Stage Twelve「天空の騎士」4

Stage Twelve「天空の騎士」

カオスゲートからオルガナに至ると、肌を切るような冷たい風が吹きつけてきた。スルストの助言で持ってきた防寒具が早速、役に立つ。シャングリラやムスペルム同様、オルガナも日の入りは早いらしく、辺りはかなり暗くなっていた。
「フェンリルさんはグルーザの加護を受けていまスネ。寒いのはそのせいデス。オルガナ城の手前には万年雪を抱いたオロミア山がありマス。オルガナ城はここからずっと北デス。今日は、そこの町で休ませてもらいまショウ」
「オルガナにも騎士団はいるのだろう? 彼らはどこにいる?」
「もう日が暮れマス。オルガナは夜になるとますます寒くなりまスネ。だから、皆さん、夜間は外にでまセン。わたしたちがこんな時間に来るとは思っていないでしョウ」
「フェンリルはオルガナ城にいるのか?」
「たぶん、そうデス。フェンリルさんも滅多に城から出まセン。彼女は天の流刑人ですかラネ」
「それはどういう意味だ?」
「寒くなりますから、休めるところを見つけてから話しまショウ。大丈夫デス。天空の島の町には、わたしたち、天空の三騎士のための神殿が必ずありマス。そこが狭くても、旅人を泊まらせるのを嫌がる人はいませンネ」
「旅人がいるということは、ムスペルム、オルガナ、シグルドは自由に行き来ができるのか?」
「そうデス。皆さん、カオスゲートを使いまスネ。オルガナとシグルドでは食糧があまり実りまセン。ムスペルムから分けてあげないと、みんな、飢えてしまいマス。だから、フェンリルさんがオルガナを閉ざした時、オルガナの人たち、とっても困りましたネ。わたしたちからもフェンリルさんにお願いしまシタ。オルガナの人たちもみんなで祈りマシタ。とっても昔のことデス」
やがてカッファという町に着くと、スルストは小さな神殿にグランディーナたちを連れていった。ロシュフォル教会の建物と似ているが、十字架や尖塔はない。石造りで頑丈そうな、実用的な建物であった。
ムスペルムの町々もそうだったが、オルガナの町にも囲いがない。だから、彼女たちは誰の抵抗もなしに町に入ることができるのだった。ましてやスルストがともにいるとなれば、町を挙げての大歓迎のようだ。
神殿に火が着くということは即、天空の三騎士の来訪を意味するものと見え、すぐに町の人びとが集まってきた。
気をよくしたスルストが早速、神殿の前で一席ぶつ。
「皆さん! わたしたち、悪い魔法にかけられたフェンリルさんを助けに来ましタ。この人たちはそのために地上から来たのでス。どうか、温かくもてなしてあげてくださイ!」
「さすがはスルストさまだ! やっぱりフェンリルさまを助けに来てくださった」
「スルストさま! オルガナ騎士団の人たちはどこかへ行ってしまいました。シグルドへ行ったと言う者もいますが、事実はわかりません」
「それから何日も経ちますが、まだ誰も戻りません。もしもシグルドに行かれたのなら、まさか、フォーゲルさままで悪い魔法にかけられてしまったのでしょうか?」
「そのようでス! わたしも悪い魔法にかけられ、この人たちに助けてもらいましタ。わたしたち、天空の三騎士が魔法にかけられるなんて、とても恐ろしいことですネ。だから、わたしたち、地上に降りまス。そして平和を取り戻して帰ってきまス。皆さん、それまでさみしがらないでくださイ!」
人びとは一斉に笑い転げた。スルストも一緒になって笑い出す。
「スルストさま、ご武運を!」
「早くお戻りください!」
「フェンリルさまとフォーゲルさまを助けてください!」
「スルストさま、万歳!」
賑やかな激励の声を受け、スルストが陽気に手を振る。それらの声はグランディーナたちにも向けられた。
ランスロットから見ると、その励ましは何とも無責任に聞こえた。彼らは地上の戦乱とは無縁な世界にいる。そこで平和を願われても、彼らが傷つくことはないのだ。
