最後のもの 3
通路は少し黴臭かった。オルズデールは最初にそのことで文句を言ったが、すぐに黙った。ガイルもバーザムも取り合わなかったためというより、要らぬ災いを呼びたくなかったのだとしたら、彼にしては珍しく慎重になったものだ。
この遺跡がどれぐらい放置されていたのかガイルには想像もつかなかった。けれども、たとえ妖魔がうろついているところでも彼にはまだましだった。アダモン島での、あの死ぬために生きていた日々を思えば、ガイルはどんな状況でも耐えられるような気がしていた。
それにしても、妖魔がいると噂されるようになってから、また実際に妖魔がいるようになったのはいつのことからなのだろうか。そのわりには遺跡は破壊されたあともなく、地下という特殊な状況をおいておくとすれば、いますぐにでも人が住めそうだと思えるくらいに良好な状態を保っていた。
天井は高く、歩くのに不自由はない。バーザムさえ、手を伸ばさなければ天井に届かないほどだ。
「地の民とは、こんなに背の高い種族だったのかのぅ?」
彼らの気持ちを代弁するようにオルズデールがつぶやいた。それからぶらぶらと弄んでいた樫の杖をくるりと水平にまわして、
「それに、この通路の広さ、これでは妖魔どもに通ってくれと言っとるようなものじゃ」
けれどもガイルは、そこまで考えてはいなかった。実際、魔法使いの言葉に両手を広げてみたバーザムのその両方の指先が壁に届かないくらいの広さだった。
「妖魔がいるのはそのせいだと思うのか?」
バーザムが小声でささやく。
「わしにわかるものか。しかし、もしそうだとしてもこの遺跡がいかに広いのか想像できるというものじゃないか。あんな破壊の権化がいまだに手のつけられないところがあるんじゃからな」
「それだけでもないような気がするんだがな−−−なんにしてもあまり長居をしたいところではないな」
「そうか? せっかく世にも珍しい町を拝めるというのになぁ」
「そんなことを考えているのはお主だけだろうよ。妖魔の巣窟で遺跡見物などのんびりとしていられるものか」
魔法使いの返答はなく、会話はそこで打ち切られた。
彼らを導く灯は、過ぎると消えていき、目指す方向だけを照らした。
その住人がいなくなってから、千年以上は経つというのに、いまもなお働く魔法の仕掛け、その上にダンドカンバ山脈という世界の屋根を頂きながら、崩れることさえない遺跡、地の民だけでなく、古の民の技術は、いまもなお人間を圧倒する。
その技に人間が到達するには、はたしてこれから、どれほどの時間が要るのか、あるいは達することができる日など来るものか、ガイルには思いも及ばなかった。
通路は計ったように幅も高さも均一で、洞窟という感じはしない。むしろ正確に設計され、その図面どおりに建てられた建造物のなかでも歩いているようだ。
また床には石が敷きつめられ、まるでミストローアの街路を歩いているような錯覚さえ覚える。しかし、その緻密さ、規則正しさは、とうていミストローアの比ではない。それにエズリモル大陸最大の都市はけっこう地域差の激しい町で、王宮や貴族の住まい、神殿などのあるところは地の民の遺跡と比べても遜色のない石畳があったが、大多数の区画では石畳などないか、あってもせいぜい道の真ん中に間隔を空けて埋められているだけで、全市で見ればむき出しの地面のところが圧倒的に多かった。“賢者の学院”にいたっては、石畳のあるところなど、そう、確か大賢者のいた三連の塔の周囲ぐらいのものだ、
壁と天井は、掘り抜いた土が剥き出しのままだったが、まるで漆喰でも塗られたかのように、すべすべとしていた。それも一部ではなく、通ってきた道、すべてにおいてそうなのだ。
道幅は2人も並んで歩けるほどだったが、3人しかいないことと、剣技にまったく覚えのないオルズデールを前なり後ろなりに置くことの不安から、バーザムは一列縦隊を崩そうとはしなかった。もしもこの通路で妖魔と相対するようなことになれば、彼はたった1人でも守りきる自信があるのだ。それにいざ剣を振るうとなったら、2人では狭かった。
いままで山道ばかり歩いてきたせいで、遺跡のなかはとても歩きやすく思えた。山道といったって、自分たちで開いていかねばならなかったのだから、その進み具合の遅さはガイルの気持ちを苛立たせたものだ。
「おい、分かれ道だ。どうする?」
「任せておけ」
3人はそこで遺跡に入ってから初めて立ち止まった。
「そんなに大した距離ではないよな」
「うむ、まだ序の口じゃよ。この蝋燭が一本燃えつきたってところかの」
ガイルとバーザムはそこで止まったが、オルズデールは心得たように進み出た。ぽいと後ろ手に放った蝋燭は、大人の中指ぐらいのものだった。
分かれ道の入り口にはどちらにも手のひらよりも大きい長方形のくぼみがあって、その真下に粉が積もっていた。おなじくらいの量で、風も吹かない地下のためにずっとそのままだったようだ。少し崩れているのは3人が入ってきたためだろうか。
“我は聞く、我は見る、粉よ、おまえの記憶を。かつておまえがなしていた形、おまえに触れしもの、我がまえに姿を現せ・!”
