Stage One「旅立ち」
船には先に2人の男が乗り込んでいて、グランディーナに頭をひとつ下げた。
「彼らはアレックとロギンスです。私同様、ゼノビア王国騎士団縁の者ですわ」
アレックは背の高い方の男でロギンスは肩幅がある方だ。2人とも良い体格をしているが年齢は30前後というところだろう。
「良い風が吹いています。ゼルテニアまで1時間もかかりますまい」
アレックがそう言った。きびきびした動きには水夫らしくないところがある。
「あなたの本職は騎士だろう? 水夫はいちいちかかとなど揃えぬからな」
「そのとおりです、グランディーナ殿。騎士をご存じでしたか?」
そう言いながら、アレックはまたかかとを揃え、自分の動作に気づいて苦笑した。
「戦場にいれば、騎士にはいやでもお目にかかる。縁のない職ではあってもだ。礼儀正しい騎士ばかりでもなかったが、他人の礼儀にはうるさかった。それと彼女にも言ったが、私に『殿』だの『さま』などという敬称や敬語は不要だ」
アレックは神妙な顔つきで頷いた。
そのやりとりを聞いていたロギンスが振り返る。少しがに股で、前屈みになる癖があるようだ。アレックよりもよほど水夫らしい男だ。
「あなたはさしずめ猛獣使いというところか。その手袋には見覚えがある」
ロギンスばかりかアレックやマチルダも、驚いてロギンスの後ろのポケットからはみ出している手袋に視線をやった。
「めざといお人だな。だがこんな手袋など、そう珍しいものじゃないでしょう」
グランディーナは肩をすくめた。
「あなたが求めていたから、推測を言ったまでだ。それに猛獣使いや魔獣使いはあなたのように肩幅のある体格をしている者が多かった。手袋だけで判断したわけじゃない」
「これはお見それしました。あなたをリーダーにするというウォーレン殿のご意向、いまさらながら指示させていただきますよ」
「わたしもだ」とアレック。
マチルダだけが無言で頷いた。
グランディーナは船縁に座り、ゼルテニアのあると思われる辺りを眺めた。
しかし、ゼテギネア帝国からもしたたかに隠されてきた里は、そこにあるとわかっていても容易に判別できるものではないようだ。
「ゼルテニアの里はあの島の内陸にあります。海からではまだわからないかもしれません」
グランディーナの見ようとしているものに気づいてかマチルダが声をかけた。
「念入りに隠されたものだな」
「ゼノビア王国騎士団の最後の拠点と申し上げても差し支えありませんわ」
グランディーナは近づいてゆく島を眺めた。
彼女らの背後で夕陽が沈んでいき、一時、空が真っ赤に染め上げられる。人の顔さえ赤く見えるなかでも、グランディーナの銅色の髪はなお輝いていた。
辺りがすっかり闇に閉ざされて、月明かりだけが頼りとなったころ、船は島に着いた。
アレックとロギンスを残して、マチルダを先頭にグランディーナはゼルテニアに向かった。
ゼルテニアの隠れ里は、森と洞窟を巧みに利用したところであった。その入り口には見張りらしい若者が2人立っていたが、グランディーナとマチルダを見て驚きを隠しきれないようだ。
「ランスロットさまにお取り次ぎを。私はマチルダ=エクスラインです。ウォーレン殿の仰っていた私たちのリーダーをお連れしました」
「どうぞ、お通りを、マチルダ殿。ランスロットさまには知らせに行ってきます」
ゼルテニアの里は、人がやっと2人すれ違えるほどの細い通りが幾重にも折れている狭い町だ。隠れ里ともなれば自給自足が原則だろう。
こんな時間の来客も珍しいようで、たちまち通りを塞いでしまい、その間にアレックとロギンスも追いついてきた。
その人混みのなかをかき分けるようにして近づいてくる者があった。
マチルダが軽く会釈をしてグランディーナの後ろに回り込む。
家々から漏れてくる灯りのもと、人びとの視線はグランディーナと近づいてくる男とに集中した。
「あなたがランスロットか?」
彼がすぐそばまで来るのを待って、グランディーナは声をかけた。
「そうだ。君か、ウォーレン殿の言っていた新しい我らのリーダーというのは。誰か灯りを持ってきてくれないか。彼女の顔をよく見たい」
