Stage Seven「皇子」8

Stage Seven「皇子」

「ジャック、ありがとう。マラノに来てからあなたには世話になりどおしだな。だがもう1つ頼みたい」
「あなたにそう言っていただけるとは光栄ですね。それで頼みとは何でしょうか?」
「羽根を傷めずに染められる黒い染め粉と肌を黒く染める染め粉、髪を黒く染める染め粉と金髪に染める染め粉がほしい。あなたに頼むことはこれが最後だ」
「承知しました。できるだけ早く届けさせましょう。
それではトリスタン皇子、失礼いたします」
「わたしからも礼を言う。ありがとう」
わざわざ馬車から降りたジャックは優雅に一礼し、また馬車に飛び乗った。
「ケイン、トリスタンをアッシュのところに案内してくれ。途中でウォーレンたちも拾っていけ」
「わかりました」
真っ先に自分を追っ払うのはカノープスたちが話しづらいからだろう、ということはトリスタンにも察しはついたが素直にケインについていった。1日ぶりに会った従者は心得顔に4人を探し、アッシュのもとまでたどり着く。ケインに話したいことがいろいろとあったが、こう人が多くては話せない。義勇軍の時以上に慎重な行動が必要だ。
一方、ケインとともにグランディーナとトリスタン皇子を迎えたランスロットとカノープスだったが、パドバの様子も特に変化はなく、ギルバルドとライアンもまだ連絡はよこさずで報告すべきことはなかった。
「今日1日、退屈だったぞ」
「すぐに退屈じゃなくなる。2人とも、マラノ攻略の面子を全員連れてアッシュのところで待っていてくれ。私も後から行く」
「よーし、やっとその話か。
じゃあ、俺はこっち行くから、おまえはそっち行ってくれ」
「わかった」
指を鳴らしながらカノープスが上機嫌で右手に廻り、ランスロットも左手に廻っていった。
グランディーナは2人より少し遅れてアッシュのもとに向かう。彼女はアラディを除く4人の影たちに見張りに立つよう指示してから皆に話し始めた。
「待たせたな。あなたたちに集まってもらったのはマラノ攻略の話をするためだ。アッシュ、ウォーレン、アレック、ケビン、チェスター、立ってくれ。この5人と私がマラノ市の6地区をそれぞれ担当する。アッシュがベルチェルリ、ウォーレンがボローニャ、アレックがモンビーゾ、ケビンがマントーパ、チェスターがフェルラーラの担当だ。アッシュの下にグレッグ、トリスタン、アラディ、ノルン、ウォーレンの下にチェンバレン、ヨークレイフ、トリム、マチルダ、アレックの下にカリナ、デネブ、ライナス、アイーシャ、ケビンの下にマクレディ、フォーダム、アンジェ、フランソワ、チェスターの下にゼル、ニールソン、マルコス、モームがつく。各リーダーは人員の把握を忘れるな。ランスロット、カノープス、ラウニィー、ケインは私と一緒だ」
名前を呼ばれた者がそれぞれのリーダーのもとに移動する。
「明日以降、マラノの十三人会が迎えをよこす。あなたたちはマラノ市内に入り、各リーダーは合図を待て。リーダーだけ集まってくれ。あとの者は解散していい。ランスロットたちは残れ。
アラディ、ライナスたちに見張りを夜番と交代するよう伝えてくれ」
「わかりました」
その場に残ったのが5人のリーダーとランスロット、カノープス、ラウニィー、ケインだけとなった時、グランディーナの表情が陰りを帯びたことをカノープスは見逃さなかった。
「我々だけ残したのは合図を伝えるためだけではあるまい。その作戦、何か裏があろう?」
アッシュが早速、口を開く。ケビンやチェスターも口には出さないが気持ちは同じようだ。
「これから話すことは他言無用に願う。ほとんどの者はマラノ攻めが終われば我々のしたことに気づくだろうが、あえて公言する必要も理由を話すこともない。だがあなたたちにはあらかじめ知っておいてもらった方がいいだろう」
彼女はそこでいったん言葉を切ったが誰も発言しないので話を進めた。
「私、ランスロット、カノープス、ラウニィー、ケインはラウニィーをアプローズに引き渡すふりをして彼を暗殺する。あなたたちはいわば、その目くらましだ。十三人会のなかにアプローズとつながっている者がいるはずだが特定できない。あなたたちがアプローズに引き渡される恐れはないと思うが、念のため単独行動は慎んでもらいたい」
「そのような策を採る理由をうかがってもよろしいか? それにカノープスではなくアレックをリーダーにした理由もだ」
「アプローズの仕掛けた罠が複雑すぎて解除もできないし発動されれば致命的だ。彼の目的が罠の発動にある以上、アプローズを直接、狙った方がこちらの被害を抑えられる。アレックとカノープスを入れ替えたのはカノープスにアーレスを模してもらうためだ」
「げげっ! あんなに真っ黒に染めるのか?」
「染め粉はジャックに頼んでおいた。届き次第、取りかかってくれ」
「げーっ」
「手伝うよ、カノープス」
「そういう問題じゃねぇよ」
「それとラウニィーに確認しておきたい。あなたは迷うことなくアプローズを殺せるか?」
「彼を殺さなければならないの? 止めるのではなくて?」
