Stage Eleven「誓いの剣」5

Stage Eleven「誓いの剣」

会議の開催を前に、22日に戻ったグランディーナ自身から、留守を預かったアッシュら幹部とトリスタン皇子への説明がなされたが、受け取り方は皆、様々だった。
「それほど大騒ぎするような話ではあるまい」
真っ先にそう言ったのはアッシュだ。
「確かに外聞は良くないが、だからこそ隠しておいた理由もわかろうというものだ。だがサラディンに訊きたい。問題はなぜラシュディがそのようなまねをしたのかということだ。それも1人や2人ではあるまい?」
「わたしもラシュディ殿の意図がわからぬから彼女を助けたのだ」
「助けたとは?」
サラディンがグランディーナを見やると、彼女は頷いた。だが、言葉を選びながら話すさまは饒舌とは言いかね、彼女にとっても話しにくいことなのだろうと、推測するのは容易だった。
「私には、ともに育った者が何人かいた。そのうちの1人は双子の兄だが、正確な人数は覚えがないし、いまとなってはラシュディしか知るまい。と言うのも、理由はわからないが6歳ぐらいの時、殺し合いになったからだ。生き残ったのは私だけだ。みんな、死んだ。サラディンに助けられたのはその後だ」
「6歳の子どもが、殺し合いだと?」
「信じる信じないはあなたたちの自由だ。だが彼らは互いを殺そうとしていたし、私も殺されかけた。だから、私が彼らを殺した」
誰かの喉を鳴らす音が響き、重苦しい沈黙が会議室を支配する。さすがのアッシュもこのような返答は予想していなかったのだろう。
トリスタン皇子以下、列席者も無言だ。
しかし、グランディーナはゆっくりと話し続けた。それは長いこと、サラディン以外に知る者もなかった古傷をさらす行為にも似ている。そうすることで、彼女が得られるものなど何もないというのに。
「別に育ての親だからと言ったって、ラシュディが私たちの面倒を診ていたわけじゃない。親など、奴だって思ってもいないだろう。それに、奴はたまに来ただけだ。私とは話した覚えもない」
「殺し合った時の状況を話してもらっても?」
ようやくウォーレンが口を開く。場合によっては、グランディーナをリーダーに選んだ責任を彼も問われかねない。
しかし肝心のトリスタン皇子が無言だ。その表情は皆の観察に徹しているようにも見え、何を感じ、考えているのかは察せられない。
「私も、記憶が曖昧だ。多少、順序があやしいかもしれないが、覚えている限りで話せば、私は真っ先に倒された、とても強力な魔法を受けて」
「6歳の子どもが魔法を使えたというのですか?」
「そうだ。それまでにそんな兆候はなかった。だから、彼らが魔法を使えたということも知らなかった」
「それはどのような魔法でしたか?」
「私は魔法の心得はないが、アイスストームのような強力な魔法だったと思う」
ウォーレンは黙り込み、考え込んだ。
初めて彼女に遭った時に、ゼテギネア帝国を倒せる、ただ一人の星と思い、皆の反対を押し切って彼女をリーダーに据えたのは彼だ。だが、その星は彼の見間違いだったというのか、それとも強力無比な力を持つがゆえの両刃の剣だったというのだろうか?
