第三部第三章
ユーロの死は、思っていた以上にユーミナやシリルたちに大きなショックを与えた。20歳まえの子どものほうが、超能力としては強いものに鍛えられるはずだとグラエは踏んでいたし、事実、そのとおりとなったのだが、1人の死によって明らかになったのは、その精神的な未熟さであった。彼らはまだ子どもなのだ。自分の力をおもしろがっているだけで、その裏に潜む危険に気づいていなかったのだ。
けれども、グラエは彼らに休息を与えようとはしなかった。休ませれば、彼らには家族がいる。その暖かい殻の内に籠もって、永久に出てこなくなってしまうだろう。この緊急事態にそんなことが許されるわけがない。悲しいことも忘れて眠りにつくためには、とことん体を疲れさせるしかなかった。
みなの非難をものともせず、彼は8人に戦うように命じたのであった。
実際には、グラエこそこの戦いを放棄したかった。だが、他のだれがやめてしまったとしても、彼とディオラだけは、それは許されないことであった。彼らがこの戦いを始めたのだ。いかなる結果に終わろうとも、途中放棄なんてことは許されないのだった。
残った8人のなかで、リーダー格は20歳になったばかりのラディだ。力としてはシリルがいちばん強いのだが、ラディはわりに落ち着いていたし、みなをまとめるだけの力もあった。なにより、シリルは15歳になったとはいえ、まだまだ子どもだった。14歳のハルンのほうがまだ落ち着いて見えるくらいだ。
そのラディにグラエより与えられた命令は、帝国艦隊の補給部隊をたたくことだった。いよいよ始まったリオネスの防衛戦は、帝国艦隊がウンブリアの軌道まで大きく退いていたため、グラエ一人でもいまはまだ十分だと考えられたのだった。
もはや後戻りはできない。たとえ帝国が束になってこようとも、彼らは戦わねばならなかった。
その抵抗はたしかに帝国にとっては予想外のものであった。いくら超能力という武器があるとはいえ、リオネスほど銀河帝国に対して長く抵抗してみせた惑星はかつてなかった。帝国内で最古の歴史を持つ惑星でありながら、300万年の空白は、リオネスにテルミナスのような怨恨を生まなかったせいもあったのだろう。
リート系第6番惑星エトルリアまでやってきた補給部隊には、数隻の護衛艦がついていたが、8人はまずそちらを協力して片づけた。片づけたといっても、最初にグラエに教わったとおり、航法コンピュータをいじっただけだ。そのほうがずっと力の消耗が少なくて済むことを、いまの彼らは肌で感じとっていた。みなの士気にはたしかに影響するかもしれないが、それでも疲れて自分たちが動けなくなるよりはましだと、彼らはようやく気づいたのだった。
もっと早くに気づいていれば、もしかしたらユーロを死なせなくて済んだかもしれないと、彼らは思わずにはいられなかったが、だれも口には出さなかった。出しても死んだものは帰ってはこない。それだけはどうしようもないことだったのだ。
それから、残った補給部隊を片づけた8人は、ラディの指揮ですぐにリオネスに戻ろうとしたのだが、アリーシアが口を挟んだ。
“ねぇ、あそこにある食べ物、もらっちゃったらどうかしら?”
“食べ物のことでなんか困ってないだろう? 爆弾は戻られてもどうせ帰ってくるだろうから壊さなくちゃいけないけど、食べ物のことでは、とくに指示は受けてないんだよなぁ”
“ばかねぇ、ラディ。あたし、もうリオネスの食事にはうんざりしてるのよ。まずくってまずくって、毎日、やっとの思いで飲み込んでるんだからね。
あ、そうか、あんたはもともとリオネス生まれなんだもんね、あたしの気持ちなんか、わかるわけないんだわ”
“そんなことはないけど…”
“あたしもあたしもー!”
と会話に割り込んできたのは、アリーシアとおなじく、アムールから来たセレーネだ。
“どうせあれって、持って帰ったって、だれも食べやしないんじゃないの? だったら、あたしたちがもらっちゃおうよ。あたしたちだけじゃないのよ、アムールとかドーリアから来た人って、みんな苦労して食べてるんだからね。
それにさ、これをもらっちゃえば、あっちの船に乗ってるやつらだって、帰ってくれるかもかしれないじゃない? おなかが空いてまで、戦っていたくはないでしょうからね”
“それって、いいアイデアだと思う! ほら、なんていったっけ、こういうのって…?”
