Stage Three「悪霊の森」
「てめぇが反乱軍の親玉かぁ!」
ジャンセニア湖の支配者、天狼のシリウスは人狼であった。昼は人間の姿だが、夜は狼に化ける。もちろん並の狼などではない。満月の夜ごとに若い娘をさらい、食い散らかす牛ほどの半人半狼、それがシリウスの真の姿だったのだ。
「極上の肉の臭いだぜ。てめぇは残さず食ってやるから安心して殺されな!」
シリウスが飛びかかってきたところをグランディーナは曲刀で払った。毛深い腕が深々と斬られたが、それは見ているうちにふさがってしまう。人狼には聖別された武器しか効かない、と言われる所以である。通常の武器への耐性が異常なまでに高いのだ。
「いてぇ! いてぇぞ、この女(あま)!! こんなことをしたらどうなるか、わかってんだろうな?!」
「ふざけるな! おまえが食い殺した娘たちの痛み、何分の1かでも思い知れ!」
言うや否や彼女はシリウスに斬りかかった。
「効かねぇ! てめぇの武器なんぞ効かねぇよ! 女たちの痛みだと? てめぇら人間は俺様に狩られる獲物よ、おもちゃよ、お食事よ! 獲物の痛み、いちいち考える奴がいるかよ!!」
人狼は空手だが両手の爪と狼の牙が強力な武器だ。煌々と冴える満月の夜、それは最高の力を備え、鋼の刃さえ軽くはじくほどであった。
防戦からすぐに攻撃に転じて、矢継ぎ早にシリウスは両手を繰り出した。その速さはグランディーナを上回り、むき出しの腕を傷つけ、胸甲をも易々と引き裂いた。
曲刀1振りでは防ぎきれない。グランディーナは後方に飛びすさろうとしたが、シリウスはこれにも軽々と追いついてみせた。
「あの技を使おうったってそうはさせねぇ! 満月の夜にのこのこ1人で来やがったのが運の尽きよ! てめぇの必殺技があれば、1人でも俺様を倒せるとでも踏んだのかよ?!」
シリウスの攻撃がさらに激しくなった。
彼女はあっという間に壁際まで追いつめられ、下がり、倒された。
その勢いに乗ってシリウスはグランディーナに馬乗りになる。上半身は狼だが、下半身は人間だからそんな芸当も可能なのだ。
一方の彼女は自身の血で真っ赤に染まっていた。乗られた時に曲刀もはじき飛ばされた。
「さあ、食ってやる。ここまで俺に抵抗できたのはてめぇが初めてだ。特別サービスに食い終わるまで、死なねぇように気をつかってやるぜ!」
「満月の夜に来たのは、おまえの心臓を抉るためだ、二度と蘇らぬようにな!」
「げげ?! どうしてそれをてめぇが知ってやがるんだ!」
シリウスの胸元に細い短刀が突き刺されていた。
彼が身を翻すより速く、グランディーナはその首に腕をかけ、短刀の切っ先を抉った。
「てめぇ!」
鮮血が口と胸からあふれ出した。
「ろくに抵抗もできない娘ばかり襲っておいて特別サービスが聞いて呆れる。これ以上、人を殺させるものか!」
「ぢぐじょう!」
血を吐き出しながら、人狼は最後のあがきで彼女の肩口に何度も噛みついた。
2度、3度。
肩当てがなければ、グランディーナの腕は早々と食いちぎられていただろう。その肩当ても最後には完全に壊されて、牙が肩を抉った。
だが彼女は攻撃の手を緩めなかった。
とうとう言ったとおり、心臓を抉り出してしまったのだ。
最後に血の塊を吐き出して、人狼は絶命した。
その下からグランディーナは抜け出す。脱力した人狼の身体は重く、脱出は一苦労だ。2人分の血で床もかなり滑る。
やっと立ち上がると、彼女はシリウスの心臓を握りしめたまま、張り出しまで歩いていった。それは身体の大きさに比例して、牛のような大きさだ。
「グランディーナ!」
呼ばれて振り返るとランスロットとカノープス、それにギルバルドが角灯(らんたん)を掲げて立っていた。
しかし、エルズルム城の玉座の間に充満する血の臭いと源に、さすがの3人も一瞬、足を止める。
そこには牛のような大きさの人狼の死体が血の海に横たわっていたからだ。
その隙に彼女は張り出しまで出て、ジャンセニア湖に心臓を投げ捨てた。
真っ先に追いかけてきたのはランスロットだった。
「グランディーナ、なぜ1人で出かけた? 明日、エルズルム城に攻め込むのではなかったのか?」
「最善と判断した」
「君1人で敵の本拠地に乗り込むことが最善だと言うのか?」