しかしスルストは終始、上機嫌で相手をし、ようやく人びとがいなくなった時にはグランディーナたちは食事を終えたところだった。
「すっかり遅くなりまシタ。皆さんが先に食べていてくれて良かったデスネ。オルガナの人たち、不安なんデス。わたしたちが誰かの思いどおりになったことなんて、なかったんですかラネ。わたしも今度のことはとても深刻に考えていまスヨ。ラシュディの力、放ってはおけませンネ」
食事は必要ないと言ったスルストだが、酒を飲むのは好きらしく、差し入れられた酒瓶を勝手に開けて飲み始めた。それを見たランスロットは、オルガナに来た面子が全員、酒飲みでないことを少しだけ気の毒に思ったほどだ。
「それよりもさっきの続きを聞かせてくれ。フェンリルが天の流刑人とはどういうことだ? 彼女がオルガナを閉ざしたことと関係があるのか?」
スルストの表情が暗くなった。けれど、彼は基本的におしゃべりなたちらしく、口を閉ざしてしまうようなことはなかった。
「ええ、ありますネ。少し長い話になりますが、いいですカ?」
「頼む」
「それはオウガバトルが終わった後のことでス。わたしたちはフィラーハの命で天空の島を治めることになりましタ。なぜなら人間たちは地上の覇権を得たというのにまた争いを始め、それを嫌がった人たちが天空の島へ移住を希望したからでス。シャングリラにはもともとフェルアーナが住んでましたガ、ムスペルム、オルガナは誰も統治していませんでしタ。シグルドはオウガバトルの前からフォーゲルさんが治めていたので、フィラーハはわたしとフェンリルさんにムスペルムとオルガナを治めるように言ったのでス」
何百年、あるいは何千年も昔かわからないことも、半神として永い時を生きるスルストには昨日のことのように思われるのか、その語り口に澱みはなかった。彼特有の妙な訛りも、この時はかなり影を潜めていた。
オウガバトルの後の時代、天空の三騎士と十二使徒の助力によって地上の覇権を得た人間たちだったが、今度は我一人が王にならんと、さらなる争いを始めた。このことを憂えた人びとが争いを嫌って天空の島への移住を希望すると、フィラーハはこれを許し、ムスペルムとオルガナの統治をそれぞれスルストとフェンリルに命じる。と同時に、天空の三騎士と十二使徒に地上への再度の介入を禁じ、カオスゲートをも閉ざしてしまった。
しかし、フィラーハの命でカオスゲートを開くことのできる唯一無二の聖剣ブリュンヒルドを預かったフェンリルは、神に背いて地上にブリュンヒルドを降ろしてしまう。そればかりか、聖なる父が人を信じなくなるとは何事か、天が人に対して全ての救いの道を断ってはならないとフィラーハを断罪する。
だが、フィラーハによって天空の三騎士に任ぜられた身ではフェンリルの叛逆もそこまでで、スルストもフォーゲルも彼女に同調しなかった。
フィラーハは彼女をオルガナに幽閉したが、ブリュンヒルドを地上から取り返すことはしなかった。その代わり、いつか心正しき者が地上より聖剣をもたらすまで、彼女をオルガナから出さないと宣言したので、そのことに衝撃を受けたフェンリルは、オルガナへの出入りを何人にも禁止してしまったのである。
寒冷なオルガナの気候では人びとに行き渡るほどの食糧が得られることはなく、オルガナの民は餓えた。だが、オルガナ城に籠もってしまったフェンリルはこの惨状に目を向けようとせず、人びとは窮地に陥る。オルガナの民はフェンリルに請い願ったが、島ばかりか心まで閉ざしてしまった彼女には、その声も容易に届かなかった。
オルガナの異変を知ったスルストとフォーゲルもフェンリルに呼びかけたが、彼女にはその声も届かずに何年かが経つ。
とうとう業を煮やした2人はカオスゲートを使わずにオルガナに渡り、強引にオルガナ城を開かせた。
これでようやくフェンリルはオルガナの惨状を知り、島を開くが、スルストとフォーゲルのしたことを咎め、再びオルガナ城を長く閉ざしてしまう。
また彼女自身、オルガナから出ることを許されていなかったため、オルガナの民は救われたが、スルストやフォーゲルがたとえ会いに行っても、フェンリルに会えることはないままであった。