魔法使いが樫の杖で左側の道の粉に触ると、その山から幻が煙のように立ち上った。
くぼみにはめられていた石板を、おそらくは地の民であろうとおぼしき髭もじゃの人物が外していた。彼はオルズデールよりも背が低かったが、横幅はバーザムよりもあった。白い髭は腰よりも長く、二股に編まれて腰のベルトに挟んでいる。姿形は人間に似ていた。けれども人間ではないことも一目瞭然だった。
幻のなかの通路は明るかった。地の民のベルトや胴着の金属は、まるでそれ自体で明かりを発するものであるかのように輝いている。伝説に名高き古の民の手になる魔法の武具に間違いはない。
鉄よりも硬いといわれる鋼の精製は、いまだハロンドール王国のような文明国しか持たない技術だ。ところが古の民の鍛えた武具は、その鋼の鎧さえ紙のように切り裂いたというのだ。彼らの鍛冶の技術力の高さだという説もあれば、真銀という幻の鉱石を鍛える術を知っていたからだという話もある。どちらにしろそれはうわさ話の領域を出ないお伽話にすぎなかったが、幻とはいえ彼らが見ているのは間違いなくその古の民の武器であり鎧であった。
けれどもその表情は深い悲しみのために歪んでさえいた。よほど辛いことがあったのだろう。あるいは外すこと自体が悲しいのだろうか。
彼はゆっくりとしたしぐさで、腰の鎚で石板を壊し、その音がしんとした通路に響いた。そして山だけがこうして残され、彼は歩み去っていった。
同時に幻は消え、あたりはお互いの顔を見分けられる程度の薄暗さに戻った。
「案内板のようだったのだな…」
だれに言うでもなし、バーザムがぽつりとつぶやいた。
「さてと、このままでは先へ進めん」
今度は分かれ道のほぼ中央で膝をつくと、オルズデールは樫の杖を支えて立て、呪文を唱えた。
彼は目をつぶったままで周囲をぐるりと見回してから、いきなりポケットから出した木のペンで壁に線を刻んだ。
「おいおい、そんなことをしても大丈夫なのか?」
「しょうがなかろう。どうせ、だれもおらんのじゃ。いや、いるかもしれんが、紙は貴重なんじゃ。それに、ここの床に描くわけにもいくまい。石墨でも持ってくればよかったがな。しかし、そういう問題は抜きにしてもこの壁はえらく書きやすいぞ。粘土板なんかよりもよっぽどええわい。わしゃあ気に入った」
「……そういうくだらんことを言っている場合ではないだろうが…それで、これは?」
「地図じゃ。この周囲の通路がどのように走っておるのかを透視たのさ」
「それで? なにかめぼしいものでもあったのか?」
「ここがわしらのおる通路じゃ。右の道は、どうやらこの遺跡の外側を走っておるらしい。少し先で、ほれ、このように湾曲しておる。もしかしたら、わしらの見つけられなかった、出入口につながっておるのかもしれんが、いまとなってはわしらには関係がないことじゃ。
つまり、左の道が、この遺跡の中心部へ行くものと考えてもよかろう。どうせ、真っ直ぐには行けないだろうがな」
「こっちの道はどうなっているんです?」
ガイルはいまのどちらの通路ともつながっていないが、オルズデールの見たという通路を示した。
「どこかで繋がっているんですか?」
「そこまでは見えん。だから、この道へ行くことになるのかは、そのときになってみなけりゃわからんということさ。さて、進もうか」
それからも、まるで網の目のように入り組んだ地の民の遺跡は、3人の足を何度も止めた。そのたびにオルズデールは呪文を唱え、壁が紙の替わりになった。
だれが言い出したわけでもないのに、彼らは遺跡の中央へ中央へと向かっていた。
縦横無尽に走る通路が、ダンドカンバ山脈の地下にあるということが、ガイルには驚きであった。なぜ崩れないのだろう。地の民は、そういえば地の精と火の精を友としたというが、それも影響しているのだろうか。たしかに地の精の守りがあれば、町ひとつを守ることはたやすかろうが、それはどれぐらいの大きさまで可能なのだろう。それとも、地の精の王の助けがあるのだろうか。
しかも、もしもそうだとすれば、地の民が消えたといわれるいまも、地の精が遺跡を守っているのはなぜなのだろう。
下手な期待は火傷のもとだったが、彼は地の精がこの遺跡に関わりがあるとすれば、地の民がまだここにいると考えてもおかしくないと思い始めていた。
だが、それを確かめる術は彼らにはなかった。オルズデールは賢者と呼ばれるほどの魔法使いだが、精霊にはあまり詳しくないし、ガイルもバーザムも役立たずだ。
もっとも、これをはたして町と呼べるかといえば、彼は首を傾げたことだろう。まるで外壁のなかに築かれた通路のようだ。ならば、ここは外壁の部分と考えるのが正しいのだろうか。もっともこんなに外壁の厚い町なんて聞いたこともない。
