され、死後の世界の華やかさを謳い上げているようにも、死にまつわる神話や伝説、あるいは教訓話を語っているようにも見えた。
あいにくと彼女はそういう話を知らないので、彫刻もそれほど眺めていなかった。
石棺をのぞき込むと、粉々に崩れた残骸が残っていた。彼女が触るとそれはさらに形をなさなくなり、粉っぽい感触が指先に残る。その細かさは皮膚に吸いつくようで、手を払ったぐらいでは容易に落ちないほどだ。臭いを嗅いでみても黴臭さがわかるだけだった。
石棺そのものに目をやると、内側はむき出しの石だが、外側には蓋も含めて隙間なく彫刻が施され、壁に描かれたそれと対になっているようにも見える。どちらの彫り物にも着色が施されていたが、何百年、あるいは何千年も前に着けられたであろう色が驚くほど鮮やかに残っていた。
切れ長の眼をはっきりと縁取った人物像は、いかにも異国の匂いがした。サーラが初めて触れる、異世界の文化だ。
けれど、当の自分はそんなことに感慨を持つわけでなく、後ろめたい仕事の待ち合わせ場所としてここにいるというだけなのだ。それも、とうの昔に盗掘され、捨てられた墓所を、地元の者さえそうそう顧みることはないだろうという理由で。
「永遠の命、か」
この石棺に収められた人間は本当にそんなものを信じていたのだろうか。あるいは王に殉じたという人びとは、王の墓の秘密を守るために殺された者たちは、永遠の命を信じただろうか。
それはどのようなものだろう。その時間の中に身を置いた時、人は何を見、何を願うのだろうか。
もしも自分がそうなったら、どう思うのだろうか。
「私には多すぎる時間だな。永遠の命なんか要らない。あなたを助けるまで、奴らをこの手で倒すまで、それだけの時間があればいい」
鞘に収めたままの剣の柄をサーラは強く握り締めた。その刃に宿した思い、その刀身に託した願い、冷たい金属だけが、いまの彼女には信頼に足るただ一つの物だ。それらは永遠の命を願う気持ちからは遙かに遠いところにある。
「そろそろみんな揃うぞ。こっちに戻ってな」
「わかった。いま行く」
蝋燭から鑞が垂れた。
彼女はその火を吹き消すと立ち上がり、入ってきた方に向かった。
そうして闇が再び辺りを塗りつぶした。
二度と光が差すこともなく、永遠の沈黙が古代の玄室を包み込んだのだった。
《 終 》