ランスロットは、栗色の髪に青い目をしたハンサムな男性だった。年のころは40歳前ぐらい、その表情には隠遁者の風情さえある。アレックよりも騎士らしく、かかとを揃えて、背筋が真っ直ぐだ。
グランディーナの視線に気づいてか、ランスロットは笑みをもらした。
「なるほど、いい目をしている。君とならば、ゼテギネア帝国とも戦っていけそうだ」
その言葉に、彼女も初めて表情を和ませた。
「わたしの剣を君に預ける、帝国を倒すまでともに行くことを誓おう」
「こちらこそ、よろしく頼む」
2人は握手を交わした。ランスロットの手だけが、騎士らしくなく無骨であった。
同時に人びとが歓声をあげた。「ゼノビア王国万歳」やら、気の早い者になると「打倒ゼテギネア帝国」を叫ぶ者までいる始末だ。
ランスロットが人びとを制した。名目はどうであれ、ゼルテニアの実質的な代表と思わせる仕草だ。
「みんな、静かにしてくれ! 聞いてのとおり、わたしは彼女に従ってゼテギネア帝国と戦うつもりだ。ヴォルザーク城のウォーレン殿も合流する。長く、辛い戦いになるだろうが、ともに戦おうという者は5日後に−−−」
「明日だ!」
グランディーナの言葉は、そこにいた高揚した気持ちの人びとにいきなり冷水を浴びせかけた。
「打倒ゼテギネア帝国」という勇ましい言葉に踊らされたゼルテニアの人たちは、浮かれきった気分から自分の足下を見直す羽目になった。
「私はあなたたちをゼテギネア帝国との戦いに連れていく。命の保障などできない。まして勝利できるかなど誰にもわからない。だから、明朝までに用意のできぬ者は来ないがいい。烽火(のろし)は挙げた。帝国は我々の準備ができるまで待ちはしない。戦いとは人を殺し殺されるものだ。一時の高揚した気分などすぐ冷める。あなたたちに人を殺す覚悟はあるのか? 打倒ゼテギネア帝国を叫ぶことはたやすい。だがあなたたちに自ら武器を取る勇気はあるのか?」
グランディーナは腰の刀を抜き放ち、頭上に掲げた。昨日と今日と血を吸ってきたその刃は、家々から漏れる灯りに鈍い輝きを見せた。
「異論があれば聞こう。私は飾り立てる言葉に慣れていない。まして、ただ煽るだけの言葉にはな」
「いいや、リーダーは君だ。わたしこそ、差し出がましい真似をしてしまって悪かった。君の指示にわたしは従う。だが夜が明けるまでにはまだある。大したもてなしはできないが、わたしのところで休んでいくといい」
「承知した」
「私たちも一緒にお伺いしてよろしいですか?」
「広いところではないが、歓迎するよ。君たちが一緒に戦ってくれるならば心強いね」
刀を鞘に戻したグランディーナは、彼女らに自然に道を開けた人びとを振り返った。その表情は先ほどの言葉が嘘のように穏やかだ。
「私は脅しは言わない。本当にゼテギネア帝国と戦いたい者だけ来るがいい。明日の朝、ゼルテニアを発つ。それ以上は待たない」
ランスロットの言ったとおり、彼の家は5人も休めるような広さではなかった。しかも武具以外にろくな物も置いていない。壁にかかった麦わら帽子、狭い寝台、わずかな食器と小さな卓は、主の質素な暮らしぶりをしのばせるには十分であった。
「歓迎したはいいが、もてなしはろくにできそうにないな」
そう言って彼は苦笑いした。
グランディーナが遅れて入ってきた。
「君たちに振る舞えるのはこれくらいかな」
そう言いながらランスロットが卓に置いたのは大人が一抱えできるほどの瓶(かめ)で、酒精(あるこーる)の香りが漂ってきた。
「せっかく来てもらってもご馳走できるのは林檎酒だけだ。杯も2つしかない。すまないね」
グランディーナが肩をすくめて言った。
「ここに来たのは王侯貴族のようなもてなしを受けるためじゃない。それと酒は嗜(たしな)まない。私は外で休ませてもらう」
「あまり小屋から離れないでくれ。我が家の裏は崖っぷちだ」
「わかった」
グランディーナはすぐに崖を見出した。
振り返るとゼルテニアの里は静かなものだ。
彼女は墨で塗りつぶしたような夜の海を見やった。ゼテギネア大陸でも東の辺境の島は、帝国の喧噪などまるで感じさせぬ静けさのうちにある。
そこへ足音が近づいてきて、グランディーナは振り返った。
「驚かせたかな。簡単なものだが食事をもらってきた。水もあるから食べるといい」
「あなたは?」