彼女がやっとオルガナ城から出てきたのは、ここ数百年ばかりのことで、それでも城に閉じ籠もりがちなのだという。しかしオルガナの民はそんなフェンリルの心を尊重して、滅多に城を訪ねないのだそうだ。
「フェンリルさん、とても真面目な人でス。オルガナの人たちを傷つけてしまったことも、とても悔やんでいましたネ。でも、わたしたちもとっても怒られましタ。フェンリルさん、長いこと、わたしたちを許してくれず、わたしたちもあんなに強引に城を開けさせようとは二度と思いませんでしたガ、なかなか城に入れてもらえませんでしたシ、誰もフェンリルさんに会えませんでしタ。フェンリルさん、地上のことも気にかけていますネ。あなたたちがブリュンヒルドを持ってきたので、もういつでもオルガナから出られると思いまス。でも、そうしないのはきっと、ラシュディの命令と戦っているからだと思うのでス」
「あなたはそうではなかったということか?」
「ラシュディに魅了されていた時は、そのことを疑問に感じませんでしタ。それにわたしはフィラーハの言うことはもっともだと思いましたネ。やっとオウガバトルが終わったというのに、わたしたちの助けがなければ、人間たちは滅びていたかもしれないのニ、また自分たちで争い始めましタ。わたしも人間だった時がありますから、人間たちを愚かだとは思いませン。でも、フィラーハにそう言われても仕方ないところもありましたネ」
「だが愚かだと思っていた人間たちが、自分たちを支配下に置けるほど力をつけた。フィラーハとしては放っておけないと思ったから、あなたたちが地上に降りることを許すというわけか」
「否定はしませんガ、なかなか厳しい言い方ですネ。でもあなたたちも、わたしたちの力を当てにして天空の島へ来たのでしょウ? おあいこですネ」
「私たちとはあいこかもしれないが、ラシュディ相手にはどうかな。奴と対峙した時、あなたたちがまた魅了されないという保障はあるのか?」
「それを言われるとわたしも弱いのですガ、今度は大丈夫ですネ。わたしたちがラシュディに操られることは二度とありませン。だから安心してくださイ」
少し間が空いて、グランディーナは訊ねた。
「オルガナ城までは2日かかると言ったな?」
「そうデス。だからフェンリルさんと戦うの、その次の朝にしてもらいたいノデス。夜に戦うことはよくありまセンネ。それは闇に乗じる悪魔やオウガたちの戦い方デス。あと、フェンリルさんとの戦い、すぐに終わりマス」
「あなたの腕が勝っているからか?」
「残念ながら違いマスネ。ブリュンヒルドはフェンリルさんの剣ですが、もともとはフィラーハの物デス。ブリュンヒルドがフェンリルさんに当たれば、彼女は正気を取り戻すでショウ」
「あなたやフォーゲルもそうなのか?」
「ハイ。でも、あなたたちでは無理でしタネ。残念なことでしょウケド」
「スコルハティのことならば惜しんでも仕方がない。彼がいる限り、私の腕も動かなかった。どこかで決断しなければならなかったんだ。
そろそろ休もう。明日は一日、歩きどおしだ」
しかし、そう言った当人は皆が寝に就くのを確認すると別室に移り、冴え冴えとした月を見上げて、いつまでも休もうとしなかった。
「眠れないほど気になることでもあるのでスカ? わたしでよければ、お相手しまスヨ」
「あなたこそ休まないのか?」
「わたしたち、天空の騎士になった時から休むこともなくなりまシタ。眠ることはできますが、必要はありませン。病気にもなりませんし、怪我をしてもすぐに治りまス。わたしたちを本当に滅ぼせるのは神々だけでスネ」
「ならば、あなたはなぜ天空の騎士になった? なりたいと思ってなれるものではあるまい?」
「あなたがわたしのことに興味を持ってくれること、すごく嬉しいデス。でも、あなたの仲間も興味あるのじゃないかと思いマス。明日、オルガナ城へ向かう道中で話してあげまショウ」
「わかった」
