「紅の翼」

「紅の翼」

「グランディーナ、急な話で申し訳ないのですが、トリスタン皇子が解放軍のこれまでの働きをねぎらって、明日、納会を開催したいと仰っているのですが、かまいませんよね?」
「どうしてトリスタンが自分で言いに来ない?」
「皇子はラウニィー殿やノルン殿、それにヨークレイフ殿と納会の件で相談中なのです」
「納会だなんて、そんな金がいまの解放軍にあると思っているのか?」
「わたしたちが義勇軍時代に貯めた軍資金が残っています。納会といっても、気の置けない席を設けて皆さんに疲れを癒してもらいたいというトリスタン皇子のたってのご希望なのです」
「私は明日はいない。どんなことをするつもりか知らないが、後のことは皆と相談してくれ」
「ありがとうございます」
こうして炎竜の月24日、トリスタン皇子の従者ケインは、解放軍リーダーの約束を取りつけた。
マラノ市の衛星都市制圧に赴いていたギルバルドとライアンの部隊が帰還するなか、ゼノビア陥落以来、二度目の宴開催の知らせが解放軍中を駆け巡る。
全員が入れるような豪奢な飾りつけのなされた広間や、世界中から取り寄せた贅沢な御馳走があるというわけではない。それでも、皇子らしい粋なはからいに皆の気持ちは久しぶりに浮き立った。
マチルダ=エクスラインが調理に戻って腕を振るえば、ささやかな支度にも先を争うように手伝いの手が差し出され、予算はないなりに準備が整ってゆく。
「ねぇ、この色、使えない?」
「あんたに似合うわ。あたしにはこっち。どう?」
「それだけだと地味だから、この布もつけてごらんよ。どっちの色も映えると思わない?」
「素敵!」
さらに女戦士たちがどこからともなく端切れをかき集めてきた。ある者は首に巻き、両手首に巻く者もあった。鎧を脱いで腰につけたり、髪に飾ったりと、皆が皆、思いの場所に趣向を凝らして、槍騎士たちや僧侶たちも同様に飾って、場に華やぎを添えた。
その一方で、騎士のボブソン=カリクスと人形使いのオーウェル=グスタフがお手製の笛を作り、剣士のアーノルド=セルデンが空き樽と鍋を太鼓代わりにし、騎士のダイスン=テュルパンが二弦だけの弦楽器を作ったので、簡単な楽隊もできた。
4人は最初、音合わせと簡単な曲の練習をしていたが、皆が乾杯して間もなく、誰もが知っているような「愛と平和を」という曲が流れ出すと、たちまち踊りの輪が生まれた。思わぬ流れに主催者のトリスタンも驚いたほどだ。
もっとも踊りと言うには各人がてんでばらばらに身体を動かしているだけのことが多かったので、踊っている当人たちはともかく、見ている者たちはすぐに興味が失せてしまっていた。
「下手くそだなぁ、オットーの奴。見ろよ、ペパーミントを怒らせちまった」
「帝国の圧制下では町や村の祭りもまともに行われなかったからな。彼らがちゃんとした踊りを知らなくても無理はないさ」
「いいや、そういう問題じゃねぇな。あれは単に下手って言うんだ」
カノープスの言い方が高慢に響くのはいまに始まったことではないが、さすがのランスロットもこの時は少しばかり腹が立った。もっともその理由が、何年か前のゼルテニアでの村祭りの時に、一緒に踊った妻の足を何回か踏んづけて怒られたことを思い出したからとあってはあんまり公平ではないだろう。
「そう言う君はどうなんだ? オットーのことを下手だと言えるんだ、さぞ上手なんだろうな?」
彼を見たカノープスはその心中を知ってか、鼻先で笑う。
「俺が出ていったら、女はみんな俺としか踊りたがらなくなるぜ。そうなってもいいって言うんなら、披露してやってもいい」
「それは大した自信だな」
「自信じゃねぇ、事実だ。目撃者だってちゃあんといるんだぜ。な?」
誰かと訊くまでもなかった。けれどランスロットには容易に信じられず、カノープスを睨みつけていた。
「まぁ、見てなよ」
ちょうど曲が終わったところだったので彼は杯を置くと笑って立ち上がった。
「知らないわよ、ランスロット。兄さんの言う目撃者ってここにいるんだから」
珍しくユーリアが兄の肩を持ち、ギルバルドも笑みを浮かべて黙っている。
それでランスロットは、思わず居住まいを正してカノープスの動きを追いかけた。
彼は座って踊りを見ていた女戦士のマンディ=パスケヴィッチを誘ったところだ。たぶん、彼女がたまたまいちばん近くの席にいたという以上の理由はないのだろう。そうでなければ、いくら男女の仲とはいえ、話したこともないし、話も合いそうにない2人が踊るはずもなかった。
だが、不審そうな顔をしていたマンディは、カノープスのいつになく礼にかなった申し出に興味を覚えたようで、彼に手を引かれ、「月に咲く薔薇」という曲に合わせて動き出して間もなく、カノープスを見る目は驚きと賞賛とに変わっていったのだった。