“一石二鳥だって言いたいんだろ? でも、まずグラエに了解をとってからだよ。グラエが承知しなきゃやらない、勝手な行動は慎んでもらわなきゃ。いいな?”
“なにさ、リーダーだからって、お固いんだから! こんなに楽な方法、ないじゃないのよ。そうよ、今度から、ずっとこうしてやればいいんだわ、戦うなんてやるより、ずっと楽でしょう? あたし、絶対にグラエに言ってみるんだ”
けれども、呑気な8人とちがい、交戦真っ最中のグラエとは、ラディくらいのテレパシーではとうていそのバリヤーを貫くことはできなかった。それで、彼はやむなく、リオネスのディオラに応援を求め、少し経ってから、またディオラ経由でグラエが了解したとの返事をもらった。
しかし、問題はその大量の食料をどうやってリオネスまで運ぶかということだった。テレポートさせようにも、量が半端ではない。なにしろ、帝国は艦隊で来ているのだ、その量となったら、リオネスに持って帰ったって、腐らせてしまうんじゃないだろうかと思わせるほどだった。
それに、彼らは距離については意識しては駄目だとグラエに教わっていたが、量についてまではさすがに思いが及ばなかったものとみえ、だれかをともなってのテレポートくらいはできたものの、この量では、一度に10人も20人も運んでもまだ数回に分けなければならなさそうだった。
“どうするんだよ、これぇ?”
ラディの言葉に、乗り気だったアリーシアとセレーネは、うんざりしたようすで顔を見合わせた。たしかに、言い出しっぺは自分たちだけれど、ラディだってもっと協力してくれてもいいじゃない、というのが正直なところである。
動けないはずの護衛艦からミサイルが撃ち込まれたのはそのときだった。
彼らはとっさにバリヤーを張って、互いにかばいあったが、せっかくの食料は宇宙空間に散り散りになってしまい、とうてい回収は無理、しかもセレーネとユーミナが負傷して、彼らはほうほうのていでリオネスに帰還したのだった。一瞬の油断、それもまた、彼らの未熟さの証明であった。こればかりはいくら訓練でも身につくようなことではない。実戦で覚えなければならないのだ。
「食料はどうしたんだい?」
帰ってきた8人に問うたグラエの言葉に、傷ついた2人も含めて、彼らはただうつむくしかなかった。せっかくの名案もこれではおしゃかである。
しかも、地上のだれもが期待して待っていたらしく、残念そうなため息が広がった。アリーシアやセレーネの言うとおり、マナスやシウェナから来たものは、かなりリオネスの食料事情に悩んでいるらしかった。それが少なからぬトラブルのもととなっているのだが、それほど深刻な状況ではなかったので、いまのところとくに気をつかうようなものはなかったのである。しかし、8人の食料分捕りの連絡が失敗に終わったとなれば、その問題は当分解決しそうにはないということだった。
ところで、2人の怪我は、このまま力を使うのに差し支えはなかったが、それよりも問題なのは精神的なショックのほうだった。
ユーミナなどはすっかりべそをかいて、現れた母親に泣きついたし、セレーネだって、すっかり意気消沈したようすで、さすがにべそこそかかなかったものの、母親が迎えに来ても、うなだれているばかりだった。
「なんだったら、もうやめてもいいんだよ、ユーミナ」
グラエがそう言うと、彼女はびくっとして立ち止まり、おそるおそる顔を上げた。しかし、彼は怒っているのではない。
「僕の不注意でユーロを死なせてしまった…このうえ、君までお母さんから奪うわけにはいかないからね。それに、今日ぐらいのことはまだ序の口だ、これから、帝国の攻撃はもっと厳しくなると思う。君がそうしたいと思うんなら、お母さんのためにやめてあげなさい」
けれど、彼が知らないはずはなかった。そう言ったほうがユーミナが余計やめにくくなることを。彼女は、死んだユーロよりもずっと強気である。むしろ、彼女の答えを、彼は計算どおりだったにちがいない。
「いいえ、あたし、やめません…! 死んだユーロの分も戦いたいんです。仇を討ちたいんです。それまでは、絶対にやめさせないでください! それに、あたしがやめちゃったら、だれも代われるひとがいないじゃないですか、あたし、やめません、やめろって言われたって絶対にやめません!」