「だけど教えてくだサイ。なぜ、そんなことを知りたいと思ったのですカ? あなたはそういうこと、つまり神のことには関心がないと思っていましタ」
「あなた個人に興味を持ったからだ。死ぬことも許されず、眠ることも食べることも必要ない、フィラーハのためにただ戦うだけの存在、どういう経緯(いきさつ)でそんな気持ちになるのか知りたくなった」
グランディーナはわずかに笑ったが、スルストは笑わなかった。あるいは笑えなかったと言った方が正しかったかもしれない。しかしその表は崩すことなく、出てきた声音も平静なままだ。
「わたしは天空の騎士になったことを後悔していませんヨ。たとえ、あなたの言うとおりだったとしてもネ。でも残念なことに3人とも同じ考えというわけではありませン。だけど、それがわたしたちの強みでもあるのでス」
「遅くなった。私も休む」
「おやすみなさイ」
彼女が立つのをスルストは引き止めなかった。その代わりに、グランディーナがいなくなると大きく息を吐き出して、肩をすくめた。
夜は、まだ明けそうになかった。
翌闇竜の月1日、スルストがオルガナ騎士団の行方を知らせてきた。
「オルガナ騎士団の人たち、ルーガナナに行ったそうデス。わたしのように、フェンリルさんも騎士団を招集したんでしょウネ。もしかしたら、途中で会えるかもしれまセンヨ」
「こちらは別に用があるわけではないが、戦闘になったら面倒だな」
「大丈夫デ〜ス! そのためにわたしがいまスネ。戦闘なんかにならないよう、説得してあげマス。騎士団の人たちだって、戦いたくないはずデスヨ」
「ならば、もしもの時はあなたに任せよう」
それから、彼女たちはカッファ中と思われる数の人びとに見送られて、オルガナ城を目指して発った。相変わらず空気は冷たく、ガルビア半島に行った時の防寒具は必須だったが、天気は良かった。
照りつけるムスペルムの陽射しと違い、オルガナのそれは弱々しいものだったが、それでもオルガナでは暖かい方なのだとスルストは言う。
「天空の島には地上と違って季節というものがありまセン。ムスペルムは年中蒸し暑く、オルガナは年中寒いデスネ。シグルドは温暖な気候ですが、島が分断されてしまって住みにくくなりまシタ」
「なぜ神に守られているはずの天空の島が分断されるようなことになったのです?」
「神の守りよりもディバインドラゴンの呪いが強かったからデス。でも詳しい話はシグルドに行ってから聞いてくだサイ。わたしから話すのはやめておきたいノデス」
「なぜだ?」
間髪入れずに訊ねたグランディーナに、スルストが渋い顔をする。
「わたしが話すと、どうしてもフォーゲルさんに批判的になってしまいまス。でも、あなたたちがフォーゲルさんに会う前に先入観を植えつけてしまうのは良くありませン。だから話したくないのでス。いいでスカ?」
彼女が少し考えてからから頷いたので、スルストも安堵したような顔になる。
ランスロットが思うに、昨日の女性たちへの対応といい、スルストは女性にあまり強く出られないたちのようだ。
「それよりも、昨日はフェンリルさんの話をしましたから、今日はわたしの話をしまスネ。わたしも元は人間でしタ。オウガバトルはとても長い戦いだったのでス。わたしが生きていたのはそんな時代でしタ」
世界各地のカオスゲートから悪魔やオウガが現れ、地上の人びとを攻撃し始めた時、名のある賢人たちはそれがいつもの魔界からの攻撃だと考えた。そのような被害は神代には多くあり、スルストもそのために戦う戦士の1人だったのである。だが、前線で戦う者たちはいつもならでたらめに人びとを襲ってくるオウガたちが組織化され、人間たちの住む町や村を根こそぎ破壊しようとしているらしいと感じ、賢人たちや神々に仕える神官たちに警告するようになった。
しかし、そのことはなかなか受け入れられなかった。魔界の住人たちが組織化することはあり得ないというのが賢人たちの定説だったからだ。それでも、そうと聞かされた戦士たちは、次第に自分たちの直感こそが正しいことに気づき、幾度も警告を繰り返した。人間たちの対応が遅れるあいだに、いくつもの町や村が失われていき、たくさんの命が奪われ、国々が滅んでいった。