「殺す。アプローズがどんなきっかけで罠を発動させるかわからない。その隙を与えないためにはすぐに殺すしかない。できるか?」
「やるわ。私がアプローズ男爵を倒します」
「あなたが躊躇(ちゅうちょ)すれば皆の死につながりかねない。それでもできるか?」
「ええ」
グランディーナの目がラウニィーの目をのぞき込む。彼女の迷いを見抜きそうな鋭い視線だ。だがラウニィーは自分から目をそらさなかった。
この手が血にまみれることは聖騎士になった時に覚悟していた。それが間違っても正義に背く行為でないのならば、なぜ迷うことがあるだろう。自分が選んだのはそういう道なのだ。迷いを見せてはならない。ましてやこのような決定的な時には。
とうとうグランディーナが頷いた。
「良かろう。1番手はあなたに任せる。
ランスロット、カノープス、ケイン、そのつもりでいろ。万が一、彼女がし損じた時には私が討つ。いいな?」
3人とも頷き、グランディーナは再度アッシュたちに向き直った。
「十三人会は我々の本当の目的を知らない。くれぐれも気取られるな。ほかに何かあるか?」
「商人たちの裏切りで我々がアプローズ男爵に引き渡される可能性はないのか?」
「何とも言えない。だがアプローズはそんなことにいまさら関心はないだろうと思っている。罠を発動し、1人でも多く殺すことが彼の狙いだ」
「なぜ、そう言い切れるのだ?」
アッシュの問いに彼女は少しだけうつむいた。
「勘だ。いまはそうとしか説明しようがない」
「当たっても外れてもありがたくない話だが、そなたの言を信じよう。各々方もそれでよろしいか?」
「いまはそうするのが良いようですな」
「うむ。
ご武運をお祈りしますぞ、ラウニィー殿」
「ケビン殿、あなたは、私の父が何者かご存じの上でそのような言葉をかけてくださるのですか?」
「確かにヒカシュー大将軍は我らの祖国を蹂躙した方だが、娘のあなたまで同罪ではあるまい。実はそうトリスタン皇子から言われてな。それにゼテギネア帝国を憎む気持ちは我らに強いが、本当に罪に問われるべきは女帝エンドラと賢者ラシュディ、悪行を言われるガレス皇子であろうと考え直したのだ」
「ありがとうございます」
「礼ならばトリスタン皇子に言われるがよい。皇子のお言葉がなければ、あなたの存在を疎ましく思っていたかもしれない。やはり人の上に立たれる方は気のつくところが違うものだな。
ゼノビア王国の復興は楽しみであられよう、アッシュ殿?」
「そのような話は我らがゼテギネアに迫った時にでも改めていたそう。まずは気を引き締めて目前のマラノを落とそうではないか」
「そうだな」
5人のリーダーたちが去り、アプローズの暗殺を命じられた4人だけが残った。
「ラウニィー、あなたの覚えている限りでいい。アプローズの部下を教えてくれ」
「特に印象に残った人が2人いるわ。ゲラって女の人とオドアケルって男の人。オドアケルはたぶん魔術師ね、長衣を着ていたし杖も持っていたから。ゲラはよくわからないけれど、とにかく派手な人よ。派手なだけでお世辞にも趣味がいいとは言えないけれど」
「性格などは?」
「オドアケルはアプローズ男爵の前でも意識が散漫だったわ。心ここにあらずで人の話を聞かないのよ。まともに聞くのはゲラの命令だけ、でも魔術師としてはかなりの実力者らしいわ。ゲラは、とにかく品がない女よ。私のことをいつでも見てて、まるで蛇のような目つきだったわ。でも2人ともアプローズ男爵が旧ゼノビア王国の貴族だったころから仕えているそうよ。主人が主人なら部下も部下だわ」
「ポグロムの森を焼いたのはオドアケルだろうな。
ランスロット、アプローズが部下なしでラウニィーに会うとは思えない。部下のなかに魔法使いがいたら、あなたが倒せ」
「承知した」
「ゲラという女はどうするんだ?」
「職業がわからない。ケイン、倒すつもりで魔法を使え。
カノープス、あなたもそちらに廻ってくれ」
「了解」
「アプローズ男爵の暗殺をトリスタン皇子はご存じなんですね?」
「知っている。彼も来たがったが、いない方がいいだろう」
「そうですね。お心遣い感謝しますよ」
グランディーナはポケットを探り、追尾石をカノープスに渡した。
「アーレスがラウニィーを追うのにアプローズから渡された物らしい。あなたが持っていてくれ」
「アーレスの部下はこんな面子じゃなかったぞ。それに俺のが奴より背が高い。それでもいいのか?」
「アプローズに取り次ぐ者までアーレスの背格好や部下まで、いちいち覚えてはいまい。彼に会うのにごまかせればいいが、アーレスの肌や髪、翼の色まではどうしようもない」
「まったく、髪や肌はともかく、この俺の翼を染めようって言うんだから」
「アプローズのところにはマッセナ家の迎えを廻してもらって堂々と乗り込むつもりだ。あなたたちももう休め」
カノープスはまだ文句を言っていたが、ランスロットになだめられた。ラウニィーとケインは個別に去り、最後にはグランディーナ1人が残される。
彼女はしばらく自分の考えにふけっていたが、やがて立ち上がり、焚き火を踏み消した。