仇など討てるのか。が、グラエはあえてその言葉を口にしなかった。それにまったくユーミナの言うとおりだった。
「じゃあ、傷の手当てをしてもらったら、よく食べて、休めるうちに休んでおきなさい。セレーネもおなじだ。ラディたちも、よく休むんだよ」
「あの、グラエは?」
「え…?」
「グラエも、少し休んでおいておかれたほうがいいんじゃないかと…」
勢い込んだシリルの言葉は、語尾が消え入ってしまっていた。
「僕はまだ大丈夫だよ、シリル。それよりも見張りを頼んだよ、少しでも異変があるようだったら、いつでも呼んで」
「わかりました」
それからも、リオネスの戦局は、一進一退を繰り返した。
自分はサドの傾向があるくせに、というよりも、立派なサドのくせに臆病なグロシェン帝は、リオネスのことを少しでも長く忘れていようと遊んでばかりいた。それもいつもよりももっと派手に乱痴気騒ぎをやらかして、リオネス問題に頭を痛める人びとにとっては、いくら皇帝陛下であるとはいえ、いい気分がしないのは当り前だった。
しかし、このときだけは、イェリオ皇太子もバーシアに感謝しないわけにはいかなかった。この忠実な白人奴隷のおかげで、皇帝に仕える召使いたちが八つ当たりを被らないで済んでいるのだし、自分がほとんど皇帝に代わって命令を出していることだって、かなり大目に見てもらっている。グロシェン帝のヒステリーを、バーシアが一身に背負っているので、たとえ奴隷とはいえ、だれもが同情的に彼、あるいは彼女のことを話していくようにもなっていた。しかし、その声は白人の若者には届いてはいなかったろう。
もっとも、そのせいで、バーシアは生傷が絶えず、日に日に増えていく一方だという。それでもバーシアの忠誠心は決して皇帝を裏切ることはなく、イェリオは、まさにこれこそ奴隷そのものなのだと思わずにいられなかった。彼は、奴隷を使うことには、決して反対の急進派などではなかったが、生まれながらの奴隷はともかく、途中から奴隷になったものの忠誠心はまったく信用していなかったし、そもそもここまで完璧な忠誠心の持ち主がいるとは、正直言って、思っていなかったのである。もしもいますぐに自由にしてやると言っても、もしかしたらバーシアは奴隷のように仕える“自由”を選ぶかもしれない。
しかし、いっこうに進展する気配のないリオネスの反乱には、さすがの皇帝もだんだん気にせずにはいられなくなったのか、日に一度は報告に訪れるイェリオに、マイナード総司令官や、ランバルド指揮官の悪口を、自分の無能さは棚に上げて、言い立てることも珍しくなくなっていた。だが、あまり戦局に詳しいわけではないし、本人もあまり興味をもって皇太子の報告を聞いていたのではないという明らかな証拠に、2人の悪口は聞かされている彼にはただ馬鹿馬鹿しいだけのことだった。マイナード総司令官は忠誠心の厚い人物と聞くが、その彼でさえ手こずるのがリオネスの反乱軍であり、そのシンボルとしてのグラエだったのである。
だが、リオネスの反乱がいつまで経っても終結しないことは、帝国にとってたしかにいいはずはなかった。帝国がいままで必死で守ってきたものが、こんなちっぽけな惑星の反乱ひとつで壊されてしまうようなことになってはならないのである。
彼は、混乱しつつある中央の政治にかこつけて、各惑星の不穏分子が動き出すのではないかと心配して、いつになく諜報部の調査には力を入れていたし、反帝国分子は遠慮なく引っぱらせたのだった。
グロシェン帝は、もともと強い癇癪持ちでヒステリー症である。そろそろ皇太子が戒厳令を出さなければ、もはや各惑星を抑えきれないかと考え始めた、189年の5月のある日、とうとう、皇帝は、癲癇を起こしてひっくり返ってしまったのだった。
これにはイェリオも開いた口がふさがらなかった。まるでわがままな子どもが言うことを聞いてもらえなくてヒステリー気味となり、しまいには癲癇を起こしてしまうように、62歳の誕生日を派手派手しく祝った皇帝は、中身はちっとも成長してはおらず、ただ年を重ねた子どもそのままだったのである。
