Stage Thirteen「暗黒のガルフ」12

Stage Thirteen「暗黒のガルフ」

雪の降りしきるなか、フレドーと別れて一行はバルハラ城に向かった。名残惜しそうに彼がいつまでも手を振っていたのがランスロットには印象的だった。
雪が積もり放題で誰も片づける者がいないため、城は3階部分まで雪に埋まっている。城への出入りは正面、つまり南側の窓の1つを壊してなされており、そこが下の階と同じように雪に埋まってしまうのも時間の問題と思われた。
入口にはバハムートを連れた帝国兵が待ちかまえていたが、マクレディ=ホルツェンドルフの放ったファイアウォールの魔法と、ランスロット、ケビン、チェスターの連係攻撃で倒し、それ以外の者が帝国兵と戦って、これを退けた。
「プロミオスも連れてくりゃ良かったのに」
「アンタリア大地で無理をさせた。ドラゴンにも休みは必要だ」
「あいつの出番なんて、次はハイランドまでねぇだろうに」
「ライアンだって休んでるんだ。いくら君がいたからってプロミオスも休みたいだろう」
しかし、帝国兵が倒されるやユーシスが城の奥へ向かったのでカノープスのぼやきもそこまでだった。
彼女たちは一目山にミザールのいる部屋を目指した。あいにくと城の中では翼を広げられないので足で進むしかない。
ケビンとカリナの小隊が帝国兵の追撃に備えて入口に残ったので、ユーシスに従うのは天使たちとグランディーナたちだけだった。
やがて彼女たちが玉座の間に踏み込んだ時、そこに淡い朱色の髪と服を着た1人の天使が座しているのが見えた。だが彼女の周囲には驚くほど多くの羽根が散乱して、まるでそれらに埋もれているようだった。
ロシュフォル教会に伝わる神話や着色硝子によれば、前の天使長ミザールは天使のなかでももっとも徳の高いセラフィムで、6枚の翼を持つと言われていた。確かに玉座の周囲に広がった羽根には悠に6枚分くらいの量がありそうだ。
しかし近づいてゆくユーシスの姿を認めてミザールが立ち上がると、その翼はさも重たそうに彼女の周囲に垂れ下がり、ところどころで羽根が抜けているのも目立った。
何より彼女の頭上には全ての天使、いままでユーシスが断罪してきた天使たちさえ持っていた光輪がないし、よく見れば羽根の色もユーシスたちのような純白ではなく、あらゆる色が混じって濁っていた。
それでもミザールは美しかった。その前ではユーシスもエインセルも比べものにならないと思えるほど美貌が際立っている。だがその分、やつれようも激しい。まるで何年も何十年も病んでいる人のように、激しい心労が彼女に大きな打撃を与えているのもはっきりと見てとれるのだった。
「お気の毒に」
アイーシャがそうつぶやき、足を止めて手を組んだ。それでグランディーナやランスロット、カノープスも立ち止まった。
いままで天使同士の戦いには立ち入らないできたのだ。念願の姉との再会を果たして、いまさらユーシスが介入を許すとは思えなかった。
アイーシャはそのまま膝をつき、頭を垂れる。
「しばらくぶりね、ユーシス。あなたが、来てくれる日を、待ち焦がれていたわ」
「だったら私が来た理由もわかっているわよね? 姉様、キャターズアイを返して。そして一緒に天界に帰りましょう。フィラーハさまも許してくださるわ」
ミザールとは対照的にユーシスの翼は誇らしげに立ち、広げられていた。その光り輝く純白は何者にも染まることがなく、全ての色を拒絶しているかのようだ。
「キャターズアイは、もう、ないわ。天界から、持ち出して、すぐに、あの人に、渡してしまったから」
ミザールの声はかすれるように小さかったが不思議と聞き取りにくくはなかった。
「それに、私は、もう、飛べない。天界に、戻ろうにも、翼が、動かせない」
その言葉はしばしば途切れ、息継ぎも多すぎた。
「私を、連れて、帰ろうにも、あまりの、重たさに、あなたたちも、一緒に、墜ちてしまうわ」
「そんなことない。私がお願いすればフィラーハさまがおいでになるはずよ。そうすればそんな肉体は棄てられる。偽りの翼から解放される。姉様が飛べなくなったはずがないわ」
「いいえ。堕天させられて、私は、肉体の、ある者に、変えられて、しまったの。この身体を、失えば、私は死ぬ、彼女たちの、ようにね」