「もしかして、あなたの脇腹の傷はその時のものですか?」
マチルダ=エクスラインがこわごわ述べた。ラシュディの名が出た時、彼女は激しい嫌悪感を見せたが、話を聞くうちにそれをそのままグランディーナにぶつけるのは妥当ではないと考えたようだ。
「そうだ」
「ですが、アイスストームではあんなに酷い凍傷にはならないはずです」
「あんな魔法を喰らったのは、後にも先にもあの時きりだ。私にも、それ以上はわからない」
「魔法のことならば、サラディンやウォーレンに心当たりはないのか?」
アッシュに促され、ウォーレンはサラディンを見る。
「1つだけ、なくはない」
サラディンが答え、しばらく沈黙してから続ける。
「だがあり得ぬことだ。我々でさえ容易に扱えぬものを、6歳の子どもが使えるはずがない」
「何だ、それは? もったいぶらずに話せ」
アッシュの口調に苛立ちが混じったが、サラディンがなかなか答えない訳はウォーレンにもわかっていた。知るからこそ、答えにくい理由もわかるのだ。
「禁呪だ」
「だがラシュディはバルハラやガルビア半島で禁呪を使いましたぞ」
ケビン=ワルドがすかさず突っ込んだ。彼は24年前の戦争を知る、解放軍では数少ない人物の1人だ。しかも間接的とはいえ、バルハラでの旧ホーライ王国騎士団壊滅の証人でもある。
「ラシュディ殿だからだ。あの方の強さに、わたしなど足下にも及ぶまい。だがラシュディ殿をしても、バルハラやガルビア半島の気候を変えてしまった。禁呪とはそれほど扱いがたい力なのだ」
「その禁呪とやらを6歳の子どもが使ったと?」
「そうではないかもしれない。ただ、より強力な魔法と言われて、思いつくのがそれだということだ。術者の熟練度によっては、ただのアイスストームの威力も変わる。だから確たることは何も言えぬ」
「シャングリラでガレス皇子を倒した時も、使ったのはサンダーフレアであって禁呪ではありますまい」
ウォーレンの言葉にサラディンは頷いたが、アッシュも含めて、皆にはよくわからないことのようだ。わかるのは、禁呪が誰でも使えるわけではないということだけだ。
「最初に倒されて、どうして生き延びたのだ?」
「さきほども言った。私が、彼らを殺したからだ」
「簡単明瞭、と言いたいところだが、もう少し詳しく説明してもらえぬか」
グランディーナは苦り切った表情を示したが、口を閉ざすことはしなかった。彼女はもう扉を開け放ってしまったのだ。皆の好奇心が満足するまで、その扉を再び閉ざすことは許されない。
「最初に倒されたが、意識まで失ったわけではない。だが、見ていないので、詳しいことはわからない。彼らは殺し合いをしていた。たぶん、魔法によるのだろう。このままでは私も殺される、だから殺したのだ」
「何を使って?」
「剣だ」
「なぜ剣があった?」
「私も知らない。そんな物を見たのも持ったのも初めてだ」
「だが使えたと?」
「私の取り柄はそれだけだ」
皆はまたしても言葉を失った。
「その時、ラシュディ殿はいなかったのだな?」
ようやく訊ねたのはサラディンだ。それは話を本筋に戻す役割を果たしていた。
「いない。奴が現われたのは、すべて終わってからだ。私を役立たずと罵った。だから奴は私が殺す」
「解放軍を辞めるつもりはないということだな?」
「そうだ。リーダーも降りない」
ここでアッシュがトリスタン皇子を見たが、彼は無言で、やはりほとんど表情を変えることがない。
だが、ウォーレンからも助けを求めるような眼差しが向けられたので、ようやく重い口を開いた。
「わたしは彼女を支持する。ゼテギネア帝国を倒すには、それがいちばんの早道だからだ」
「リーダーに就かれる気はないと仰せですか?」
「彼女の方が適任だ。それに解放軍のリーダーの件については、わたしと彼女のあいだで、すでに決着はついている。たとえラシュディのことがあっても、それを覆す気はわたしにもない。
今日はこれでお開きにしてもいいかな?」
最後の言葉はグランディーナに向けられたもので、彼女は皆の様子を確認せずに頷いた。
「そうだな」
それでグランディーナとトリスタン皇子、それにサラディンとケインが立っていったが、ほかの者はまだ座っていた。
ランスロットもカノープスも、当事者のいないところでどんな話が出るのかと警戒していたが、旧ゼノビア勢とそれ以外の者とでは思うところも異なるようで、この場で話すのは躊躇われる雰囲気が支配している。特に旧ホーライ勢は旧ゼノビア勢に次いで多い上、ヨハン=チャルマーズを筆頭に解放軍にまとめて加入した。反グランディーナの先鋒はここを中心になりそうなのだが、どこの国にも彼女に替わることのできるリーダーがいない。
そういう意味でもトリスタン皇子の彼女への支持表明は鶴の一声とも言えた。
結局、皆は1人、2人と、ばらばらに会議室を出ていった。
最後まで残ったのはランスロットとカノープスだ。
「何だか、尻切れとんぼに終わったな」