グランディーナは振り返った。
カノープスも張り出しに出てくる。彼は大きく息を吸い込んで伸びをした。
「シリウスは満月の夜に心臓を抉らなければ倒せない。半端なことをするためにジャンセニア湖に来たわけではないからな」
「だからといって、なぜ君1人で来た? 皆を連れていきたくないというのなら、それでもかまわないが、なぜ誰にも言わなかったのだ?」
グランディーナは張り出しから屋内に戻り、部屋を抜けて廊下に出た。シリウスにはじかれた曲刀も拾っていく。刃こぼれしていないのを確かめて鞘に収めた。
後からランスロットとカノープスが追いすがった。
「連れていけば最初にシリウスと戦うのは私ではなくなる。かなわないからと降参すれば見逃してくれるような優しい相手だとでも思っていたのか? あなたたちの誰1人として満月のシリウスにはかなわない。だから私だけ来た。シリウスによけいな人質を与えるような真似もしたくなかった」
彼女の歩いた跡には点々と血がついた。それが彼女自身のものかシリウスのものか傍目には判断できない。
「それならば、そうとなぜ言わなかった? そんなに我々が信用できないのか?」
とうとうランスロットはグランディーナの肩に手を置いた。半分乾きかけた血の感触だ。
「離せ、ランスロット」
「先に質問に答えてからだ」
「そこはシリウスに噛まれたところだ。離せ」
「すまない。痛むのか?」
「当たり前だ」
「それでどこへ行こうっていうんだよ?」
いままで黙っていたカノープスが口を開いた。
「血を流す。このままでは野営地には戻れない。
ギルバルドはどうした? 一緒に来ただろう」
「さすがに目ざといな。ギルバルドならマチルダを呼びに行ってるよ。血を流したって人狼にやられた傷をそのまま放って帰るわけにはいかねぇだろう?」
「騒ぎ立てるほどの傷でもあるまい」
「リーダーが怪我したとあっちゃ、そうも言ってられねぇだろうが」
3人が外に出ると東の空から明るくなり始めていた。煌々とした満月が空に浮かぶ。
グランディーナは真っ直ぐに井戸のある裏庭へ向かった。
城とは言ってもエルズルム城はペシャワールにあったギルバルドの屋敷とそう違わぬ大きさだ。
井戸が見つかると彼女はすぐに服と胸甲を脱ぎ捨てた。血にまみれたそれらは、傍目にも使い物にならなくなっているのがわかる。かろうじて形が残っているのは、左の肩当てぐらいだ。
それといつも髪を縛っている手巾(はんかち)もほどいた。赤銅色の髪が広がって、一瞬、翼のように見える。
カノープスはそれほど近づかなかったが、ランスロットは生真面目な顔で井戸までついていった。
「水をくんで、かけるのを手伝おう。いくら君でもそれまで拒否はしないだろうな?」
「助かる」
カノープスが2人に背を向けるとすぐに、水を流す音が聞こえてきた。それに混じって交わされる会話も。ランスロットの声音は先ほどより怒気を感じさせなくなっている。どちらかというと、カノープスにはため息に近い感じに聞こえた。
「さっきのわたしの質問に答えてくれないか、グランディーナ?」
「話せば同じことだ。言えば、あなたたちは私1人では行かせなかっただろう。だから1人で来た」
「シリウスを昼間に倒し、夜になってから心臓を抉るとか、手段はあったのではないのか? その可能性もなかったと言うのか?」
「昼間倒せても夜になれば奴は蘇る。その時、奴を束縛できるような手段があったとは思えない。逃がせば被害者は増える。満月の夜に倒すのが最善の策だ」
「確かにあの大きさはドラゴン並だ。だからといって、君以外に倒せないような怪物だったとは信じがたい。もっと安全な策があったはずだ」
そこへ、ギルバルドとマチルダ=エクスラインがワイバーンのクロヌスに乗ってやってきた。
事情を聞かされたらしいマチルダは、いささか青ざめた顔だ。クロヌスを降りるなり、グランディーナに走り寄った。
治療が始まると男3人は手出し不要だ。ゼテギネア大陸では男性が治癒職に携わることはとても珍しい。ほぼ女性の独壇場と言ってもよかった。
「どうして、こんな傷を負われたんですか?」
「シリウスに噛みつかれた。そう大騒ぎするような怪我じゃあるまい」
「とんでもない! 全治1ヶ月の大けがです!