ユーシスは弾かれたように振り返り、グランディーナを見た。しかしミザールが話し続けたので、すぐに向き直った。
「この翼は、私自身の、罪の、証、私が、犯した、罪の、重さ、この羽根、1枚、1枚が、私の、償わなければ、ならない、罪の、数」
ミザールの言葉が途切れ途切れになる理由がユーシスはともかく、エインセルたちにはわからないらしかった。
「たとえ、私が、死んでも、全ての、羽根が、なくならないうちは、私の、罪は、許されない」
だけど彼女たちは明らかに不快そうだった。
「生きていても、死んでいても、同じこと、私の、魂は、私の、罪に、縛りつけられている」
あるいは、なぜミザールの言葉が切れ切れなのか理由がわからないからエインセルたちは不快に思うのかもしれなかった。
「だけど、ユーシス、あなたに、頼みたいことが、あるの。私を、殺して、この、肉体という、束縛から、私を、解き放って」
「なぜ、そんなことを言うの、姉様? 私にそんなことができるはずないのに。それに死んでしまえば、姉様の魂は煉獄に縛りつけられてしまうわ」
「あの人を、愛し、求められるがままに、与えたことが、私の、罪」
そう言って、ミザールはわずかに指を挙げる。
「この手が、覚えているの、あの人の、温もりを、この身が、忘れられないの、あの人が、くれた愛を、この目が、忘れられないの、あの人が、奪っていったものを」
「やめて、汚らわしい! 人間たちの愛を真似したと言うの? もっとも尊いフィラーハさまの愛を受けていたのに、あんな人間を選ぶなんて!」
「でも、私は、幸せだった。あの人を、愛して、あの人に、愛されて、あの人の、望みを、かなえて」
ユーシスだけがミザールの話し方の不自然さに気づいていないか、単に最愛の姉を目の前にして黙認しているだけかもしれなかった。
「それなのに、私は、どこで、間違ったのかしら? 苦しくて、たまらないの、毎日、全身が、切り刻まれているかのように、苦しい、こうして、息を、しているだけで、息が、詰まって、しまいそう」
ミザールは立ち上がったきり、ほとんどどこも動かさなかった。
「あの人に、会いたい、あの人と、話が、したい、最後に、会ったのは、いつ? 最後に、聞いた、言葉は、何?」
彼女が肉体のある者に変えられてからどれだけになるのかはわからないが、その重みに慣れていないようでもあった。
「それなのに、あの人のことを、考えるだけで、胸が、苦しくなる、あの人に、愛された、身体中が、苦しくて、たまらない。心も、身体も、苦しいのなら、いっそ、この身体を、失くして、しまいたい」
話し方が不自然なのも息をすることに慣れていないせいかもしれなかった。
「どうせ、生きていても、地獄なら、魂だけ、煉獄に、囚われた方が、どれだけ、楽かも、しれない、もっと、苦しいかも、しれない、今度は、死ぬことが、できないのだもの、身体が、苦しまない分、心が、苦しむのかも、しれない」
ここでミザールは両手をユーシスに差し出した。
「でも、あの人に、愛された、この身を、地上に、さらしておくぐらいなら、いっそ、私を、殺して、ユーシス」
そう言うと、ミザールは妹の前にその身を投げ出した。彼女の言ったとおり、6枚の翼も重たげな音を立てた。天使はもとより有翼人さえ、彼女よりずっと軽やかに動くだろう。
「ずるいわ、姉様。私がどんな思いでみんなの命を奪ってきたと思っているの? 天使長である私の手にかかった方が同じ倒されるのでも少しでも早く天界に甦られるからと思って、誰にも任せないできたのよ。かつて、これだけの天使が敵味方に分かれて戦ったことはなかったわ。それも姉様があの男に祝福を与えたから、こんなことになってしまったのよ。あと何人の天使が地上に呼ばれたのかもわからないのに、姉様は苦しいというだけで自分は地上から逃れようというのね?」
するとミザールは顔を上げた。その眼差しには哀しみだけがあふれている。
「逃れられは、しないわ、私は。あなたの、苦しみも、あなたの、手で、倒された、天使たちの、痛みも、彼女たちに、殺された、天使たちの、苦しみも、全部、私の、身に、引き起こされるの」
話しているいまも彼女はその痛みや苦しみを感じているのだろうか。