翌炎竜の月21日、フェルラーラからアグラヴェインの迎えが来たのを皮切りに十三人会が迎えをよこし、解放軍のマラノ潜入が始まった。
次いでブラスティアスの使いが来て、昨日はあまり気乗りしてなさそうだったエクトルやボールスも使いをよこしたが、その日はそれでおしまいだ。
「十三人会でいちばんの奴がアプローズに通じてたって笑えない落ちはねぇんだろうなぁ?」
ジャックの持ってきた染め粉で全身を真っ黒に染めたカノープスはまるで別人のようだ。
「たぶん大丈夫だ。私が疑っているのは別の者だが、1人はマラノ潜入には関係ないし、あとの2人はアッシュとケビンの担当だ」
「ちょっと待てよ。ケビンはいいけど、アッシュのところにはトリスタン皇子がいるんだぞ。万が一、人質にされたらどうするんだよ?」
「だがここには誰も残らない。トリスタンだけ置いていくわけにはいかない」
彼は何か言おうとしたが、その時、誰かに呼ばれたような気がして振り返った。
「誰か来たのか?」
さすがの彼女も有翼人の視力は持たないらしい。多少の優越感を覚えて、カノープスは応えて手を振った。
「あれはユーリアと、たぶん、アルゴだな。ギルバルドと一緒にモンスニーラまで行ったはずなんだが、何かあったのかな?」
「サンベルナールとモンスニーラを落としたという報告だろう。今日はグリフレットとルーカンは来そうにないな。2人の話を聞きに行こう」
「おいおい、俺はいつまでこんな格好をしていればいいんだよ?」
「アプローズを倒すまでに決まっている。どうでもいいが、あなたもあまり目立たないようにしていろ。アーレスが解放軍と一緒だなんて、ばれたら面倒なことになる」
「げげっ」
グランディーナの言ったとおり、ユーリアとアルゴ=メラスの帰還はギルバルドからの報告を携えていた。だがマラノの周辺都市とはいえトリエステやパドバよりずっと重要性の落ちるサンベルナールやモンスニーラの攻防戦は、輪をかけて言うこともないような有様だったらしい。
しかし2人が戻ったことで、グランディーナはトリスタン皇子の代わりにアルゴをアッシュとともに行かせることにした。ユーリアとトリスタンはパドバに残り、こちらに向かいつつあるギルバルドの部隊や、同様にシャモニーまで落としたら、こちらに帰ってくるであろうライアンの部隊を待つことになったのだ。
さらに翌日、午前中にルーカンの迎えが来て、午後にようやくグリフレットが馬車をよこし、解放軍はラウニィー=ウィンザルフとラインハルト=アプローズ男爵の結婚式の2日前にマラノ市内への潜入を果たしたのである。
「グリフレット殿、明日は我々をアプローズの館に連れていってくれ」
「どうやらわたしたちもだしに使われたようですね。それにお仲間も囮にしてしまうとは恐ろしい方だ」
「我々は解放軍じゃない。聖騎士ラウニィー=ウィンザルフを捕らえた漆黒のアーレスとその部下だ。よろしいか?」
そう言いながら、グランディーナはアーレスに扮したカノープスの背を押した。
「なるほど。ラウニィー殿を捕らえた功績により華々しく凱旋なさるというわけですね。何か入り用な物はありますか?」
「縄は持ってきたし、宿だけ提供してくれ。お姫さんを入れる部屋には鍵もつけてな」
「承知いたしました」
「まさか、私をもう縛り上げようというつもり?」
「ン千万ゴートのお宝だ、逃がすわけにはいかないからな。縛り上げて交替で見張っておけ」
「承知」
グリフレットの用意した二部屋に男性陣と女性陣とで別れて入ると、カノープスが小さくため息をついた。
「ほんとにこれでごまかせるのかな? それにあんな勇ましいこと言ってたけど、あのお姫さんに本気でアプローズが殺せるのか? さっき、睨まれたけど、とても殺気にはほど遠かったぜ」
「味方の君に殺気など示しはしないだろう」
「示した奴を知ってるから心配なんだよ」
ランスロットにはそれが誰か容易に予想がついたが、ケインが誰かと訊ねた。
「そんなことができるのは1人しかいねぇだろう。しかも自分が瀕死の重傷喰らってる時にだぞ。俺は命がけの覚悟でエレボスを飛ばしたものさ」
それでケインも誰の話か察したらしい。
「ですが、ラウニィー殿がアプローズ男爵を討ち損じた時はグランディーナ殿がやると言ってませんでしたか?」
「そうなると、俺たち3人でアプローズの周りにはべってる連中を倒さなけりゃならなくなる。オドアケルとゲラって奴も含めてだぞ。できないとは言わねぇが少々荷が重たいのも事実だ。まぁ、最初からその覚悟をしていた方が良さそうだがな。
ケイン、おまえさんは、まさか人を殺したことがないとは言わねぇよな?」
カノープスの軽口に皇子の従者は渋い顔で答える。誤解されやすいが、これがカノープス流のつき合い方なのだ。
「ありますよ。義勇軍としてエストラーダさまの下で戦っていた時にトリスタン皇子もわたしも、じきに人を殺さなければならなくなりましたから。義勇軍などと言っても最初は3人しかいませんでしたし。ですが、わたしは魔法使いなので人を殺す感触は味わったことがありません。自分の唱えた魔法で人が倒れるところは何度も見ていますが、武器から伝わってくる感触は知りません」
