「遙かなるリオネス」第三部第二章

第三部第二章

帝国内で反リオネスの気運が高まるなか、帝国艦隊は、リオネスの反乱軍に止めを刺すべく、マナスを出発した。
今回は、いつものように全体的にマナス黒人の比率が圧倒的に高いということはなく、むしろ一般兵のなかに他惑星人の比率が高いのが目立った。これもひとえに、リオネスで全滅の憂き目にあったおとり艦隊の乗員は、ほとんどが他惑星人で占められており、人びとのリオネスへの復讐心を大いにあおり、同郷の若者に志願させる十分な理由となったので、このような結果になったものと、マイナード総司令官は踏んでいた。
約束どおり、ブライド大尉以下、50名ほどの帝国軍人は、二階級特進を果たしていたが、二度と彼らが故郷の土を踏むことはないのだった。しかし、マイナードは、これ以上の形で彼らが役立つことなどできないのだから、彼らとて帝国のために働くことができ、むしろ本望であろうなどと考えていた。
リオネスに左遷されたものたちは、帰ってこられても困るようなものが少なくなく−−−そうでなければ、だいたい左遷などもされないで済んだわけなのだが、要するに持て余されていたわけである。
ところでマイナード総司令官は、帝国艦隊の指揮官として、もっとも心置けない部下である、ショーゼン=ランバルド大将を選んでいた。しかも今度の艦隊は、まえにリオネスに送ったのとは、兵の質も艦隊としての規模も、天と地ほどの差があったが、帝国としては全体の10分の1ほどにしかならぬほどだった。30数隻の艦隊を送り出してもなお、その数倍もの戦艦と乗組員が残る。銀河帝国とはそういう国家であった。
しかし、名誉ある地位に就いたランバルドは、あまり浮かない顔で、旗艦エンペライアに乗り込み、艦橋に居座ってからも、じっと考え込んだままだった。
もともとマイナード総司令官よりも気難しいことで有名な人物のうえに、こう黙り込まれたのでは周囲もなんとなく居心地が悪い。そのために、エンペライアの艦橋は、いつになく気まずい沈黙に覆われていたのだった。
だが、彼に言わせれば、そんなことを気にするほうがどうかしているのだし、自分はただ黙っているのではないというところだった。
リオネスの位置は、現在の帝国ではいかなる手段を用いても、はっきりとそこだとわからない。つまり、レーダーを吸収する暗黒ガスが、視認できる範囲まで近づかないと、リオネスの位置を明かしてはくれないのである。これは、帝国としては大いに問題であったし、今後、いかなる作戦を立てるにしても、ガスの存在は邪魔となろう。
ランバルドとしては、リオネスの反乱も予想できず、ただ暗黒ガスを放置しておいた前帝エメルスン=フォードを、少々うらめしく思うぐらいだった。
彼は、外見からはそうをわからないが、純粋なマナス黒人ではない。そのために嘗めさせられた辛酸は数えきれないほどだし、マイナード総司令官のように、帝国に盲目的なまで忠誠心を抱いているわけでもなかった。
ランバルドは、リオネスに対してこれといった感情を持ってもいなかったが、これも仕事と完全に割り切っていた。
余計な感情は捨てよ、己を帝国を構成す一個の部品だと思え。それが、ショーゼン=ランバルドという大将まで昇った男の処世術であった。
まあ、それはともかくとして、暗黒ガスを払う手段があればいいのだが、真空の宇宙空間では風も吹かせられないし、無作為に爆弾を撃ち込んで吹き飛ばすのも、手っ取り早いといえばそうだが、芸がなさすぎる。それで、彼はエンペライアに乗り込んでから、その対策を頭のなかでいくつも検討をつづけるために、ずっと沈黙を守っていたのだった。
彼の副官は、若いながらもよくできた男で、この「風呂、飯、寝る」さえも言わない上司がなにを必要としているのか、たいていはわかるようだった。
策としては、広範囲に爆風を撒き散らすミサイルを、あるていどの間隔をおいて、ガスのなかに撃ち込むことだが、それ以外に、もっと有効で楽な手立てはないかというのが彼の願いだった。
それに、旧式のおとりとはいえ、10隻もの戦艦をあっという間に爆破してしまった反乱軍である。それがグラエ1人の力であるのかどうかはわからないにしても、前回の3倍の艦隊で行ったところで、はたしてどうなるかは見当がつかなかった。
「まったく、面倒なものよ…」
旗艦に座ってから、彼は初めて言葉を発し、艦橋にいるもの全員が、はっとしたように振り返った。
しかし、ランバルド大将は、それきりまた沈黙を守り、エンペライアの艦橋は、また重苦しい雰囲気に包まれたのであった。
おとり艦隊の全滅から2ヶ月が経ち、リオネスは静かであった。いや、一見静かなようだったが、グラエの周囲だけが賑やかだった。
艦隊を全滅させたことをいつまでも悔いていてもしょうがない。どちらにしても、判断をしたのは彼なのだから、それが帝国に本腰を入れさせるようなことになったとしても、もはや止める手立てはないのだ。
しかし、グラエはそれで、考え方を180度転換せざるを得なかった。
彼の力を借りずに艦隊を爆破させたラディたちは、大きな自信を得た。
そこで、いままでは、いかに彼らに人を殺させずにリオネスを守ろうかと思案していたグラエは、今度は逆に、彼らに徹底的に殺傷のための力の使い方をたたき込むことにしたのである。彼らが戦艦という殻に入った人間に気づかないうちに、彼らの意識のなかに既成事実を植え込んでやればいい。
それからというもの、彼はいままで異常に厳しい教師となった。