踊りが終わり、席に戻ってからもマンディのカノープスを見る恍惚とした眼差しは変わることがなかった。
マンディに続いてコーネリア=カルノー、ヴァネッサ=マッケイを順に誘って踊ったところでカノープスが戻ってくる。汗もかかずに涼しい顔だ。3人の娘の賞賛の視線とそれ以外の女性陣の期待と疑惑に充ち満ちた眼差しもどこ吹く風だ。
「どうだい?」
「驚いたな。君がそんなに踊り上手だとは思わなかったよ。疑ってしまって失礼した」
「それは違う。オットーに比べて俺の方がとびきり上手いってわけじゃねぇ。俺は女たちを乗せるのが上手いんだ。いくら俺が上手くたって、女たちが気持ちよく踊れなきゃ、意味がねぇだろう?」
「なるほど」
ランスロットが杯に蜂蜜酒を注いでやるとカノープスはさも美味そうに飲み干し、2杯目も同じ調子で片づけたので、さらに注ぎ足してやった。
「女たちが気持ちよく踊れなければ意味がないとは、おぬしからそんな言葉を聞くとは思わなかったぞ」
「おいおい、ギルバルド! いつの話をしてるんだよ? 俺だっていつまでも鼻持ちのならねぇガキじゃいねぇさ」
「うむ、20年以上も前の話を蒸し返してしまったな。だが、何か懐かしいとは思わないか? わたしもいまさらゼノビア王国があの当時のまま蘇ってほしいとは思わないが、見ろ、あのころとよく似ている。若者が大勢いて、誰もが不可能と思っていたゼテギネア帝国と戦っている。皆の希望に溢れた顔はどうだ、何でもできそうな顔をしているじゃないか」
「そうだな。怖い物知らずで自分の可能性なんてこれっぽっちも疑っちゃいない。俺たちにもあんな時があった。おっと、だからといっておまえと一緒にするなよ、俺はまだまだ若いんだからな」
「わかっているさ。有翼人は我々よりもゆっくり年を取る。おぬしたちはむしろ彼ら、若者の方に近いのだろう」
「これがそうでもねぇんだな。知ってるか、ギルバルド? 解放軍にはゼノビアでもホーライでもいいさ、旧王国のことを話せる奴の方が圧倒的に少ないんだ。指折って数えてみたって10人ちょっとしかいやしねぇ。それがどういうことかわかるか?」
カノープスが酒も飲まずに話に熱中してきたことに気づいて、ギルバルドはすかさず杯を薦めた。2人はもう幾度目かになる乾杯を交わし、カノープスが大きく息を吐き出す。
おそらくそれは、彼の後ろに仁王立ちした女戦士たちにギルバルドが気遣ったのだろう。バルタンが続きを話そうとする前に先頭のフィーナ=タビーが口火を切ったからだ。
「ねぇ、カノープス、あたしたちとも踊ってよ。マンディたちとばっかりずるいわ」
「へいへい−−−って、おまえら全員と、か?」
つられて振り返ったランスロットも、そこに残る8人の女戦士たちがいたので絶句した。
「そうよ。あたしたちだってあんな風に踊りたいわ。マンディなんかまるで夢でも見たみたいな顔してるのよ。あたしたちにも夢を見せてよ」
「な? 俺の言ったとおりだったろう?」
ランスロットは頷いたが、かしまし三人娘を筆頭に、女戦士たちの視線は痛いばかりだ。
「ねぇ、カノープス、お願い」
楽隊の4人も事の成り行きを見守っている。
杯を置いてカノープスがそちらに近づいていくと、皆がその動きに注目した。
「嬢ちゃん方がああ言っているんだが、ボブソン、おまえ、ほかにどんな曲を吹けるんだ?」
「俺が知ってるのは『愛と平和を』と『月に咲く薔薇』のほかには、『虹の生まれたところ』、『猫と鼠』、『星降る夜に』だけです」
「謙遜することはねぇ。それだけ知ってりゃ十分だ。
おまえらもいけるか?」
「合わせられると思います」
「じゃあ、選曲はおまえらに任せた、景気よく頼むぜ。ただし、『猫と鼠』はあんまり流すなよ。あれはすごく疲れるからな」
「そうですね」
「ねぇ、カノープスぅ」
「いま行くよ。ただし、今晩は1人1曲までだぜ。それと3人と踊ったら休憩させろ。文句はねぇな?」
「もちろん!」
「最初は誰から行くんだ?」
「あたしよ!」
元気よく手を挙げたのはフィーナだった。
カノープスはその手を取り、皆の中央に進み出た。右手を高く、左手を低くして2人が動きを止めると、すぐにボブソンが「月に咲く薔薇」という曲を吹き出した。楽隊の面々も調子を合わせてき、そのうちに自分のものにしたようだった。
終始カノープスの先導で2人は踊り、期待に充ち満ちたフィーナの視線はじきに賞賛に変わり、期待が裏切られなかった喜びにも輝いた。
彼女の腰に巻かれた布がともに舞い踊る。
いつもは弓矢を携え、動きを阻害しない程度の鎧を身につけた女戦士たちだが、せっかくの宴に精一杯のおしゃれをしたのだ。
