私は貝になりたい

私は貝になりたい

日本、1959年
監督:橋本忍
出演:清水豊松(フランキー堺)、その妻(新珠三千代)、矢野大隊長(藤田進)、小隊長(藤原釜足)、大西(平田昭彦?)、僧侶(笠智衆)、ほか
原作:
見たところ:うち

 10年くらい前に所ジョージ主演でテレビ版がリメイクされましたが、オリジナルを見たくて実家で撮ってもらったです。ビデオで映画を見るのはポリシーに反するのですが、見たことのないオリジナルだったので、2年ぶりに映画日誌追加でやんす。

ビデオなんでぶろぐで書こうと思ったんですが、書いてるうちに長くなりそうだったんでこっちに持ってきました。

 高知の散髪屋、清水豊松が、徴兵され、日本を空襲しに来たアメリカ兵捕虜を殺すよう命じられ、戦後、戦犯として捕らえられた豊松は弁護空しく死刑となるが、虜囚の身となっているあいだに日米は講和条約締結に向けて動き出し、生きて帰れる望みが得られたと思ったが、処刑されてしまう。妻子に当てた遺書で「どうしても生まれ変わらなければならないのなら私は貝になりたい」と残して。

という割と有名な話。

創作だと思っていたら、「遺書」とか出たんで実話ですか?

9割ぐらいまで豊松助かりそう、と見えるだけにラストが衝撃的なんですが、天国から地獄に落とされた豊松の顔がフランキー堺さん、小市民って感じで、見てて苦しいですねー。大隊長だって、実はいい人なんだ、と思うと急に「閣下」とか呼んで、処刑されたらお経まであげてやっちゃうし。

しかしあの裁判無茶だなー。でもまさかアメリカも日本が「生きて虜囚の辱めを受けず」とか「上官の命令は天皇の命令に等しい」なんて兵士にたたき込んでるとは思ってないんだろうな。豊松がやったのは、どうもすでに死んでいた捕虜の腕に銃剣を突き刺したことだけで、もとはと言えば、大隊長の「処分しろ」という命令を中隊長が「処刑しろ」にしちゃったのが原因で、その中隊長は敗戦で自殺しとるし、裁判では大隊長も最初は「自分は処分しろとは言ったが処刑しろとは言ってない」とか言い逃れしてるし、後で「罪は自分にあるから豊松たちの減刑嘆願を出している」なんて言ってたけど、そういうことは裁判の時に言ってくれよ、なんて。でも豊松は減刑嘆願書(であると思う)まで書いてもらったもんですっかり大隊長のこと見直しちゃって。通訳は日本語無茶苦茶だし、豊松が言うようにほんとに「こっちの言うことはむこうにはわかってもらえないし、むこうの言うことはこっちには通じない」のだ。「上官の命令がおかしいと思ったら軍事裁判にかければいい」なんて理屈があの当時の日本軍で通じないのはいまの時代の我々、みんな知ってることで。

とここまで考えて、ふと疑問が湧いたですね。結局のところ、戦陣訓なんてのについても明治維新からの精神なんでしょうから、国民をがちがちに縛りつけた帝国憲法や、希代の悪法、治安維持法なんかに通じるところがあると思うんですよ。何でこんなにぎちぎちに自国民縛りつけなきゃいかんのだろうと。「日本は下からの革命はない国だ」と仰ったのは本多勝一さんですが(明治維新も結局士族がどうこうしてますんで、これは歴史的に正しいと思うんですね)、鎌倉以来、庶民を縛りつけることに慣れた武士が、江戸時代にさらに穢多非人(こういう被差別階級は中世からあったけれど、身分としてはっきり農民の下に置かれたのが江戸。でさらに服装で縛ったのが大岡越前と読んだのだが。ソース不明)まで作り出して農民から搾り取り、不満を穢多非人にぶつけさせ、そういう支配方法に慣れた武士階級が、維新後の日本で支配者になり、がちがちに国民縛りつけたのは、何が怖かったのだろうと。結局、言うこと聞かないのがわかってるんで、「万世一系の天皇家」なんて幻想作って(こういう歴史観は明治から。江戸まではそこまで敬われてないし、万世一系が嘘っぱちだってことは知ってる)兵士には「上官の命令は天皇の命令に等しい」なんてたたき込んで。そこまでしないと言うこと聞かないのが怖かったのだろうかと。それだけ上の人間はわしらのことを「いつ裏切るかわからん」と思っていたのかなぁと。

「義経」で印象的だったんですが、木曽義仲が「身内の裏切りは許し難い。他人は元から他人と思えば裏切られても恨みもないが、身内の裏切りは情があるだけに許せない」と言うんですな。日本人だっていろいろいる。右寄り、左寄り、でもしょせんは「日本人」て他人でしょう? 単一民族なんて幻想捨てて、アイヌも沖縄も在日も外国人も、いろいろいるのが日本て国でしょう? 義仲の言う「身内」に、こと「単一民族」なんて言いたがる人はこだわってんのかなー? 国ってしょせん、たまたまそこにいる、そこに生まれたってだけのことじゃないですか。たとえ国がなくなっても、この列島がある限り、わしら残るし、「国破れて山河あり」とも言うでしょ? 国民なんて一体感はこのぐろーばるな時代に通用しないと思うんす。日本人としてより人間として何をすべきか、現代のわしらは考えないといけないように思います。

(了)

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