しかし、いくら進んでも遺跡は町らしくはならなかった。それとも地の民にとってはこれが町のあるべき姿なのだろうか。そうだとしたら、あまり住みたいところではない。
そんなことを考えながら歩いていって、ガイルは前で止まったオルズデールにぶつかった。
「馬鹿たれ! こんなところでぼさっとするな」
「すみません…でも−−−」
「しっ!」
今度はバーザムにも叱られた。
しんとしたところで耳を澄ますと、かんかんと、金属を叩いてでもいるような音が、かすかに聞こえてきた。
「まだ遠いぞ」
「かなりな。だが、妖魔や魔族の仕業でないとは言い切れまい? どちらにしても、ここにいるのは我々だけではないということさ」
「それはそうじゃ。先に進まんかね? そろそろ、さっき言った、広い洞に出ると思うのじゃがね」
「そうだな」
2人が歩き出したのに少し遅れて、ガイルも後を追った。
いまのところ後方からはなにもこない。それを警戒するのが、最後尾についた彼の役割である。ぼんやりと考え事にふけっていられるような安全なところではないのだ。
やがて、3人はオルズデールの言う、広い広い洞に出た。直径100メートル以上はあるだろうか。一定の間隔で壁にとりつけられた灯りのためにだいたいの形がつかめるが、まるで半球を伏せたようだ。高さは数十メートルもあろう。
しかし、中央に像がぽつんと立っているほかには、広いわりになにもないところだった。
「どうやら、この洞が町の広場のひとつだったようじゃな。しかしこんなに広い空間をなにに使ったのかのぅ・」
「それはいいが、どういう仕掛けなんだ、こいつは…?」
バーザムの口調は感心しているというよりも呆れている。だいたいにおいて、彼は魔法は疑わしいものと決めているので、彼らが入ってくるとつき、出ていくと消える灯りも胡散臭く見えるらしい。
それにこの洞は、床が石畳なのは変わらないがさらには天井までびっしりと煉瓦で覆われていたのだ。
「わしはこれと似たような代物を見たことがあるぞ」
「あれはもっと小さかったじゃないか。せいぜいこの10分の1というところだったよな」
「うむ…古の民のほうが優れた技術を持っているのだから仕方があるまい。だいいちこんなに精密でもなかったが」
「なんの話ですか、いったい?」
とうとう好奇心を抑えきれなくなってガイルは口を挟んだ。この洞には3人のほかにはだれもいなかったし、妖魔も近くにはいないようだ。
「墓荒らしをしたときの話さ」
「墓荒らし?!」
「人聞きの悪いことを言うな。あれは学術的調査だと言ったじゃろうが」
「どう違いがあるっていうんだ。俺ならいい気はしないがね」
「遺跡ですか?」
「復活暦以前のものじゃったな。古の民のものじゃない、そうどこにでもあるものではないんじゃ。もしかしたら、いまのハロンドール王家につながる貴族の墓だったのかもしれんが、ここの規模を見ているとそうとも言えなくなってきたのぅ」
「先生、それって王家の墓じゃないんですか・?」
「そうとも言いきれんのじゃ、これが」
ガイルはバーザムのほうを見たが、彼は黙って肩をすくめただけだった。
“賢者の学院”にいたころ、オルズデールは3ヶ月に一度くらいの割合で留守にしていたものだが、ガイルは一度も連れていってもらった覚えがない。いったいなにを企んでいたものやら。
「しかし、これだけ広いのに灯りがあるとは、大した仕掛けじゃのぅ」
「あの墓は真っ暗だったからな」とバーザム。
「先生、あの像を調べてみませんか?」
「そうじゃな」
ガイルとオルズデールが並び、バーザムが少し離れてつづいた。
今度の旅でバーザムは自分の役割をはっきりと護衛に位置づけている。オルズデールと馬鹿話に興じているようなときでさえ、彼が警戒を怠っていないのをガイルは知っているし、重要な決定には口を挟んだことがない。たいていはオルズデールが判断を下し、それも本当に核心に迫ったならガイルに任せられるのだろう。
実際、バーザム以外のだれにもそんな役は勤まらなかった。
3人が近づいていくと像は台座に載っていて、バーザムよりも高かった。もっとも台の高さもバーザムの膝ぐらいはあるので、像の高さそのものは実はオルズデールよりも低いようだ。
その石像は、両刃の斧を前に立て、二筋に編まれた豊かな髭を、腰のベルトに挟んでいた。腕は太く、鎖かたびらのようなものを着込んでいる。先ほどの幻と似たような格好だ。
あの幻を見たかぎりではこの像はほぼ等身大のものと考えてよさそうだ。だとすれば、地の民というのは平均的にオルズデールよりも背は低く、バーザムよりも横幅のあるがっしりした体格をしていたようだ。建築や鍛冶が得意だというのも、その体つきを見れば想像がつくが、彼らはまた、貴金属や宝石などの細工・加工においても類希な才能を示したという。
