Stage Nine「いつか海に還る日まで」3

Stage Nine「いつか海に還る日まで」

「あいつも反乱軍の賞金首だぞ!」
鮮やかに離脱したカノープスを見送る間もなく、ランスロットは人びとの注目が一斉に自分たちに集まったことに気づいた。
「そいつらもカノープスとやらのお仲間か?」
「捕まえろ!!」
「そいつらも裏切り者だ!」
「カノープスの代わりにそいつらを吊せ!!」
しかし、2人はすぐに捕まえられなかった。物騒なことを言っている者も混じってはいたが、単に調子を合わせているだけでいざとなるとほとんどの者は武装した彼らに手を出そうとはしなかったからだ。
それでもランスロットは念のためにサラディンを庇った。3人でカストラート海に行くと決まった時から、彼はサラディンの剣に、あるいは楯に徹するつもりでいたのだ。
「そなたは何者だ? 勇ましい言葉で皆を煽っているが、そなたはカストラート海の者ではあるまい?」
そう言ってサラディンが指したのは、身なりこそ漁師らしいが、周囲の者よりも肌の色の薄い男だ。
離脱する前にカノープスが群衆を見たが、ランスロットにはそれが彼かどうかはわからない。
だんだん夕闇の迫る広場で、多くの者が振り返って彼を見た。
「騙されるな! そいつらは反乱軍の一員だ!」
「そうだ。我々もそのことを否定するつもりはない。だが、先ほど、そちらの者が大陸の事情に興味はないと言ったな? 我らが賞金首であることがそなたたち、カストラート海の者にどう関係があると言うのだ?」
「ごまかすな! おまえたちが平和を乱しているんじゃないか!」
「我らの戦いは大陸で行われているだけだ。カストラート海に来るのはこれが初めてのこと、平和を乱したなどと言われる覚えはない。だが」
サラディンの声は静かだがよくとおった。いまでは広場に集まったほとんどの者が彼の話に耳を傾けているのがランスロットにははっきりとわかる。
「そなたたちがゼテギネア大陸から来たというのなら話は別だ」
「な、何を根拠にそんなことを言い出すんだ?」
サラディンはランスロットの前に進み出たが、後ずさりをした者も何人かいた。
「そなたたちがカストラート海の者らしくないことを言うからだ。それは同時に、わたしの疑いを裏づけてもいる」
「じじいが知ったような口をきくんじゃねぇぞ」
サラディンは笑い声を漏らしたが、それは長い時間ではなかった。
「そこまで言うのならば、ここにいる者たちに訊いてみようか。
誰か、彼らの素性を知っている者はいないか? 彼らはどこから来たのだ?」
「マーケサズの奴じゃねぇ」
即答したのはカノープスが会話をした男だ。その言葉に何人もが頷く。
「ファニングにもこんな奴らはいねぇ」
人垣から答えが返ったのを皮切りに、彼を知らないと言う声が次々に上がった。
サラディンがさらに進むと人垣が分かたれ、ランスロットは彼に追従する。
「我ら解放軍がカストラート海に現れて都合が悪いのは、ただゼテギネア帝国のみのはず。だが帝国はすでに人魚たちに荷担しているとも聞いた。その上、マーケサズの人びとを煽ろうとは、そなたたちは何を企んでいるのだ?」
「畜生!」
1人が逃げ出すともう1人が即座に追った。広場の端からもさらに数人逃げていく。
「待て! 誰か、そいつらを捕まえてくれ!」
ランスロットはすかさず追いかけたが、予想に反して助けの手は伸ばされず、厳つい顔をした漁師たちは一斉に手を引っ込めてしまった。
「ランスロット!」
サラディンに呼び止められなければ、そのまま追いかけていったところだが、彼はすぐに戻った。
「彼らのことは捨て置くがいい。マーケサズではもう見ることはあるまいし、あれだけ顔が知られてはこれ以上、悪さもできまい」
「承知しました。しかし、わたしたちはこれからいかがいたします?」
サラディンはすぐには答えず、人魚が縛りつけられていた中央に進んだ。人の顔は見分けにくくなっていたが、集まった人びとはまだ帰ろうとしない。