すみません、どなたか、余分なマントなど、お持ちじゃありませんか?」
「俺はない」
「わたしもありませんな」
カノープスもギルバルドも身軽が身上だ。2人は即答し、グランディーナを除いた皆の視線が自然とランスロットに集まった。
「あいにくとわたしもマントは置いてきてしまった、急いでいたものだから」
彼が剣だけ帯びてきたのは騎士の倣いだろう。
「エルズルム城でカーテンをはがしてくればいい」
そう言ってグランディーナが立とうとするのをマチルダは強硬に押し止めた。
「動かないで! どなたか行ってきてください!」
それでお使いに立ったのはカノープスだ。
「なぜシリウスと? 今日、攻めるのではなかったのですか?」
「同じ話を何度もするのは面倒だ。帰ってから皆に説明する」
マチルダはきつく睨んだが、グランディーナは意にも介さない。痛いとは言ったものの、上半身を包帯に巻かれた身とは思えないような落ち着き払いぶりだ。
「君はそれが最善の策だったと言うんだな?」
「そうだ。解放軍に犠牲者は出なかった。まだ文句があるのか?」
「言い分はわかるが納得できない。なぜ君がいちばんの危険を冒さなければならないんだ?」
グランディーナはいきなり立ち上がった。
「剣を抜け、ランスロット。頭でわからなければ身体でわからせてやる。私と立ち会え」
「そんなことは駄目です! せっかくの治療が無駄になります!」
「口を挟むな。ギルバルド、あなたもだ。
どうした? 剣を抜け」
「それはできない。わたしは君に剣を捧げた。騎士として、その君に剣を向けることはできない」
「ふざけるな!」
彼女は曲刀を抜き放ち、ランスロットの首筋に突きつけた。
「そんな戯言(たわごと)に付き合えるか。剣を抜け」
「不満があるのならば斬りたまえ。わたしも自分の信条に背いてまで君に仕えたいとは思わない。わたしは騎士だ。誰にもそれを曲げることはできない。さぁ、どうした?」
グランディーナはしばらくランスロットを睨みつけていたが、しまいには曲刀を収めた。少しだけ表情が和らいでいる。
「頑固者だな。あなたは人間である前に騎士でありたいのか?」
「それが信条だ。斬らないのか?」
「斬る気などない。私も頑固者は嫌いじゃない」
そう言いながら彼女はまた井戸にもたれて座り込んだ。それだけの動きで包帯に血がにじむ。
「お二人ともいい加減にしてください。治る怪我も治らなくなります」
マチルダは小言をこぼしながら包帯を変えようとしたが、グランディーナはそれを手で制した。
「いちいち治るのを待っていたら戦場では置いてきぼりだ。包帯を無駄にすることはない」
そこへカノープスが戻ってきた。贅沢な厚手の生地を使ったカーテンを抱えている。
ジャンセニア湖はもともと旧ゼノビア王国の貴族たちが避暑地にしていたところだ。小振りながらエルズルム城の贅沢さはギルバルドの屋敷どころかゾングルダーク城も及ばない。
「なぁ、シリウスの奴、化けやがったぞ」
「どういう意味だ?」
「上の張り出しから入ったら、奴の死体があんな怪物じゃなくて貧相な人間になってたのさ。あれじゃあ、誰もかなわなかったなんて言っても信用されないだろうな。まるで新兵さ」
「信用されなくてもかまうまい。我々は確かに奴の姿を見たのだからな」
ランスロットが答えるとギルバルドも頷いた。
「戻るぞ」
じきに彼女らは2頭のワイバーンに騎乗して、解放軍の野営地に向かっていた。
ランスロットとカノープスが小柄なクロヌスに乗り、グランディーナ、ギルバルド、マチルダが大きいプルートーンに乗った。カノープスとギルバルドがそれぞれワイバーンの手綱を握る。
「何、へまやらかしたんだ?」
「なぜわたしに訊くんだ?」
「あそこにいたなかで、あいつを怒らせるようなことができるのはおまえ以外にいないだろうが。あいつの肩口に血がにじんでいたぞ」
「シリウスのことでもめただけだ。なぜリーダーがいつも危険を冒さなければならない? だがその考えが彼女には気に入らなかったらしい。剣を取れと言われたが断った。大した動きをしたわけではないが、出血したのはその時だろう」
「どっちも頑固だねぇ。実際あんな化け物を見たら、かなうかどうか自信はない。おまえ、勝てるのか?」