像の台座には、遺跡の入口にあったものと同じ楔形の文字と、さらに流麗な文字とが刻まれていた。
「なんて書いてあるんだ?」
「記念碑じゃよ。この町を開いたものの姿を刻み、名と銘文を残したのじゃ。下の文字は森の民のものじゃな……建国者トワド王か」
「両方の種族の言葉で記すなんて、森の民と地の民とは、仲が良かったんですね」
「うむ。おそらく、地の民の文字でも、同じ文が綴られておろう。そのうえ、この台座の四方はな、正確に東西南北を向いておる。方向を示すものでもあったわけじゃよ」
「しかし、あまり我々の助けにはならんな。地の民を探しに来たのであって、遺跡を調べに来たのではないんだし。それに見てみろ。かなり古いものだがこれは血痕だぞ。ここが地の民の王国だとしたら、妖魔にかなり奥まで攻め入れられたことになるじゃないか」
「それはかなり昔のことだろうな…そのときの妖魔や魔族どもがまだ残っているとは思えんが。
のぅ、おかしいとは思わんか? ここまで攻め込んだ妖魔が、なぜ町をそのままにしておくのじゃ?」
「町がなにか魔法的に守られていたんじゃないですか? “賢者の学院”を守っていた〈結界〉がこの町にもあったってことは?」
「そう簡単にいくものか。魔法によって守られているとすれば逆に物騒な話じゃぞ。その〈結界〉がきれたとたんに町が崩壊でもしたら、いくらわしらでもお陀仏じゃからな」
「でも、何百年ももったものが、今日明日でいきなり崩れるなんてことはないですよね?」
しかしガイルはこのときもうひとつの可能性についてはあえて言及しなかった。もしも精霊がこの町を守っているとしたら…?
幸いにしてというか、魔法使いの返事はなかった。
オルズデールはいつの間にか台座によじ登り、指先に灯した小さな明かりを隠しつつ、像を調べていたからである。魔法を唱えているのだからといって、真面目な用件とは限らない。もっとも、いつもならそのことで茶々を入れるバーザムが今日は関心もないようだ。
「……うーむ、こいつにはうっかり手を出すわけにはいかんようじゃなぁ」
「どういうことですか?」
「これとおなじような像が、この遺跡全体でいくつあるのかは知らんが、ただの記念碑ではないということよ。その血痕が古の民のものであれ妖魔のものであれ、この像、台座も含めて爪痕ひとつついておらん。破壊されようとした跡もない。かといってこんなものを妖魔どもが放置しておくはずはないし、これにはかなり強力な魔法が働いておる」
「どういう魔法がかかっているかまでは調べないんですか? まさか、要石なんてことはないですよね…?」
「そこが魔法の厄介な点なんじゃ、おまえはもう忘れたのか?
どういう仕掛けで罠が発動するのか、調べることさえそのきっかけになってしまうかもしれん、迂闊には手を出せんのよ」
「触らぬ神に祟りなし、だな」
「もっとも、いまは手を出すわけにはいかんということであって、いつか詳しく調べてみることができるかもしれん。それまで遺跡が残っていればだがな。
さて、と……」
「そろそろ休むのか?」
「そうとも。だがここでは駄目じゃ」
「さっきの魔法は使えないのか?」
「周りの壁を透視たやつのことか? この洞は広すぎてのぅ。無駄な力は使いたくない。それよりも水を探そうと思うんじゃ。これから先、わしらは水なしではすませられん、先に井戸を探したほうがよかろう」
ガイルとバーザムの見守るなか、オルズデールは呪文を唱えた。魔法の力でゆらゆらと立っていた杖がぱたりと倒れ、宙に平衡に浮いたままでくるくると回転する。
「近いぞ。もしかしたら、地の民の住処にお目にかかれるかもしれん」
はたして、老魔法使いの言うとおりとなった。杖に導かれて入った洞が共同住居であったらしく、3人は間もなく、少し背の低い横穴を10幾つかと、そのほぼ中央に位置する井戸を見つけたのだった。
井戸の作りは、彼らの知っているものとほとんど同じだった。が、これは逆に、人間が地の民の技を真似たのであって、元はこちらの方なのだ。
もっとも違っているところといっても、滑車や屋根など、2つの桶を除いて、すべて石製だというぐらいだ。こんな地中では、石よりも木の方が貴重だったろうし、なにより、地の民は石を好んだということだろうか。
「飲めるのか?」とバーザム。
「俺が味見をしてみますよ。アダモン島じゃ、もっとひどい水を飲まされたこともあるし」
そう言って、ガイルは臆すことなく、口をつけた。
「どうじゃ?」
「飲めますよ。少し不味いですけどね」
「上等上等。しかしバーザムよ、不味い飯に不味い水ときたな」
「しょうがあるまい。重い糧食をえっちらおっちら背負ってくることを考えればな」
「食い物があるだけましか…」