年齢順にラディ、エリリオ、アリーシア、セレーネ、アルベス、シリル、ハルン、ユーロ、ユーミナの9人は、全員がまだ20歳以下で、ユーロとユーミナが10歳の双子の男女であるほかは、とくに血のつながりはない。ちなみに、ハルンからラディまでは、年齢は14歳から20歳までずっとつながっていて、ユーロとユーミナがドーリア生まれ、ハルン、セレーネ、アリーシアの3人がアムール生まれで、残る4人がリオネスの生まれだった。女の子はユーミナとセレーネ、アリーシアの3人だが、他の6人に比べると概してパワーは落ちる。
ラディたちがちょっとでもへまをすると、彼はすぐに叱咤を飛ばした。しかも、彼の無限とも思われる力は、9人をへとへとになるまで休ませようとはせず、徹底してしごいたのだった。
それは、傍で見ているものには恐ろしいくらいの教え方で、いままでの訓練の比ではなかったが、グラエはだれかが、たとえ親であっても口を挟むことを決して許さず、聞き入れもせず、ただ死なないで済んでいるというぐらいに鍛えていったのだった。
脱落者が出ると、彼はそこで訓練を止めた。9人を一斉に鍛えようというつもりもあったろうが、それが、9人の間に競争意識を生み、いちばん最初に倒れたくはないという思いが、彼らの力を向上させていくことも承知のうえだった。
しかし、やがて彼らの限界を知ったグラエは、なぜかは知らないが、どうしてもその力が、自分にとうてい及ばないことをも知ったのだった。いみじくも、かつて彼がシラムーンに語ったようになったわけだ。グラエの力は、もはやとどまるところを知らないかに思えた。
だからといって訓練を途中でやめることもせず、彼はやがて、自分がいなくても彼らが自分で訓練できるぐらいまでに仕上げたのである。
「グラエは彼らをどうするつもりなのかしら…?」
シラムーンは、ダイナを出産してから、ずっと地下に籠もりっきりだったが、バードやディオラが遊びに来ることがあったし、グラエが帰ってくるのはここだけだったので、退屈だと思ったことはなかった。なにより、彼女は初めて体験する育児に忙しかった。
しかし、兄やディオラから聞かされた、あの艦隊の全滅以来、グラエがすっかり変わったように見えることは、あまりいい気持ちではなかったし、心配にもなった。
「艦隊を破壊しろと望んだのはみんなだったんだぜ。だったら、それに耐えられるようなやつに鍛えるしか、グラエとしては手はないんじゃないかな」
彼女がそんなことをもらすと、相変わらず呑気そうなバードは、いつもと変わりなく答えたが、彼が案外グラエの考え方を知っていることを、シラムーンはよくわかっていたし、だからこそこんな話ができるのかもしれなかった。これは不思議なことだ。グラエのような力をまったく持たないバードのほうが、彼の気持ちをいちばん理解しているように思えるなんて。
「でも、すごく厳しいって言うのよ。ラディたちは大丈夫なのかしら?」
「そうだなぁ。でも、あいつらも艦隊をぶっ壊して、けっこう楽しそうだったぜ。自分の力をみんなに認めてもらうのが嬉しいんだってさ。だから、大丈夫なんじゃないの? けっこうついていってるみたいだしな。
だけど、俺はああいうのはお断りだけどなあ、グラエもけっこう、あれで辛いんじゃないの? なんて言ったって、最初は艦隊の爆破には反対していたわけなんだし、ああいう性格だからね。それに、俺が驚くとしたら、グラエがラディたちにやらせていることのほうでだよ」
「いったい、なにをやっているっていうの?」
「岩を壊させたのが手始めだったんだ。それから、地面を割らせたり、自分に攻撃させたり、そんなことばかり教えてるよ。でも、あいつらが束になってもかなわないんだから、やっぱりグラエがいちばん強いみたいだけどな」
「だって、みんなまだ子どもじゃない。そんなことを教えて、どうしようっていうの?」
「戦艦を攻撃させるんだろ。グラエなんかすっかりおっかなくなっちまって、いまじゃあ、小さい子も寄りつかないし、あんなんで大丈夫なのかねぇ」
「本当なの、それって?」
「そりゃそうさ。ラディたちのおふくろたちが最初は抗議に行ったんだけど、聞き入れもしなかったし」
「でもね、グラエったら、下に来ると、なんにも言わないのよ。あたし、ディオラに聞かされるまでそんなこと知らなかったんですもの。これって、すごく問題なんじゃないかしら?」
「そんなことはないさ。おまえにはダイナを育てるっていう大切な仕事があるわけなんだろ? だったら、グラエのやってることで思い悩むのは、俺には時間の無駄じゃないかって気がするけどね。彼もそう考えてるんじゃないかと思うな」
「そうね…ダイナは、なんていったって、グラエの子なんだものね……」
「ちがうちがう。ダイナは、おまえとグラエの子なんだ、そこのところを勘違いしちゃあいけないよ」
「だって、みんなそんなことを忘れてるみたいじゃない、あたしだって、ついつられてしまうわよ。ひがみじゃなくっても、ほんとにそんな気がするのよ」
「だったら、余計にそんなふうに考えちゃ駄目だね。それにしてもなんだよな、おまえがそんなふうに考えてるなんて、グラエは知ってるのか?」
「多分、知らないんじゃないかしら…だって、あんまりそういうことは話さないし、あのひと、帰ってくると本当になんにも喋らないのよ。ただあたしが笑っているだけでいいんですって、あたしとダイナを見てるだけでいいんですって。これって、どういうことなのかしら?