人づてに松明が廻されてきて、最後はランスロットからサラディンに渡った。
「そなたたちにはもう遅い時間かもしれないが、確認させてもらいたいことがある。もうしばらく、我らにつき合ってはもらえぬか?」
ランスロットは剣に手をかけこそしなかったが、いつでもサラディンを庇えるよう、立ち位置には気を遣った。
「いったい何の話だ?」
「そなたが皆の代表か? 名前から聞かせてくれ」
「別に、代表なんて大したものでもねぇけど、俺はウァロっていうんだ」
「謙遜することはねぇさ! おめぇはマーケサズ島一の漁師だ」
「そうだ、マーケサズ島一ってことはカストラート海一ってことさ!」
「そうだな」
「ウァロが代表なら、誰にも文句はねぇさ」
「それならばウァロ、そなたが代表で答えてくれ。1人で決められぬことであれば、皆と相談してもらってもかまわない」
「お、おぅ。何でも訊いてくれよ」
「まずそなたたちが本当に人魚たちと戦うつもりなのか、そのことを聞かせてもらいたい」
サラディンの発した最初の質問は、どう考えてもウァロ1人で答えられるものではなかった。
「ちょっと待ってくれ。そいつはみんなと相談してみねぇとわからねぇ」
「かまわぬ。だが、もしもそなたたちが今度の件で人魚たちと一戦交えるのも吝(やぶさ)かでないと言うのならば、わたしはそれを止めねばならぬ」
「ええと、あんたら、解放軍っていったっけ。俺たちが人魚と戦うのに、どうしてあんたらに止められなきゃならねぇんだ?」
「人魚たちの後ろにゼテギネア帝国がいることは知っていよう? たとえ帝国がいなくとも、人魚たちの戦闘部隊はそもそもそなたたちが容易に勝てるような相手ではない。無益な戦いはやめるよう諫めねばなるまい」
「だからって、あいつらに殺された奴がそのままでいいってことはねぇだろう?」
答えたのはウァロ以外の男だったが、皆が頷いて彼を振り返る。
「話が前後するがその時のことも訊きたいと思っていた。漁船が人魚に襲われた時、そなたたちはどうやって人魚たちを倒し、1人を捕らえたのだ? 誰でも良い。その場に居合わせた者は話してくれぬか」
「それが、そいつらはさっき、逃げちまったよ」
「なぜ彼らを船に乗せることになったのだ?」
「危ねぇって言われたものだからよ。ゼテギネア帝国っていうのが人魚たちと手を組んだって、そいつらが教えてくれたんだ。それでおっかなくなってなぁ」
「恐ろしくなったと言うことは、人魚狩りへの報復でも心配したのか?」
「そ、それは」
カストラート海の漁師には誰にでも心当たりがあるようで、ウァロも含めてその場の者たちが話し合う。
その雰囲気は、もしもカノープスがここに残っていたなら、身勝手なと怒り出してしまったかもしれない。
サラディンも黙ってきいてなどおらず、変わらぬ調子で話しかける。
「わたしはそなたたちが人魚たちを狩ってきたことを責めるものではない。だが、そなたたちが彼女らを殺したことに多少でも罪悪感を感じると言うのなら、漁船が襲われ、仲間たちが殺されたことを受け入れよ。そなたたちがやり返せば人魚たちも黙ってはいるまい。だが先ほど、そなたたちはわたしたちを捕らえようとはしなかったな? 帝国の間諜も逃がした。ニクシーやマーメイドの攻撃力はこの比ではないぞ。見ず知らずの者に危ないと言われ、人魚たちの報復を恐れるようなそなたたちでは勝つことはかなうまい」
「あんたら、解放軍っていったろう。人間のことは人間同士、助けちゃくれねぇのかい?」
「そなたたちのしてきたことを責めるつもりはないと言ったが、庇うつもりも人魚の肉を食べて不老不死になれるという根も葉もない流言に踊らされたことに同調するつもりもない。だが、もしもそなたたちが人魚たちに謝罪するつもりならば、その力になりたいと思っている」
「俺たちに人魚に謝れって言うのか?」
