Stage Five「聖なる島」1

Stage Five「聖なる島」

「おまえがロシュフォル教会大神官フォーリスか。神聖ゼテギネア帝国に逆らい続けた大罪人、邪教徒の親玉、難民に紛れた反逆者の逃亡幇助罪、反逆者の隠匿幇助罪、これだけあれば、死刑一度では足りんな」
面頬の下から響く声はもっと遠いところから聞こえてくるようだ。漆黒の鎧は闇の色で、近づくとわずかな異臭が漂う。隙間からのぞく赤い光、それが目の光であると誰に言えよう。
しかしフォーリス=クヌーデルは臆すことなく彼の前に立った。神聖ゼテギネア帝国第1皇子ガレスの召喚に応じ、たった1人でアヴァロン島最北の町、アムドに赴いた。
「どうした? さしもの大神官も恐ろしさに言葉を失ったか。それとも大神官殿は俺にかける言葉などお持ちではないか?」
「いいえ、そのどちらでもありません。あなたは確かに私などには想像もつかないような力をお持ちのようですが、そのために深い孤独に陥っていらっしゃいますから。私はあなたに哀れみを感じはすれ、恐ろしいとは思いません」
「哀れみだと?! この俺に知ったふうな口を利くな。哀れなのはこの俺に殺されるおまえの方だ! ふふん、何でいまさらアヴァロン島にと言いたそうだな。貴様らはずっと帝国に忠誠を誓わなかった。だが貴様らごとき石ころ、わざわざ踏みつぶしてやるまでもなかったということよ。今回はたまたまだ。俺の行く先にたまたまおまえがいた。目障りな石は踏みつぶしておくに限る」
その後、フォーリスの首だけが大聖堂に送りつけられ、ガレス皇子は改めてロシュフォル教会にゼテギネア帝国への服従を迫ったが、教会はフォーリスの葬儀と次の大神官任命までの空白を理由に回答を引き延ばした。
だが次の犠牲者が出るのも時間の問題であった。
「カノープス、バインゴインの様子を偵察してきてくれ。片づけられるものならば片づけてもいい」
「おう。エレボス、行くぞ」
3日間の船旅にそろそろ我慢も限界らしいグリフォンは嬉々として飛び立った。
ゼノビアを発って3日目、白竜の月18日、船はもうじきアヴァロン島に着く。幸い風と天候に恵まれ、船に酔う者もいたが、おおむね順調な航海だった。
話を聞いていたギルバルドが黙って残る飛行魔獣を甲板に並べて鞍を置いた。ロギンス=ハーチとニコラス=ウェールズもそれを手伝い、皆のあいだににわかに緊張感が増してきた。魔獣たちも興奮したように首を振る。
そこへカノープスが急いで戻った。
「片づけるなんてとんでもねぇ。グリフォン4頭にドラゴンが5頭、騎士に狂戦士までいる。がっちり守ってやがるぞ」
「兄さん、つけられたようよ」
「何だって?」
「いいえ、帰っていったわ。こちらの船を偵察に来ただけのようね。レイブンがグリフォンに乗ってた」
「1人だったか?」
「ええ。でも様子を探るには十分な距離だったわ」
「リーダーだけ集まれ! 私は船長に話を聞いてくる。楽に上陸させてもらえそうにはないな」
だが、帝国軍の話をすると船長は寝耳に水といった顔をした。
「8日前にバインゴインを出た時には帝国軍なんていなかったんだ」
「アヴァロン島にはディアスポラからも定期船が出ていたな?」
「ああ、1日ずれているがね。どっちも片道3日だ。だがそっちのことまで責任は負えないよ」
「そうだな。帝国に先を越されたのだろう。いまさら、アヴァロン島に何をしに来たのやら」
グランディーナが甲板に戻ると皆が船倉から上がってきていて賑やかだった。その一角にリーダーたちが集まっている。彼女はその真ん中に進んだ。
「帝国軍がバインゴインにいる。さっきのレイブンの偵察から考えても我々の到着を待ちかまえていたと考えていいだろう。上陸前から戦闘になる。覚悟しておけ。