こんなことが許されるのだろうか。皇帝が自分の責務も果たせずによりによって癲癇でひっくり返るだなんて、そんなことがあってもいいのだろうか。働きすぎで倒れたのではなく、遊びすぎで、しかも自分の無能さを棚に上げてのヒステリーでだなんて。
イェリオのなかに、皇帝廃位の決心が固まりつつあったのは、ちょうどそのころのことであった。しかしそれは、どこまでグロシェン帝に忠実なバーシアによって、いつの間にか看破されていたのだが。
「皇帝陛下、心労のあまり倒れられる」の報は、間もなく帝国中をかけめぐった。
国民に対してはそうとでも言わなければしめしがつかないし、皇帝たるものそうでなければならない。そうでなくても派手好きのグロシェン帝は人気が低い。見境なしの好色というのも好かれない原因なのだろう。いくら神聖不可侵の銀河帝国皇帝家とはいえ、やはり人気というのはあるものなのだ。
それで、せめてもの人気回復の手段としては、皇帝がいかに今度のリオネスの反乱で心を痛めているか、またいろいろな点で心配りをしていることかということをはっきり印象づけるためにも、ここは逆に、無理にでも倒れてもらったほうがよかったのだった。
皇帝家の主治医は、これでは執務は無理だと太鼓判を押し、ついでに色事もやめるように口を添えた。
そう言われて興奮したグロシェン帝はまた泡を噴き出さんばかりに興奮し、その場で鎮痛剤を打たれて眠ってしまったが、イェリオ皇太子としては、医師にくびにしないと約束をとりつけて、皇帝の健康が回復するまで治療に通うことを命じたのである。
まったく、愚かな父親を持つと、苦労するのは息子ということだろう。
皇帝が倒れたとなれば、皇太子に代理がまわってくるのが道理である。神聖不可侵のディルティメント家は、ほかのだれにも代われることはなく、ただ次期皇帝たる皇太子だけが、その責任をわずかでも引き受けることができるのだった。しかし、グロシェン帝がその責務をいままで少しでも果たしていたかどうかは、大いなる疑問ではあるだろうが。
イェリオは、病床の父帝からその勅命を受けると、即日中にマイナード総司令官に連絡をとった。
やはりそばに控えていたバーシアの腕を、皇帝は痣ができるくらいにねじあげていたが、この奴隷は、しまいには痛覚が麻痺しているんじゃないだろうかと思えるぐらいに冷静であったのが、妙に印象的だった。
帝国艦隊の総出撃命令が、その日のうちに皇太子の名において発布された。もはやなにを遠慮することがあるだろう。父自らが自分の代理として彼に勅命を与えたのである。皇太子としては、このときとばかりに、思う存分、腕が奮えるというものであった。
しかし、事態はいよいよ切羽詰まっていた。もはや一刻の猶予もならない。これ以上傷口が広がらないうちに、リオネス反乱を終結させなければならなかった。
優柔不断なグロシェン=インパールとちがい、イェリオ=カラザアは、決めたことを即刻実行に移した。彼は、出撃していく艦隊を、特別艇に乗って激励しにいき、「庶民殿下」のあだ名のとおり、一般市民の人気をより不動のものにしたのである。
だが、それら皇太子の一連の行動を、影で見守っているものがいた。忠実なバーシアが、なぜそこまで皇帝につくすのか、もしも気がついていたならイェリオは訊ねてみたところだろう。しかし、彼は気づいてはおらず、たとえ訊いてみたとしても、真の奴隷たるバーシアに、彼を納得させるような理由などなかったにちがいない。
そしてグロシェン帝は、イェリオが考えていたほど愚かでも無能でもなかったのだった。
帝国艦隊による総攻撃が始まったのは、帝国暦189年7月15日のことだった。ロゥンがフェール=リオネス研究室を爆破・逃亡してから、ちょうど、2年の月日が経過していた。
そのことになにか運命的なものを感じたグラエは、これが自分にとって最後の戦いになるだろうと悟っていた。
というのは、ずっと自分を支えてくれていると思っていた力が、彼の命を削ることで、強大なパワーを示しているということに、ようやく気づいたからだった。他でもない、それが彼の力の秘密だったというわけだ。自分の命を削って、彼は最強の超能力者であったのだ。
どちらにしても、そう長い命ではないと覚悟していたはずだった。しかし、これほど早いとは、さすがのグラエにも予想もできなかった。