だから、あたしもあんまり喋らないようにしてるの、もしかしたら、グラエはお喋りが嫌いなのかもしれないし、必要なことはテレパシーですませたいみたいだし…」
「こいつは、ますますもってけしからん。待ってな、シーラ。今日は早速グラエに言ってやろう、おまえにあんまり気をつかわせるなってな」
「待ってよ、バード。そんなこと−−−グラエ」
彼が外からテレポートしてきたのは、ちょうどそのときだった。
「お、ちょうどいいところに。ちょっと話があるんだ、いいだろう?」
グラエは、冷たい視線をバードに向けたが、嫌だとは言わなかった。
ので、バードがちょっと来いと誘うと、「ここじゃ駄目なのかい?」とまで言ったのだった。
「おまえさんがそう言うんなら、ここでもいい。どうせ、いま、シーラと話していたところだったんだしな」
「シーラと?」
「そうさ。おまえさんに、夫としての意識はあるのかってことをだよ」
「なんだい、それ…?」
少しだけグラエの表情が和んだ。それも、ここ数ヶ月では珍しいことだ。
「ダイナは、おまえとシーラの娘なんだぜ、そのことはわかってるんだろう?」
「当たり前じゃないか。シーラがいなかったら、ダイナもだれもいなかったんだもの」
「なんだい、その意味深な言い方は?」
「あんまり話したくないんだ。シーラがいいと言うんなら、話は別だけれどね」
「シーラが?」
「あ、なんでもないのよ、バード。気にしないで。ほら、話がそれちゃってるじゃないの」
「ふーん…まあ、そのうちに話してもらうさ。
それじゃあ、グラエ。みんなが、ダイナのことを、おまえ一人の娘みたいに言っているのは知ってるのか? シーラをないがしろにしてるってことはわかってるのか?」
「薄々気づいてはいるよ。僕だって馬鹿じゃないからね…でも、そのたびに、みんなにいちいち説明してやらなくちゃならないのかい? それに、彼らだってわかっているだろうさ、でも、そう思い込みたいんじゃないのかな? だから、あえて否定しないことにしてるんだ、とくに最近はね。
僕は、シーラを疎んじているつもりは決してないし、彼女にはすっごく感謝してる、本当に、口では言い表せないくらいさ。それはシーラだって、わかってくれてると思ってたし、だから、それだけでいいと思ってたんだけど、やっぱり駄目なのかな?」
グラエののろけは、そうと聞こえないところが欠点ではないかと、バードは思うことがよくあった。
「そうだよなぁ…これはおまえさんを責めるのは筋違いってものか。あいつらの気持ちもわかるけどな、そこまでおまえさんやダイナを持ち上げちまうのはどうかと、俺は思うぜ。
なあ、グラエ。話は変わるけどさ、おまえ、だれかと話すのっていまでもあんまり好きじゃないわけ?」
「バードったら、そんなことまで訊かなくてもいいじゃない」
「そんなこと言ったってよう」
「いいよ、シーラ。僕からちゃんと説明するから」
そう言った彼は、ほんの少しだけ、昔の、シラムーンが知っていたころのグラエに戻ったようだった。
「バード、君には想像できるかな? なんにも話す必要なんてないってこと、テレパシーがあれば、すべて解決されるような、そんなちっぽけな世界のことをさ…」
「そいつは難しいなあ……」
「僕のなかには、まだロゥンだったころの意識が残っていて、話さないってことに慣れてるんだよ…だから、話すのが嫌いなわけじゃないんだけど、あんまり得意じゃないんだ。自分の考えていることを、言葉として口に出すのが面倒なんだよ。だから、ついテレパシーに頼ってしまうんだ」
「グラエ、あなた、まさかダイナにテレパシーを使ってるの?」
「そんなことはしてないよ。でも、外でみんなと話すのが面倒なのはたしかかな。とくに、ラディとか、強いサイコキネシスを持ったものは、何故か、みんなテレパシーが弱いんだ。だから、テレパシーを使えばもっと早く説明できるのに、送るのも受け取るのも不慣れだしね。だから、どうしても強い口調になってしまうんじゃないかと思うんだけど…9人とも、気にしてるの?」
「いやあ、あいつらはそんなことは気にしないよ。始めにおまえさんの力を見せられたときのショックに比べれば、大したことないと俺は思うね。むしろ、周りのほうがちょっと気にしすぎじゃないのかな。だって、あいつらの特訓は自業自得だろう? 俺はそう思うんだけどねぇ」