「ラウニィー殿もその覚悟はしていただろう? わたしは彼女を信じたいが」
「覚悟はできても実際に殺すとなると、たいていの奴は身がすくむものさ、それがふつうなんだ。カストロ峡谷で助けた時にアーレスの部下を殺してたとグランディーナが言ってたが、本人はすっかり忘れてそうだしな」
「そうだな。あれは何年経っても忘れられるものじゃない。慣れられるものじゃない。いまでも武器を取らねばならない時は身がすくむ。人を殺さねばならないことを恐れてしまう」
「別におかしかねぇ。それがふつうだ。おまえの精神はいたって正常なのさ」
「君にそう言われるとは思っていなかったよ」
「たとえ敵だろうと殺すことには迷いがあるべきだ。こうして俺たちが話しているように、敵さんと話すこともあったかもしれないんだからな。逆に迷いもなく人を殺せる方が俺はおかしいと思う」
「そうだな。だがそろそろ休まないか? 彼女の話だと明日が正念場ということになるからな」
「俺は何でもいいから、この染め粉をさっさと落としてぇよ。ジャックの奴、こすっても取れないようなのを持ってきてくれたはいいが、やりすぎだ。水浴びもできねぇんだぞ」
「辛抱しろよ。明日には取れるということだろう」
「そう願いたいね」
一方、グランディーナと同じ部屋になったラウニィーは部屋に入るなり身体を縛った縄を解いてもらっていた。
「いくら芝居のためとはいえ、いきなり縛るなんてやりすぎじゃないの?」
「どうせ明日にはまた縛られる。ところであなたは槍しか使えないのか?」
「ええ、剣なんて使ったこともないわ。私が得意な武器は槍ですもの」
「オズリックスピアは私が持っている。明日、この縛り方をしておけば、あなたはすぐに縄抜けできるはずだ。あなたはアプローズを討つことだけを考えていろ。迷いは死につながる、明日だけは迷うな」
「わかっているわ」
言いながらラウニィーが身体を動かすと、少し手こずったが縄は簡単にほどけた。
「あら、本当。こんな縛り方、初めて知った。あなたって案外、器用なのね」
グランディーナはラウニィーを見ている。冷徹な眼差し、あれだけ念を押しておきながら、まだ値踏みされているようだ。
「どうやら私はまだ信頼されていないようね。私がアプローズ男爵を討てるかどうか、そんなに心配?」
「いつもなら自分で手を下すところだがアプローズがあなたを見分けるかどうか自信がない。だがあなたに任せるのも不安を消しきれない」
「失礼ね。皆の前で私に任せると言ったのはあなたの本心ではなかったのかしら?」
「半分は本心だが、半分ぐらいは明日、決めようと思っている。あなたはまだ意識して人を殺したことはないだろう? カストロ峡谷でアーレスとその手下たちを殺すために槍を振るったか? そうではないはずだ。倒したことさえ気づいてはいまい」
「あなたの言うとおりかもしれないわね。ハイランド王国の聖騎士が選ばれた最強の騎士だったのはゼテギネア帝国が興る前、ずっと前のことだわ。聖騎士団もいまのガウェイン団長になってから戦闘はほとんど経験がないそうよ。人を殺したこともないわ、帝国にはあなたたちが現れるまで敵らしい敵なんていなかったのだもの、それも当然よね。だけどあなたは言わないけれど、私はラウニィー=ウィンザルフ、ゼテギネア帝国大将軍ヒカシュー=ウィンザルフの一人娘なの。解放軍にいる限り、いずれお父さまに見(まみ)えるでしょう、いまの私はそのことが怖い。お父さまにかなわないことがわかっているし私はお父さまを尊敬し、愛しているからよ。でも私はお父さまから逃げないし逃げられない。いつかお父さまと戦わなければならなくなる時までにお父さまと戦えるようになってみせるわ。だから私に任せて。聖騎士でありたいと願うのならば私は戦わなければならないのよ」
「気持ちだけで人を殺せれば苦労はしない。人の心はそんなに簡単に割り切れない。父親と戦おうという、あなたの勇気を疑うつもりはないが、殺すことと殺さないことの差は小さいものではない」
「それならば、どうしたら私にアプローズを倒させてくれるのかしら? 私はできると言うし、あなたは疑うし。ここまできて堂々巡りは空しいわね」
「だから明日の朝に決めると言っている。もしもあなたに任せても躊躇するなら私が殺す」
「あなたは自分ならば躊躇しないと言うのね?」
言ってからラウニィーは愚問だと思った。解放軍のリーダーは何年も傭兵暮らしをしてきた、戦闘の専門家だ。アプローズ男爵を殺すのに迷うはずもない。
「そろそろ休め。考えていても結論は出るまい。寝不足では反応も鈍る」
「馬鹿にしないで。1晩くらいの徹夜で堪えるものですか」
そう言ったが、ラウニィーは素直に寝台に横になる。部屋の中はすぐに暗くなった。
けれどいつまでも寝つかれず、彼女は何度も自分に言い聞かせたり、煩悶していた。かといって寝返りを打つのもいかにも眠れません、と公言しているようでできず、とうとう1回だけ打った。