「それが、私への、罰、その痛みだけが、私の罪を、許してくれる。その痛みを、感じるたびに、羽根、1枚が、失われる」
彼女の周囲に散乱した羽根がそれだとしたらミザールの罪は凄まじい数になる。
「たとえ、私が、殺されたと、しても、その苦しみから、逃れられることは、できないわ」
ユーシスも含めて天使たちは息を呑んだらしかった。ミザールに蔑むような目を向けていたエインセルさえ、予想もしていなかった罰の重さに同情的な顔になる。
「そんな! 私のしてきたことが姉様を苦しめていたなんて。なぜ、そう言ってくれなかったの?」
「天使長として、あなたは、なすべきことを、しているだけ、私の罰を、気にかける、必要などないわ」
ランスロットには、そんなに多くの天使が召喚されたとも思えないが天使長だったミザールの罪は彼の知らないところにも多数あるのかもしれない。
「それに、私には、与えられる、罰よりも、辛いことが、あるからよ。あの人を、愛していた、あの人に、愛された、その、記憶の、方が、ずっと、酷く、私を、苛(さいな)むの、私を、苦しめるの」
彼女がラシュディを愛さなければ死なないで済んだ者も大勢いたのだろうか。
「あの人を、愛したことを、後悔している、はずがないのに、なぜ、こんなに、苦しいのか、わからない」
そうではないだろうと彼は思う。24年前から続く戦いの原因が、たった1人の天使がラシュディを愛したことだけに始まるはずがない。
「あの人に、会わなければ、良かったのかしら? あの人の、言葉を、聞かなければ、良かったのかしら? あの人の、願いを、叶えなければ、良かったのかしら?」
では神はミザールの罪に、どの死者を数え上げているのかランスロットにはとうてい計り知れないことだ。
「わからないの、答えを、出せないの、あの人のことを、忘れられないのに、あの人を、覚えていることが、辛くて、たまらないの。これも、聖なる父の、与えた、罰なのかしら? 聖なる父よりも、あの人を、愛してしまったから? 聖なる父を、裏切ったから?」
ミザールの切々と続く訴えにユーシスは短い返答しかできないようだ。
「でも、あの人を、忘れられない、あの人を、忘れたくない、あの人を、愛している、あの人に、愛されたい。父よ、どうか、その記憶だけは、取り上げないで!」
「命を奪われるほどの痛みより、あの男への思いの方が苦しいと言うの?」
「それが、私の、選んだことだから」
答えたミザールの頬を宝石のような涙がつたう。あるいは天使の涙は本当に宝石になるのかもしれない。
「ああ、でも、あの時、あの人たちの、声に、応えなければ、私は、天使長で、いられたかしら? こんなに、大勢の、仲間を、巻き込むことも、なく、天界も、平和だったかしら? 何も、知らず、聖なる父に、守られて、平穏なままで、いられたかしら? いいえ、私は、こんなことに、なるまで、生きると、いうことが、わからない、ままだったわ。人を、見守り、祝福を、与える、天使長で、ありながら、私は、ずっと、人が、喜び、悲しみ、笑い、怒り、憎み、愛する、理由が、わからなかった。あの人に、愛された時に、初めて、生命というものが、わかったの、生きていると、いうことを、初めて、理解したのよ。天界に、いるうちは、ずっと、知らないまま、だったわ、知らないままで、人に、祝福を、与えたことを、いまでは、恐ろしいとさえ、思う、自分の、無知が、恥ずかしい、人のことを、何も、知らないままで、満足していたなんて、おこがましさに、身が、震えてしまう」
「私たちは天使、フィラーハさまの僕(しもべ)だわ、そんなこと知る必要もないじゃない!」
「だから、私は、天使で、いられなくなったのよ。でも、いまは、その記憶が、私を、苦しめる、私が、生きた、証は、全て、私の、手から、奪い去られてしまった、あの人の、愛さえも、どこにも、残っていない。そのことが、辛いの、そのことが、苦しいの、私に、生きることの、喜びを、与えてくれた、人が、私から、全てを、奪ってしまった。生きていたから、苦しいの、この苦しみから、私を、助けて、ユーシス」
ミザールが身を起こし、妹の足下にすがりつく。その身を打とうとしてユーシスは自分の手を驚いて見つめた。打つことなど思いも寄らなかった最愛の姉を無意識に払いのけようとした自分が、よほど信じられなかったようだ。