「そうではない。謝罪するつもりならば、だ。すでに人魚たちに味方しているゼテギネア帝国がそなたたちにも荷担する理由がわからぬ。だが、帝国の目的がこのカストラート海に争いを引き起こすことであれば、わたしはそれを止めたい」
「だけど、帝国の連中はあんたらがさっき追っ払ってくれたんじゃないのか?」
「彼らがこれぐらいで諦めるようならばそうとも言えるが、帝国の目的がわからぬうちは油断できまい」
「だからって人魚たちと仲良くなんざできるかよ」
「ごめんなさいなんて言ったって、あいつらが許してくれるもんか」
「なぁ、人魚の肉が不老不死に効かないっていうのは本当なのか?」
ウァロの問いにサラディンは頷いた。
彼の未練がましそうな顔つきを見たランスロットは、収入の不安定な漁師にとって、確実に大金を得られるのであろう人魚の肉の売買が容易に諦められるようなものではないことに気づいた。
「我々解放軍がゼテギネア帝国を倒した後には、新王の名において人魚肉の売買は違法となろう。そなたたちとて売れぬ物に手を出す気はあるまい?」
「王だろうと何だろうとカストラート海のことに口出しなんかさせねぇぞ」
「そうだ。カストラート海のことはカストラート海で決めるんだ」
「だが大陸の者はそなたたちのようなわけにはいかぬ。それに、何度も言っているが人魚の肉を食べても不老不死にはなれぬよ」
「だけど、神帝グランが長生きだったのは人魚の肉を食べたからだろう?」
「そなたたちにとっては残念なことかもしれないが、そうではない。グラン王は人魚の肉など食してはおらぬし、不死ではない証拠に24年前にラシュディに殺された」
さすがにカストラート海の人びともそのことは知っているようで一斉に沈黙する。神帝の死はそれほどの衝撃をゼテギネア中の人びとに与えた。ある者は王の盟友、賢者ラシュディの裏切りに驚き、またある者は神帝さえ逃れられぬ死を恐れおののきもしただろう。あるいはそれがゼテギネア帝国の圧政の始まりであることを予感した者もあったのかもしれない。
そんなことを考えていたら、何人かが大あくびをするのが目に入った。サラディンが言葉を切ると、ウァロまであくびをして、大してきまりの悪そうな顔もしないでいる。
「悪いんだけど、そろそろお開きにしてくれねぇか? 俺たちゃあ、日が出たら起きて日が沈んだら休むことにしてるんだ。みんな、眠くてかなわねぇよ」
果たして人魚たちと戦争になってもこんなにのんびりしていられるのかランスロットは疑ったが、意外なことにサラディンはあっさり同意した。
「それでは明日、日の出の後で、またここに来てもらいたい」
やる気のなさそうな返事がいくつか返る。
「じゃあ、あんたらは俺んところへ泊まってってくれないか。大陸からの客なんてずっとねぇから、かかぁに御馳走用意させて待ってるんだ」
「泊まることはできぬが、食事はいただきに行こう。だがウァロ、大陸から客が来ぬのは帝国のためだ。我ら解放軍がゼテギネア帝国を倒せば、またカストラート海にも客は訪れるようになるだろう」
「へぇ。そいつは、ぜひともあんたらに頑張ってもらわなきゃならねぇな」
思わぬ論理の飛躍にランスロットは驚いてサラディンを見たが、彼はウァロと話し続けている。それがサラディンの本心とも思えないが、口先だけの人物でないこともわかっていたのでランスロットは思わず首を傾げてしまった。
結局、2人はウァロの女房お手製の漁師料理を御馳走になり、サラディンが予告したとおり、ウァロの家には泊まらず〈漆黒の涙〉号に寝に帰った。ウァロの女房にも引き止められたのだが、お世辞にも大きい家ではなく、2人を寝台に寝かすために家の者を床に寝かせるのはランスロットにも同意しかねることだったからだ。
見張りをローベックと交代した時、ランスロットは改めてカノープスの不在を思い知らされた。けれど、その当人は1人きりで、敵とも味方ともわからぬ人魚と一緒にいる。