「君たちが来る前に食べた。ゼルテニアの環境は厳しいものだが、貧しいわけではないのでね」
「そうか。ありがとう」
ランスロットが持ってきたのは、黒っぽいパンと干し魚だった。差し出された水筒の水とともに、グランディーナはそれを黙って食べた。そして彼をそう待たせなかった。
「君は軍隊にいたことがあるんだな? わたしもそうだが、皆、早食いになる」
「そうだ。いつも傭兵部隊にいたが雇い主には不自由しなかった。仕事を選ばなければ、だが。ウォーレンに逢ったのは契約が切れた時だ。選択の余地はなかった」
「君はゼテギネア大陸の生まれではないのか?」
「そうじゃない。私は大陸の人間だ。だが、わけあって5年前にゼテギネアを離れた。いろいろなところで雇われて戦って、いつかゼテギネアに帰ることを願っていた。選択の余地がないとはそういうことだ。ゼテギネアにいつ帰ればいいのか、自分では決めあぐねていた。ウォーレンに逢わなければ、まだ帰ってこられなかっただろう」
「逢う? わたしの知っている限りでは、ウォーレン殿はヴォルザーク島に来られて以来、島を離れられたことはないはずだ。君はどこでウォーレン殿に逢ったというんだ?」
「ウォーレンにも似たようなことを言われた。私が彼に逢ったのは3ヶ月前のことだが、彼が私に逢ったのは3日、いいや、昨日の話だから4日前だ。だが私は彼に逢い、ゼテギネア帝国と戦うのが私の運命だと告げられた。何を迷うことがある。ゼテギネア帝国を倒すことこそ、私のたっての願いだったというのに」
「そのために、君はずっと戦場にいたのか?」
「いつもというわけではないが、自由身分であったことはほとんどない。参戦したのはいつも負け戦ばかりだったから、自慢できた話でもないがな」
ランスロットに返されたのは空になった水筒だけだった。
「君とは奇妙なところで気が合うな。わたしも参戦した戦は全て負けてばかりいた」
月明かりがあってもお互いの顔はほとんどわからぬ闇夜だ。しかしランスロットは、グランディーナからわずかに緊張感がほぐれるのを感じた。
そこに灯りが差し込んで、グランディーナもランスロットもまぶしそうに目を細めた。
「ランスロットさま、お戻りを。ゼルテニアの方々が旅支度をするのにお知恵を拝借したいそうですわ」
2人の反応に気づいてか、マチルダは角灯(らんたん)に手をかざしていた。
「残念だな。君とはもっと個人的に話をしたかったが、それどころではなくなったようだ。皆の反応を考えれば、残念とばかりも言っていられないがね」
「私はここにいる。時間が空いたら、いつでも聞こう。今日でなくても、これから話す機会はいくらでもあるだろう」
ランスロットはその言葉に同意するように手をあげてみせた。
彼の代わりに近づいてきたのはマチルダだった。
「グランディーナ、アレックとロギンスは先にダスカニアに帰りましたわ。ゼルテニアの方が明日には発つのですもの、ダスカニアの者ものんびりしているわけにはいきませんものね」
「そこまで考えてはいなかったな。ダスカニアにはあなたたちのほかに同志がいるのか?」
「ええ、もちろんです。ヴォルザーク島はゼノビア王国の時代からあまり省みられたことのない辺境でしたし、ゼテギネア帝国になってからも、それは変わっていません。いまはそのことが幸いして、ゼノビア王国縁の者のかなりの数が、ヴォルザーク島中に潜伏しているのです」
「それでも、かなりの者が残党狩りで討たれたそうだな?」
「そうですね。ウォーレンさまやランスロットさまのようなゼノビア王国に直接縁のある方はほとんどいません。私たちのほとんどが、親兄弟がゼノビア王国に縁があったという者です。ゼノビア王国のことなど、親から聞いて知っているだけという者も少なくないのですわ」
「そうか」
グランディーナはその眼差しを海へ向けた。
「私はまだここにいる。あなたも休んだ方がいい。明日はヴォルザーク城まで行くつもりだ」
「その前にひとつ伺ってもよろしいでしょうか、グランディーナ」
「私で答えられることならば」
「なにゆえにそのように急がれますか? 先ほどのこともそうですが、このゼルテニアからヴォルザーク城まで1日で行くのはかなりの強行軍のはずです。あなたにはそれほど無理ではなくても、皆はすぐにまいってしまいましょう」