「自業自得と言ってしまうのは、彼らが可愛そうだよ…僕にも責任があるんだ、彼らの考え方や精神が未熟なうちに、彼らをあんな戦いに巻き込んでしまったんだから……」
「考え方? そんなものが問題になるのかい?」
「若いうちは特にね」
ここで、バードは、そう言っているグラエが、本当はやっと10歳になったばかりのはずだということを思い出さずにはいられなかったが、口にはしなかった。
「彼らにとっては、力を使うことは遊びの延長みたいなものさ。あそこで艦隊をただ送り返して済ませてしまうことがどれだけ大切なのか、だれも考えていないんだ…でも、もういいんだよ、そのことは。僕は彼らにそうさせてしまったのだし、その責任は僕がとるしかないんだから」
「もう、間に合わないって言うのか?」
「そうは言ってないけど、みんなの考え方が未熟だとは思う。僕は、帝国と全面対決にはなりたくなかったもの。でも、それを臆病だと言われたり、そんなことで士気が下がってしまうようなら、今度の戦いはすごく難しくなると思うよ」
「みんなって、俺たちも入っているわけ?」
「君はどうだかわからない。でも、派手に攻撃してみせることだけが大事だと思っているのなら、君もそうだっていうことさ。不満かい、バード?」
「そうは言わないけど、それだけで、みんなを子ども扱いするのは間違いなんじゃないのか?」
「子ども扱いしてるんじゃないんだよ、僕は。ただ、戦いに慣れていない、それを未熟だって言うのさ」
「みんなが、そう思ってくれるかねぇ…それで、帝国はまた来るって言うのかい?」
「まさか、来ないとでも思ってた? ねぇ、バード。みんなと話す機会があったら、言っておいてよ。このまえみたいな調子でいたら、今度は帝国にしっぺ返しをくらうだろうってね」
「おまえから言えばいいじゃないか」
「僕は、もう最初の帝国軍宿舎の件で、ディオラに次いで臆病者のレッテルを貼られてる。君はまだ大丈夫だからね」
バードが唖然としている間に、グラエはもう寝息を立てていた。
シラムーンは、むずかるダイナを抱き上げ、お乳をあげ始めた。
リオネスでは母乳で育てるか、乳母を雇うかしなければ、とうてい赤ん坊は育てられない。粉ミルクなんて便利なものはないし、便利な家畜もいない。その毛の耐久力の高さで、一躍有名になったアッシャーの乳は、薄くて栄養がないので、アッシャーはともかく、人間の赤ん坊はまともに育たないのである。
彼は、妹の胸を少々まぶしく感じて目をそらし、「グラエっていつもこうなのか?」と訊いた。
「そうね。最近、とくに寝付きがいいんだけど、なぜだと思う?」
ダイナを見つめるシラムーンは、兄のそんな視線に気づいたようすではない。
「裏リオネスにいたころは、こんなに寝てばかりはいなかったような気がするんだけどなぁ」
彼は、妹の母、つまり彼にとっては二番目の母が、産まれたばかりの赤ん坊、つまりシラムーンにやっぱりお乳をやっていた光景をぼんやりと思い出したが、あれはそんなに恥ずかしくはなかったように思う。
「そうなの? 最近、シリルたちを訓練ばかりしてるから、すごく疲れてるんじゃないかしら?」
シラムーンはダイナを抱き上げ、とんとんと背中をたたいてげっぷをさせた。そんな動作も、ここ数ヶ月ですっかり板についたものとなった。
「だって、まえなんか、そんなことはなかったのに。それとも、さすがに9人もいっぺんに訓練してるんじゃ、グラエもきついのかなあ?」
「かもしれないわね」
バードは、子どものように眠っているグラエを見たが、さすがに用もなくなったので、洞窟を出ていったのだった。
帝国艦隊が再度やってきたのは、おとり艦隊の全滅から3ヶ月後のことだった。
ランバルド指揮官は、ブライド大尉の二の舞を踏むわけにはいかなかったので、まず遠方射撃でリオネスの暗黒ガスを払う作戦に出た。
結局、あれだけ熟考を重ねたというのに、なにごとにつけてもデータ不足のリオネスである。これといった名案も浮かばず、旗艦エンペライアの艦橋が、いよいよもって重苦しい雰囲気に包まれたのは間違いなかろう。
戦艦の航法コンピュータが壊されたのは、あっという間の出来事だったという。その射程距離に入らないことがまず大事なのだった。
艦隊の動きをじっと見ていたグラエは、いきなり盲滅法に撃ってきたので驚いた。
「あたしが行ってきます、グラエ」