だが、彼女たちもまさかこんな形で披露することになろうとは思ってもいなかったに違いない。もっとおしゃれすれば良かった、という声がいまにも聞こえてきそうでさえある。
フィーナは曲が終わってしまうことが残念でたまらないという顔をし、自分の席に戻ってからもしばらくは周りと口もきかずに夢見がちな瞳をカノープスに向けたままであった。
羨ましそうにフィーナを眺める娘たちを尻目に、バニラ=シェラーが二番手に名乗りを上げた。曲は「虹の生まれたところ」の哀調を帯びた旋律に変わり、カノープスは即座に対応してみせる。
「彼にはいつも驚かされるな。わたしなんて村祭りで『猫と鼠』を踊ったことがあるぐらいだ」
「兄さんだってどんな曲でも知ってるわけじゃないのよ。でも踊れるの。初めて聞いた曲でもあの人は踊ってしまえるの。そういう人なのよ」
「それはカノープスが器用だということかい?」
しかし、ユーリアは軽く首を振った。
「兄さんだけが特別なわけではないわ。バルタンとはそういうものなの。私だって同じことぐらいできるのよ。でも女性が踊りを先導するわけにはいかないでしょ? だから、私は踊らないだけ」
「なるほど」
「バルタンに限らず有翼人はたいがい器用だな。大した訓練をしなくても魔獣の扱いが上手いのは、気難しいのを読み取ることができるからだろうが、器用なこととも関係があるのかもしれない」
「ならば、カリナやチェンバレンもカノープスぐらい踊れるのかい?」
「少し劣るかもしれないけれど、あなたたちよりも対応できるのは早いはずよ」
もっとも2人のホークマンにそんな気はまったくないらしく、酒杯を片手にロギンス=ハーチやライアンたちと話すのに忙しそうだし、そこに狂戦士たちが混じることも多かった。
話しているあいだにも曲は格調高い「星降る夜に」に変わっており、カノープスのお相手もミミ=ギシャールになっていた。いつも短い髪をして初対面の者には男性に間違えられることもあるミミだが、今日は精一杯のおしゃれをして、うっとりした表情で彼を見つめていた。
カノープスも女戦士たちとは仲がいいのだが、今晩の笑顔はまた特別だった。紅い羽根と髪がよく映えて、ランスロットも見ほれたほどだ。
やがて音楽が終わると彼は宣言したとおりに休憩しに戻ってきた。さすがに今度は額に汗を浮かべている。
「お疲れ様。兄さん、明日からはグランディーナたちと出かけるのでしょう? あんまり無理しない方がいいんじゃないの?」
「妹のくせに馬鹿言うな。俺はやると決めたら手は抜かん主義だ。ここで手を抜いたら、あいつらに示しがつかん。そうだろう、ギルバルド?」
「そうだな。だがおぬしも手を抜くことを覚えれば、もう少し敵を作らないで済んだかもしれないぞ?」
「手を抜いて媚びへつらうのは趣味じゃねぇ。俺はいつだって全力でやることに決めてるんだ」
カノープスは立て続けに注がれた蜂蜜酒を飲み干した。この様子では酔いに廻るよりも汗になって流れ出てしまう方が多そうだ。さらに彼は唐揚げ肉や小魚の丸揚げもまとめて口に放り込んだ。
ギルバルドも一緒につまみに手を出す。カノープスばかり飲んでいるように見えるが、つき合って飲むギルバルドの速さもなかなかのものだ。ランスロットは急いで給仕役に徹した。
「だからおぬしは世渡りが下手だというのだ。媚びへつらえとは言っていない」
「おいおい、おまえにそんなことを言われる覚えはねぇぜ。世渡りが下手なのはお互い様だ。何だったらユーリアに訊いてみろ」
しかしギルバルドが反論する前にカノープスは席を立ち、待ちかまえていたアンジェ=エルカシュのもとへ近づいていった。
2人に女性陣から盛大な拍手が送られる。それで皆を見渡したランスロットは、残る4人の女戦士ばかりでなく、槍騎士や僧侶、司祭たちまでがカノープスと踊りたがっていることに気づいた。ラウニィーやノルンさえ、トリスタン皇子やアッシュと談笑しつつ、こっそり期待の眼差しを送っている。彼女らは解放軍の面々、特に若手よりもこの手の行事には慣れっこになっているはずだ。だが、カノープスの踊りにはそんな女性たちにも期待させるだけの魅力があるのだろう。
「兄さんたら、またあんなことを言って」
「だが彼の言うとおりだな。わたしも人のことを言えるような立場ではない」
「でも、私はそんなお二人が好きですわ。そうではありませんか、ギルバルドさま?」
元魔獣軍団長は苦笑して踊るカノープスの方に目をやった。ユーリアがすかさず空になった杯に蜂蜜酒を注ぎ、ランスロットにも感謝の眼差しを向けることを忘れなかった。
確かに彼女を見ていると有翼人の如才なさは的を得ているように思われたが、カリナやチェンバレンが踊っているところまでは想像しづらい。