グランディーナは振り返り、真っ直ぐにマチルダを見つめた。
彼女が手をあげたのでマチルダが振り返ると、ランスロットが立っていた。
「この刀がゼテギネア帝国だ」
マチルダの手にいきなり曲刀が押しつけられたので、彼女はまたグランディーナに向き直った。刀身は細いが意外に重たい物で、その重さを予測していなかった彼女はわずかによろめいた。
「何人いるのかは知らないが、我々の戦力はこの魚の骨ぐらいのものだろう。徒手空拳、最初から無謀な戦いであることはあなたにもわかっているはずだ。それなのに戦いに行こうと言えば、なぜと訊く。戦いはもう始まっている。戦場で迷えば、自分が死骸になるだけだ。判断の遅れは死につながる」
「それに我々は、いつまでもヴォルザーク島に閉じこめられているわけにはいかないんだ」
ランスロットが近づいてきて言い、グランディーナは頷いてみせた。
「さっさとゼテギネア大陸本土に渡らなければ、蜂起しても帝国軍が島を包囲しないとも限らない。港を抑えられてはどうしようもなくなる。そうだろう?」
「帝国が本気で攻め込めば、この島など簡単につぶされる。我々の望みも潰えるというわけだ」
「私は差し出がましいことを申し上げたのですね。申し訳ありません」
「あなたが謝るようなことじゃない。フェルナミアとダスカニアで帝国兵とことを構えたのは私だ。そのせいで皆を急がせている、あなたたちにはそう責める権利がある」
「いいえ。そんなことは申しませんわ」
マチルダが曲刀を返したので、グランディーナはそれを腰から提げ直した。
「あなたが私たちの指導者です。私は私にできることをいたしましょう」
翌日、ゼルテニアの里の通りは、発つ者と見送る者とであふれていた。
古くさい鎧を身につけた者もいる。鎧も武器も新品の、傷ひとつないのを身に帯びた者もいる。杖だけ持った者、本を脇に手挟んだ者、そこに集まった人びとの武装はばらばらで、しかもどれも使いこなされてきたとは言い難かった。
だが、ランスロットとマチルダを従えるように降りてきたグランディーナを見守るのは、武装の違いなど関係のない、人びとの熱い眼差しであった。
「全員をダスカニアまで運ぶ船はあるか?」
「ゼルテニアにはない。だが、ダスカニアからアレックとロギンスが仲間と船を連れてきてくれた」
「ならば話は早い。そのまま船でヴォルザーク城へ向かう。異論はないな?」
もはや反対の声はあがらなかった。
けれど、別れを惜しまぬ者もまたいなかった。
一度ゼルテニア、ヴォルザーク島を離れれば、次に帰るのは戦が終わる時だろう。それがいつになるのかは誰にもわからないし、それまで互いに無事である保証もない。
去る者と残される者と、話も涙も、いつまでも尽きぬようであった。
「ランスロット、あなたの身内は?」
「いない。一族はゾングルダークで処刑されたし、妻も病気で亡くなった。わたしは男やもめだ」
「そうか」
「君が気にすることはないさ。わたしのことよりも、彼らを急がせた方がいいんじゃないかな。歩くより速いとは言っても、ヴォルザーク城はそう近いわけではない」
「そのようだな」
グランディーナは船を飛び降りた。
彼女が何も言わなくても、多くの者が時間切れになったことを悟る。彼女の行動はそれほど注目され、目立ってもいた。
皆が船に乗るのを見届けて、グランディーナは最後に乗り込んだ。
「ヴォルザーク城まで行くぞ!」
真っ白な帆が翻った。
3艘の船はたちまち、島を離れていった。
もはや誰も別れの言葉を交わしはしなかった。ただ互いに見えなくなるまで、手を振りあっていた。
「アレック、ロギンス、船を持ってきてくれたこと、礼を言う。あなたたちが先にゼルテニアを発ったことはマチルダから聞いた」
2人は顔を見合わせた。応えたのはアレックの方だ。
「あなたが明日発つと言われた時、わたしたちはダスカニアの仲間にも準備してもらわなければならないと思ったのです。ダスカニアに戻ってから皆に事情を説明すると、彼がゼルテニアには船が足りないだろうと言ったので、船でやってくることにしました。礼を言われるなら彼の方がふさわしいでしょう」