水を水袋に移し、3人は横穴の1つを覗いた。
左右に扉が3つずつある。それもけっこう間隔を空けているので、間口はともかく内部はそれ分の幅がありそうだ。もっとも高さはいままでの通路とは比べものにならなくて、ガイルもバーザムも頭がつかえた。
「つまらんところじゃのぅ。貧民街のものだって、もうちょっとましなところに住んでおるというのに。個性のかけらもないところじゃ」
「そう決めつけるのは早いんじゃないのか。鉱山が近いところでは共同住宅なんてこんなものさ」
「だとすればますます探索する意味はないな。
どれ、わしは眠らせてもらうとしよう。今日は魔法の使い放題じゃ。見張りを頼んだぞ」
不味い食事はさっさと済ませ、オルズデールはすぐに寝ついた。
バーザムは、太い蝋燭を出し、火をつけた。背負い袋の中身は蝋燭がかなりの量を占めていたが、魔法を除けばほとんど正確な時間を計るいちばんの手段だったのである。
「これが半分になったら俺と交替しよう。あまり無理をするなよ」
「大丈夫ですよ」
やがて彼も寝つき、ガイルは暗がりに一人きりになったのだった。
動くものはなにもなかった。ただ、わずかに蝋燭の火が揺らめくのみで、それもあまりない。こんな地中では、風もあまり届かないのだろう。鼠一匹ここにはいないのだろうか。食べ物がないところに動物はいないだろうが。化け物がいるという噂はどうしたのか。
昨日の晩はまだよかった。オルズデールも起きていてくれたし、話すこともできた。いまはそんなこともできないし、物音を立てて、どこにいるのかわからない化け物を呼び覚ますわけにもいかない。
師匠がかなり魔法を使ったということはガイルにだってよくわかっている。そうしなければ、いまごろは盲滅法に歩いていただけだろうし、そのうちに、この大遺跡を全部探索してしまったかもしれない。
いくら賢者とはいえ、魔法を無限に唱えることはできない。もしもそれが杖のためなのだとしたら、これはまさに呪いであった。
もしも杖がなくても魔法が使えるのなら、その力はどれほどのものになるのだろう。まさか、無限に唱えることなどできはしないだろうが。
ふんふん、という鼻息に、ガイルはさっと立ち上がった。
無遠慮な足音が聞こえる。
彼は長剣を抜き、音のする方をじっと見つめた。
「臭ウゾ…人間ノ臭イダ…」
汚らしい濁声が聞こえてきた。
「ソウダナ。エサノ臭イダゾ」
2匹もいるとわかれば、彼はためらわなかった。バーザムを揺り動かし、オルズデールの足を引っ張った。
2人ともすぐに目覚め、老魔法使いは戸口から顔を覗かせ、バーザムは表に出た。
やがて、外に通じる道をふさいで、黒い影が2つ、のっそりと出てきた。
「ココハマダブッコワシテイナカッタンダナ」
「ブッコワシチマウカ?」
「イヤ、エサヲ喰ッテカラダ。ブッコワシテ、ツブレチマッテモオモシロクナイ」
ぱっとその場が明るくなった。薄明かりに照らされているとはいえ、暗いのでは自分たちの方が圧倒的に不利である。オルズデールがすかさず光の球を飛ばしたのだった。
現れた2匹は、その眩しさにギャッと悲鳴をあげたが、それぐらいで怯むような相手ではなかった。
2匹が立ち尽くしていたのはほんの短い間のことだったが、バーザムもガイルもその隙を逃すことなく、素早く斬りかかったのである。
どちらも大猿に似ていた。だが大きさはバーザムをも上回り、まるで黒熊のようだ。ごわごわした黒い毛は鎧のように堅く、一つ目だった。血走った目は、突然の光がよほどこたえたのか、瞬き、それでも目前の獲物を捕らえて、獰猛な狂気を宿す。まるで猛禽類の嘴のように曲がった牙が1本、勢いあまって引っかけた井戸を、ただの一撃で破壊してしまった。
「ほんとにこの遺跡は大丈夫なんじゃろうな?」
とは、戦闘が終わってからのオルズデールの言い分である。
いわゆる典型的な妖魔で、その強さは、遺跡に入る前に逢った穴熊もどきとは雲泥の差がある。頭のなかは、腹一杯に食べることと、人間を殺すこと、目に入るものを破壊しつくすことしかないくせに、手に負えない化け物だ。
妖魔の強さにはピンからキリまであって、一対一で剣の覚えがあるものならば昨日のガイルのようになんとかなるものから、バーザムのような手だれの戦士でやっと倒せるものまでさまざまである。
ガイルにはこの妖魔は重荷だった。バーザムのような熟練した戦士ならばともかく、彼みたいな新米の歯の立つ相手じゃない。
2本の腕は、彼を捕らえて餌食にしようと繰り出され、ガイルはそれを剣を振り回して逃れた。このままでは逃げるしかできない。けれどその毛皮に生半可な剣では刃が立たず、彼は素早く思考を巡らした。
下がると、半壊した井戸が足にぶつかった。もうこれ以上下がることはできない。