「ねぇ、ユーリア、お願いがあるんだけど聞いてもらえない?」
ポリーシャ=プレージがそう声をかけてきた時には言いたいことは予想できて、自分で蒔いた種とはいえランスロットはカノープスがいささか気の毒になった。
「どんな話ですか?」
「単刀直入に言うと、私たちもカノープスと踊ってみたいの。彼が大変なのはわかるのだけど、あなたから頼んでもらえないかしら?」
「兄が戻ってきたら訊いてみます」
そう言ってユーリアが兄の方を見ると、ポリーシャに続く女性陣も一斉にカノープスを見つめた。ここまで熱い視線を浴びてしまったら彼だって気づかないはずはないだろうに、その眼差しは踊る相手のバイオレット=ネイに向けられたきりだ。しかも彼は女戦士たちとの約束をちゃんと守って、3人目のシルキィ=ギュンターと踊ってから席に戻ってきたのだった。
「お疲れ様」
ユーリアが杯を持って出迎えたのも、女性たちがいつになく集まっているのも、カノープスは当然という顔で腰を下ろした。
「兄さん、言わなくてもわかってるだろうけど、どう?」
彼がすぐに答えられなかったのは口の中に川魚の唐揚げ甘酢餡かけを一匹まるまる頬張っていたためだろうが、ランスロットにはそれがカノープスの照れ隠しにも見えた。麦酒を注いでやると彼は即座に飲み干して、ついでに魚も呑み込んでしまったようだ。
「今夜の俺は絶好調、一晩中だって踊ってられるぜ。それよりもボブソンたちを心配してやれよ。あいつらだって、さっきから休みなしで演奏してるんだぜ」
「あら、ご心配なく。言われなくても兄さんが休むごとにカリナがボブソンさんたちのところに行っているわ。そういうところはさすがに兄さんの仕込んだだけあるわよね」
「当ったり前だ。てめぇだけ酒を楽しく飲んでいてもしょうがねぇだろう? 有翼人のくせにあいつはそういうところが駄目だったんだよなぁ」
「おぬしはそういうのはうるさかったからな」
「当然だ。おまえはいつも黙って飲んでたけどな」
「わたしはおぬしと違って賑やかな場は苦手だったんだ。それなのに立場上、宴会に出ないわけにはいかないし、王のお召しとあれば断ることもできない。軍団に戻ってくれば、無口にもなったさ」
「そんなこともあったなぁ。だけど、おまえの口から『苦手だ』なんて話は初めて聞いたぜ。そうと知ってりゃ、もうちょっと気遣ってやったのによ」
「いまだから言えることもある。あの時のおぬしたちを相手に弱音など吐けるか」
「そうでなくっちゃ、俺たちだって軍団長だなんて認めもしねぇさ。おまえが俺の親友だって、それとこれとは別問題だ。さぁーってと!」
カノープスは勢いよく立ち上がると、ひとつ咳払いをしてポリーシャたちを振り返った。
「長話して待たせちまったな。だけど、あいつらとの約束が先だから、もう1人だけ待ってくれよ。あんたたちはそのあいだに順番でも決めておいてくれ。やり方はあいつらと一緒、1人1曲、3人と踊ったら俺は休ませてもらう。それでいいかい?」
「もちろんよ」
答えたポリーシャの頬は心なしか女戦士たちに負けず劣らず紅潮しているようにも見えた。あるいはかがり火のせいかもしれない、とランスロットは思ったが、カノープスの言ったように順番をどうやって決めようか話し合っているさまは彼女たちの興奮したところを伝えてもいた。
「ランスロット、あなた、おもしろくないんじゃない?」
「どうして、わたしがおもしろくないなんて思うんだい?」
ユーリアはここで声を顰(ひそ)めた。
「だって、まるで今日の主役は兄さんみたいだわ。せっかく宴の場を設けてくれたトリスタン皇子やあなたたち男性陣はまるで蚊帳の外、兄さんて、そういうところまで気が回らないのよね」
「わたしはそんなことは気にしていないよ。カノープスの新たな一面を見て驚いているし楽しんでもいるんだ。それに皇子も、楽しんでいられるようだな」
そしてランスロットとユーリア、それにギルバルドは、皆がそれなりに楽しんでいるのを見出した。確かに初めのうちはカノープスばかりに注目が集まって男性陣がおもしろくなさそうにしていたのだが、踊り終わった女戦士たちが徐々に夢から醒めてきたのと、カノープスがもともと若者に人気があるという点も大きかったのだろう。そうとわかって、3人は誰からともなく安堵し、気がついて笑い合った。
「奴の人徳だな。昔から言うことは大きいが、言っただけのことはやってみせる。奴を慕う者はいまでも少なくない」
「そのうちにカノープスの指導で踊りの講習会が開かれるかもしれないな」
「それはありえないわね」
とユーリアが真顔で否定する。
「兄さんて、自分でやるのはいくらでも上手にできるけれど、教える方はてんでだめなの。自分のやっていることを他人に伝えられないのよ」