けれども、彼は取り乱すこともなかった。実験体としての運命を享受していれば、もっと早く死がやってきただろう。
彼は満たされていたのだ。シラムーンを愛し、ダイナという娘を得たことで、グラエには十分だった。
「攻撃が始まったら、即座にエルレストレーゴを出ていくこと。僕のバリヤーが破られるようなことになれば、たとえ地下に潜っていてもひとたまりもないし、逆に地下のほうが危ないっていうこともあるからね。
でも、ラディたちを支援してあげることは忘れないで。力を使うのに距離なんか関係ない、どこからだって届けられるんだからね」
彼の言葉に、だれもが不安そうな顔をした。それを見たグラエは、もうこれ以上彼らをだましておくわけにはいかないのを、はっきりと悟っていた。
考え方のちがいもあった。戦うことに慣れていないながらも、彼らはグラエに賛同して、帝国に対して立ち上がった。衝突もあったものの、いまはそれを言ってもしょうがあるまい。彼らは、自分にすべてを託したのだ。
帝国との戦い、リオネスの未来、リオネスのすべてを。
「ラディ、エリリオ、みんな、戻るんだ!」
彼の命令に、彼らのテレパシーが帰ってきた。なぜそうしなければいけないのか、わからないと。
「これが最後の戦いなんだ、君たちは家族と行きなさい、これ以上戦う必要はない。僕は、君たちにまで死んでほしくないよ」
そんなことはできない。
それが彼らの返事だった。8人のテレパシーが一斉に返ってきたのだが、みな、言葉はちがえど、そう言っていた。
“最後の戦いだと言うんなら、余計そんなわけにはいかない。どうして、グラエ一人で戦えます? 僕らの力は、あなたにはとうてい及ばないけれども、僕らはやめませんよ。足手まといだなんて言わないでくださいね、みんなで話し合ったんです、僕らはそうするべきなのかどうかって…だから、僕らはここで逃げ出しませんよ。僕らはそんな臆病者じゃないし、そのためにいままで戦ってきたんだから”
みなの意見を代表してラディが言った。
もはやそれは彼らの戦いであった。となれば、グラエにはなにも言うことはできなかったのである。
8人以外もおなじ気持ちだったのかもしれないが、エルレストレーゴに残ることだけはグラエが許さなかったので、どうしようもなかった。
すすり泣きが響いた。けれど、言葉はなかった。
エルレストレーゴを一人またひとりと去っていく彼らを、グラエは静かな面持ちで見送ったのだった。
シラムーン、ダイナ、ディオラ、バードの4人は、最後に町を出ていくことになっていた。
せめて、彼女たちだけは、もっと早くに裏リオネスに連れていきたかったのに、シラムーンは、自分たちだけが逃げるわけにはいかないと、断固と拒否したのだった。
けれど、彼女については、ディオラとバードが責任を持って面倒を見ると言ってくれたので、グラエもやむなく承知したのである。
「グラエ、おまえの過去を俺にくれないか?」
「バード? そんなものをもらって、どうしようって言うの?」
「俺はおまえのことを風化させたくないんだ。おまえのテレパシーなら一瞬だろう? 頼む、一度くらい俺のわがままを聞いてくれてもいいじゃないか」
「わかったよ。君がそう言うのなら…」
バードの言うとおり、2人の交流はほんの一瞬で終わった。しかし、グラエは彼の企みの本当の意味に気づいたようで、なにか言おうとしたのだが、バードは黙って笑い、友の背中をとんとシラムーンのほうに押しただけだった。
ディオラに目をやると、彼女も黙っていろとばかりに、わずかに首を振っているだけだ。
いろいろなことを訊ねている時間はなかった。
グラエは、シラムーンから受け取った娘を抱きしめた。
幼い命、彼の力によって誕生したダイナは、他の赤ん坊とほとんど変わることなく、平穏な赤ん坊時代を過ごしているところだった。
もうそろそろ立てるようになるし、お誕生を過ぎるころには歩けるようになっているだろう。けれど、自分がそれを見ることはできないのだ。それだけが、ラディたちのこととならんでグラエには心残りだった。だが、彼らのことについては、もうなにも言うまい。
(いつか、生まれてきておくれ、僕の力を継げるものが、僕らの意志を継ぐものが…!