「皇子のお言葉が重いのだろう。反対することは誰でもできるが、解放軍に残っても出ていくにしても、リーダーを任せられる人物がいないのでは無意味だ」
「だったらチェスターたちを待ってねぇで、次の目的地へ行っちまえばいいのに」
「だが、どこか聞いていない」
カノープスは頭をかいた。
「そういや、デボネアは?」
「療養中だろう。ノルン殿がつきっきりのはずだ」
「お姫さんもいねぇけど?」
「ラウニィー殿はリーダーではないし、デボネア将軍とは仲がいいから、ノルン殿を手伝っていると思う。それと、ラウニィー殿も今度のことではグランディーナの味方だ」
「おまえ、詳しいね?」
「シャングリラでラウニィー殿と同じグリフォンに乗ったんだ。その時にそんな話をした」
立てる音も荒々しく、カノープスは足を卓に載せて椅子を大きく傾けた。
「たまらねぇな、こういうのは。俺たちも初めて知るようなことはあったが、別に知らなくても差し障りがねぇ話だ。あいつがどうして殺し合いを生き延びたかなんて、聞く必要もねぇ。よほど、そう言ってやりたかったぜ」
「わたしも最後の点については同感だが、あの雰囲気では納得する者の方が少なかっただろうな」
「嫌な話だ。この上、全体会議なんてやる必要があるとも思えねぇ。トリスタン皇子が冷静で助かるぜ」
「グランディーナの意向だ。彼女が言いたいことも言わずに皆の言い分だけ聞くとは思えない」
「なるほど、目的はそっちか」
「たぶんね」
それで2人は揃って外に目をやった。
皆の心中とは裏腹に、外には強烈な日差しが照りつけている。ダルムード砂漠に雨が降るのは年に一度もあれば多い方で、曇ることも滅多にないのだそうだ。
ランスロットと別れたカノープスが魔獣の厩舎に赴くと、ユーリアが駆けてくるなり宣言した。
「兄さん、私、会議には出ないわ」
「何だ、いきなり?」
「私はここで魔獣と一緒にいます。いいでしょう、それで?」
「大将、俺もそうしたいんすけど」
「カリナまで何だよ?」
彼の周りに魔獣部隊の面々が集まってくる。
と言っても、ここにいないギルバルドとチェンバレン=ヒールシャーを含めても9人しかいない。解放軍でもいちばん少ない部隊である。
「おまえらも?」
ロギンス=ハーチやライアンも一斉に頷いた。
「何でこんな時だけ結束してるんだよ?」
「カリナから事情は聞いたんだが、俺も人様の生まれをとやかく言えるようなご身分ではないものでね」
とライアン。
「わたしもシャローム地方での恩があります。いまさらグランディーナ殿以外の方をリーダーにとは思いません」
これはニコラス=ウェールズ。
新参者のオイアクス=ティムも、同じホークマンのカリナの言い分に賛成だと言う。
「だから会議なんて面倒なことは、大将と団長に任せるってことです」
「本音はそれだな。まぁ、確かに、俺たちが全員で行ったら、場所を取るからな」
「間違いなく入りきらないでしょうな」
カノープスの言う「全員」を察して、皆が笑う。
「ギルバルドも反対しねぇだろうし、まぁ、いいか」
それで魔獣部隊はいつもの様子に戻った。
ギルバルドとチェンバレンが戻った時も、カノープスから説明がされて2人は了解し、相変わらずだった。
一方、それ以外の部隊は落ち着かず、事情の知らされない者たちも幹部の様子がおかしいことに気づいている。
何より、シャングリラから戻ったグランディーナが次の目的地を言わぬことも、全員で戻らなかったことも不自然だった。
しかし当のリーダーは、幹部への説明を済ませると司令官室にほとんど籠もりきりだった。
もっともランスロットやカノープスが後からアイーシャに聞いた話では、例によって一日中、寝ていたとか。そうでなかったら、デネブと改造したパンプキンヘッド改めマッドハロウィンの話をしていたらしい。
サラディンも彼女と話すでなし、司令官室の資料を見たり、ダルムード砂漠に足を伸ばしたりしている。
嵐の前の静けさが解放軍を包んでいた。
チェスターたちがアラムートの城塞に戻ったのは金竜の月24日の午前中のこと、道中はいろいろと話したのか、帰ってきた時には皆の表情が厳しい。
「ランスロットさま」
「お疲れ、オーサ」
いつもにこやかなオーサが、らしからぬ険しい顔をしていたので、出迎えたランスロットは極力いつもどおりに話しかけたのだが、次の瞬間には彼は爆発して、ランスロットに詰め寄ってきた。
「わたしは悔しいです。なぜ、みんながあのようにグランディーナ殿を信じられないのか、わたしには理解できません」
「そんなに大変だったのかい?」
「大変というか、好き勝手なことばかり言って、悪いことはすべてグランディーナ殿のせいにするのです。ラシュディが育ての親だからって、何もあんな言い方をしなくたって良いではありませんか」
「君は気にしていないと言うのか?」
「それは、確かに驚きましたが、冷静になって考えてみれば、グランディーナ殿が解放軍のために力を尽くしていることぐらい、わかります」