見るとグランディーナは寝台に横たわってさえおらず床に座った姿勢でどうやら寝ているらしい。ラウニィーには野宿が辛いが、彼女には性に合っているようだ。聞けば、解放軍の野宿も彼女が言い出したそうだし、ラウニィーとは正反対と言ってもいいような生い立ちらしい。
だが、野宿ならばともかく、いまは宿を借りているのだ。それなのに、どうして寝台で休まないのだろう。寝ている時も武器を傍らから離さないのはもはや用心深いでは片づけられまい。
そこまで考えた時、ラウニィーは大きなあくびをこらえきれなくなった。
今度こそ本当に眠れそうだ。
果たしてそのとおりであった。
「ラウニィー、アプローズを倒すのは、やはりあなたに任せることにする。ただ、昨日の縛り方では少し緩すぎる。きつくするから、ほどく時に注意しろ」
「わかったわ」
実際に縛られたのは馬車に乗り込む前だ。縄の先はランスロットが持ち、一行はマッセナ家の馬車に乗り込んだ。
「たかが賞金稼ぎに好待遇じゃねぇか」
「アプローズ男爵の婚約者殿にこれ以上、無理をさせるに偲びませんので」
「ン千万ゴートの大金がかかってるんだぜ。そんなに無下な扱いができるものか」
「これまでの扱いを棚に上げて、よくそんなことが言えるわね」
「自分の置かれた状況も忘れて、よくもそんな憎まれ口がたたけるもんだな。まぁ、それを聞かされるのも今日でおしまいと思えば我慢もできるがな」
「あなたたちなんて地獄に堕ちればいい!」
大胆不敵に笑ったカノープスを見て、ランスロットは彼には盗賊になる才能があるかもしれないと思ったほどだ。
馬車はマラノ市内を軽快に走り、じきに停まった。マッセナ家はアプローズの住まいに近かったようだ。
カノープスはランスロットの手から縄を引ったくると真っ先に馬車を降りた。
「ここはアプローズの館だろう? 領主に取り次いでくれ、漆黒のアーレスさまがあんたの婚約者を連れ帰ったってな」
馬車から転げ落ちるようにラウニィーが降り、ほかの3人も続いて降りる。
だが門番はラウニィーの顔を知らないのか鈍い反応だ。そこをカノープスがいきなり怒鳴りつけた。
「こちとらわざわざカストロ峡谷まで追っかけたんだぞ! 貴様の主人が明日の結婚式に花嫁がいないなんて情けない事態になってもいいって言うのか?!」
「す、すぐに取り次いでまいります!」
カノープスの剣幕に驚いて、門番は急いで屋敷の中に走り込んでいった。
しかしすぐに戻ってきて言うことには、アーレスだという確かな証拠がほしいとのアプローズの用心深い言い分だった。
「しょうがねぇな。アプローズから預かった石だ。お姫さんを探すのに役に立ったって渡してくれ」
「何という石です?」
「そんなこといちいち覚えているものか。おまえは黙って渡せばいいんだよ。とっとと行かねぇと痛い目見ることを教えてやろうか?」
彼がすごんでみせると門番もそれ以上逆らうことはせず、今度は追尾石を持って引っ込んだ。
それから彼らはさらに待たされた。カノープスは苛立たしそうに屋敷の壁を蹴っ飛ばす。
「おやめなさい、品のない。あなたという人は本当にレイブンそのもの、堕落した有翼人以外の何者でもないわね」
「何だと、この女(あま)?!」
カノープスの演技があんまり堂に入っているもので、一瞬、本気かと思われるほど、彼はラウニィーの首筋を荒々しくつかみ上げた。
しかし彼女も負けじと睨み返す。その気迫は一瞬、カノープスを怯ませたほどだ。
「そこまでにしていただきましょうか、アーレス殿。いくらラウニィー殿を連れ帰ったとはいえ、それ以上、彼女に手を出せば賞金はお出しできませんよ?」
「わかったよ」
現れたのは執事らしい男だったが、その後ろに派手な身なりの女と魔法使いらしい長衣を着た男が並んでいる。どちらも中年にさしかかった年齢のようだが、男の視線は落ち着きがなく、さまよってばかりおり、女の方は舌なめずりするような目つきでラウニィーを見ていた。あとの4人にはまったく関心がないという感じだが、同性には興味があるのかグランディーナにだけ目を向けた。この2人がラウニィーの言っていたゲラとオドアケルだろう。
「アプローズさまはもうおまえが間に合わないだろうと思っていたんだよ。お嬢さんを渡してお帰りよ、アーレス。あんたの役目はここまでだ」
「そいつはつれねぇな。確かに借りた石は役に立ったが、あの広いカストロ峡谷をこちとらさんざん歩き廻されたんだ。褒美ぐらい男爵から直接もらったって罰は当たらねぇだろう?」
「ふふん、あんたにしてはずいぶん大きく出たもんだね? 結婚式の前日とはいえ、お嬢さんを無事に連れ帰った功績は褒めてやってもいいが、高望みしすぎると痛い目に遭うよ?」
「高望みしてるのはどっちだ、ゲラさんよ? どうしても男爵が出てこねぇと言うのなら、俺はこのまま引き返したっていいんだぜ? そっちから丁重に引き取りに来てもらうまで俺はマッセナ家で待つからよ」
ゲラはカノープスを見定めるように眺めた。