ランスロットは一瞬つまったが、すぐに勢い込んで言った。
「剣でかなわなければ魔法という手もあるだろう。リーダーがあんな傷を負うことはないんだ」
「いいんじゃないの、無事だったんだから。おまえの気持ちもわからなくもないが心配しすぎだぜ」
「剣を捧げた者を守ってこその騎士だ。わたしたちの方が守られていてどうする?」
野営地が近づいてきていたが、カノープスの視線は平行して飛ぶグランディーナの方に向けられた。その眼差しは眼下のジャンセニア湖に向けられている。
「あいつの性分なのさ。他人が傷つくぐらいなら自分が前線に立ちたいんだろう。リーダーには向かねぇ性格だなぁ。まぁ、自分は安全圏にばかりいたがるリーダーってのも俺は好きじゃないが」
「リーダー自ら戦えば皆の士気は上がるものだ。だがこの場合、問題なのは、彼女が自分の功績を人目につかぬように済ませてしまいたがるということだ。足手まといだという印象を与えられても、ついていく者はなかなかいないよ」
眉をひそめたランスロットのおでこにカノープスが拳を軽くぶつけた。
「馬鹿言うな、それを補佐するのが俺たちの役割だろうが。守ってやりたいなんておまえの自己満足、胸の中にしまっておくんだな。あいつはおとなしく守られているようなたまじゃないさ」
「それは、リーダーなどという大役を彼女に押しつけたからか? さっき初めて生身の彼女に触れた。20歳そこそこの娘とは思えないような堅い身体に、傷痕がたくさん残っていた。戦の傷だけじゃない、拷問とわかるような傷もだぞ」
「それはあいつが傭兵だったからだろう。たとえ女だろうと戦場にいれば無傷ではいられないさ。あんな身体、1年やそこらでできるものじゃないしな。それにたとえ押しつけられたとしても、受け取った以上、リーダー云々なんて弱音は吐かないと思うがね。担ぎ上げたおまえやウォーレンにだって、それぐらいの覚悟がなかったとは言わせないぞ」
と、カノープスはひとつ咳払いをした。
「それにしても、おまえが女の身体を知っているとは思わなかったよ。すまん、見損なっていた」
「馬鹿を言うな。妻が2年前に亡くなったんだ。それ以来わたしは一人暮らしだ」
「悪いことを言ったな」
「気にするな」
ランスロットとカノープスのあいだに笑みがこぼれる。クロヌスは野営地目指して急降下していった。
一方、プルートーンの上では大した会話はなかった。怪我人に気を遣いようにもワイバーンに3人も騎乗することはあまりない。
プルートーンを操るギルバルドが1つの騎乗鞍、いちばん不慣れなマチルダがもう1つの鞍に座って、グランディーナはその前でじかにワイバーンに乗った。
やがて2頭が野営地に着陸するころには、皆はすっかり目を覚ましていた。
いつも食事の支度をするマチルダが留守でも、ユーリアとミネア=ノッドを中心に女戦士の2人も手伝って事なきを得たらしい。
「着替えてきますか?」
降りる直前にギルバルドが訊ねた。
「先に話す。着替えるのは移動しながらできる」
皆の前に立ったグランディーナがカーテンを身体に巻きつけ、怪我も負っていることがわかると、一同は騒然となった。
「いったい何があったのですか?!」
「シリウスを倒した時にやられたものだ」
「シリウスならばこれから攻撃を仕掛けてしとめるのではなかったのですか? 昨日の軍議でそう決まったはずでは?」
「シリウスが人狼であることは話したな。奴の力は夜になると増大し、昼間はただの人間と変わらない」
「ジャンセニア湖に伝わる人狼伝説ですね」
「だがその伝説には皆に話さなかった続きがある。人狼の力は月の満ち欠けに左右される。同じ夜でも新月の時が最も弱く、満月の時が最も強い。昨日がその満月だ」
「わざわざ最強のシリウスと戦ったと仰るのですか? 何のためにそんな危険を冒したのです?」
「人狼を倒すためには満月の夜に心臓を抉らなければならないからだ。昼間に奴を倒してもすぐに蘇る。そうすればまた同じことを繰り返しただろう。ジャンセニア湖に来たことが無駄になる。だが満月の時のシリウスにはあなたたちではかなわない。だから私1人で出かけた」
「ランスロットたちは何をしに行ったのです?」