カノープス、できるだけ詳しく敵戦力を話せ」
「港に陣取ってるのがドラゴン3頭とブラックドラゴン2頭、それにグリフォンが4頭、魔獣はそれだけだ。あとは騎士、狂戦士、槍騎士、レイブン、魔術師、忍者、敵将がわからなかったが、そんなところだ」
「どこかに隠れているのじゃないのか? それとも魔術師の1人か?」
「そうかもしれねぇが一目見てそれとわかる奴はいなかったな」
「敵将がわからないとやりにくいがしょうがない。
ライアン、私とあなたのドラゴンがまず降り、5頭のドラゴンを引き受ける。敵の動き次第で私も動く。気をつけろ」
「承知」
「ギルバルド、ニコラス、ロギンスは魔獣を連れ、魔術師、魔法使い、人形使いを分乗させろ。魔術師たちはドラゴンと魔獣をたたけ。ギルバルドたちはアッシュと合流しろ」
「わかりました」
「アッシュ、騎士とカノープス、カリナを指揮して続いて上陸。騎士と狂戦士、レイブンを全部引き受けてもらいたい。
ウォーレン、こちらの援護も忘れるな」
「承知しております」
「デネブとパンプキンヘッドは自由に動け。あの南瓜を落とされるとかなり驚くからな」
「あーら、ただでは落とさないわよ。使ったらカボちゃんたちが頭なしになっちゃうんですもの、代わりの南瓜をいただかなくちゃね」
「あいつら、頭なくても平気なのか?」
「南瓜ですもの」
「なら南瓜ぐらい、すぐに補充できるだろう」
「南瓜なら何でもいいってわけじゃないの!」
その短いやりとりに皆はデネブの連れ歩いているパンプキンヘッドたちを思い浮かべた。身体は痩せていて頭の南瓜がやたらに大きい。シルキィ=ギュンター、マンジェラ=エンツォ、それにフィーナ=タビーの三人娘にすっかり玩具扱いされている。不思議なのは彼らが言葉をしゃべらないもののこちらの言うことがわかっていて自分の意志も持っているらしい、ということだ。
「ポリーシャ、槍騎士と女戦士は魔術師を狙え」
「了解しました」
「戦士たちは最後に上陸、マチルダ、ミネア、エオリア、ユーリアは船で待機だ」
「はい」
「バインゴインが見えてきたな。行くぞ!」
グランディーナが真っ先に船を下りた。
続いて4頭のドラゴンとライアンが下り、その上空をギルバルドらに率いられた飛行魔獣と魔法使いたちが越えていく。
最初に船を下りたのはサラマンダーのプロミオスだ。その吐き出す炎の大きさはドラゴンの比ではなく、レッドドラゴンさえ凌駕する。しかし5頭のドラゴンとブラックドラゴンはプロミオスの炎にも怯まなかった。負けじと火と毒ガスを吐き散らし、その背後からドラゴンたちを狙って魔法が飛んでくる。
「敵将は誰だ?! 私は解放軍のリーダーだ! 部下に隠れて立ち会う気はないか?!」
だがその挑発に応えはない。
グランディーナを狙って帝国軍が殺到し、集結したところにウォーレン、グレッグ=シェイクが強力な魔法をたたき込んだ。
遅れじとアッシュたち騎士が船を下りる。
最後に戦士たちも戦いに加わった。
グランディーナは敵将を求めた。
だがカノープスの言うとおりだ。
解放軍と帝国軍が全面的にぶつかり合うことになっても帝国軍の動きに変化はない。
否、最初からそんな者はいなかったのだ。
人数では解放軍の方に分があった。徐々に帝国軍を押している。
だが降伏を叫ぶ者はない。
「グランディーナ!!」
「来るんじゃねぇ、ユーリア!!」
呼ばれるよりも速くグランディーナは察した。
突然、戦場に現れた黒衣の騎士、兜も鎧も籠手もすね当ても黒ずくめで全身を覆い隠した黒騎士の姿を。
彼は手には両手持ちの大斧を構え、字を書くような動きで振りかざした。
