Stage Eleven「誓いの剣」8

Stage Eleven「誓いの剣」

グランディーナたちがスンツバルに戻った雷竜の月13日、デボネアとラウニィーの隊はベルゲンを解放し、フィガロ将軍の待つガルビアを目と鼻の先に捉えていた。
ライアン率いる小隊は町の解放には携わらないので一行より先行している。それはすなわち、ガルビアを発つ帝国の守備隊に、フレアブラスの先制攻撃を喰らわせるためでもあった。
もちろんデボネアたちはベルゲンに留まらず、そのままガルビアを目指した。明日にはガルビアに着き、フィガロと対面できるはずだ。
ガルビアを目前にして、デボネアはラウニィーたちの小隊も集めると、自身の決意を話した。
「フィガロはわたしが説得する。彼の気持ちを変えられない時は、わたしの命に替えても彼を倒そう」
「彼は四天王のなかでもいちばん剣技に優れた人だと聞くわ。あなた一人で大丈夫?」
「お任せを」
ラウニィーもノルンも、皆が心配そうな顔をしたが、止められるはずがなかった。
翌雷竜の月14日、デボネアたちはガルビアの手前でライアンと再会した。
「こんなところでどうしたんだ?」
「敵さんもあらかた出尽くしたらしい。どうする? 俺たちもガルビアまで行くかい?」
「いや、君は先に戻れ。残っているのがフィガロだけならば、君たちの役目は終わりだろう。それにフィガロにはわたしだけ会うつもりだ」
ライアンは考えたようだが、ラウニィーが頷いてみせた。
「朗報を待ってるぜ!」
雪続きでブラックドラゴンは疲れているようだが、プロミオスは反転し、どんどん進んでいった。
24年前の大戦以前、ガルビア半島は温暖な気候で、冬の避寒地として大勢の貴族やマラノの商人のための別荘などがあった。ガルビアはそれらがいまも残る町で、ラシュディの使った禁呪のために気候が激変した後も、町の機能を維持し続けている。
フィガロ将軍はガルビアでもいちばん大きな館を接収したという。ラシュディ不在の後、彼がなぜ、いつまでもガルビアを離れないのか、不審に思っていた帝国兵もいた。
デボネアはその館の前でノルンやラウニィーと別れた。入り口に立つ兵士は、彼がクアス=デボネアだと名乗ると、大層驚いた様子だった。
「ですが、デボネア将軍はゼノビアで反乱軍に殺されたのでは?」
「わたしは生きて、ここにいる。わかったら、フィガロに取り次ぐがいい。デボネアが迎えに来たとな」
兵士は疑い深そうな眼差しを彼に向けたが、さすがに四天王の顔は知っているらしく、ようやく合点すると館に入っていった。
幸い、フィガロが出てくるまで、デボネアはそれほど待たされずに済んだ。
「お、おまえはデボネア! 生きていたのか!」
「久しぶりだな、フィガロ。迎えに来たぞ!」
「なぜおまえが反乱軍にいる? 迎えに来たとはどういう意味だ?」
「いい加減に目をさませ! 帝国はすでに終わりだ!」
「ばかな。裏切ったのか! ハイランドを裏切ったのか!!」
「陛下はすでに、われらが知っている陛下ではない。国内を見よ! 民のほとんどはその日の食事にすらありつけず、飢えのために死んでいく。そのくせアプローズのような下賎なやからが私腹を肥やし、われらの名誉を傷つけているのだ。われらハイランドが目指すは、力で人心を支配する覇道ではない。暗黒の力を欲してはいないのだ」