「前のあんたにそれだけの気概があれば、お嬢さんを追いかけるなんて貧乏くじはほかの奴に引かせてやったのにさ。いいよ、ついておいで。アプローズさまにはあたしが取りなしてやろう。だがあんたもこれを機に、いつまでも盗賊だの賞金稼ぎなんて割の合わない仕事をしていないでアプローズさまのところでもっと楽な仕事をすることでも考えたらどうなんだい、ええ?」
「そいつはうまい誘いじゃねぇな。男爵の約束した賞金があれば、俺は一生遊んで暮らせるんだぜ? 何を好きこのんで汗水垂らして働くものか。他人に使われるのなんて、まっぴらごめんだよ」
「へぇーっ、故郷にでも帰ろうって言うのかい?」
それまでカノープスに身をすり寄せていたゲラが離れ、オドアケルについた。
「冗談だろう? 故郷に錦を飾るなんて趣味はねぇよ。ゼテギネアにでも行って気楽に暮らすさ」
オドアケルは引っついたゲラの両腕をつかんだが、相変わらず視線は明後日の方を向いている。
だが彼女が右手をねじり上げると突然うなり声を発し、目つきまで変わって一行を睨みつけた。
グランディーナが飛び出したのはその時だ。彼女はゲラの肩を引っつかむと片手で繰り出した曲刀で2人を串刺しにして切っ先をねじった。
ゲラはおそらく心臓を貫かれたものと見え、口から大量の血を吐き出したが、彼女より背の高いオドアケルはその一撃で絶命しなかった。
「ゲ、ゲラーッ!!」
「グランディーナ、どいて!」
自由になるのにラウニィーは手間取らなかった。彼女は放り出されたオズリックスピアを拾い上げると、躊躇することなくオドアケルの顔面にその先端をたたき込んだ。魔術師に呪文を唱えさせないためには先制攻撃が重要なのだ。さんざん繰り返した動きがこれほど滑らかに再現できようとは彼女も思いも寄らぬことであった。
「アプローズを見つけて殺す! 離れるな!」
グランディーナに続き、ラウニィー、カノープス、ケイン、ランスロットの順で廊下を疾走した。行く手を阻んだ者は曲刀の餌食となり、3階まで駆け上がる。
「あの扉よ!」
ラウニィーが指したのは豪華な両扉で屋敷のいちばん奥にあった。
「脇に避けていろ!」
扉を開けたのはグランディーナだ。だがその中は暗く、空気も澱んでいる。しかしアプローズの待ち伏せはなかった。
ラウニィーの顔から血の気が引き、ランスロットたちも初めて彼女やコールマンの言葉を理解した。
確かにそれは説明しがたい雰囲気だ。ふつうの人間ならば発するはずのない何か、それは得体の知れないものであった。
ケインは冷や汗が全身から吹き出すように思った。どこかで似たような雰囲気を持った者と対峙したはずだが思い出せない。それよりも足がすくむ。魔法の使い手は自分だけなのだ、アプローズの魔法に対抗できるのは自分だけだと言い聞かせても足が動かない。
その時、肩に手が置かれた。
「無理もねぇ。俺だって足が動かねぇ。ここに立っているのがやっとだ」
カノープスの声にかぶさるように部屋の中から冷たい声が響く。
「お入りなさい、反乱軍の皆さん。わたしを討ちに来たんじゃないんですか? ここまで来て怖じ気づきましたか?」
「遠慮などしない。入らせてもらうぞ」
そう言ってグランディーナが入ってゆく。その横顔はいつもの冷静さとは異なるようだ。
遅れて自分のありったけの勇気を奮い起こしたラウニィーとランスロットが続き、それでカノープスと最後にケインも部屋に入った。
室内は暗く、かろうじてアプローズを照らす灯りしかない。
「しばらくお会いしないうちに何やら人間離れしたものを身につけられたようね、アプローズ男爵?」
「おや、わかってしまいますか? ラシュディさまにいただいた力がね、こうあふれ出すのですよ。わたしたちに、いいえ、わたしに逆らう愚か者たちを殺せ、殺せ、と内なる声が囁いていましてね、あなたたちが来るのを、あなたが帰ってくるのをわたしはいまかいまかと待ち焦がれていたのですよ! ですがせっかく仕掛けた罠をあなた方に見てもらいたいんですよ!」
「そうやってポグロムの森での虐殺も引き起こしたのか? なぜだ、アプローズ男爵? ゼノビア王国でそれなりの地位にあったあなたが、なぜそんなことをしたんだ?」
「ふ、ふふ、ふふふふ、はははははは!」
ランスロットの言葉にアプローズが狂ったように笑い出す。そんな反応をされると思っていなかった彼も皆も、悪意に満ちた哄笑に剣の柄を握り締めた。
「おやおや、反乱軍にはゼノビアの連中がいるとは聞いていましたが、まさかこのようなところでお会いしようとはね! わたしがゼノビアでそれなりの地位にあったですって? これが笑わずにいられますか! 王に何らこねを持たない三流貴族のわたしがあの神帝陛下の下でどれだけ苦労を舐めさせられたかご存じありますまい? ゼノビア王国に恨み辛みは数々あれど恩義などいささかも感じたことはありませんよ!」
「だからといって避難民には何の罪もあるまい? なぜ彼らを殺したんだ?」
「うるさいですねぇ。ゼノビアゼノビアって何を正義漢気取ってるんですか? もういいですよ、あなたたちの話なんか聞いたって退屈なだけなんですから。ここでわたしの素晴らしい力と罠を味わって死んでくださいよ!
