森村誠一氏の「悪魔の飽食」というドキュメンタリーを知っているでしょうか? 日本が敗戦するまで、中国東北地方(旧満州)で、関東軍731部隊(通称石井部隊)が、ロシア人捕虜や官憲が捕まえてきた中国人・朝鮮人相手に人体実験を繰り返し、3000人以上も殺戮したという衝撃のルポルタージュです。しかし、日本の敗戦後、アメリカのGHQは石井部隊の実験結果と引き替えに関係者を東京裁判で裁かず、部隊長の石井をはじめとする有力者は、実験結果を生かして戦後の医学界で主要な地位を占め、その罪によって裁かれることもないままだったとか。そのまま、長いこと秘されてきた石井部隊は、関係者の証言によって初めて歴史の表舞台に現れ、その全貌、恐るべき細菌による人体実験等が明らかになったのです。ところが、「悪魔の飽食」「続・悪魔の飽食」と続けられたルポルタージュは、掲載された写真に無関係のものがあったことが判明して右翼の攻撃を受けて一時絶版となり、後に角川文庫から完全版として復活しました。
その「悪魔の飽食」を原作に、ペストや天然痘、赤痢といった細菌を使った人体実験の様子と、日本の敗戦で石井部隊がなにを残したか、を描いた映画です。残念ながら、この映画は日本で作られたものではありません。また日本政府は、この件に関して関係各国や被害者に正式な謝罪をしていないように思います。
これは怖い映画です。人間が人間にいかに残虐なことができるか、そういうことを描いた映画です。ここには夢も希望もありません。日本の敗戦を知って、施設をいっさい破壊し、細菌を植えつけられた鼠が逃げ出してもその責任は負わず、それまで生き延びていたマルタ(「丸太」の意らしい)をも証言させないために殺してしまう、ただ自分がどうしたら裁かれないかと考える利己的な人間がいるだけです。
「ショアー」「日本鬼子」「コルチャック先生」「ナヌムの家」等々に至る、たきがはの原点がここにあります。実はずっとルーツを探していました。「中国の旅」(本多勝一著)から第二次大戦に興味を抱いた始まりが、あんまり「あ〜る日とつぜん」でずっと疑問に思ってました。私は日本の敗戦も、南京大虐殺も、ホロコーストも、沖縄の地上戦もなんかすんなりと受け入れた。その下地がこの「悪魔の飽食」にあったようです。
見ている途中で怖くなって逃げ出したかった映画は後にも先にもこれ1本。でも立つのも、途中で逃げるのも怖くて結局最後まで見ました。忘れられない映画です。
(了)