「剣を抜け。剣を抜くのだ、デボネア!! わたしはエンドラ陛下に忠誠を誓った。終生、仕えると誓ったのだ。信念をまげるわけにはいかない。わが名誉にかけて、四天王の誇りにかけてデボネア、おまえと戦おう!」
先手を取ったのはフィガロだった。四天王一の剣技と評された速さは伊達ではない。迷うことのない太刀筋も、デボネアのよく知るフィガロのものであった。彼の速さを後押しするのが、ヒカシュー大将軍から贈られた名剣デュランダルである。
しかしデボネアはこれを捌(さば)き、凌いだ。
かつてともに剣を競い、技を競い、心身の鍛練をも競い合っていた親友たちは、いま、真っ向から対立していた。
デボネアが反撃する。その手にヒカシュー大将軍から贈られた名剣ソニックブレードはない。ゼノビアで解放軍に破れ、女帝の真意を確かめようと、逃げ戻ったゼテギネアで取り上げられてしまったからだ。解放軍の在庫にも名だたる銘刀はなく、デボネアは刀身がソニックブレードに似た無名の剣を選んだのだ。
その太刀筋はフィガロの知るデボネアのものと違ったらしく、彼は戸惑ったような顔をする。
「おまえは本当にデボネアか? 反乱軍で何を吹き込まれてきた?!」
「吹き込まれたのではない、自分で気づいたのだ。いまの帝国の在り方は間違っている! このままでは国にも民にも未来はない!」
2人は激しく打ち合った。かつてそうしたように、互いを最高の好敵手と認め、ともに競い合ったように、その戦いには誰も入ることなどできなかった。
だが打ち合うたびにフィガロはデボネアの剣に知らないものを認めている。それだけで鈍るような剣技を彼は持っていないが、フィガロにとっては認めがたいことであるらしい。
「なぜだ、デボネア? なぜ帝国を裏切った?!」
「ならば訊こう、フィガロ。おまえはこのガルビア半島を見て何も感じないと言うのか? マラノは見ていないか、ゼノビアはどうだ? 24年前の戦が全ての始まりだ、ガルビアが恵まれた気候だったことは、おまえの心には何も響かないのか?!」
「黙れ、黙れっ! ラシュディさまは神のごとく、いや、神以上の力を持った偉大な魔術士だ! あの方の魔力を持ってすれば天空の三騎士といえ、われらに屈服するに違いない。わからぬか、デボネア? 我らゼテギネア帝国が半神たる天空の騎士さえ配下に置くことができるのだぞ!」
「それが何だと言う? 半神を配下に置いたところで帝国の過ちが正される訳ではない! 民は幸せになれない! そもそもラシュディが元兇であることになぜ気づかない? フィガロ、四王国など滅んで然るべきだったとでも言うつもりか?!」
「そうだ。我々にはエンドラ陛下がいらっしゃる、この大陸はエンドラさまの下に統一されるべきなのだ。わたしは四天王位をお受けしたあの日、陛下のために尽くすと誓った。エンドラさまのおられるところがわたしの正義だ、陛下の創られる未来がわたしの守るべき道だ!」
2人はさらに打ち合った。だが、もはや互いの心が通い合うことはない。剣によって互いに高め合った2人の道は、こんなにも遠く分かたれてしまった。
いつからだ、とデボネアは自問する。ともに四天王に選ばれたあの日、2人が見ていたものは同じだったはずなのに、いつからこんなに遠ざかってしまったというのか。
自分がゼノビアに左遷された時か。
それとも同じものを見ていたと思ったのは自分の勘違いで、2人が見ていた未来は最初から違っていたとでも言うのだろうか?