アレックが紹介したのは分厚い本を脇に抱えた学士風の若者だった。亜麻色の髪を肩で切りそろえ、少しつり上がった緑色の眼が印象的だ。
「エマーソン=ヨイスといいます。あなたのことはウォーレンさまから聞きました。それにしても強引な方ですね。もしも僕たちが船を持ってこなかったら、どうするつもりだったんですか?」
「あなたが機転を働かせてくれたから船は足りたし、こうしてヴォルザーク城に行くこともできる。もしものことなど考えてもしょうがない。私は戦争屋だ。目に見えるものと結果しか信用しない。あなたがどれだけの知恵者かは知らないが、戦場に出れば私の実力もはっきりするだろう」
「わかりました。残念ながら僕はあなたのダスカニアでの武勇を拝見していません。判断はこれからさせてもらいます」
「ひとまず船のこと、礼を言おう」
「僕は礼を言っていただけるほどのことはしていませんよ」
船は、ゼルテニアを遠く離れて、ヴォルザーク島を南に見ながら西進していた。
やがて昼にはヴォルザーク城が視界に入るようになり、船はひとつながりになって城の先の半島を迂回して、小さな湾に入った。
ヴォルザーク城のほぼ対岸にフェルナミアの町があるが、実際の街道は湾を迂回している。
一同が船で来ることはすでに知らされていたらしく、ウォーレンを始めとした人びとが、船の接岸地点で待ちかまえていた。
久しぶりの再会を喜ぶ者もいたが、グランディーナが真っ先に船を降りたこともあって、ダスカニアとゼルテニアから来た者たちは、ランスロットを先頭に横一列に並んで、ヴォルザーク城で待っていた者たちと向かい合うことになった。
「グランディーナ、見事、仲間を集めてこられたようですね」
「火をつけたのは私だからな」
彼女は真ん中に進み出て一同を見回した。
「ともに交わるがいい。これからは皆が解放軍だ。知っている者も知らない者も互いによく知り合っておけ。明日には命を預けることになるかもしれないのだからな」
「解放軍と仰られますか?」
ウォーレンばかりでなく、誰もが驚いたような顔だ。ただランスロットだけが、笑顔でグランディーナを見ていた。
「そうだ。皆も心しておけ。我々は反乱軍ではない。反乱軍とはゼテギネア帝国からの呼び方だ。我々がそれにへつらう必要がどこにある? 我々の目的はこの大陸を帝国の圧制から解放すること、解放軍と名乗る謂われは十分にあるだろう。自分たちの戦う理由を忘れるな」
そう言われて、最初に動いたのは、ウォーレンとランスロットだった。2人は互いに歩み寄り、静かに握手を交わした。
「4日ぶりですか、ランスロット殿。いいや、これからはわたしたちのあいだでそのような他人行儀な呼び方はやめるといたしましょう。彼女のことをお話ししてから、まだそれしか経っていないのが驚くべきことのような気もいたしますが」
「そうでもありますまい、ウォーレン。わたしたちにはあの時から24年という歳月が流れました。熟考するにも力を蓄えるのにも十分な時間だったのではありませんか。彼女の判断が性急であったとわたしは思いません。わたしたちはいまこそゼテギネア帝国と戦うべきなのです。生き恥をさらし続けた雪辱を晴らすべき時なのです」
2人を中心に人びとの輪ができた。それはそのまま、2人がなしてきた影響力の大きさだ。
グランディーナだけが人の輪の外に立っていた。彼女はゆっくり移動し、人びとから見て、太陽を負うような位置に立った。
やがて人びとの話し声がやんで、自然とグランディーナに視線が集まっていった。
「聞け! これより我ら、ヴォルザーク島を離れてゼテギネア大陸本土に上陸する。さしあたっての目標は旧ゼノビア王国の首都ゼノビア、さらに自由商業都市マラノだ。だが帝都ゼテギネアで女帝エンドラ、魔導師ラシュディに勝利するまで、ここヴォルザーク島に帰還することはないと思え。帰りたい者はいま帰るがいい。いないか?」
返事はなかった。代わりに彼女を見つめるのは、痛いばかりの期待の眼差しだ。
「まずはこのままフェルナミア、次いで大陸まで渡るぞ!」
勝ち鬨の声があがった。それに応じて、人びとは次々に声をあげた。
神聖ゼテギネア帝国への最後の戦いは、この日より始まった。
それは星にさえ未来のわからぬ、長く絶望的な道のりであった。