「ランスロットさま!」
「わわっ」
気がつくと、彼はゼノビア人の若者たちに囲まれていた。そのなかにはシャングリラ遠征に加わった者もいれば、そうでない者もいる。だが、皆、解放軍の古参であることに違いはない。その分、グランディーナとのつき合いも長いわけで、今回の事態にはいろいろと言いたいことも多そうだ。
「ともかく、こんなところで立ち話も何だから、中庭へ行こう」
それで皆が一斉についてきたが、ランスロットの顔を見て、事情はわからないなりに一緒に来た者もあった。何しろ皆、今日の午後から全体会議としか知らされていない。解放軍が始まって以来、なかった事態なだけに、不安を感じている者も少なくないのだ。
「一体、何の会議だっていうんですか?」
「グランディーナさまについてだって」
「どういうこと?」
「カシム、あんた、シャングリラに行ってたんでしょ? 何を聞いたのよ?」
しかし、かしまし娘に問い詰められた彼の声はあまりに小さく、誰にも聞き取ることができなかった。
オーサがその肩を軽く叩く。
彼とカシムのつき合いは長く、解放軍の初戦となった蛮勇の士ウーサーを倒した時、ともにランスロットの小隊にいた仲だ。一緒にシャングリラ遠征に行ったということもカシムにとっては小さくなかったのだろう。力づけられたようで今度ははっきりと答えた。
「グランディーナさまの育ての親がラシュディだってガレス皇子が言ったんだ。俺やオーサはランスロットさまたちとは別に帰ってきたんだけど、あんな言い方はないよなって話ばかりで」
たちまち、その場は大騒ぎになった。カシムとオーサは困ったようにランスロットを見たが、彼は黙って首を振った。
こういう時には何を言ってもしょうがない。時間にそれほど余裕があるわけではないが、彼らに言いたいことを言わせて落ち着かせてからでなければ、人の話に耳を傾けることはあるまい。
そう思って彼が眺めていると皆は徐々に黙っていった。その表情は気まずそうでもあり、騒ぎ立てたことを恥じてもいるようだった。
ラシュディの名はそれほど大きい。しかし、これほどその正体が知られてない者もいない。どこの出身なのか、なぜ盟友だったグラン王を裏切り、ハイランドに与したのか。大陸一の賢者と噂される、その実力はどれほどか。
知られていないから不気味なのだ。不気味な存在であるから、その名が衝撃的なのだ。
「おかしいですよ、そんなこと!」
エマーソン=ヨイスがことさら憤慨して言った。誰もが彼を注視する。
「わたしたちがゼノビア人であることを選べなかったように、ラシュディに育てられたのはグランディーナ殿の責ではないはずです。そんなことを言いつらっても解放軍が得ることは何もないではありませんか」
「あたしもそう思う」
かしまし娘が口々に同意する。
それについてまた意見が出され、反対したり同意したり、騒がしくなる。
けれども彼らの視線は次第にランスロットに返ってくるようになった。自分たちだけでこうして話していても埒があかないことに気づいて、いちばんの事情通であろう彼の話を聞きたいのだろう。
それでも彼は黙っていた。その場の皆の気持ちがひとつにまとまるまで、彼は辛抱強く待っていた。
「グランディーナに言いたいことがある者は、午後からの全体会議に出るといい。事実は事実だ。彼女は言い訳などしないだろう。だが会議に出ないのも君たちの自由だ。魔獣部隊からは、ギルバルドとカノープスしか出ないと表明があったところだ」
「グランディーナ殿はラシュディのことをどう言っていたんですか?」
とエマーソン。
「自分の手で倒すと。ガレス皇子にもそう宣言していた」
「だったら、わたしは出ません」
彼が早々に主張し、賛同する者も現われる。
「グランディーナ殿を信じます」
また賛成の声が上がりかけたが、カノープスが割って入った。
「話をそう、せっかちに結論づけるものじゃねぇだろう? おまえがそんな言い方をしたら、ほかの奴らは信じるか信じないかの二択を迫られることになっちまうじゃねぇか。信じたくたって、言いたいことのある奴もいるだろうが。潔いのは褒めてやりてぇところだが、そう単純に割り切れない奴だっているんだぜ」
「もう時間かい、カノープス?」
「どうにも鼻息の荒い連中がいるからな」
そこで彼は皆に向き直った。
「言いたいことがあってもなくても、話を聞きたい奴は出ればいい。
俺たちも行こうぜ、ランスロット。席がなくなっちまうかもしれねぇぞ」
「その時は、わたしはグランディーナの後ろに立つから、座れなくてもいいよ」
「呑気なこと言ってねぇで来い。
後は自分たちで考えろ」
ランスロットはかなり強引にカノープスに引っ張られていった。後からついてくる者もいたし、会議には出ないことにした者もいた。
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