けれどユーシスにはミザールの願いがわからない。本当の肉体を持たない彼女たちには。
「与えられた喜びなど本当の生きた証にはならない。あなたは自分でそれを見つけ出すべきだ」
天使たちが一斉にグランディーナを振り返る。しかし彼女は意に介さず、ミザールだけを見て話し続けた。
「もはや、あなたに利用価値がなくなったからラシュディはあなたのもとを去っていったのだろう。ならば、あなたを生かしておいても私たちの脅威にはなるまい」
「私に、生きろと、言うの?」
「あなたが本当に生きることを知りたいと思うのなら、このまま見逃すのも吝(やぶさ)かではないと言っている」
ミザールはよろめきながらも立ち上がった。
しかしこれに猛反発したのがユーシスだ。
「人間風情が余計なことを言うのではありません! 見逃してもいいなどと何様のつもりですか?!」
「あなたは姉に生きていてほしくないのか?」
「違います! 私が戻ってほしいのは天使長だったミザール姉様よ!」
「ならば黙っていろ。
私たちは天使に襲われはしたが、大した被害は受けていない。あなた1人を見逃したところでこの先、影響はあるまい」
ミザールは思わぬ言葉に驚愕していたが、ユーシスたちも同じだ。ましてやユーシスはグランディーナがいままで言われたとおりに口を挟まないで来たのに、よりによって最愛の姉との対面の時に余計なことを言い出したものだから怒りに打ち震えてさえいた。
もっともランスロットやカノープスだって、グランディーナがこんなことを言い出すなんて思ってもいなかったのだから、驚いたことと言ったら同じようなものだ。
「フィラーハの僕でありながら、ラシュディのために裏切ったのだろう。ならばいっそ、そのまま抗い続けてみたらどうだ?」
「黙りなさいと言っているのです!!」
その言葉に空気が軋んだ。ランスロットもカノープスも自分たちが声も出せなくなったことに気づいたが、グランディーナまでそうかはわからない。
そして彼女の言葉を激しい調子で否定したユーシスはもとより当のミザールも弱々しく首を振った。それだけの動きさえ彼女には力を振り絞らなければならないほどの苦痛であるように見える。
「駄目よ、そんなことが、許されるわけが、ない。私は、人間では、ない、天使だったの、だもの、聖なる父の、名誉の、ためにも、私は、いては、ならない、存在しては、ならない。私は、罰を、受けなければ、ならない。これ以上、聖なる父の、名誉を、汚させては、ならない。私の、存在そのものが、穢れなのだから、この、穢れは、浄められなければ、ならない。
人の子よ、あなたの、優しい心には、感謝します。もしも、ここに、ユーシスが、いなかったなら、私は、あなたの、手を、とったかも、しれません。でも、そうでは、なかった。だから、私は、裁きを、受けます。愛する妹に、裁かれることを、選びます。ありがとう」
ミザールは、この上なく慈悲深い笑みをグランディーナに向けたが、彼女は目を背けただけだった。
「さあ、ユーシス。私を、倒して、聖なる父の、名誉を、取り戻しなさい!」
彼女はそう言うと、両手を広げた。重たい翼がわずかに動いたが、それはもうミザールには罰と足枷ぐらいの意味しかないようで、そうして立っていることさえも苦しげだった。
ここに来てユーシスは城に踏み込んで初めて十字架を構えた。グランディーナに怒った時以外は、ずっとランスロットたちに背を向けているのでその表情はわからない。けれども断罪の言葉を唱える口調に震えはなく、十字架も誇らしげに掲げられていた。
「誓約によりて我らが敵に神の裁きを与えん! 消滅せよ、バニッシュ!」
全ては一瞬で終わった。ミザールはすぐに倒れ、ユーシスが駆け寄る。前の天使長の口にした苦しみが、その命を死の一歩手前まで追い込んでいたのかもしれないほど、呆気ない最期であった。
「姉様!」
「彼を、止めて、ユーシス。これ、以上、彼、に、罪を、犯さ、せないで。彼が、何、を企ん、でい、るのか、はわか、らない、けど、この、まま、では、天、界、も大、変、なこ、とに、なって、しま、うわ。
ああ、ラシュ、ディ、それで、もあ、なたを、愛、して、いた、のよ」
「ミザール姉様!!」