そう言って、ユーミナが飛び出していく。暗黒ガスにほど近いところで彼女はミサイルを爆破したのだが、そのためにリオネスに起こったことには気づかなかった。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。だが、だれの目にも忘れられぬ、鮮烈な記憶となった。
リオネスが数百万年も忘れていた陽の光が、ミサイルの爆風によって、瞬きするほどの間だけ蘇ったのである。
そのあまりのまぶしさに、だれもが顔を覆った。ほんの一筋だけ差し込んだ陽の光、それは、彼らには奇跡のように思われたのであった。
光は消えた。
けれども、外から帰ってきたものはともかく、ずっとリオネスで暮らしていたものにとって、それは永遠の憧れであった。希望の象徴でもあった。
これが明るいということだったのか。あれが太陽の光というものなのか。
なんと暖かいのだろう。なんと眩いのだろう。
リオネスから、ずっと取り上げられてしまっていた太陽の光は、独立反乱軍の人びとに、新たな希望を与えずにはいられなかった。
けれども、暗黒ガスの防御力をけっこう当てにしていたグラエは、さっさと行動に移ることにした。光が見えるのは、この戦いが終わってからでなければいけない。リオネスの元凶たる暗黒ガスは、いまは大切な防御の壁だ。
もちろん彼は、かつてマナスにいただけに、あまり光に執着していないということもあったが、ラディやシリルなど、ずっとリオネスにいるようなものは、まだ名残り惜しそうに空を見上げていた。
「みんな、暗黒ガスの外側でミサイルを爆破させるようにするんだ。持ち場は任せる。決して、ガスのなかに入れないようにしろ、入れてしまったようなら、ガスを抜けたところで爆破させるように。いいね、ラディ?」
「は、はいっ」
それだけ言うと、グラエはさっさとテレポートしてしまっていた。
9人も、慌てて彼のあとを追ったつもりだったが、グラエはガスの外側にはおらず、彼らは次に飛んでくるミサイルに備えたのであった。
グラエがそこにいないのも道理であった。彼は暗黒ガスのなかにおり、なぜリオネスにそれが生まれたのか、なぜ数百万年ものあいだ、消えてしまうことがないのかを知りたかったのである。
けれど、それはなんて暗いのだろう。太陽光線を99パーセント吸収してしまうと言われる暗黒ガスは、なかに入っても、クレヤボヤンスを使わなければ、一寸先も闇であった。地上から見上げていたときに思ったように、とうてい、金色の目で見通せるようなものではなかった。
暗黒ガスは、リオネスの周囲をすっぽりと1キロメートルほどの高さで囲んでいたが、ちょうど、惑星の重力と外に飛び出していこうとするところのいちばんバランスのとれた距離にあり、地上から見るとさっぱりわからないのだが、リオネスを中心として公転しているようだった。その速度たるや相当なものだ。
グラエは、科学者などではないのだから、ガスの成分には興味がなかった。ただ、彼が漠然と察したのは、このガスが意図的にリオネスの周囲に作られたのではないかということだった。
ガスから飛び出してしまわないように、彼はそのなかを移動して、いったいなにが暗黒ガスを発生させているのかを探そうとしたが、間もなく、いきなり、どこからともなく、頭のなかに話しかけられたのだった。
“ナニヲシニ来タノダ、小サキモノヨ…”
それはテレパシーのように直接脳に語りかけてきたが、もっと異質なものに思えた。だが、少なくとも彼の知っているどんな機械ともちがっていた。
(だれだ…? どこにいるんだ……)
彼は目をこらしたが、暗黒ガスのほかにはなにもない。
“ナニヲシニ来タノダ”
もう一度問われた。穏やかな調子で、いらだったようすではない。しかし、相手の異常さが、彼に警戒させてやまなかった。
“僕は、このガスを払いに来た。あなたはだれだ?”
“がすヲ払ッテハナラヌ。すぺりおるノヨウニナリタイノカ”
“スペリオル…? あの星は、トルーアン・ガスに覆われているって……そこか!”
ガスのなかをともに公転していたのは彼だけではなかった。話しながらも全長数百メートルもの巨大な物体を見つけて、その前方にグラエはテレポートする。
“お前は機械じゃないか。なぜこのガスのなかにいるんだ? スペリオルと、このガスと、どう関係があるっていうんだ?”