彼女はとっさに手近な1人の首根っこを捕まえて放り投げる。
それがカリナ=ストレイカーだったと知ったのは後のことだ。
「みんな、逃げろ!!」
間に合うはずがなかった。言うより早く敵も味方も巻き込んで魔法陣が出現し、そこにいた者に暗黒の力をたたきつけたからだ。
全ては瞬きする間の出来事だった。
魔法陣はすぐに消滅したが、骨の折れる音がはっきりと聞こえ、犠牲者は倒れた。
グランディーナが振り返ると黒衣の騎士の姿はなく、悲鳴が港中を覆っていた。
「マチルダ! ミネア、エオリアも来てくれ!」
見境なく魔法陣に巻き込まれた者、そこに解放軍と帝国軍の別はなかった。むしろ、どういう魂胆かわからないが帝国軍の方が犠牲者が多かったぐらいだ。
だが血の海の真ん中に沈んでいたのは解放軍の戦士の1人だった。
「ヴィリー?!」
呼びかける声も空しく、若者は事切れている。その顔は突然、襲った攻撃のことなどまったくわかっていなかったようだが、死を自覚した恐怖に歪んでいた。
その周りの怪我人も重傷者ばかりだが、リスゴー=ブルックとシモンズ=イルジーグラーのほかは帝国兵のようだ。
すっ飛んできたマチルダ=エクスラインたちと帝国軍の司祭2人が協力して怪我人の治療に当たり出すと、もはや戦いを続けようという者はいなかった。
「アルベルトは無事か?」
グランディーナはヴィリー=セキを置いて立ち上がった。その唇の端が歪んでいる。前面は血だらけだが、あの魔法陣の外にいたので傷は負っていない。
「はい。俺はランスロットさまに助けられて」
「あなたはフェルナミアの出身だったな?」
「そうです。ヴィリーも一緒でした」
2人ともまだ幼さの残る顔立ちだ。ヴィリーの死に顔にアルベルト=ブラッドフォードはすっかり泣き顔になった。元帝国兵だったという負い目が2人を解放軍に参加させた。だが運命の悪戯はこんなところで生死を分かつ。
「あなたに頼みがある。ヴィリーを故郷に連れていってやってくれ。旅費はウォーレンからもらえ」
「わかりました。でもまだ終わっていないのに帰りたくありません。俺はまた解放軍に戻ってきてもいいんですよね?」
アルベルトがますます涙声になり、ランスロットが慰めるように肩に手を置いた。
だが2人に背を向けたグランディーナの声音は思いがけず冷たい。
「戦争ごっこは終わりだ。帰れ。もう十分、戦争は体験しただろう。次に死ぬのはあなたかもしれない。ヴィリー1人では足りないか?」
「グランディーナさま!」
彼女はその場を足早に離れていった。
「ビンセントとバイソンはいるか?」
「はい」
怪我をした2人が呼ばれてランスロットの前に立つ。その姿にアルベルトは息を呑んだ。
「君たちもヴォルザーク島のダスカニアの出身だったろう? アルベルト1人では気の毒だ、一緒に帰ってあげてくれないか?」
「ええっ?」
バイソン=ロイスターは驚いた声を上げたが、ビンセント=ハンナはすぐに頷いた。血の海に横たわるヴィリーの死体、それが解放軍で初めての死者であったことが彼の決心を促したらしい。
それでバイソンと、愚図っていたアルベルトも現実を見直したようだ。
ヴォルザーク島の元帝国兵、という素性があって4人はずっと仲が良かった。そのうちの1人が死に、ヴィリーとアルベルトのリーダーだったリスゴーは重傷である。ビンセントとバイソンのリーダーであるガーディナー=フルプフは無事だったが、近くまで来ると2人を促すように頷いてみせた。そしてビンセントとバイソン自身も負傷した。
「これはわたしの独断だが彼女は反対するまい。君たちも帰りたまえ。ここにいるだけが戦いじゃない。ゼノビアの復興も必要だ。ヴォルザーク島もシャローム地方も、人の手は借りたいだろう。君たち若者の力はどこででも必要になる。武器を取らなくともそれも戦いなんだ」
