Stage Twelve「天空の騎士」
翌雷竜の月24日、朝も早い時間から、大勢の女性がムスペルム城に詰めかけてきた。
解放軍でも早起きのマチルダやアイーシャは、野営地には目もくれず、一目散にムスペルム城に突進する女性たちに呆気にとられてしまった。
しかし、彼女たちはムスペルム城に入ることはできず、城の前でスルストの名を連呼した。
それで先にたたき起こされたのは解放軍だったが、彼女たちの怒り狂った様子に、何が起きているのか理解できる者はいなかった。
そこへ、揃いの赤い外套を身につけたムスペルム騎士団員がすっ飛んできて女性たちをなだめ始めたころ、ようやく当のスルストが現れた。
「スルストさま!!」
「朝からいったい何なんデスカ?」
「今日こそ、はっきりしていただきます!」
ムスペルム騎士団の言うことになど、まるで耳を貸さずに数十人の女性たちが一斉に唱える。
「私たちのうち、いったい誰と結婚していただけるんですか?!」
「エッ?」
スルストの表から血の気が引いた。
ムスペルム騎士団も慌てて取り繕う。
「おまえたち、スルストさまはいま、それどころじゃないと言っただろう」
「いいえ、今日こそは答えを聞かせていただくまで帰りません!」
「でもわたし、これからフェンリルさんとフォーゲルさんを助けに行かなくてはなりまセン。天空の島はいまが大変な時なんデスヨ。皆さんに答えるにはもっと時間がかかりマス。そんな暇はありまセン」
「とんでもありません、スルストさま! 私たちだって、すぐに答えていただかなければ大変なことになります。誰が本命なのか存じませんが、さぁ、答えてくださいませ!」
「待ってくだサイ。だから、すぐには答えられないと言って−−−アッ?!」
スルストの背を誰かが押した。それで彼は女性たちのど真ん中に飛び出してしまった。さすがの彼にも、いくらもみくちゃにされたからといって、彼女たちを押しのけて逃げ出すことはできなかった。
「助けてくだサイ! 待って、待っテ!!」
スルストは悲鳴を上げたが、興奮した女性たちは彼を手放そうとはせずに引っ張り合い、ムスペルム騎士団員も手を出すことができない。
一方、起こされた解放軍も、ただ唖然とするばかりだ。事情は呑み込めたが、どう収束するのか、そもそもオルガナ行きはどうなるのか予想もつかなかったからだ。
「オルガナに出かけるのは、あちらの用事が済んでからだな」
どこからか現れたグランディーナが言った。
「でも、済むんでしょうか、あれは?」
マチルダが呆れた様子で問うたが、グランディーナも首を振る。
「カオスゲートを開けられるのはスルストだけだ。私たちが焦ってもしょうがない。放っておこう。口を挟むことじゃないし、ああなったのも自業自得だ」
「そうですね。朝食の支度もしなければなりませんから」
女性陣はそれで良かったが、男性陣はもう少し複雑な気持ちだった。
「まさか、あの全員と結婚の約束をしていたっていうんじゃねぇだろうな?」
「話を聞いた限りではそのようだが」
「女好きにもほどがあらぁな」
「しかし、ファーレン殿はムスペルムの女性はあまり本気にしないと言っていたが?」
「生真面目な団長さんには女心ってやつがわからなかったんだろうさ」
スルストに同情する声は、結局、誰からも上がらなかった。デボネアの怪我も出血が止まったので、彼に緊急の用がなかったせいもある。
そのあいだにもムスペルム騎士団は何とか女性たちをなだめ、事を収めようとしていたが、彼女たちはなかなか収まらず、無理もないことではあるのだが、ひどく腹を立てていた。
しかし、ようやく昼ごろに最後の1人が気を鎮め、スルストが誰とも結婚するつもりがないという言質(げんち)を取りつけたところで事は収まった。