平べったい箱のような建造物のなかからは、機械的なジーッジーッという音が伝わってきたが、やがて別の声が語りはじめた。もっと人間らしい声だったが、やはり機械の合成音だろうと彼は考えていた。
“わたしは、かつてリオネスにいたものだ。ここまでたどりついたものに告げる。リオネスの暗黒ガスを払ってはならぬ。太陽光線を浴びたとたんに、スペリオルのようなトライクス・ガスがこの惑星を覆うだろう。この暗黒ガスは、リオネスを、トライクス・ガスより守るためのものなのだ。
トライクス・ガスについては我々にもよくわかってはいない。しかし、ここまで来られたものならば、スペリオルにも行ったことはあるだろう。トライクス・ガスは有機物を溶解する。このガスがひとたび惑星を襲ったのなら、あとにはスペリオルのような、無機物の墓場しか残らないのだ。
我々リート系文明は、絶頂期にあった。我々はいかなる生物をも作り得たし、理想的な人間も作り得た。我々は、己を神のように思っていた。我々は、長い寿命を持っていた。我々の社会は、人類の理想とする高みのひとつに、たしかにたどり着けたであろう。
しかし、トライクス・ガスが偶然に生まれたときに、それに対処するすべはなかった。我々にさえ見つける暇がなかったのだ。
トライクス・ガスは、あっという間に、リート系の全惑星に広がった。それがリートの波長によって大量のガスを生み出すとわかったのは、もはや手遅れかと思われたころのことだ。
我々は最後に残ったリオネスを暗黒ガスで覆い、緑色の肌と血を持つように人間を作り変えたのだ。そうしなければ、リートの光を浴びたリオネスは、あっという間に死の星となってしまうだろうからだ。
君がいま見ているのは暗黒ガスの工場ともいえるものだ。これがなくなるか、少なくとも破壊されれば、ガスはただちに四散してしまい、二度と暗黒ガスに覆われることもなかろう。
しかし繰り返して言う。暗黒ガスが消滅し次第、リート系の他の惑星のようにトライクス・ガスが増殖しはじめるだろう。トライクス・ガスがいかなる方法でリート系の惑星に広がったのかは不明である。また、どれくらいの時間を経れば、その成分が消滅するのかもわかってはいない。
あれから何年経ったのか、わたしにはわからない。しかし、トライクス・ガスがある限り、その対処方法がわからない限り、決して暗黒ガスを払ってはならないのだ。
だが、もしもその術がわかったというのなら、もはや我々の警告は無用のものとなろう。むしろ、我々はそうなることを望んでいるのである”
グラエはしばらく無言だった。千のハンマーで殴られたようなショックで、言葉もなかった。
彼は工場の突起物にしがみつき、そこから離れてしまわないようにしていたが、頭のなかは混乱しどおしで、とっさに考えがまとめられないくらいだった。
そのとき、ふっと思い出したのは、やはりシラムーンのことだった。グラエの記憶のなかで、彼女はいつも微笑んでいる。
なにも心配しないでいいから、ここでゆっくりと休んでいって、とでも言いたそうに。
最近はよくダイナを抱いている。自然の摂理に逆らってこの世に生を受けた彼らの娘には、まだ超能力の気配はない。けれど、そんなことを期待して彼は子どもがほしかったわけではなかった。
それだけ考えて、ようやく気を鎮めたグラエは、ひとまず地上に戻ったのだった。
彼がリオネスに戻ったときは、あらかた攻撃は止んでいて、ラディたちは交替でガスを守ることにしたのだと告げた。そう、彼らの力をもってすれば、これほどの攻撃に対し、常時9人でいる必要はない。彼らも、少しずつ力をセーブすることを覚えているようだった。
「グラエ、なにをしていらしたんですか?」
「ガスについてちょっと調べていたんだ。ミサイルの方はどうだい?」
「あんまり飛んでこないんですよ。だから、3交替にすることにしたんです」
発案者のエリリオは、ちょっと得意そうに報告した。
「でも、いっそのこと、あそこの艦隊にぶち込んでやったら駄目ですか?」
「いいや、持ち場は離れちゃいけない。帝国の目的は暗黒ガスを払うことだ。君たちはガスを守るんだ」
「どうしてですか? このガスがなくなれば、さっきみたいにいつでも陽の光を見ることができるのに」
「レーダーも吸収してしまう暗黒ガスがあるから、帝国はさっさと攻撃をしてこれないんだ。これは、言ってみれば僕らを保護してくれているんだから、そう簡単に消してしまうわけにはいかないよ」
「わかりました」
ランバルドは、リオネスがあると覚しき辺りに、3個ほどの超エネルギー体があることを知った。レーダーに写っているのはそれだけだったのだ。最初は9個あったに、そのうちに残りの6個はどこかへ消えてしまっていて、どうやら、これがリオネスの超能力者ということらしい。このうちのひとつがグラエなのだろうか?