たとえそれが戦い慣れた仲間とではなくても味方とともにいることの心強さをランスロットはかみしめる。
多くの者は独りきりで戦い続けることはできない。反帝国を標榜する者が解放軍に集うのも、敵の巨大さもさることながら、無意識のうちにであれ、仲間を求めているからだ。
同志がいることの頼もしさ、そこに頼ろうとしてしまう人の弱さ、それらのすべてから超越したように見える解放軍のリーダー、その強さを見習いたいと思い、いまは彼女の強さと弱さがどこから来るのか知りたいと思っている。
「だが、こんなことを君に言っても鼻先で笑われてしまいそうだな」
そのグランディーナもいまは西の彼方、ゼテギネア大陸を東西に分かつアラムート海峡の辺りだろう。
「サラディン殿、先に休ませていただきます」
彼は頷き、すぐ書き物に注意を向ける。見張りをしてもしなくても、サラディンが夜更かしすることに代わりはないらしい。
しかしランスロットはそれ以上追求することは諦めていた。ほとんど船に乗っているだけだったのにそれなりに疲れるものだ。体調を整えるのを怠ると、いざという時に役に立たないことを彼はよく知っていた。
「それで、これからどこへ行くんだ、メリアー?」
「エニウェトック島に。そこに私たちの仲間が大勢住んでいるのよ」
「エニウェトック島? 聞いたことのない島だが、無人島の1つかい?」
「人間が住んでいないという意味では無人島だけれど、私たちがいるのだから無人島という言い方は正しくないんじゃないかしら?」
「それもそうだな。俺も人間の中にいることが長いもので独断的な言い方をしちまった。これから気をつけるよ」
「ぜひ、そうしてちょうだい。人間が基準だなんて、みんな、いい顔はしないと思うわ」
「悪かったよ、メリアー」
カノープスはかなり冷や汗をかかされたが、彼女はようやく微笑んだ。
「エニウェトック島はサライゴメス島の北東にある島よ。昨日も言ったとおり、ここから2日ぐらいで行けるわ」
「なるほど。それじゃあ、早速、行くとしよう」
先に泳ぎだしたメリアーの後を追いかけてカノープスも発つ。
カストラート海の地理については、ピトケアン島からマーケサズに向かう途中でサラディンが簡単に教えてくれていた。グランディーナもそうだが、彼も土地勘を得るのは早い方のようだ。
大陸航路の終着点が南西のファニングという町だが、そこから北東に島を2つ挟んでマーケサズ島がある。カストラート諸島に40ある島々の中で最大のマーケサズ島には、マーケサズのほかにパルミラ、トンガレバ、ファカラバと4つの町があり、文字どおりカストラート諸島の中心である。その西にマルデン島、パペーテ島が接するように浮かび、ファニング島と合わせてこれら4つの島々でカストラート諸島の8割近くの人口を占めるそうだ。マーケサズ島の北東にサライゴメス島、東の離島ビパオア、南のムルロア島と北西のピトケアン島は、どこもマーケサズから船で少なくとも1日かかる距離がある。
海岸線に沿って北へ北へ進みながら、2人はその日の夕方にはマーケサズ島の最北端、ファカラバ岬にたどり着いていた。
サラディンの話によると、美しい珊瑚礁で知られるファカラバには、かのオウガバトルの時、オウガに追いつめられた人間たちの前に天空の三騎士と十二使徒が降臨した伝説が残っているのだという。その力はカストラート海の片隅に人間たちを追いつめたオウガを瞬く間に討ち滅ぼしたほどで、魔界に通ずる扉、カオスゲートをも封印した。
人間は地上の覇者となり、役目を終えた天空の三騎士と十二使徒はいずこともなく消え去った。カオスゲートを開くことのできるただ1つの神器、聖剣ブリュンヒルドを地上に残して。
しかし、初めて訪れたファカラバは、ゼテギネアの生まれだったら誰でも聞かされて育つオウガバトル伝説の華々しさは微塵も感じられない、こぢんまりした町のようだった。こんな町で暮らしていれば、大陸での解放軍と帝国との戦いも遠い噂話にしか聞くこともあるまい。