ゲラ! ゲラ、オドアケルに命令をしなさい!」
「2人とも我々が殺した。少し遅かったようだな」
「何ですって?!」
「それに私が帰ってきたのはあなたに永久にお別れを言うためよ。賢者ラシュディから、あなたがどのような力をいただいたのかは知らないし知りたくもないけれど、そんな物騒なものを持ち出さないうちに消えてちょうだい!」
ラウニィーは槍を振りかざしたが、グランディーナに首根っこを引っ張られた。そのまま突っ込んでいれば、いきなり発せられたアプローズの魔法の直撃を受けていただろう。
「ふふふ、そんなことを仰らずに、せっかく来たんですから味わっていってくださいよ! 諸々の悪しき霊よ、我に楯突く愚か者を討ち滅ぼせ、ダーククエスト!!」
「きゃあああーっ!!」
襲われたのは彼女らばかりではなかった。
領主の部屋に駆けつけた部下たちも、飛び出した悪霊の余波を受けて倒れていった。
ランスロットはガレス皇子のイービルデッドを思い出した。2人とも賢者ラシュディに師事したという共通点がある。それならば、目指すラシュディの魔力はこの比ではないということだ。
「どうですか、ラシュディさまからいただいた私の力は?
ラウニィー、考え直すならいまですよ。あなたが悔い改め、わたしの花嫁になってくださると言うのなら、あなただけは見逃してあげましょう」
「冗談ならば休み休みお言いなさい。あなたの花嫁になるなんてまっぴら、お父さまの目が覚めるようにあなたの首をたたききってザナドュに送り返してあげる! いまの帝国に正義のないことはあなたの存在が証明しているわ」
「婚約者に何て口を。あなたのお父上はゼテギネア帝国に並ぶ者なき武人と言われていますがただ1つ、娘の教育だけは間違ったようですね」
「あなたの口からお父さまについて語らないで、汚らわしい。お父さまは立派な騎士だけれど、あなたは卑劣な裏切り者よ! あなたになんか婚約者を気取られたくもないわね!」
「では死になさい。立ってはいるが、さっきのわたしの魔法であなたたちはずいぶん打撃を受けたはずですよ。もう1発耐えることはできますまい!」
「それはどうかな?」
アプローズ男爵はその時になって、初めてグランディーナを視界に入れた。
反乱軍の首領はただいま3万ゴートの賞金首だ。その特徴は赤銅色の髪、傭兵上がりの女剣士、名はグランディーナ。
「き、貴様!」
「遅い!」
ラウニィーに気を取られていたせいかアプローズの反応は遅れた。次の呪文を詠唱する間も後ろに下がる間もなく、曲刀が己を串刺しにするのを彼は見た。
部屋中に満ちていた不快さがアプローズが倒れ、絶命するに従って消える。
グランディーナは刀を引っこ抜いたが、念を入れて男爵の首をはね飛ばした。
「大丈夫か?」
「何とか、な」
「わたしはカノープスに庇ってもらったので。すみません、ここという時に役に立てなくて」
「死者は出ていない。謝ることはない」
ランスロットとラウニィーも頷いた。
「本当にアプローズ男爵は倒したの?」
「そのはずだ。あなたは本気で父親に首を送るつもりか?」
「あれは言葉の綾というものよ。いまでも尊敬するお父さまにそんなことをする気はないわ。それにお父さまは正義ではなく騎士道を選んだのよ。いまのゼテギネア帝国に正義がないことぐらい知らないはずがないわ」
「それならばいい。帰るとするか」
「これで終わったのか?」
「マラノに残っている帝国軍の掃討も必要だろうが、将も魔術師も倒した。駐留部隊の士気も低そうだし、そう手間取るまい。罠の除去は十三人会に任せる」
「じゃあ、俺はもうこの染め粉を落としてもいいんだな? それにしても、どうしてあのゲラって女にばれちまったんだろうな?」
「あの女はアーレスを直接知っていたのだろう。だがあなたは少ししゃべりすぎだ」
「ラウニィーものってきたからな。ついのりのりになっちまったんだよ。それにおまえだって、あんなに早くゲラとオドアケルってのが出てくるとは思ってなかっただろう?」
「あら、私はあれがあなたの本性かと思ったんだけど、違ったのかしら?」
「そんなわけねぇだろう。俺は由緒正しきバルタンの末裔だぞ、あんなこと演技に決まってるだろ、演技。まぁ、いつもより悪のりしたことは認めるけどな」
「いいや、君は盗賊や賞金稼ぎになってもいけるとわたしは思ったがね」
「何だと? おまえ、舎弟のくせに生意気だぞ、ランスロット!」