遠方射撃はそれなりに成果をあげたようだったが、暗黒ガスが消えたのはほんの一瞬のことで、すぐに周りのガスがその穴を埋めるように寄ってきてしまい、それも難しいことを彼は知った。
しかも、ひとたび超能力者が現われると、ミサイルはガスにたどり着くまえに爆破されてしまい、まったく効果がなくなっていたのである。
ランバルドは、リオネス反乱軍が、あのガスを守らなければならない理由が、もっとべつにあるのではないかと察していた。彼らの超能力をもってすれば、レーダー妨害ぐらいにしか役に立たないはずのガスを、あそこまで守る理由はないはずだと考えたのである。
だからといって、それをめぐって反乱軍と争うことになるのは、あまりいい気分ではなかった。なにより彼は、いくら仕事とはいえ、いつまでもリオネスなどにかかりきりになっていたくなかったのである。
「全艦、砲撃やめい! 第5惑星ウンブリアの軌道まで後退せよ。
また、ただちにハイパー・ドライブに入れるように、計算をしておくように。目標地点は、ウンブリアの軌道より78298500キロメートル、リオネスの上空、推定1500キロメートルのところだ。
各艦の砲門はすべて開けておけ、リオネス上空に出現後、ただちにリオネスに無差別砲撃を加える!」
艦隊が去っていくのを見て、リオネスの人びとはその本当の目的も知らずに歓声をあげた。しかし、グラエだけはまだ緊張を解こうとはせずに、ミサイルを撃退したシリル、アルベス、ハルンの3人には仮眠をとるように言ったが、残る6人と見張りの12人には、変わらず、艦隊を警戒しておくように命令したのだった。
「やつらがどこまで下がっていくつもりなのかを見ておいてほしい。その後の動きにも注意していて。いいね?」
「はいっ!」
いつもなら、この12人、ウーリー、カチュア、クーマ、リオ、ヴェーラ、ルーン、イーシャ、ナイア、ライオット、カーラント、アレイク、ギィたちは、1人だけで2時間交替で見張りをしていたが、グラエの口調から、いつもよりもずっと警戒しておくべきなのだと察したリーダー格のカーラントの意見により、2人一組で、3時間ずつということになった。
彼らは、なんといっても自分たちが第一発見者で、なおかつグラエに真っ先に報告できることを誇りに思っていたので、こういうときにはとくに張り切るのだ。
グラエが警戒を緩めようとしないことで、浮かれていた人びともようやく気を落ち着けてきた。彼がいる限り、まだ地表への攻撃はあるまいと彼らは考えていたが、グラエの口癖は、万が一もあることを忘れるな、だった。
そのグラエがシラムーンのもとに行ったのは、いつものように彼女と娘の顔を見るためだけではなかった。暗黒ガスのことを知るものが自分の他にもう何人かいてほしい、その第一候補が彼女だったわけである。
テレパシーによって、一瞬にしていろいろなことを知らされたシラムーンは、思わずダイナが泣き出すほど強く抱きしめたほどだった。
それで、グラエは娘を取り上げ、テレパシーで赤ん坊をなだめた。無邪気なダイナの笑い声が、シラムーンを我に返らせた。
「本当なの、グラエ…」それでも、これだけ言うのが精一杯であったが。
「君にだけは知っておいてほしかったんだ、シーラ…いきなりでごめんよ、混乱させちゃったね。でも、みんなにはまだ教えたくないんだ。暗黒ガスは、帝国に対してけっこう有効な防御だと思うから、まだガスを払う必要はないだろうし、そのときが来るまで黙っていたい…」
「……そうね、こんなこと一人で背負い込んじゃいけないわね。でも、今度からはちゃんと最初になにを話すつもりなのか、断わってくれる? ダイナが可愛そうじゃない、あたし、思いっきり抱きしめちゃったわ…でも、あたしたち、希望をなくしてしまったわけじゃないのよね? 大丈夫よね?」
「リオネスがなくなってしまったりしないかぎりはね…」
シラムーンは、すっかり機嫌をなおした娘を受け取った。なんだかんだ言っても、やっぱり彼は父親なわけで、ダイナもそこのところは敏感に感じ取っているのだろうか。
「グラエ、気をつけてね」
「僕はまだ大丈夫だよ、シーラ」
そう言ったグラエが、ようやくここ数ヶ月見せなかった笑みを見せたので、彼女もほっとした。刺々しい彼は嫌だ。どこか無理をしているみたいだし、そのうちに、きっとおかしくなってしまうにちがいない。
けれど、彼女は気づかなかったのだ。暗黒ガスのこととグラエの笑顔にすっかり気をとられていて、彼の言外の意味にまで思いが及ばなかったと、シラムーンは後々思ったものだった。
リート系第5番惑星ウンブリアの軌道までさがった帝国艦隊は、一斉にハイパー・ドライブに入り、見張りのウーリーとクーマを慌てさせた。
しかも、グラエが駆けつけるまでの1分間の消失ののち、突如としてリオネスの上空、約1500キロメートルのところに現われた艦隊は、ランバルドの指示どおり、一斉に砲撃を開始したのだった。
グラエのバリヤーはただちにリオネスを暗黒ガスごと覆いつくしたが、それは彼の力をもってしても、いつまでも防ぎきれるような攻撃ではなかった。
「ラディ、アルベスたちを起こしてきて」
「もうこっちに来ました」
「じゃあ、君たちに命令だ。0.1秒だけバリヤーを開く。外に出て応戦するんだ。ただし、各自の身は各自で守り、決して無茶はしないこと。それと、艦隊が撤退を始めたら、決して深追いはしないこと。あとの指示は、ディオラたちをとおして出す。なにか質問は?」