「踊りならば口で教えられなくても動きを真似ればいいじゃないか。大丈夫、なんとかするさ」
「そうかしら?」
その時、カノープスが汗水垂らして戻ってきた。皆の顔を見渡すと、どうやらペパーミント=フェッシュとポリーシャが踊ったところらしい。
ギルバルドがすかさず杯を満たし、ランスロットもだんだん少なくなってきた料理を取りに走った。
「まだやるのか?」
「わかりきったことを訊くな。あとたったの17人じゃねぇか。そういやあ、デネブとアイーシャはどこ行ったんだ?」
「さぁ? さっきまでは2人ともいたけれど、明日は出かけるから、もう休んだんじゃないのかしら?」
「なんだ、デネブのやつも気がきかねぇな。あいつはどうでもいいんだろうけど、アイーシャってみんなのなかで浮いてねぇか?」
「あら、そんなことないわ。彼女だって年頃の女の子だもの、みんなと仲良くやっているわよ」
「ならいいけどな。それとグランディーナは?」
「彼女は最初からいない。ケインにも1日留守にすると言っていたそうだから、まだ帰らないんだろう」
「あいつが解放軍を1日留守にするような用事ってなんだ? 万が一のことを考えたって誰かに言っておくべきじゃないか。おまえ、聞いてないのか?」
「わたしだって初耳さ。どうも行き先を誰も知らないらしいんだ」
「おまえも?」
「初耳だって言ったろう。彼女のすることとは思えないんだが、よほど急ぎの用事だったのかな」
「いいや、どっちかというと、行き先を誰にも知られたくないって方じゃないか?」
「心当たりでもあるのかい?」
「ないけど、なんとなくそう思っただけさ」
カノープスは立っていって、マチルダを出迎えた。曲も彼女の雰囲気に合わせたのか、ダイスンが「星降る夜に」を格調高く奏で出す。
今夜はカノープスばかり目立っているが、ボブソンたちの腕前も大したものだ。これで戦争などなければ、4人とも王国の楽隊に選ばれていたことだろう。
ふと気づくと、皆の席の外の方で、女戦士たちが男性陣を捕まえて、あれやこれやと身体を動かしている。お互いに気になる相手もいるのだろう。
気の早い話だがランスロットは打倒ゼテギネア帝国がなりしあかつきには、相当数の新婚夫婦が誕生するように思われて微笑ましくなった。それもかなりの数が解放軍からなのだ。
「本当ね、ランスロット。あなたの言うようにみんなが兄さんの踊ってるのを真似してるわ。覚えるのはちょっと大変そうだけど」
「覚えてなくても楽しそうだな」
「あのなかから近いうちに結婚します、なんて組が登場するのだろうな」
「はははっ、わたしも同じことを考えた。別におかしな話でもないんじゃないかな」
「ギルバルドさま、踊りましょう」
ユーリアが突然、立ち上がった。ギルバルドの返答も待たず、手をわしづかみにしている。
「どうしたんだ、ユーリア?」
「兄さんにばかり格好つけさせることはないんだわ。私が先導できます。ギルバルドさまは私の動きに合わせてくださればいいんです」
「わかったから、そう手を引っ張らないでくれ」
やがてギルバルドが立ち、2人はカノープスがモーム=エセンスと踊り始めたのと同時に踊り出した。
もっともいまにも飛んでいきそうなほど軽やかな動きのユーリアに対し、ギルバルドの踊りはぎこちない。それでも嬉しそうなユーリアは見ていて微笑ましいほどだ。カノープスが相手を3人目のミネア=ノッドに替えても2人は踊り続けた。
やがて3人が揃って帰ってきた時、ランスロットは黙って酒を注いでまわった。
ギルバルドがほんの少し照れくさそうに笑っただけで、カノープスもユーリアも何も言わずに酒を飲んでいる。
24年前も彼らは同じように過ごしたに違いない。けれど時は平等に流れない。ギルバルド1人だけが老い、カノープスもユーリアも、バルタンの基準で言ってもまだ若いのである。
「やはり身体は思うように動かなくなるものだな」
「最初の時に比べれば、踊れるだけましじゃねぇの。おまえ、ずーっと壁にはっついてたんだろう?」
「はははっ、それを言ってくれるな。シャローム地方の領主とは言ってもしょせんは田舎貴族、オブライエン家の跡取りはなってないとさんざん陰口をたたかれたんだ。見返してやろうにもおぬしと違って不器用だからな、結局、苦手なままだ」
「そんなことありませんわ、ギルバルドさま。私はとても楽しく踊りました。ギルバルドさまには楽しんでいただけませんでしたか?」
「あなたと踊ったのに楽しくないはずがない。あなたをずっと捕まえているのも気が引けたがね」
「おぅおぅ、ご馳走様だ」
カノープスが立ってミシェル=ギャバンを誘ったが、ユーリアは本当に満足したようで二度と踊ろうとは言い出さなかった。