「馬と馬車を買うといい。馬車は扱えるのだろう? ランスロットの言うとおり、君たちの力はどこででも必要とされるし、馬車があれば、もっとたくさんの物を運べる。目立たないことだが、わたしたちの代わりにそうしてくれる者は必要だ」
ガーディナーが金貨の入った小袋を差し出した。
とうとうアルベルトはそれを受け取った。泣き出した彼にランスロットもガーディナーもかける言葉がない。ビンセントとバイソンもしょげかえっていた。
ランスロットはヴィリーの目を閉ざしてやった。
一方、ヴィリーの側を離れたグランディーナはまずウォーレンを捕まえた。
「負傷者と傷の具合をマチルダに出させろ。何人かはここで養生しなければならなさそうだ。
アレックは無事か?」
「ええ、運良く外れました」
「バインゴインのロシュフォル教会に行って事情を説明しろ。重傷者を預かってもらいたい。それに棺も幾つか譲ってもらいたいとな」
「帝国兵もですか?」
「当たり前だ」
「すみません、わかりました!」
アレック=フローレンスは大急ぎで町の方へ走っていった。港からもロシュフォル教会のものと思われる尖塔はよく見える。聖地アヴァロン島ならではだろう。
「手の空いていて傷を負っていない者はマチルダたちを手伝わせろ」
「承知しました」
ウォーレンの応えを待たずに彼女は次へ歩いていく。
「ギルバルド、魔獣は大丈夫か?」
「先ほどの攻撃は人が集まっているところを狙ったようです。こちらは戦闘での負傷以外はありませんが、ユーリアがなだめて手当てもしてくれました。先ほど彼女があなたを呼ばれたようですが、何かありましたか?」
「後で話す。さっきの攻撃で負傷者がたくさん出ている。マチルダたちを手伝ってやってくれ」
「ロギンスたちを行かせましたよ」
「手際がいいな」
そう言ったもののグランディーナは笑みなど浮かべなかった。足早に皆のあいだを抜けていく。
だが彼女の求める者は現れなかった。あるいは口もきけない重傷者の1人かもしれない。バインゴインを守備していた帝国軍のリーダーがこの期に及んでも名乗り出ないのだ。
とうとう彼女は無傷の狂戦士を1人、とっ捕まえた。
「あなたたちに、ここで我々を待つよう命じたのは誰だ? 船が近づいたら偵察するよう命じ、我々を迎え撃つよう命じたのは誰だ? 誰がこの戦いを指揮していた?」
「俺たちはガレス皇子と一緒に来た。だが皇子は6日前にアムドに向かい、俺たちはバインゴインに残るよう命じられた」
「6日もバインゴインにいたと言うのか?」
「そうだ。反乱軍が必ず来る。ここで待てと言われた。だがよくわからない。よく覚えていないんだ。ディアスポラから船に乗ったことは覚えているんだが、ガレス皇子が皆を集めて話されてからはよくわからないんだ」
「ガレスの副将は?」
「いない、と思う。だがそれもわからない。俺たちは自分で考えて行動していたわけではない」
「わかった。ところであなたたちはこれからどうするつもりだ?」
その狂戦士は軽く肩をすくめた。
「残った者で話し合ってからだ。怪我人も多い。だがあれがガレス皇子ならば、どうして俺たちを狙ったんだ? あれは本当に皇子だったのか?」
「私が知るものか。戦う気はないのだな?」
「頭が混乱している。少し考えさせてくれ」
「では仲間にこう伝えろ。あなたたちが帝国に戻るならば私は止めない。さっきゼノビアからの船が着いたばかりだ。好きなところへ行くがいい。だが武器は預からせてもらおう。功名心に駆られていきなり襲われるのはごめんだからな」
