私が女になった日

私が女になった日

イラン、2000年
監督:マルズィエ=メシュキニ
出演:ハッワ(ファテメ=チェラグ・アザル)、アフー(シャブナム=トルーイ)、フーラ(アズィゼ=セッディギ)、ほか
音楽:モハマンド・レザ=ダルヴィシ
見たところ:渋谷シアターイメージフォーラム

 マフマルバフ監督の奥さんが撮った映画。その第一作。監督も映画学校を運営しているし、映画一家なんです。

キシュ島の自然が美しい映画。キシュ島がイランでは、中国の香港にあたる自由経済区だということを知りました。

3話のオムニバス映画で、主人公がそれぞれ、少女、成人女性、老女というのは「クリスマス・キャロル」じゃないけどわかりやすい話だと思います。

第1話「ハッワ」は9歳の誕生日を迎えた少女の話。イランでは女性は9歳になるとチャドルを身につけなければなりません。男の子と遊ぶことも禁じられ、文字通り、女扱いをされるのです。ハッワが最後にハッサンと遊ぶシーンで、1本の飴を交互になめ合うシーンは、ヒッチコック監督の長〜〜いキスシーンを思い出しました(確か、1分以上のキスシーンは禁じられていたハリウッドで、一瞬のキスを延々と続けた映画。トータルはともかく、1回は確かに1分以下。イングリッド=バーグマンと誰かの「疑惑」だったと思うんですが、知ってる?)生々しくもエロチックなシーン。

第2話「アフー」は、離婚したい女性が自転車レースに参加する話。夫や実家の父親、長老が次々に馬で追いかけてきて、アフーの離婚を思いとどまらせようとするのですが、彼女は頑なに拒否し、とうとう夫から離婚すると言わせます。けれども最後に、アフーは兄たちによって自転車から降ろされてしまうのでした。アフーはペルシア語で「鹿」の意。男という狩人に狩られる鹿? 意味深ですね。

第3話「フーラ」は、キシュ島に買物に来た老女の話。思わぬところから遺産を継いだフーラは、昔、欲しくても買えなかった物を買いに来ました。冷蔵庫、掃除機、コンポ、ダブルベッド、花嫁衣装、次々に買い漁るフーラ。欲しい物を買うたびに、彼女は指に結んだリボンを解いていきますが、最後にどうしても思い出せないリボンが残りました。これは何だったのだろう、フーラは最後まで思い出すことができません。砂浜に買ってきた物を広げたフーラは、ポーターの少年たちに荷物をボートに乗せてもらい、沖合に留まる客船に向かうのでした。フーラは「妖精」の意。途中でハッワがお母さんと、沖合に向かうフーラとボートを眺めていたり、アフーが自転車を乗り換えて、レースに勝ったらしいという話を聞くのが、各話の唯一の接点。

昔、日本にも似たようなのがありましたな。「女は父に従い、結婚しては夫に従い、長じては息子に従う」イランも似たような事情のようです。娘であり、妻であり、母である。でも女じゃない。けれども、まだあどけないハッワはともかく、アフーは夫から自由になり、フーラは人生そのものから自由になって(だから「妖精」だと思う)、自由になった彼女たちは娘でも、妻でも、母でもなく、女になった、そんな映画でした。

(了)

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