夜は更け、食事も酒も残り少なになった。正直言えば、明日からバルモアへ出かけるのだからランスロットもデネブたちに倣ってそろそろ休みたいところだが、肝心のグランディーナはまだ戻らないようだし、カノープスも自分の言った決まりをきっちり守って、3人と踊っては一休みを繰り返している。
「悪いな、酒がなくなってしまった」
「しょうがねぇな。今回は皇子が資金源だ、足りないとは言えねぇだろう。水でいいから飲ませてくれ」
「あと6人だ。頑張れよ」
「どこ見てるんだ、ランスロット? あと8人いるじゃねぇか」
「え?」
カノープスは立っていき、ラミア=ヴィクトルの手を取った。
しかし、彼女を除けば残っているのは司祭のヴェル=アーノーブとフランソワ=シャルンホルスト、僧侶のオハラ=デスクルメビーユ、ドミニク=ハーンにマーゴ=ティールケだけのはずだった。
「兄さんが言ってる2人って、もしかしたらラウニィーとノルンのことじゃないかしら?」
「だが、あの2人はカノープスには何も言ってないんじゃないか?」
「だからって踊りたくないわけじゃないでしょう? 兄さんがそのことに気づいてないはずはないわ。そのうちに誘うんじゃないかしら」
確かに2人ともカノープスと踊りたがっていそうには見えたが、それも最初のうちのことだけで、いまはトリスタン皇子と談笑している。しかしよくよく見ていると、彼女たちは決して踊ることを諦めたわけではなく、たまにカノープスの方を見やるのだった。
しかしいまはカノープスはラミアに続いて、オハラ、ヴェルと踊ると戻ってきた。さすがに汗だくで、そろそろ軽口をたたく余裕もなくなってきたようだ。だが動きが衰えないのもさすがと言うべきなのだろう。
ギルバルドやユーリア、さっきまで踊ろうと騒いでいた若者たちも話すのを止めて、カノープスを見守っている。
「なんだ、深刻な顔をして?」
「改めて君の凄さに感じ入っているところさ。水しかないのが申し訳ないくらいだ」
「飲んでもどうせ汗になっちまう。それにさんざん飲んだからな、もういいさ」
そう言うとカノープスは立ち上がり、ドミニクを誘いに行く。席に座っていた時は疲れ切った顔をしていたのに、ドミニクが気遣いの言葉でもかけたのか、彼女には優しい顔だ。
「兄さんてその気がなくても女の子に優しくできるのよね」
「ここは最後まで頑張ってるって褒めてやった方がいいんじゃないかな?」
「だって、あんな顔をされたら、妹の私だって勘違いしそうだわ」
「だからって、カノープスが疲れ切った顔で踊ったらドミニクは楽しくないだろう?」
「ランスロット、あなた、兄さんに毒されてきてるわよ」
他愛もない話をしているうちにカノープスの相手はフランソワに代わり、最後にマーゴと踊った。
これで最後と思ったのか、ボブソンたちの演奏もひときわ熱が入り、「愛と平和を」という祭りの定番曲も、いつもと違った盛り上がりをみせたことだった。
だが、ユーリアの予言したとおり、カノープスはそのまま戻らず、皆の拍手も制止して、ラウニィーとノルンのもとに歩み寄った。
「お姫様、踊らないか?」
ラウニィーはかなり驚いた顔をした。まさかカノープスの方からそんなふうに誘ってくるなんて、明らかに思っていなかった顔だ。
「君も踊りたいのだろう、ラウニィー? わたしは彼のようには踊れない。踊ってくるといい」
「でも、トリスタンさま。あなたを差し置いてそんなことはできませんわ」
「彼には今度、教えてもらっておくよ。あなたには物足りない会場かもしれないけれど、いまのわたしたちにはこれ以上の会場はない。それにあなたやノルンは皆と違ってこういう場に慣れているだろう。だからそれをわたしに見せてほしいんだ。いつか、あなたと踊る時のために」
「ラウニィーさま、踊ってらっしゃいまし。私はここで見学させていただきますわ」
「本当によろしいんですか、トリスタンさま?」
「もちろんだとも」
それでラウニィーは立ち上がった。彼女はカノープスに誘われることはもとより、トリスタン皇子が自分を送り出すとも思っていなかったらしい。
けれど、カノープスに手を取られ、踊り手として向かい合うと、彼女はいつもの強気な表情を見せた。
「曲のご指名は?」
「最後ですもの、『星降る夜に』で締めていただきたいわ」
「了解」
どこにそんな体力が残っていたのやら、カノープスの動きは劣るどころかますます冴えまくった。
ラウニィーの動きも彼に負けていない。さすがに踊り慣れているだけのことはあり、いままでの女性たちがほぼ全員、カノープスに先導されるままだったのに対して、彼女は対等な動きを見せた。
最後の最後で最高の踊り手を得て、ボブソンたちの奏でる音楽も楽器が4つだけの楽隊としては大いに盛り上げた。