妖魔がにやりとする。
「諦メルンダナ。オ前ノ命モココデ終ワリダ」
だがガイルは、妖魔が勝ち誇って突っ込んできた刹那、半壊した井戸に足をかけて伸び上がり、平衡は狂っていたものの、正確にその一つ目を切り裂いたのだった。
妖魔の絶叫が耳をつんざく。
その牙が突進してきて、ガイルは柄まで通れと、剣を口に突っ込んだ。
妖魔の勢いは凄まじく、彼は壁に叩きつけられた。しかもその生命力はそれぐらいで消えてしまうこともなく、盲滅法に腕を振り回し、ガイルはしこたま引っぱたかれ、殴られ、とうとう妖魔の頭を貫いたままの長剣を手放し、ずるずると床に落ちた。
結局、妖魔の息の根を止めたのはバーザムだった。胴体をほとんど真っ二つにして、ようやく妖魔は動くのをやめ、腹から飛び出した汚物や体液やらがそこらじゅうにまき散らかされ、辺りは鼻のひんまがりそうな悪臭に満ちた。
妖魔にのしかかられて、ガイルは半分は自力で脱出しかけたものの、こちらもバーザムの手を借りねばならなかった。あまりの臭さのために息苦しくて窒息しそうだ。
オルズデールがぶつぶつ文句を言いながら、水を汲んで、問答無用でガイルにぶっかけた。明るい光の球の下では、彼は見るも無残に汚れていたのである。
けれども水をかけられたぐらいで落ちるような汚れではなかった。それに殴られたせいで頭は朦朧とし、立ち上がるのも一苦労する有り様だ。
「こいつはもう使いものにならんぞ。妖魔のなにが嫌って、わしゃあ、この臭さだけはたまらんわ」
「でも着替えなんてないんですよ」
「情けない声を出すな! そんなものどうとでもなるわい。ちと大きさのほうには責任が持てんがな」
魔法使いは、まず桶をバーザムに放り投げた。彼も全然汚れていないというわけではなかったからだ。もっとも返り血ばかりで傷を受けたのではなかったが、2匹目の妖魔を斬ったときが酷かったようだ。
それに2人の剣も洗わなければ、すぐに刃は錆び、紙切れだって切れなくなってしまうだろう。
「お主も着替えるといい」
オルズデールは杖を掲げ、朗々と、しかし小声で呪文を唱えた。
“我、召喚せり、地の底、大いなるダンドカンバ山脈の懐より、我、オルズデールは呼ぶ。服よ、我がもとに来たれ!”
それらは空中にいきなりぽんと現れ、差し出したオルズデールの杖にひらひらと舞い降りた。
「上等上等。昔、サーブに教わったのよ。物質の召喚は生き物よりもずっと楽じゃからな、まさか役に立つとは思わなかったが」
「ありがとうございます」
ガイルが先に着替え、ついでバーザムも着替えた。
「こうなっては休むわけにもいかんな」
「まったくじゃ。それにしても人使いが荒いわい、これでまた妖魔なんて現れた日にはしゃれにもならん」
オルズデールはいつになく真面目に言ったのだが、どちらも返事はなかった。ので、老魔法使いはちょっとむっとして、弟子の背中を杖でこづいた。
「いてっ! なにするんですか、先生?」
「なんでもないわい…!」
それからすぐに3人はそこを離れた。
「まったく、そこいらじゅうにわしの足跡をつけまくっとるようなものじゃ…! よくない、まったく気に入らん…!」
「しょうがないさ。俺たちにはほかに手だてがない。くれぐれもお主一人で出歩かないでもらいたいな」
「わかっとるわい」
今度は井戸は要らなかった。オルズデールは文句を言いながらもすぐに寝つき、バーザムがまた蝋燭を灯す。
「今度は俺が先に番をしよう。おまえは少し休んでおけ」
「はい」
「初めてにしてはうまくやったほうさ。おまえにはもともと素質もあるんだ、こればかりは慣れるしかないがね」
ガイルは頷いた。まだ頭がふらついていたが、少しはましになったようだ。
蝋燭の明かりのなかにバーザムの顔が浮かんでいる。それはガイルの知らぬ顔だった。幾人もの部下の命を預かった元傭兵隊長が、彼にはいつまでも忘れられなかった。
バーザムに揺り動かされてガイルは目を覚ました。
交代の時間だ。彼は慌てて跳ね起き、眠い眼をごしごしこすった。
「外ではもう朝なのかもしれないな。あとは頼んだぞ」
「はい」
ガイルが立ち上がるや否や、もうバーザムの規則正しい寝息が聞こえた。座っているとまた眠ってしまいそうだったので、眠け覚ましに少し歩いてみる。
静かだった。妖魔がいるなんて、実際に戦っていなければ信じられないような静けさだ。
「こんな方法じゃだめだ…!」
独り言が思ったよりも響いて、彼は慌てて口を押さえた。それでも気持ちが変わるわけじゃなかった。
この広い遺跡をただ闇雲に歩き回っていたのでは、いくらなんでも見つかるまでには相当な時間がかかってしまう。もっと効率的な方法を考えなければならないのだ。
(でも、遺跡の地理もわからないのにどうやって…?