「そんなことはしないよ。だが俺たちが帝国に戻ったら、また敵になるぞ。それでもかまわないのか?」
「敵? あの程度の腕で笑わせるな」
狂戦士はとりあえず腰を上げた。仲間たちにいまの言葉を伝えなければならなかった。
「グランディーナ、あなたも見たでしょう? 一瞬だけだったわ、黒ずくめの騎士が現れて攻撃した。帝国軍もいたというのに。それとも彼は帝国の人間ではなかったのかしら?」
「違う。奴は帝国の人間だ」
皆はまだ動き回っている。
青ざめた顔のユーリアはギルバルドに代わって魔獣の番をしていた。そのなかにはちゃっかり帝国軍のグリフォンも混じっている。
「あなたは彼を知っているのね? あれは誰?」
グランディーナは黙り込んだ。その顔がいつもよりきつい。人を寄せつけない壁がいつにも増して高いようにユーリアには思えた。
「後で話す。少し、独りにしてくれ」
案じるような眼差しも彼女はうるさがっているようだ。ユーリアは人に知られぬよう、ため息をついた。
バインゴインの港を離れると狭い砂浜に下りられる。
グランディーナがそこへ行くと、待ちかまえていたように1人の人物が現れた。含み綿を入れて変装したアラディ=カプランだった。
「アヴァロン島の現在の状況はどうなっている?」
「まずロシュフォル教会大神官フォーリス=クヌーデル殿が5日前に処刑されました。ガレス皇子の召喚に応じてアムドに行かれ、そのまま殺されたそうです。首は大聖堂に送り返されましたが、ガレス皇子は改めてロシュフォル教会のゼテギネア帝国への服従を迫ったとか。大聖堂はまだ回答を渋っているようです」
「フォーリスさま!」
一瞬空気が張りつめた。グランディーナは刀の柄に手をかけたが、しばらくそれを震える手で握り締めていただけだった。だがアラディはそんな彼女に言葉をかけることができなかった。
「ロシュフォル教会大聖堂は無事か?」
「ええ、いまのところ。帝国はアムドとバインゴインを抑えていますがほかの町には駐留していません」
「アムドにも帝国軍がいるのか?」
「いいえ。わたしの知っている限りではアムドにいるのはガレス皇子だけです。兵は全てバインゴインにいました」
「アムドにガレスを確認したのはいつだ?」
「2日前です」
「ここはもういい。カストロ峡谷に向かってくれ」
「承知しました」
アラディが先に去るとグランディーナはその場に両膝を落とした。柄からはとうに手を離している。その手を砂地に落として、彼女は2度、3度と両拳をたたきつけた。
「フォーリスさまが、ガレスに−−−」
こらえきれない嗚咽が漏れた。涙が1粒、2粒と砂に吸い込まれ、彼女はしばらくそうして動けなかった。
グランディーナが皆のところに戻るとかなりの用事が片づいていた。
マチルダが姿を認めて近づいてくる。疲労の色が濃いのは怪我人の多さだけではないだろう。
「怪我人の報告をよろしいでしょうか?」
「頼む」
「亡くなられたのはヴィリーだけです。ただ、リスゴーさん、シモンズさんが重傷を負われて、しばらく動けないと思います。お二人ともこちらのロシュフォル教会で診ていただけるよう、お願いし、先ほどお連れしました。ヴィリーの棺もお願いしましたが、ゼノビアに戻る船は明日になるそうなのでアルベルト、ビンセント、バイソンは今日はロシュフォル教会に泊まるそうです」
「グランディーナ、ビンセントとバイソンには、わたしの判断でアルベルトとともに帰るよう言った。かまわないだろうな?」
「あなたに礼を言いこそすれ咎める筋合いのことじゃない。ありがとう、ランスロット」
思わぬ礼にランスロットの方が照れた。