皆は軽く広げられたカノープスの翼と、かがり火を浴びて煌めきながら翻るラウニィーの金髪をただ眺めていた。
そうして最後の音をオーウェルが吹いて、カノープスとラウニィーの動きが止まる。
「さすが、大したもんだな」
「あなたほどの踊り手にはウィンザルフ家の舞踏会でもお目にかかったことはなかったわ。素晴らしかったわ、カノープス=ウォルフ」
万雷の拍手が2人を出迎えた。
もっとも、カノープスは体力を使い切ってしまったようで、ランスロットとギルバルドは大急ぎで彼を寝床まで運んでやらねばならなかったが、ラウニィーには皆に微笑みかけたり、応答するだけの余裕があった。
「兄さんたら馬鹿ね。こんなになるまで踊ってなくたっていいでしょうに。少しぐらい手を抜きなさいよ、馬鹿なんだから」
「妹のくせに馬鹿馬鹿言うな。俺はいま、最高に気持ちがいいんだぞ」
「指一本だって動かせないのに。馬鹿じゃなくって何だって言うのよ」
「明日には治って出かけられるさ。だいたいこの俺が約束を違えたことがあったか?」
「なかったな」
「寝れば治るんだから、放っておけ。おまえたちも片づけるのを手伝ってやれよ」
「そうしよう、ユーリア。あなたが何を言っても、奴はきかんだろうからな」
「ギルバルド! 後で覚えとけ」
「はははっ、そんなことはいつまでも覚えてはいないさ」
「あの野郎。
なんでおまえは行かないんだ?」
「君に何かを言いたいんだけど、こういう時は何て言ってほしい?」
「凄いな、君は天才だ、感服したので今日から何でも言うことを聞く。冗談だ、冗談だよ! 怒るぐらいなら自分で考えろっていうんだ」
カノープスは気持ちよさそうに目をつぶった。有翼人は羽根のせいで仰向けに寝ることは滅多にないが、さすがに今日はそんなことも言っていられないようだ。
「何て言っても野暮になりそうだが、君を尊敬するよ、カノープス」
「やめろよ。そう真顔で言われると全身がかゆくなっちまう」
「すまない。君を休ませる方が先決だったな。明日からどこに行くのかも知らされていないし、ゆっくり休んでくれ」
「おお、そうさせてもらうぜ」
ランスロットが皆のもとに戻ると、片づけはほとんど終わっていた。寝に行く者も少なくなく、宴の終わった後の寂しさが漂っている。
「お疲れ様、ランスロット。兄さんはちゃんと休んでくれた?」
「彼だって話し相手がいなければ休むしかないだろう。だから退散してきたのさ」
「ふふっ、それならばいいけれど。確認しに行ったら、兄さんのことだから逆効果になりそうだし放っておいた方が良さそうね」
「ランスロット、あなたも明日は出かけるのだ。休んだ方がいいだろう」
「ところが肝心のグランディーナがまだ帰ってきていないんだ。そんなに焦らなくても大丈夫さ。それよりも宴が終わってしまった後の寂寥感はやりきれないな。そう思わないか?」
「あなたまで兄さんみたいなことを言わないで。いくら寂しいからっていつまでも宴を続けるわけにはいかないのよ」
「この宴は終わってもまた次の宴がある。そんなに残念がることもあるまい」
先ほどまでカノープスたちが踊り、皆が酒を酌み交わし、おしゃべりに興じていた場所は、すっかり片づけられてただの平地に戻っていた。名残惜しい思いでそこを眺めたランスロットは、もう一度、カノープスとともに踊っていた娘たちの幻を見た。
そして振り返った彼は、その場にいる皆が同じものを見ていることに気づいた。ギルバルドもユーリアも、マチルダ、アレック=フローレンス、ロギンス、ガーディナー=フルプフ、カリナ=ストレイカー、誰もが同じ、夢から醒めた夢を見た。
「良い夢を見ましたわ。私、今日の宴を計画していただいたトリスタンさまはもちろん、カノープスにも感謝いたします」
「兄さん、きっとすぐに忘れてしまうわよ」
「いいえ。私たちは夢を見たのですもの、それで十分です。皆さん、お休みなさい」
「お休み、マチルダ」
それを合図に1人去り、2人去りして、ギルバルド、ユーリアもすぐにいなくなったので、最後までいたのはランスロットだけになった。
マチルダの言ったようにあれは夢だったのだ。夢はいつか醒める。人はそれをいつまでも寂しいなどとは言っていられない。そう、祭りも宴も夢だ。
「なにやってんだよ、ランスロット? みんな、とっくに寝ちまったのに、どうしておまえだけ帰ってこないんだ?」
「終わってしまったことが寂しいからさ。どうしてだろうな。祭りが終わるといつもわたし一人だけ残されたような気持ちになってしまうんだ」
「俺も同感だな。だけど祭りがこれで最後ってわけじゃねぇし、俺たちはまた馬鹿騒ぎできる。それでも寂しいって時には酒があらぁな。だいたい、なんだって俺がおまえを慰めてやらなきゃいけねぇんだよ。労ってもらいたいのはこっちの方だぞ」