とうとう賢人たちが魔界からの侵略を認めた時、世界の3分の1はオウガに蹂躙されてしまっていた。多くの戦士たちの命も失われていたが、腰を上げた賢人たちは組織立てて戦士や魔法使いを育てるようにし、これに対抗するようにした。
しかし、生来の破壊者であるオウガと、人ではあまりに体格が異なる。
また、戦士にしても魔法使いにしても一人前に育つまで時間がかかってしまう。人びとの抵抗も空しく、人間は徐々に悪魔たちに追い詰められていった。
そのあいだにも賢人や神官たちは神への助力を願っていた。魔界の住人があのように組織化できていた最大の理由は、魔界の王デムンザを筆頭に、名だたる邪神が力でまとめ上げていたからだったのだ。これに対抗するにはどうしても神の力が必要であった。
人の力では、いくら強力な戦士でも神には敵わない。神々の助力を仰がなければ、人間は滅び、地上は悪魔のものとなり、第2の魔界と化すだろう。賢人も神官も揃って天界にそう進言したが、フィラーハを初めとする神々はそれでも耳を貸そうとしなかった。
たまに地上に降りた神が気紛れに悪魔やオウガを吹き飛ばすことはあっても、それが長続きすることはなく、そのあいだにも多くの命が失われていった。
スルストが生まれたのは、そのような時代のただ中で、戦士として数多(あまた)の悪魔やオウガと戦った。彼は卓越した戦士であり、鍛えられて数々の激戦を生き抜いた。それでも彼1人の力で戦況を変えられるはずもなく、人間たちは次第に追い詰められ、安全な土地も失われてゆく一方だった。
彼には神に祈る間もなかった。ただ毎日のように襲ってくるオウガや魔界の住人と戦い、疲れ果てて泥のように眠る日々の繰り返し、それもいつ終わるのかはわからず、勝てるという見込みもないままであった。
それでも彼は一心に剣を奮い続けた。いつか神が助け、カオスゲートから無尽蔵に湧いてくるオウガを追い払ってくれるものと信じて戦い続けた。それがいつになるのかなどわからなかったが、スルストは神の善意を信じていた。フィラーハの降臨を夢見ていた。
しかし、彼はある時、悪魔の魔法に倒される。
神は最後まで自分を救いに来なかった、そう思った時、彼は自分がアヴァロン島にいることに気づいた。生き返ったのではなく、ほかの大勢の戦士や魔法使い同様、魂だけがアヴァロン島に囚われたのだ。そこで彼は、勇敢な戦士や魔法使いだけがアヴァロン島にいることを知り、じきにフィラーハを初めとする神々が、彼らを率いて地上に進攻することをも知った。
そして、フィラーハはアヴァロン島に集めた戦士たちに自らに仕える天空の騎士となることを求めた。スルスト以外に何人もの戦士が名乗りを上げたが、神が求めるのは2人だけで、地上への進攻時に適性を計るという。それからフィラーハは彼らを、すでにシグルドを治める天空の騎士、竜牙のフォーゲルと引き合わせて、オウガや邪神を地上より一掃するよう命じたのだった。
このあいだにも魔界からの侵略は進み、人間たちはカストラート海の一角に追い詰められていた。天空の騎士となって転生したスルストたちは、この地に降臨し、反撃を開始する。
天空の騎士たちには十二使徒も従っていた。アヴァロン島に囚われた魔法使いとまだ地上に生き残っていた賢者たちを合わせてそう呼び習わしたのだ。しかもフィラーハは十二使徒に、自ら祝福した宝石を渡しており、彼らは猛烈な力で悪魔やオウガを倒していく。一時とはいえ、不死性を手に入れた天空の騎士たちも、邪神とも対等に戦えるようになっており、地上と魔界の力関係は次第に逆転していった。
その一方で、主に十二使徒たちが各地のカオスゲートを封印し、魔界から地上への出入りを閉ざしていった。ここで人間側が勝利しても、カオスゲートが自由に開かれる限り、またオウガバトルを繰り返してしまうからだ。それにその時もまだ、魔界から悪魔やオウガが無尽蔵に湧いていたのだ。いくらスルストたちが不死であっても、無限に湧いてくる相手では分が悪い。