すると、フィガロが後方に下がった。このまま打ち合っても決着はつかない。大技ダウンクロウズを放つつもりだ。ドラゴンさえ一撃のもとに屠ってしまった必殺技を、かつての親友に向けようとしている。
しかしデボネアも剣を最上段に構えた。フィガロの技には劣るが、自分にもソニックブレイドという大技がある。技には技で返すのが剣士としての礼儀というもの、そうと気づいてか、フィガロも笑みを浮かべた。
「おまえは一度もわたしに勝っていない。しかもそんな剣で我がダウンクロウズを受けようというつもりか?」
「誓ったのだ、わたしは」
デボネアの言葉にフィガロの手がわずかに動く。
「この剣でゼテギネア帝国を倒すと、わたし自身に。ソニックブレードを手放して、わたしは自分が剣の力に頼り、振り回されていただけだったことに気づいた。だから、わたしはいまこそ、わたし自身だけの力でおまえと戦おう」
「良い覚悟だ、デボネア。だが覚悟だけで我が技を受けられぬことを命をもって教えてやる!」
ダウンクロウズとソニックブレイドは真正面からぶつかり合った。互いの技が互いに襲いかかった時、最後まで立っていたのはデボネアの方で、フィガロではなかった。
「クアス!」
「デボネア!」
遅れて膝をついたデボネアに、ノルンやラウニィーが駆け寄ってくる。
戦いは相打ちにも見えた。
だが2人とも血反吐を吐いたものの、より重傷なのはフィガロの方であった。
「ノルン殿、ラウニィー殿」
彼はつぶやき、顔を歪める。笑おうとしたのかもしれなかった。打ち合った時の手応えから、デボネアは彼に致命傷を与えたものと確信していた。
「おまえには心強い仲間がいたのだな、デボネア」
「何を言う、おまえもその1人じゃないか。いまからでも遅くない、ともに戦おう、フィガロ!」
彼は親友の手を握ったが、力は急速に失われてゆく。
だが、フィガロを助けるために手を抜けば、2人の立場は逆になっていただろう。そしてこの対決の時に力を惜しんだデボネアを、どのような理由があろうとも彼は激しく罵り、嫌悪し、軽蔑さえしたに違いない。
真っ直ぐな気性で剣士として己を高めることばかり考えていたフィガロは、相手に手を抜かれることを何よりも嫌っていた。
そして2人に限らず、優れた剣士が全力で打ち合えば、どちらか、あるいは両方が倒れることは必須だ。わかっていても避けようのないことだったのだ。それでもフィガロを倒したのは己の未熟さ故だ。
「デボネア。わたしはわたしの信念をつらぬいた。おまえはおまえの信念をつらぬくがいい。この剣を、受け取ってくれ」
「もういい、しゃべるな。しっかりするんだ、フィガロ!」
「私に、かまうな! 陛下を、陛下を頼む」
「死ぬな!! フィガロ! 死ぬんじゃない」
親友の形見、名剣デュランダルを手に、デボネアはしばらく動かなかった。否、動くことができなかった。
ようやくノルンが彼の肩に両手を置き、背に頬を寄せた。
「クアス、もう日が暮れてしまうわ。今夜はここに泊まらせてもらって、明日、戻りましょう」
ラウニィーも口を挟む。
「そうね。フィガロはここに埋葬するしかないわね。
あなたたちも手伝って!」
彼女が率先して穴掘りを始めたので、不承不承ながら、スティングたちも手伝った。ノルンだけ館に入っていったが、最後にはデボネアも手を貸したので、暗くなる前に何とかフィガロを収められるだけの墓穴が掘られた。
皆が館に入っていってから、デボネアは改めてフィガロの墓前に誓いを捧げた。
「フィガロ、陛下はもはやわたしたちの知っていた陛下ではない。暗黒道に傾倒した女王、それがわたしが最後にお会いしたエンドラさまだ。だがおまえの剣にかけて誓おう。わたしは陛下の魂をお救いすると。この国と民の未来を切り拓くために戦うと。それまでどうか、わたしたちの戦いを見守っていてくれ、それだけが不肖の親友に約束できるただひとつのことだ」
墓石もない墓の上に雪が降りしきる。その冷たさはハイランド出身のデボネアやラウニィーたちにも格別なものであった。
フィガロ将軍の敗北は速やかに伝わり、要を失った帝国軍は敗走した。
帝国軍が来ることもなければ、ガルビア半島に動きはほとんどない。根雪のように時間も凍りついたこの地では、外界の動きにもほとんど関わりなく過ごすのである。
ゼテギネア帝国が倒されても、大きく歪められた気候がもっと和らがない限り、ガルビア半島が変わることはないだろう。24年経っても禁呪の影響が薄まることはなく、それを解除することはもはや術をかけたラシュディにも不可能なのだから。
デボネアたちの帰還を待って、解放軍はカオスゲートより天空の島に至る。
そこにはオウガバトルの記憶をいまに伝える、天空の三騎士がいるのだ。
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