ユーシスの悲鳴とともにミザールの姿は砂のように崩れた。後にはただ、彼女の翼から抜け落ちた無数の羽根が散乱しているばかりであった。
「待ちなさい、グランディーナ」
最愛の姉を自らの手で討った天使長は、いつまでも悲嘆に暮れてなどいなかった。グランディーナを呼び止めると、いきなり平手打ちを喰らわした。
しかし彼女がこれを黙って受けるはずがない。問答無用でユーシスの頬も張り倒した。
「な、何をするのですか?!」
「あなたに黙って殴られる覚えはない。お返しだ」
「人間のくせに差し出がましい口をきいた罰です。黙って受けなさい」
ユーシスが、また平手打ちを与えたがグランディーナも速攻で打ち返す。
「その人間に口を挟まなければ姉1人助けられなかった天使長が何を言う」
「あなたにそんなことを言われる覚えはありません!」
またユーシスが1発打つと、すかさずグランディーナも打ち返す。
しかしこの勝負、どう見ても生身の肉体を持つグランディーナの方が不利なはずだ。
「ミザールも討たれ損だな。あれだけ言わなければ討つ決心もつかない腰抜けに討たれたのだからな」
「何ですって?!」
ユーシスが打ち、グランディーナも打ち返す。
「ならば、なぜミザールにあれだけしゃべらせた? あんなに苦しんでいたものを、ミザールは死を願っていたのに、なぜすぐ楽にしてやらなかった?」
「そんなこと、あなたに言われる覚えはないわ!」
しかし次にユーシスが手を出した時、グランディーナは打ち返さなかった。かわりにはたかれ続けた左の口の端から一筋の血が流れ出て、さすがのユーシスもこれには息を呑んだ。
「だから腰抜けだと言う。あなたにはミザールの流していた血が見えなかったのか? 私たちと同じ肉体のある者に変えられたと言った姉の辛さが理解できなかったのか?!」
詰め寄るグランディーナにユーシスが後ずさる。
「見ろ、この羽根を!」
とうとうグランディーナは、それでも振り上げたユーシスの右腕を鷲づかみにした。
「最愛の姉に再会できた喜びのあまり、この量も目に入らなかったのだろう。これだけの羽根が抜け落ちた翼がどのようなものか想像もできなかったのだろう。差し出がましいなど聞いて笑わせる!」
「やめて、グランディーナ!」
とうとう2人のあいだに割って入ったのはアイーシャだった。
「ミザールさまをご自分の手で討たれて、傷ついていらっしゃるユーシスさまを、それ以上、責めないで」
泣きながら訴えたアイーシャにグランディーナは即座にユーシスの手を離した。
ランスロットもカノープスも思わぬ口論というか喧嘩がいつまでも結着しそうになかったのに止めようもなくていたのを、これでやっと収まると思っていたら、ユーシスは今度は腹いせにアイーシャに手を上げた。
「人間風情が余計なことを! あなたになんて同情される覚えはないわ!」
「あっ!」
アイーシャが転びそうになるのをグランディーナが支える。彼女は何も言わなかったがユーシスを睨みつけた。その視線が、たまたまユーシスの背後になったランスロットとカノープスに向けられた時、2人が味わったのは永久凍土にいても、なお底冷えのする寒さ、強烈な敵意だった。
ユーシスは一瞬たじろいだようだったが、すぐに目を逸らした。
「いつまでもこんな城にはいられません。戻りましょう」
そう言って玉座の間を出ていくユーシスにグランディーナが冷たい声をかける。
「ここにアイーシャがいることに感謝するのだな」
ユーシスは返事をしなかった。否、しようがなかったろう。
こうしてバルハラは陥落した。これにてゼテギネア大陸の東側は解放され、人びとはその知らせに各地で湧いた。
そのままアラムートの城塞に帰還した一行は、天空の三騎士らがすでに暗黒のガルフを打ち倒し、帰還していたことを知った。
エインセルら3人の天使たちは天界に戻ることになったが、ただ1人、ユーシスだけは地上に残ると言い、天空の三騎士もそれを了解した。
解放軍は4ヶ月ばかり慣れ親しんだアラムートの城塞に別れを告げて、帝都ゼテギネアを目指すことになるのだが、その前に時間を少し戻して、アンタンジルの顛末について語るとしよう。
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