収まったと言うより、彼女たちの気持ちにやっと整理がついた、と言った方がよかった。
自業自得とはいえ、やっと解放されたスルストは顔と腕とがひっかき傷だらけで、神の騎士の威厳など、どこにもない。
「グランディーナさん、ひどいデス。あそこで背中を押さなくたって、いいじゃありませンカ。いくら不死とはいえ、顔と腕がひりひりしまスヨ」
「あなたの蒔いた種だ。逃げていないで決着をつけるべきだろう。オルガナに行けるか?」
「待っててくだサイ。いきなり起こされたので、わたし、剣を持ってきませんでシタ。ブリュンヒルドはもともとフェンリルさんの物デス。フォーゲルさんと戦う時に丸腰では困りまスネ」
「あなたの武器庫には、まだ剣があるだろう?」
「ええ、いろいろありまスヨ。名のある魔法の剣や、ただの剣までいろいろとしまってありマス。剣が欲しいのでスカ?」
「ランスロットは丸腰だし、私もフェンリルにブリュンヒルドを返したら武器がない。補給部隊も連れてこなかったからな」
「わかりまシタ。一緒にどうゾ」
ランスロットは遠慮したが、グランディーナに強引に連れていかれた。しかも彼女ときたら、一振りの剣を選び取ると、いきなり彼に押しつけてきた。
「あなたにはこの剣がいいだろう」
「オゥ、グランディーナさん、その剣は何の力もない、ただの剣デスヨ。もっといい剣を持たせてあげたらどうデスカ?」
「ランスロットの剣は別にある。ただ、丸腰の者をオルガナに連れていくつもりはないだけだ」
「そうだな。わたしの手にもよくなじみそうだ、ありがとう」
その一方で彼女は、自分のためにはスコルハティと戦った時に失ったような長い曲刀を選んでいた。両手持ちでとても扱いにくいが、彼女なりのこだわりがあるらしい。
「グランディーナさん、その刀も大した武器じゃありまセン! こっちのエウロスを使ってくだサイ!」
スルストが差し出したのは、鞘に入っていても冷気の漂う剣だ。どうやらかなりの名剣らしいが、案の定、彼女は見向きもしない。
「私はこの方がいい。オルガナに行こう。邪魔をしたな」
「グランディーナさん、考え直してくだサイ。わたしの武器庫から持ち出すのがそんな刀だなんて、わたしが笑われてしまいマス」
「誰が笑うというんだ? 笑いたい奴には笑わせておけばいいだろう。行こう、こんなことで時間を無駄にしたくない」
「待ってくだサイ。エウロスを使ってくダサイ、ネ?」
「いやだ。片手剣は好かない」
「お願いしマス。わたしを困らせないでくダサイ」
「悪いな、スルスト。私はこれがいいんだ」
「待ってくだサ〜イ!」
彼はそれでも粘ろうとしたが、グランディーナが武器庫を出、ランスロットも続くと哀れっぽい声を上げた。それでも彼女が動かされないのを見て、とうとう諦めたらしかった。
もはや意地の張り合いのようなグランディーナはともかく、ランスロットには、なぜスルストがそんなにエウロスという剣にこだわるのか、まったく理解できなかった。それにエウロスというのは確か、風神ハーネラに仕える東風神の名だ。神の名を冠するほどの剣が、ただの剣のはずはなかったが、彼女に持たせたがるスルストの意図は不明だ。
そんなこんなで彼女たちがカオスゲートに行ったのは、西の方にだいぶ陽が傾いたころだった。オルガナとシグルドに繋がるカオスゲートが、ムスペルム城から離れたところにあったせいもある。
カノープスがグリフォンとともに見送りに来たが、スルストには不信の眼差しを向けっぱなしだ。
しかし彼はそんな視線など気にすることもなく、オルガナに通じるというカオスゲートをいとも無造作に開いてみせ、武器庫で見せた醜態は、サラディンたちには微塵も感じさせなかった。
「サア、これでオルガナに行けマス。フェンリルさんとフォーゲルさんを助ければ、あなたたちには百ニンチカラ、オウ〜、百ニンリキネ!」