「ほかに怪我をされたのはビンセント、バイソン、オーサ、カリナ、ユーゴス、ゲーリー、デューク、エドウィン、ブロンソン、それにスティングさんですわ」
「ランスロット、皆を集めてくれ。これからのことで話がある」
「わかった。だが君も先に着替えてきたらどうだ? 血糊が乾きかけて、凄い格好だ」
「余計なお世話だ」
ランスロットもこれには肩をすくめたが黙って皆を呼びに行った。これを見たマチルダは咎めるような視線をグランディーナに向けたが彼女は意に介さぬ顔だ。
やがて皆が集まってきたが、ヴィリーの戦死のことは誰もが知っているようで明るい顔ではなかった。勝ったのか負けたのか、わからぬ後味の悪さもあったのだろう。
「ご苦労だった。これからのことを話す前に次の者に除隊を命じる。すでにここにいないが、ヴィリー、アルベルト、ビンセント、バイソン、リスゴー、シモンズ、それにゲーリー、デューク、エドウィン、ブロンソンだ」
なぜ、と訊く者はなかった。名を呼ばれたなかで元気なのはアルベルトだけだ。
「旅費はウォーレンからもらえ。以上だ。わかっていると思うが事情が変わった。帝国軍がアヴァロン島に来ているのもそうだが、我々が訪ねるつもりだったロシュフォル教会大神官フォーリスさまが5日前に処刑された」
「それは本当ですか?!」
「確かな情報だ」
「ああ、何てことでしょう」
よろめいたマチルダをさりげなくアレックが支えた。だがグランディーナは話し続ける。
「良くない知らせが、もう1つある。さっきの攻撃で気づいた者もいるかもしれないが、ガレスがアヴァロン島に来ている」
「やはり、あれはガレス皇子のイービルデッドでしたか?」
黒騎士ガレスはゼテギネア帝国女帝エンドラの弟で1つ違い、黒騎士の異名を取るとおり熟達した斧の使い手で、賢者ラシュディにも師事して魔法も使いこなす。帝国内でこれといった地位にあるわけではないが、女帝の弟であることやラシュディとの親交などは帝国軍最高司令官、ヒカシュー=ウィンザルフ大将軍にも匹敵する影響力を持つと考えられている。
さらにゼテギネア帝国の代になってからずっと素顔を出したことがない。いつでも全身を鎧兜に包んでおり、うっかり素顔を見てしまった部下や小間使いが、問答無用で斬り殺されたという噂もあった。血を好む残虐な性格で、その冷酷さは味方にさえ恐れられているというが悪い噂は誇張して伝わりやすいものだ。
「おそらくそうだろう。だが発動したのはほんの一瞬のことだ。ガレス本人ではない可能性もある。以上のような事情から、これからの行動を次のように変更する。私は大聖堂に寄ってからアムドに向かう。アッシュ、ランスロット、ウォーレン、ギルバルド、カノープス、一緒にアムドへ来てくれ。こちらの指揮はアレック、あなたに任せる。怪我を負った者はそのあいだに養生してもらう。名を呼ばなかった者もマチルダたちの手伝いをしてくれ。何か質問はあるか?」
「アムドにいるのはガレス皇子だけだということですか?」
「そうだ」
「大聖堂にはなぜ寄る必要がある? そなたの口調から察するに回り道ではないのか?」
「そうだ。だがお会いすることはかなわなくても、せめてフォーリスさまの墓前に詣でたい。これは私のわがままだ、あなたたちは街道を通って、トマヤングで合流しよう」
「何、水くさいこと言ってるんだよ。どうせアヴァロン島まで来たんだ、みんなで墓参りしていけばいいじゃないか」
「大聖堂を経由すると2日、余計にかかる。少し強行軍になる」
「何言ってんだ。グリフォンでもワイバーンでも使えば済むだろう。おまえ、頭に血が上ってるぞ」
「そうですね。さっき帝国のグリフォンもユーリアが手なずけてくれましたから、ワイバーン2頭とグリフォン3頭を連れていっても問題はありますまい」