俺たちはいままで、ずっと遺跡の中央へ中央へと歩いてきた。それだけじゃ駄目なんだ、妖魔の巣窟だっていうんなら、地の民がいたらどこに隠れる…? いるさ、絶対にいるはずだ…! 地の民が残っていないわけない。
俺が地の民ならどこに隠れる…? 守りやすいところ…? 当たり前じゃないか! じゃあ、俺が妖魔なら、どこを探す?!)
ガイルの影があっちへ行ったりこっちへ来たりした。
蝋燭の炎はほとんど動かない。こんな山のなかでは風もないとみえる。
ちょっと見ると、オルズデールもバーザムも静かなものだ。どちらにしてもこの2人の手を借りずには済むまい。最初からそのつもりだったのだし。
ふとガイルは立ち止まった。
いま冷たい風が首筋を吹き抜けたような気がしたのだ。
彼は壁を背にして周囲を見回した。影は彼だけのものだ。
なにもいない。彼ら3人以外には。
(しまった…!)
が、気がついたときにはもう手遅れだった。
白い影が蝋燭の光の届く端に少し入ったかと思ったら、ガイルはもう身動きもとれなくなっていたのだ。
それらの影は場所が場所だけに幽霊のようにも見えたし、幻のようにも思えた。
1つ、2つ、3つ…壁から染み出るようにそれらは現れた。
白っぽい長衣を着て、フードを目深にかぶり、両手だけ出している。けれどもその白い手を見て、ガイルは背筋に冷たいものを感じないではいられなかった。
それは骨の手だった。
ところが、彼ときたら師匠らを呼ぶことさえできない有り様だ。
(幽霊…? 妖魔に殺された古の民の幽霊なのか…? ならばなぜ俺を金縛りにする? それとも、見境もなくなっているのか?)
触られた手は氷のように冷たかった。
それなのに、ガイルは酔ったような感じで頭の芯から痺れていた。
この感覚はなんだろう。
とても危険で、でもなにもかも忘れてすべてを委ねてしまいたくなるような心地よさが同居している。
立ったままで眠りに落ちていくような感じだった。
夢でも見ているんだろうか。
差し出された手をとると、甘美な痺れが全身をかけめぐり、彼は思わず膝をついた。
両脇の2人がガイルを支えている。
正面には彼が手をとった1人が、フードを後ろに払ったところだ。
「母さん…?」
“イイエ、私ハ違ウ…私ガダレダカ、アナタハ知ッテイルハズ……当テテゴランナサイ、がいる”
(だれ…?)
彼はその青白く光る眼をのぞき込んだ。
どこかで会った眼だ。
考えようとして、一瞬目をそらした。
視界の端でなにかが動いた。
いつの間にか蝋燭の光も消えていたが、ガイルは気づきもしなかった。
“目ヲソラサナイデ…!”
「え…?」
いくつもの顔がだぶって見えた。
みんな女性、それも彼が知っている女の人の顔ばかりだった。
が、それらの顔はどれも一瞬で消えてしまい、最後にたったひとつの顔が残された。
「つ…!」
彼女が、ガイルの左手の小指を噛んだ。
鋭利な刃物で切られたような痛みが走り、彼はちょっとだけ顔をしかめた。
母ではなかった。
彼の知っているだれでもなかった。
血のように紅い唇と、暗闇をのぞき込んだような漆黒の瞳、この世のもとは思われぬほど妖しく、また美しい女性、そんな形容が当てはまるような人物に彼は心当たりがない。
けれども、ガイルは彼女を、正確には彼女の顔を知っていた。
血が少し垂れた。
彼女がそれを吸い、知っていたという記憶がぐらついた。
泥酔するとはこんな気持ちなのかもしれない。一度も体験したことはなかったけれど。
膝立ちもきつくなって、ガイルはそこに座り込んだ。
彼女たちは手を離さない。彼の左手と、両腕をさっきからつかんだままだ。
そのくせ、顔が見えるのは正面の女だけで、両脇はフードを下ろしっぱなしだった。
“サア、言ッテチョウダイ。私ガダレナノカ、当テテチョウダイ”
「違う…!」
“エ…?”