「悪かった」
「罰としてつき合え! 汗ばかりかいていたから、すっかり酔いが醒めちまった」
「カノープス、もう休もう」
「い、や、だ!」
ランスロットはカノープスに押し倒された。どこに隠していたのか酒瓶を取り出して押しつけてくる。
その時、足音がしたので2人は動きを止めた。こんな時間に起きている者がいるなんて思ってもみなかったのだ。
「今日の夜番はあなたたちか? それにしてはずいぶん杜撰(ずさん)な警備だな」
「グランディーナ!」
「それにかがり火も焚かないでどうした?」
カノープスが上にいたので先に立ち、ランスロットも立ち上がる。2人とも言葉もない。夜番のことなど、彼女に言われるまで思い出しもしなかったからだ。
「その様子だと、夜番は忘れていたな? ウォーレンとアッシュをたたき起こせ。宴で浮かれるのもいいが、やることをやってからだ」
「待てよ、グランディーナ。夜番は俺たちがやる。忘れていたのは本当だが、寝てる奴らを起こすこともねぇだろう?」
「カノープス、君こそ休め。夜番はわたしがやる」
「あなた1人では足りない。それにカノープスを休ませる理由があるのか? 火をおこせ。こちらはあなたたちに任せる。私は向こう側に行く」
「君1人でやるつもりか?」
「あなたたちが起きてるのに私だけ休むわけにはいかないだろう。明日は夜明けに発つ。それだけ心得ておいてくれ」
グランディーナの足音が遠ざかっていく。
ランスロットとカノープスは、それから急いで消えてしまったかがり火に火をつけてまわった。
野営地全体は静かなものだ。起きているのは自分たちとグランディーナだけだった。
「本当に大丈夫か、カノープス? なんだったらアレックとロギンスを起こして手伝ってもらうから休んだらどうだ?」
「やると言ったら二言はねぇさ。それにしても、あいつにはかなわねぇな」
「かといって夜番を忘れていたのも事実だ。落ち度を責められてもしょうがない」
「だけど、あいつといると退屈しねぇ。だから祭りなんかなくたって大丈夫だ、と思ってたんだが、さすがの俺もはしゃぎすぎたな」
「彼女が祭りの代わりか」
「そうさ。ゼテギネア帝国を倒す、でっかい祭りだ。そうでなければ何であいつに着いていくんだ。
俺は24年間、燻(くすぶ)って生きてきた。親友のために何もできなくて、妹にも軽蔑されて、何で生きてるのかって思わねぇ日はなかったさ。義勇軍なんてやってたって自分をごまかしてるだけだった。魔獣軍団にいた時と同じように、俺を慕ってやってくる無邪気な連中が鬱陶しくて形をこさえてみただけだ。だけど、あいつは違った。初めて俺の前に現れた時、あいつははっきりとゼテギネア帝国を倒すって言ったんだ」
「ああ、覚えている」
「俺だって最初は信じなかった。そんな大ぼらをたたいて帝国に負けた連中の話はいくらでも知っていたが、みんな殺されちまった。だけどあいつは次にユーリアを連れてきた。24年前のあの日、俺でなくギルバルドを選んだ妹を捜してきやがった。そしてあいつはギルバルドを討つと言う。俺が助けられなかった親友を、奴がいちばん望んでる方法で助けると言う。俺に何ができる? 奴がいちばん辛い時に側にいて助けることもできず、奴が帝国の犬と誹られるのもただ聞いていただけの俺に何ができる?! 俺はギルバルドの死に立ち会わなきゃならなかった。いいや、俺はたとえ奴が望んでいようと奴の死を止めなきゃならなかった。そのことでこれから先、一生恨まれようとかまわない。あいつに奴を殺させるわけにはいかなかった。だけど、あいつには最初からギルバルドを殺す気なんかなかったんだな。そうとわかったのはずっと後でのことだったが、あの時の俺はただ奴が生きていることが嬉しくて、あいつが助けてくれたのが嬉しくて、そのまま解放軍に来ちまった」
言葉が途切れたのでランスロットは続きを待った。だが、いつまで経っても聞こえてこないばかりか、突然体重をかけられて振り返ると、カノープスの寝息が聞こえてきた。
「だから休めと言ったのに。しょうがないな」
ランスロットはカノープスの身体をそっと地面に横たえ、運ぶわけにはいかないので毛布を取りに行った。
「まったく、こんなところで寝てしまったら、大事な翼が汚れてしまうぞ」
しかしカノープスの答えは高いびきのみだ。それに翼が毛布からはみ出ていた。それを直してやりながら、ランスロットは初めて彼と出会った時のこと、自分の過ごしてきた24年間を思い返した。
「人生はお祭り、か。それも悪くない」
そう謳った詩人も、いまは亡い。
《  終  》
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