「わかった」
「あの、私も一緒に行かせてください。ほかならぬフォーリスさまの墓前になら私も詣でたいのです」
「怪我人はどうするつもりだ? あなたが離れれば、こちらにはミネアとエオリアしかいない。バインゴインのロシュフォル教会を当てにするか?」
「それは」
マチルダが口ごもる。さすがにこれだけの怪我人を抱えていては誰も彼女に同意できない。だが助け船は思わぬところから現れた。
「私で良ければ手助けさせてもらえませんか?」
声をかけたのは帝国軍の司祭の1人だ。
「さっき助けてもらったお礼です。あなたが好きなところへ行っていいと言ったと聞かされたので、このまま一緒に行かせてもらえたらと思って」
「モームさん、本当ですか?」
マチルダの顔が喜びに輝いた。
モームと呼ばれた司祭は祖国への裏切り行為に、それほど後ろめたさは覚えていないようだ。
「代わりに、と言い出すんじゃないのか?」
「ええ、ちょっと。でもそれはアヴァロン島を離れる時でいいですか?」
「いま話せ」
「わかりました。あなた方はこの先、ディアスポラを通りますよね? その時に監獄長をやらされているノルンさまを助けていただけませんか?」
「ノルンというのは何者だ?」
「ノルン=デアマートさまは帝国教会の法皇だった方です。それが1ヶ月くらい前にディアスポラに慰問と称して行かされて、そのまま監獄長にされてしまったんです。法皇位も剥奪されました」
「政治犯ばかり閉じ込めた監獄に慰問で、法皇を監獄長にか」
「そうなんですよ! どう考えてもおかしいでしょう? でもノルンさまがラシュディさまを批判したらしいって噂が立ってまして」
「帝国教会の法皇と言えば、ロシュフォル教会の大神官に通じる地位だ。それがラシュディを批判したら左遷というわけか」
モームは頷いた。言動と容姿がさっぱりした印象を与える。色気はないが裏表もない性格の女性のようだ。
「良かろう。ディアスポラは次の目的地だ。大監獄の解放もやぶさかじゃない。念のため、あなたには監視をつけるが、それで良ければ頼む」
「任せてください。怪我人は私たちの方が多かったんですから」
「ポリーシャ、そういうわけであなたが人選して交替でついていてくれ」
「わかりました」
「よろしくお願いします。私はモーム=エセンスといいます」
そう言ってモームは頭を下げたが、生真面目なポリーシャ=プレージは監視する立場としては拍子抜けした顔だ。
「マチルダさんが行くのなら、私も一緒に行っていいかしら?」
「ユーリア、遊びに行くんじゃないんだぞ」
「それぐらいわかってるわ。でも行きたいのよ。グリフォン4頭はニコラスさんとロギンスさんが面倒みてくれるし、ただ待ってるのもつまらないもの」
「いいだろう。あなたは来るのか?」
「あたし?」
その言葉に皆が思い出したようにデネブを見た。魔女の方も自分に話を振られたことが意外そうな顔だ。
「行ってらっしゃい。あたしは大聖堂にもガレス皇子にも興味ないもの」
「わかった」
グランディーナが立ち、話を一方的に打ち切る。
ユーリアがその後を追いかけ、出かけることになったアッシュたちもそれぞれ立った。
「皆さん、お気をつけください。無事のお帰りをお待ちしています」
初めて大役を任されたアレックはかなり緊張した表情だ。もっとも彼でなくても相手がガレス皇子とあれば誰もが8人の身を案じないではいられないところだ。
8人は3頭のグリフォンと2頭のワイバーンに分乗して次々にバインゴインを飛び立っていった。
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