本作と「美しい夏キリシマ」「父と暮らせば」を合わせて、戦争三部作というそうです。こうなったら「美しい夏キリシマ」も見ねば。
1945年8月8日、長崎。原爆投下前24時間の市井の人びとのささやかな暮らしを追う。八重と昭二の結婚式、原爆の落とされるその日に出産する、八重の姉、ツル子。恋人の医大生に赤紙が来たことを知らされる、八重の妹。一家を支える両親。軍属として働く石坂は、米軍の捕虜の世話をしているが、友人にまでなった捕虜を軍医に診てもらうことができずに死なせてしまう。いつものような日常、戦争は終わることがなく、沖縄は失われ、けれど、誰もが来ると信じていた明日、いつか話せる日が来ると思っていた明日は、1945年8月9日午前11時02分、1発の原爆によりすべて失われてしまう。
群像劇で誰が主役という感じではないのですが、桃井かおりさんが主演女優賞もらってたんで、一応話のメインて感じですか。でも、どっちかというと一家を支えるお母さんのが主役っぽい。ツル子と八重の妹役に仙道敦子さん、役は不明ですが二木てるみさん、ちょい役に黒木監督作品には欠かせない俳優の原田芳雄さんなど、「父と暮らせば」に比べるとすごく俳優さんが多い。長崎の1日を描くんだから当然か。ちなみに、劇中、なべおさみさんが運転する市電は博物館に飾ってあったのを借りてきたそうですが、「汚すな」と言われて、やたらにぴかぴかしてたのが、寺の鐘まで徴集した戦時中にはあり得なさそうでブラックなイメージでした。
それにしても、こういう、結末がわかってるんだけど、な映画はわかっているだけに泣けますなぁ。もう、些細な、ほんとに、わしらも同じ思いを味わったであろう、市井の人びとの、当たり前の日常が、いちいち泣けるのです。そりゃあ、出産というのは、その日に原爆が落ちるとわかっているだけに、たった1日の命、というどうしようもない悲劇は印象深いものがあるんでしょうが、たきがは的にはそういう、いわば製作者サイドが狙った「泣き」よりも、甘い物がなかなか手に入らなかった戦時中、娘たちのお手玉をほどいて、身重の娘のために小豆を煮るお母さんの心配りと、その優しさに返す娘、という図、「あまか〜」とほんとに幸せそうに桃井かおりさんがしみじみとつぶやくシーンや、これはもろに「泣き」なんですが、捕虜の米兵が、高熱に苦しめられる仲間に何もしてやれず、ハーモニカで奏でる素朴な「峠の我が家」のメロディとか、泣けてたまりませんでした。逆に、同じ、原爆で失われるという悲劇があるはずですが、恋人と密会する三女のシーンはやたらに間延びして、個人的にはなくてもいいと思ったり。原田芳雄さん演ずる農家の主人が、にわか雨の後に虹が出たのを田中邦衛さんと一緒に眺めて思わず十字を切っちゃうところなんか、キリスト教徒の多かったであろう長崎を象徴させてるみたいに思えたり。原田さんちは息子を兵隊にとられ、どこかの療養所に入っている娘は障害を持っているらしい。そのために「米軍が来たら娘が真っ先に殺されるんだ」とおびえ、ヒステリックになってる妻と家庭はうまくいっていない。けれど、雨上がりの虹を見て、せめて明日はいい日であるように願う。それなのに、現実にはその「明日」とはほかならぬ8月9日であり、この一家のささやかな願いさえも原爆が焼き尽くしてしまうことを私達は知ってしまっている。その哀しみ、やがて来る悲劇を知っているのに何もできない哀しさ。また、シチュエーションとしてはもろに狙いなんでしょうが、原爆が落ちるその瞬間、なべおさみさん演ずる市電の運転手が浦上に差しかかり、その奥さんがお弁当を抱えて、暑い中、市電が来るのを停留所で待っているシーンで、次の瞬間にはもう原爆が落ちるとわかってるだけにまた泣けてきたり。しかもこのシーン、前日に伏線を張ってる。「あんた、明日の昼ごろはどこを通るの?」交通の事情とかあるからわからんとごまかす夫に「でも、路線は決まってるんでしょ」と妻が言い、夫は照れくさそうに「浦上かな」と答える。浦上と言ったら浦上天主堂、爆心地ですよ。この夫婦はまさに原爆が落ちるその瞬間、そこにいるのだ。私たちもそうしたであろうように、お弁当を持って、夫が来るのを待ちわびる。今日も暑い一日、でもそこで妻が弁当を持ってきてくれて待っている。田中邦衛さんは写真屋なので結婚式の写真も撮る。その現像をして、満足そうに暗室で眺めている。焼き増しして配ろうと思っていたに違いない。義理の息子の昭二とは3年間しか一緒に暮らしてないけれど、父親としてずっと何かしてやりたいと思っていたから、結婚式の写真が満足のいく出来で嬉しいに違いない。娘の出産に徹夜で立ち会って、母は洗濯をし、「今日も暑かねぇ」と洗濯物を干す。新婚の二人はそれぞれの仕事に出かけ、夕方になったら記念に買物をしようと待ち合わせる。何てことはない日常なのに、1発の原爆によりかけがえのない日常になってしまった一日。二度と戻ることのない、二度と来ることのない、明日を失ってしまった人びと。その細かな描写が積み重ねられ、誰もが来ると思っていた明日、誰もが「明日はいい日であるように」と願ったであろう明日。一人で見てたらたぶん、ティッシュとタオルを両手に備えてないと見られなかったでしょう。
特典映像で監督と「美しい夏キリシマ」の脚本家さんとのインタビューつーか、対話が入っておりましたが、あのー、生じゃないんだから、もっとぱきぱき話してくれませんか。監督はお年だったんで、答えが手間取ったりするのはしょうがないかもしれないけど、聞く側も考え考え訊いてんじゃねーよ。そういう間延びするシーンは字幕なり入れて削ってくれよ。こちとらライブ見てんじゃねーんだから。しかも質問があっち行ったりこっち行ったりふらふらしててまとまりないし、思いつきしゃべってるみたいで聞いてていらいらしました。重複してるところもあったしな。くどいぞ。脚本家が話がうまいわけじゃないですな。で、監督の解説も、ちょっと期待薄だったんでやめて、もう一つ対談入ってたけど、これも聞きませんでした。それよりもキャスティング紹介入れてほしかったなぁ。誰がどんな役柄やってるのか、教えてほしかったのになぁ。二木てるみさん、わからなかったんだよなぁ。それだけ残念。
(了)