「0.1秒なんて短い間に−−−」
「それ以上開けておけばリオネスが穴だらけになるんだぞ。できないと思ったものはいかなくてもいい。0.1秒あれば、テレポートには十分な時間だ」
「わかりました!」
惑星を覆えるほどのバリヤーを張れるのはグラエしかいない。しかし、その彼でも長時間防ぎきれないとしたら、帝国の力とはなんと凄まじいのだろう。
彼は、とうとうクレヤボヤンスを使うのをやめた。これならリオネスにいても指示が出せるのだが、いまはバリヤーに全力を傾けたかった。
「だれか、リオを呼んできてくれないか?」
「はい」
リオには、軽いシンパシー能力がある。彼に透視してもらって、かつその目が使えれば、グラエはほとんど自分の力を使わないですむわけだった。
彼から矢継早に出る指示を、テレパシーでラディたちに伝えるのはディオラたちの役目だ。本当はシラムーン一人がいてくれれば話は早いのだが、そうなったらだれがダイナのそばにいてくれるというのだろう。
しかし、それが命取りであった。なるべく早く指示を出そうとしても、だれかを介することでワン・テンポ遅れてしまうのはどうしようもできない。
その、瞬きするよりも短い間に、指示が間に合わなくて、とうとう死者が出てしまったのだ。
グラエは、ついルカの死を思い出していた。真空でばらばらに散ったロゥンの妹、いちばん最初に死んでしまったルカのように、小さなユーロの身体は爆弾でばらばらになってしまったのだ。
彼とテレパシーで連絡をとっていたフィーリが、悲鳴をあげて、倒れた。
双子の妹ユーミナが、ユーロの死にパニック状態に陥っている。
地上の人びとは、クレヤボヤンスを持っているカーラントたちを除いては、うえでなにが起こっているのか、まったくわからないでいた。
だが、彼らはグラエの身体がとつぜん真っ白に光りはじめ、そこから消えたのを見た。彼らにわかったのは、ただうえで、とんでもないことが起こったらしいということだけだった。
レーダーから超能力者が1人消えたと思ったのも束の間、さきの9個のエネルギー体よりももっと凄まじい力を持ったエネルギー体がいきなりレーダーに現われ、スクリーンの映像が激しく歪んだ。
と思う間もなく、全艦隊は、いきなり狭い空間に閉じ込められて、自らの発射した爆弾のあおりを受けて、まるで台風に巻き込まれてしまった小船のようにもみくちゃにされ、傷ついたのだった。
「全艦砲撃やめ! ただちにウンブリアの軌道までハイパー・ドライブで戻るんだ!」
「了解しました!」
聞こえてくる返事は、悲鳴混じりのものが多かった。
なにが起きたのかはわからないが、ランバルドは、いままであのリオネスを守っていたなにかが、いきなり30数隻の艦隊を包み、そのなかで100発以上の爆弾がいきなり爆破したのではないかと推測したのである。
まさにその通りだった。グラエはバリヤーで艦隊を包んだのである。
(もっと早くにこうするべきだったんだ…! なぜ、そんなことを思いつかなかった? なぜ、こんなに簡単なことがわからなかったんだ… 僕が殺した……ユーロを、僕が殺してしまった…)
艦隊は、ぼろぼろになって、それでもハイパー・ドライブで、ウンブリアの軌道まで逃げていった。
生き残ったラディたちが、グラエのもとに集まってくる。彼らも疲れきったようすだった。涙で顔をくしゃくしゃにしたものもいたし、暗い顔をしたものもいた。
けれど、グラエはとっさに心を閉ざしていた。
(知られてはならない、僕が一瞬でも弱気になったことなど…! 実際、彼らはよくやったさ、でも、ユーロには荷が重すぎたんだ、そんなこと、だれにわかる…? 僕だけはわかってやらなくちゃならなかったのに…!)
彼は、残った8人の顔を見回した。
“地表に戻るぞ。こんなところでぐずぐずしている間はないんだ。ユーロの死を無駄にしたいのか?”
“で、でも…ユーロの死体を回収してあげなくちゃ…”
“全部粉微塵に吹き飛んでしまったよ。どうやって探すっていうんだい、セレーネ?”
“だって、このままじゃ一人ぼっちになってしまいます…! そんなの、ユーロが可愛そうだわ、あの子、そうでなくたって寂しがりやだったのに…”
“死んでしまったものはもう戻らない。それに、こんなところをいつまでもうろうろしていてもいいことはないよ”
セレーネは、思わず泣きそうな顔になった。気が強いでとおっている娘だが、さすがにショックも大きいらしい。そういえば、彼女はユーロとユーミナに近いところにいたのだっけ。もしかしたら、ユーロが死んだ瞬間を見ていたのかもしれない。
“さあ、急ぐんだ”
もはや嫌も応もなかった。グラエに急かされるように、8人はテレポートしたが、だれもが後ろ髪を引かれる思いであった。
リオネスで起こった、最初の本格的な戦いは、圧倒的なリオネス反乱軍側の勝利で終わった。
しかし、帝国側の死者30余名に対して、リオネス側はわずかに1名ですんだにもかかわらず、貴重な戦闘要員を失ったということや、今度の戦いにおける初めての死者という事実、そしてわずか10歳というユーロの幼さが、数字以上の重みでもって、グラエを始めとする反乱軍の人びとに、重くのしかかっていたのである。
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