僕の命はここで終わってしまうけれど、もう君に会うことはできないけれど、いつも君とシーラを見守っているよ、ダイナ…)
それから、彼はシラムーンに声をかけようとしたのだけれども、いい言葉が浮かばなくて、ただ彼女を抱きしめた。
涙が、彼女の頬を流れ、グラエの首筋をつたって落ちた。その暖かさは、彼に力強い生命を感じさせたが、それはいまの彼には縁のないものでしかなかった。
「シーラ…僕は、君に会えて幸せだったよ…」
「馬鹿なことを言わないでよ…! 帰ってくるのよ、グラエ、絶対に帰ってきてくれなくちゃ嫌よ。あたしを独りにしないで、あたしたちをおいていかないで…!」
「泣かないで、シーラ…僕は君が好きだよ、君の笑顔がいちばん好きだよ、だから君の笑顔だけを見ていたかった、そのことで君が傷つくなんて、思ってもみなかったんだ……」
「いいのよ、そのことはもう…あたしたち、これからだってやり直せるわ、ダイナがいるんですもの、これから始めなおしたっていいのよ、でも、あなたがいてくれなくちゃそれもできないじゃない…どうして行ってしまうの、どうして…?」
「僕は、いつでも君のそばにいるよ、君とダイナのそばにいつづける、だって、僕の還るところは君のそばにしかないんだから…だから泣かないで、どうか、君の笑顔だけを覚えさせていて…」
シラムーンは微笑んだ。ダイナを腕に抱き、グラエのためだけに笑ってみせた。ロゥンたちを笑わせようとしたことを思い出したが、あれはなんと遠い日のことに思えるのだろう。そう、あのときにダイナは誕生したのだ。この世に生を受けたのだ。
もしもここで笑わなければ、彼は帰ってきてくれるかもしれない。それは無駄な期待なのだ。彼はもう悟っている。自分の命がここで終わることを、彼はとうの昔から知っていたのだろうから。
「いつかまた会えるよ、シーラ…僕は君を探しあてる、今度こそ、僕たち、一緒に年をとろう、いまはもう会えなくなってしまうけれど、いつかきっと、僕は君を見つけてみせる…」
シラムーンは頷いたが、これ以上黙ってはいられなかった。
「あたし、あなたを待ってない…だって、あたしがあなたを見つけるのだもの、あたしがあなたを探してみせるのだもの、だから、あたし、あなたを待たない、絶対にあなたを探す、絶対にあなたと巡り会うのよ…!」
グラエは微笑んだ。そして、去りかけていたのに戻ってきて、シラムーンに一度だけキスをした。
それが、彼女が愛するグラエを見た、最後のときであった。
帝国軍の総攻撃は、いままでのそれがまったくの遊びに思えるほど凄まじいものとなった。
もはや、ラディたちの力でどうにかなるような攻撃ではなく、彼らは一人またひとりと倒れていった。
ただ一人、エルレストレーゴに残ったグラエは、帝国の激しい攻撃からリオネスを守りつづけていたが、敵の隙をついて攻撃をすることもあり、ラディたち8人が死んでからもなお、帝国に対して脅威を与えた。
ここにグラエあり、その恐怖こそ、帝国があれほどまでにリオネスに手こずった本当の理由であったのかもしれない。
帝国の砲撃はやまず、いよいよ攻撃をするようなこともできないとグラエが察したそのとき、超能力の過負荷のために、彼の頭はぼんと吹き飛んだ。
と同時に、ついにバリヤーを失ったリオネスに帝国の容赦ない攻撃が浴びせられて、エルレストレーゴやいくつかの町は、グラエの死体を呑み込んで、炎と化し、あとかたもなく消え去ったのである−−−。