「彼女を迎えに行った。シリウスは牛のような大きさの怪物だったが心臓を抉られて果てていた。残念だが、さらわれた娘たちは皆、奴に食い殺されたようだ」
牛のような大きさの怪物と言っても、とっさに想像しにくかったのだろうが、ランスロットの説明に驚きは徐々に広がった。
「今日はポグロムの森に向かう。以上だ」
グランディーナが動くとその場は解散となった。ランスロットの心配していたほど、皆の反発は起きず、むしろ話に出たような怪物とやり合わずにすんでほっとしているといったところだろう。
移動を告げられてそれぞれが支度を始めるなか、ランスロットは朝食も食べずに人捜しだ。
「アレック!」
「何でしょうか?」
雑多な人びとの交わるなかで、若い騎士はすぐに見つかった。ランスロットがグランディーナに同行してバハーワルプルに行った時以外、アレック=フローレンスはいつも彼と同じ部隊だ。
「カリナを見なかったか? 君とカリナに話があるんだが」
「彼なら魔獣たちのところでしょう。魔獣軍団にいただけあって魔獣の面倒見がいいようですね。ロギンスのグリフォンもヘルハウンドも手なずけられたらしいですよ」
アレックの言ったとおり、カリナ=ストレイカーはすぐにグリフォンたちのなかに見つかった。
最初はグリフォン1頭にヘルハウンド1頭だった解放軍も、シャローム地方でグリフォン2頭、コカトリス2頭、ワイバーン2頭の加入で魔獣部隊が賑やかになったのだ。
ギルバルドを筆頭にロギンス=ハーチ、ニコラス=ウェールズと魔獣使いも増えたが、なりの大きい魔獣の世話をするのは楽じゃない。
カノープスに、いつの間にかグランディーナと一緒に行動していて割と手すきのカリナが手伝いに加わっていたのである。時々ユーリアも顔を出しているそうだ。有翼人は魔獣と相性がいいらしい。
「カリナ、ランスロットさまが君とわたしに話があるそうだ」
「何だい?」
「アレック、君に部隊のリーダーになってもらい、カリナが部隊に加わってくれ。わたしはいまのカリナの立場と交替したい」
「リーダーは承知してるのかい? それに俺のシューメーはどうするんだよ?」
「シューメーはわたしが借りたい。駄目か?」
突然のランスロットの申し出に、アレックとカリナは顔を見合わせた。
「俺はかまわないけど、あんたは?」
「グランディーナ殿は承知されていますか?」
「させる。放っておくと何をするのかわからない。一緒にいた方がまだましだ」
ランスロットも思わず本音が漏れた。カリナはともかくアレックとの付き合いは長い。気心の知れた仲となると言いたいことも言ってしまうものだ。
「わかりました。オーサたちも不平は言わないでしょう。行こう、カリナ。皆に紹介しないとな」
「なんか、いまさら照れくさいなぁ」
「馬鹿言うなよ」
去っていく2人を見ながらランスロットは密かに拳を握りしめ、今度はグランディーナを探した。
彼女も見つけるのは簡単だった。
解放軍の消耗品は一切合切がウォーレンの担当なのだ。彼女はそこで服と鎧を選んでいた。
「気に入ったのがなければ、ガジアンテップで購入していってはいかがですか?」
「服など着られればいい。無駄な時間をとるな」
髪だけは井戸端で洗った手巾で結んでいる。
その手巾を捨てたと思っていただけに、ランスロットにはそれが意外に写った。
「グランディーナ、わたしの部隊はアレックをリーダーとし、カリナが入る。わたしはシューメーと君の側にいることにする」
「いつからだ?」
動きやすさだけで選んだのであろう男物のシャツとズボンを手に、彼女は巻きつけていたカーテンをランスロットの手に押しつけた。
「ま、待て!」
ランスロットが慌ててカーテンを開いて彼女を隠す。
傭兵とはいえ、ここまで羞恥心をなくすものか、彼は想像もしていなかった問題に少々頭痛を感じる。
それにエルズルム城で見た血の染みも広がっているようだ。
「たったいまからだ。反対しないのか?」
「してもついてくるのだろう。するだけ無駄だ」
ウォーレンは少なからず驚いたようだ。
グランディーナの回答にかランスロットの行動にか。おそらくはその両方にだろう。
思わぬ返事にランスロットは胸をなで下ろした。
彼が自分の考えの甘さに気づくのはじきのことであった。