カンパニーマン

カンパニーマン

アメリカ、2001年
監督:ヴィンチェンゾ=ナタリ
出演:モーガン=サリバン/ジャック=サースビー(ジェレミー=ノーザム)、リタ=フォスター(ルーシー=リュー)、フィンスター(ナイジェル=ベネット)、キャラウェイ(ティモシー=ウェッバー)、ほか
見たところ:横浜シネマソサエティ

 産業犯罪サスペンス。映像とか舞台が小憎い演出で前作「CUBE」が気になります。

 近未来のアメリカ。平凡な元会計士モーガン=サリバンは、生活に刺激を求めてデジコープ社の産業スパイに応募し、採用される。妻の父親の会社に就職するという安定さよりも産業スパイの刺激に味を占めたモーガンは、ジャック=サースビーという別人になりすまし、次第にスパイ行為にのめりこんでいく。しかし謎の女性リタがモーガンの前に現れて、デジコープ社の本当の目的は、スパイに応募した者を洗脳し、ライバル会社に送り込むことを教える。脳神経テストという手段の発達した時代には、スパイを見破られないためには洗脳して人格改造までする必要があったのだ。悪夢と頭痛に悩まされるモーガン。ライバル会社サンウェイズ社に送り込まれたモーガンはスパイであることを見破られ、二重スパイとして採用される。だがスパイの行く先は死しかない。モーガンはリタに助けを求め、ルークスという腕利きのフリーの産業スパイにつなぎをつけてもらうが、果たしてこのスパイ合戦の行く先は...?

最初の映像がほとんどモノクロに近いような色合いで、赤毛のリタが現れたあたりからだんだんと色がついてきます。平凡なモーガンの生活がスパイという刺激でだんだん楽しくなってきたのかしらん、と思っていたら、いや、それどころではありませんでした。でもそういう読み方も間違いではないと思うんですが。

なかなか先の読めない展開、どんでん返しに次ぐどんでん返し。5700秒の迷路は複雑怪奇。でもたきがは、こんな未来はいやだ。画一的でおもしろくないじゃんかー。なによりコンピュータに絶対はないのだ。デジタルな社会なんてぞっとするよー。

原題の「CYPHER」は、インド神話で、SIVAに対して「0」という意味だったかと思います(成田美名子さんの漫画「CYPHER」の後書きにそうあったような気が...うろ覚えですが)。そう考えると、邦題の「カンパニーマン」はもうちょっと工夫がほしい。翻訳者のセンスというのは結局は日本語のセンスです。安直な原題そのまんまカタカナ読みの映画わけわかんねーけど英語になってりゃええんやろ的な映画が氾濫する今、魅せられるタイトルをつけてほしいもんですな。

(了)

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