解放軍がマラノ市を制圧したのは炎竜の月24日のこと、町中に潜伏していた帝国軍の魔法使いたちは自分たちが魔法を唱えれば何が起きるのか、正式に理解していた者はなかった。
マラノ市ではその後、十三人会の1人、職人組合長ラモラック=ノルレンドルフの名において、町中に仕掛けられた罠の大々的な除去のための工事が始まり、終了までには数ヶ月を要したとも伝えられる。
そして、ヴォルザーク島以来、ずっと移動と戦闘を繰り返してきた解放軍はここで初めての休養を取ることになったが、風竜の月2日、グランディーナに率いられたグリフォンの一隊がマラノ市を発ち、北上していったことは解放軍のなかでもごく一部の者しか知らないことであった。
「そりゃあ、昨日は初めての完全休養日でのんびりしたから疲れなんか飛んじまったが、俺たちだけでどこへ行こうっていうんだ? それにこの面子を選んだ理由がよくわからねぇんだけど?」
一行はグランディーナを先頭にデネブ、アイーシャ、ランスロット、それにカノープスだ。
「あたしがいなければ意味がないし、アイーシャはあたしの要望、グランディーナには腕の立つ者を2人ぐらいってお願いしただけよ」
「それで目的地は?」
「バルモアだ」
「というと、サラディン殿を助けようというのか。ならば、余計にこの人数では不安がないか?」
「大勢で乗り込んで下手にアルビレオを刺激したくない。私が名乗りを上げた時点で奴に気づかれたかもしれないが」
「あなたが出てきただけで石像を壊すぐらいなら最初から石になんかしないでしょ。石にしたのはもっと別の理由があるからよ。まぁ、あの陰険男だったら、サラディンの石像を10体ぐらい並べて本物を当てろなんて言い出しそうだけれど」
「おまえ、アルビレオを知ってるのか?」
「あたしは一応、帝国軍にいたんですもの。それに魔法使いは魔法使い同士で、顔をつき合わせることが多かったのよね。でもあたしはアルビレオって嫌いなの。自己陶酔家(なるしすと)で自分勝手で陰険だし残忍だし趣味悪いし。第一! いちばん許せないのは、あたしのカボちゃんたちを馬鹿にしたのよ、あの男!」
「それだけ聞いてると誰かさんに似てるって気がするし、俺もそんなに反対しねぇけど?」
しかしカノープスの言い分は見事にデネブには無視された。
「私もアルビレオについて、いい話は聞いていない。ラシュディとは別の意味で危険だと言われたが、自分の力と考えに酔いやすいところがあるから逆に倒しやすいだろうと」
「誰がそんなことを言ったんだ?」
一瞬の沈黙、焚き火のはぜる音がはっきりと響く。ランスロットもカノープスも、答えが予想できて喉が鳴った。
「サラディンだ。私は10年前までバルモアにいた。彼が石化されていたことも知っているし、各地を放浪したのはその解除手段を探すためでもあった」
「見つかったのか?」
「あたしが教えてあげるって言ったの。そうしたら解放軍に連れてきてくれたのよ」
「それなら何でバルカス殿に聞いた時にバルモアに廻らなかったんだ?」
「あたしができるって言わなかったからよ。でもあたしたちだけじゃそろそろ限界、アプローズだからその程度で済んでるけれど、ラシュディだったら為す術もなく倒されちゃうわ。おじいちゃんも物知りな方だけれど、物足りなさが残るのよねぇ」
「おじいちゃんって、ウォーレンのことか?」
「ほかに誰がいるっていうのよ?」
アプローズから受けた傷はまだ治りきっておらず、3人とも包帯を巻いたままだ。
「私は10年待った。バルモアを後回しにしようと、いままで待った月日に比べれば些細なものだ。だが行くからには必ず助けてみせる。絶対にサラディンを助け出す」
「その面子にわたしを選んでくれるとは光栄だね、グランディーナ。力の及ぶ限り君の助けになろう」
「お、おう。俺だっていまさらそんなこと言うまでもねぇだろう」
「2人とも、ありがとう」
彼女はそう言って、かすかな笑みを浮かべた。
旧ドヌーブ王国の首都バルモアは10年前の帝国軍の侵攻で壊滅的な打撃を受け、現在はバルモア遺跡と揶揄されるほど倒壊してしまっている。元々海抜0バームの地帯であったために海からの浸食も激しく、バルハラ同様に復興が危ぶまれる土地だ。
その支配者は賢者ラシュディの一番弟子、妖術師アルビレオ、バルモアは現在も帝国軍の支配下にあった。
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