そして最後にフィラーハはカオスゲートを開く力を持つ聖剣をフェンリルに与えたのであった。
「わたしたちが最後に行ったのはアンタンジルでス。最後まで神々に逆らった暗黒のガルフを封印するためでしタ。ですが、わたしたちも数が減ってしまっていましタ。邪神と戦うと、わたしたちの不死性も危うかったのでス。最後まで残っていたのはフォーゲルさんとフェンリルさん、それにわたしだけになっていましタ。わたしたちは暗黒のガルフを封印し、アンタンジルに至るカオスゲートも封印しましタ。それはアンタリア大地というところにありますネ」
「ですが、24年前の大戦以来、封印の儀式は行われなくなっていると聞きます」
サラディンの言葉にスルストは案じるように頷いた。
「それはわたしたちも知っていまス。でも、ガルフの被害はまだ出ていませんネ。ゆくゆくはアンタリア大地とアンタンジルまで行かなければならないでしょウ。その時はわたしたちも手伝いますネ。
話が逸れましタ。残ったわたしたち2人は、フィラーハから正式に天空の三騎士に任命されましタ。そして、フォーゲルさんがシグルドを治めているように、わたしがムスペルム、フェンリルさんがオルガナを治めることになりましタ。天空の島に地上から人びとが来たのは、その後のことでス。だから、同じ天空の島でも、シグルドとムスペルム、オルガナはちょっと違いますネ。いまではずいぶん混血も進んだと思いますが、シグルドの人たちはとっても保守的なんでス」
「それでは天宮シャングリラはどうなのですか?」
「シャングリラはムスペルムの方に近いですネ。もともと住んでいた人と、地上から避難した人たちが住んでまス。オウガバトルの前は、天空の島と地上とはたやすく行き来できたんですヨ。でも、そのためにオウガバトルも引き起こしてしまいましタ。だからフィラーハはカオスゲートを閉ざしたのでス」
サラディンはさも興味深そうに頷いた。彼が熱心な聞き手なのでスルストは気持ちよさそうにしゃべっているようだが、グランディーナは話のあいだ、一度も振り返らず、アイーシャも彼女と並んでスルストには極力、近づかないようにしていたので、彼が本当に機嫌が良かったかは不明である。
カッファからオルガナ城に向かう道中には町がない。昨晩の手厚い歓迎とはうってかわって今日は野宿しなければならなかったが、それでも今朝、カッファの人びとが持たせてくれた糧食のおかげで、侘びしい食事にはならないで済んだ。
野宿したのは北にオロミア山を臨む川沿いでだ。川の水は冷たく、汲みに行ったランスロットは、ディアスポラの雪解け水を思い出した。それも、いまとなっては遠い昔のことのようだ。
「アイーシャ、ひとつ訊いてもいいかい?」
「何でしょうか?」
「先ほど、スルスト殿が言っていたアヴァロン島の話は知っていたのか?」
「はい。アヴァロン島が聖地と呼ばれるようになったのは、オウガバトルの時代に戦いで倒れた戦士たちの魂が集まり、憩う場所だからなのだと言われたことがあります。ですが、ロシュフォル教会の大聖堂には、そのような方たちを祀る機構もありませんでしたので、私も詳しいことはわかりません。もしかしたら、大神官さまならば、ご存じだったかもしれませんが、私は修行中の身でしたから」
「君はいまもそのようなことはあると思うかい?」
「なければ良いと思います」
アイーシャは目を伏せがちに答えた。
「神々の御心は私のような者にはわかりかねますが、死してなお戦うよう求められることはあってほしくないと思うのです」
「それが何よりの栄誉だと思われていてもかい?」
「はい。死は神々が私たちに賜った贈り物です。その安らぎを何人たりとも奪う権利はないのではないでしょうか?」
「勇敢さを極めるあまり、安らぎを求めることは恥とされる場合もある。考え方の違いもあるのだろう」
「そうですね」