「どうしたの、カノープス? 生魚ばかりで飽きてしまった?」
「いいや。この俺が、ずいぶん遠くまで来たと思っただけさ」
「カストラート海に来るのは初めて?」
「ああ。俺はシャローム地方の生まれなんだ。ここからずっと南にあるところさ」
「そこはどんなところなの? 海は見えて? 人魚は住んでいるのかしら?」
「人魚はいない。シャローム地方には俺のような有翼人が多いんだ。それに人間かな。あんたは俺が初めて会った人魚さ」
生魚を食べるのも生まれて初めてだったが、新鮮なせいかそれほど臭みはなく、彼は酒の肴に向いているかもしれないと思っていた。
「あら、あなたも私が初めて会った有翼人よ。カストラート海に有翼人は住んでいないらしいわ。私も200年以上生きているけれど、有翼人は見たことがないもの。でも話に聞いたことはあったから一目でわかったわ」
理屈ではわかっていても、メリアー自身の口からさらりと200年と言われるとやはり抵抗がある。
200年前、ゼテギネア大陸は群雄割拠の時代で、いくつもの小国が興っては滅び、互いに相争い、1晩で地図が塗り替えられることはしょっちゅうだった。五英雄の登場はそれから100年も待たなければならない。有翼人は長寿だが、200年前を語ることのできる古老にはさすがにお目にかかったことがない。
「シャローム地方は海沿いなんだ。川があって山があって、穀物がよく育つ豊かな土地だけれど、これといって珍しい物もないふつうのところさ」
「そうでもないわ。私は川も山も知らないし、あなたの言う穀物という物も見たことがないもの、あなたの話はとても珍しいわ」
「そいつはお互い様さ。行けども行けども海ばかり、俺にはカストラート海のようなところの方がよほど珍しいと思えるね」
メリアーは笑い転げ、カノープスにかしまし三人娘を思い出させる。解放軍本隊から離れてかれこれ1ヶ月が経とうとしているが、彼女たちに再会できるのはまだ先のことだろう。
「明日は陽の高くならないうちにエニウェトック島に着けると思うわ。みんな、あなたを歓迎するわよ」
「それは、俺があんたを助けたからかい?」
「それもあるけれど、だって、あなたは男性だもの」
「へ?」
「おやすみなさい、カノープス!」
引き止める間もなくメリアーは海に潜り、またしても彼に波しぶきを浴びせた。
「俺が男だからって、どういう意味なんだ? 人魚にだって男ぐらいいるだろうに、そんなに数がいねぇってことか?」
その時、彼の脳裏に浮かんだのはバルモアで別れたとんがり帽子の魔女の姿だ。
「くそっ、何だってこんな時にあいつの顔が浮かんでくるんだ」
カノープスは岩場から座り心地のいい砂浜に移動した。翼の位置には気を遣って、昨晩もそうして休んだ。解放軍に参加して以来、ずっと誰かと一緒にいたもので1人で休むのは久しぶりだ。
移動しているあいだも海と空とに分かれているのでメリアーと話す機会もほとんどなく、カノープスはつい、解放軍の皆のことを考えてしまう。
サラディンとランスロットは無事に切り抜けたか、グランディーナたちは本隊に合流したのか、荒鷲の城塞アラムートは陥落したのか、何より皆は元気でいるだろうかと気になって仕方がない。
空に瞬く星は昨日と変わることなく美しい。波の音も聞き慣れれば優しい子守歌だ。メリアーは美人で気だてはいいし、そんな彼女から好意を寄せられるのも悪くはない。
「ちぇっ。この俺としたことが里心がつくなんてどうかしてらぁ」
ふと触れた石を海に向かって投げる。彼はこの遊びが誰よりも得意だった。カノープスの投げた石は川面をいちばん遠くまで跳んでいった。
けれど、故郷の川も解放軍も、いまの彼には遠く、手の届かぬものであった。
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