力がだんだん抜けていくのは自分でもわかった。
遺跡に入るまえに戦った妖魔の毒に痺れたように、手を挙げていることさえ辛くなっている。
「こんな妖魔で俺を愚弄するつもりか…?! 去れ、おまえはサワードラスの影でさえない…!!」
女性の顔はかき消されるようにいなくなり、そこには彼が最初に見た骨、頭髪を生やし、白い長衣姿の骸骨が3体いるだけだった。
「ケケケッ! モウ剣サエロクニ振ルウ力モナイクセニ、アタシラヲソンナ言葉デ追イ払オウナンテ、虫ガ良スギルトイウモノダヨ…!」
頭蓋骨が大口を開けてガイルに襲いかかった。
彼は力を振り絞って応戦しようとしたが、手もろくに動かせないような状態だ。
そのとき、正面がぱっと明るくなった。
“手を放せ、去れ、この世にあらざるものたちよ! これは炎、炎の舌ぞ、焼かれたくなければ所在の所に戻るがよい!”
「ギャッ!!」
「ナゼ、我ラノ呪眼ガ効カヌ…?!」
「コヤツラ、タダノ賢者ト戦士デハナイノカ?!」
骸骨は、元の白い影に戻り、出てきたときと同じように壁に溶け込んだ。
「馬〜鹿め! わしをただの賢者呼ばわりするなど100年早いわ。
もう起きても大丈夫だぞ、バーザム」
「なぜ追い払うだけで済ませたんだ?」
寝ているとばかり思っていたのに、バーザムはひょいと起き上がった。
「あれも妖魔なら、殺ったほうがよかろうに」
「あんまり深く追求するな。やつらが戻ってきたらどうするつもりじゃ。
それよりも、動けるのか、ガイル?」
「ええ……なんとか……」
口ばかりで手は貸してくれないオルズデールに代わって、バーザムが手を貸してくれた。
「冷たい手だな。それもいまのやつらのせいなのか?」
ガイルは答えるどころではなかった。
バーザムの温かい手に触れたせいか、急に寒気がどっと押し寄せてきて、歯の根が合わなくなっていたのだ。
さすがのオルズデールもこの状態で放っておくのはまずいと思ったのか、ちょっと考え込んだようすだ。
「バーザム、毛布をありったけ出してくれ。それと、こいつはわしの取って置きじゃ。全部飲み干すんじゃぞ。いいな?」
師匠の差し出した黒い瓶を、ガイルは震える手で受け取った。例によってポケットのひとつから出したのだが、「取って置き」とはどういう意味なのだろう?
「あ! それを−−−」
「しーっ! 黙っとらんか! さっさと飲め、ガイル、未練が残ってしょうがないわい」
「…?」
口をつけかけたら、バーザムが声を出したので、彼は思わず離した。
が、オルズデールは飲めと袖をしきりに振っている。巨漢のバーザムの口を抑えたところなどは、蝉が大木についていると見えなくもないが…。
(ええい、飲んじゃえ!)
意を決してガイルが一気に喉の奥の方に流し込むと、オルズデールもバーザムも同時にため息をついた。
「ひくっ」
寒くて歯の根も合わなかったのに、今度は喉がかっと熱くなった。
と思う間もなく、全身がかーっとなって、ガイルは今度は別の意味でふらふらになった。
「これ…お酒じゃないですか…!」
「だからわしの取って置きじゃと言うたじゃろうが。おまえは下戸じゃからな、身体を暖めるにはそれがいちばん」
老魔法使いは、ぴょんと飛び降りた。
「お主、まだ酒なんか隠し持っていたんだな?」
バーザムの口調はいつになく恨めしげだ。
「うーむ、こんなこともあろうかと大事にとっておいたんだが、持っていてよかったわい」
「なに言ってるんだ、いざとなったら一人で隠し飲みするつもりだったんだろうが!」
2人の不毛な口論を聞きながら、ガイルは横になった。
なんて強い酒なんだろう。
これじゃあ明日は二日酔いかもしれない。
彼がちょっといつもよりも速い寝息をたて始めたころ、2人はようやく真面目な話をしだした。
「この調子じゃあ、明日は動けないだろうな」
「しょうがないさ。奴らに魅入られて、命があったのが儲けものよ」
オルズデールの言葉にバーザムはどこまでさっ引いて考えるべきなのかを一瞬思案して、
「それで、これからどうするんだ?」
「ガイルのやつがなにか言い出すじゃろう。それまではわしらももうちょっと休憩させてもらうとするさね」
「妖魔のうろついているところで休憩とは、ぞっとしないがね」
「ふっふっふ、それだけじゃないと言ったら、お主どうする?」
酒の入っていた黒い瓶より大きめの瓶をもう一本、またどこかのポケットから取り出して、オルズデールはにんまりとした。
「そうこなくっちゃ」
バーザムはいつになく上機嫌なようすで、親指を立てたのだった。