彼らが火の傍に戻ると、スルストは相変わらず陽気な調子でおしゃべりをし、グランディーナが言葉少なに相槌を打っていた。サラディンは1人で考え事のようだ。
「わたしは食べ物、いりまセン。あなたたちで分けてくださイ。それよりもお酒は入ってまスカ?」
「いや、ないようですが」
「オオ〜、それは残念デスネ。オルガナのお酒を飲めるかと思って楽しみにしていたノニ。次にオルガナに来るのは、いつになるか、わかりませンネ」
「酒なら私が断った。私たちは飲まないし、荷物になる。あなたが運んでくれるのなら、話は別だが」
「そんなつれないことをしないでくだサイ。言ってくれれば、わたしが運んでも良かったんでスヨ。ルーガナナではわたしが持ちまスネ。だから、お酒は断らないでくダサイ」
「わかった」
しかし彼女は分けられた食事も水もほとんど口をつけず、ずいぶん長いこと、焚き火を睨みつけていた。
サラディンも食が進まないようで無言のままだ。
スルストのおしゃべりにつき合わされたのはランスロットで、アイーシャも時々、相槌を打った。
2人分の片づけを済ませてから、アイーシャはグランディーナに近づいた。
「片づけた方がいい?」
その言葉にグランディーナは初めて食事に気づいたような顔をした。
「すぐに食べる。私よりもサラディンを」
「ええ」
「天空の島の食べ物だと言っても、ゼテギネアで食べる物とあまり変わらないな」
やっと食べ始めながら、彼女にしては珍しい感想を漏らす。
「もっと変わった物が出てくるとでも思っていたのかい?」
「ゼテギネアとガリシアぐらいには違うだろうと思っていた」
「それぐらいは異なっていると思うが、外国に来たという感じはしないね。もともとゼテギネア大陸のなかでも極端に違っているわけではないからな」
「天空の島に渡ってきたのはゼテギネアの人が多かったからでしョウネ。ライの海周辺のボルマウカの人も来ましたが、あんまり数はいなかったデスネ」
「オウガバトルは世界を巻き込んだ戦いだったのだろう? なぜそんなに偏っているんだ?」
「オウガバトルの後、人間はカストラート海から復興を始めまシタ。ガリシアやジパングは遠いデスネ。人がそこまで行くには長い時間が要ったんでスヨ。それに、ゼテギネアで始まった争いを嫌って、天空の島だけじゃなく、ほかの大陸に逃れていった人たちもいまスネ。人間はそうやって世界中に広まったんデス。オウガや悪魔の脅威も薄れましたカラネ。それに、いまの国ができたのはオウガバトルの後ででスネ。あなたの言うほどの違いは昔はなかったんデスヨ」
「それならば、ガリシアやジパングの人間も、元を正せば、同じ人間だということか?」
「全部が全部じゃありませンネ。ただ、かなり近いことは確かデス。だから互いに争うのは馬鹿馬鹿しいと思うんでスヨ。フィラーハが嘆くのは当然でスネ」
「人間は兄弟とだって争う。何も不思議なことはあるまい?」
スルストは肩をすくめた。
それから、グランディーナとランスロットとで天幕を張ったが、これがまた一苦労だった。聞けば、彼女は自分で天幕を張ったことがないと言う。確かに、解放軍の結成以来、彼女がそんな仕事をしたことはなく、いつも誰かの張った天幕か、外で休んでいたり、休むことさえなかったりしたものだったが、あれは彼女なりの気遣いだったのかもしれない。
「だからといって、天幕なしでは冬は大変じゃないか?」
「そうでもない。木の虚(うろ)でも洞窟でも、風さえ凌げばいい。運が良ければ山小屋もあるし。戦場なら、集団行動だ」
さすがにカノープスにも来てもらえば良かったとは言えなかった。それに、不自由なりに3つ張れば足りたので、ランスロットはそれ以上、追及しないことにしたのだ。
「あなたは先に休んでいい。後で起こす」
「承知した」
それほど疲れたわけではなかったが、彼はすぐに寝ついた。もともと、眠るのは早い方なのだった。
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