Stage Thirteen「暗黒のガルフ」13

Stage Thirteen「暗黒のガルフ」

バーミアンで解放軍の本隊と別れたサラディンとユーリア、天空の三騎士はカオスゲートのある島までとって返し、翌日にはアンタンジルに至った。
当初の予定どおり、ユーリアとグリフォンは島で待機し、サラディンだけが天空の三騎士に同行した。
事前に説明されていたが、アンタンジルに一歩踏み込んだ途端、サラディンは魔界の瘴気のために息をするのも難しいことを知った。その対抗策を採っていても息苦しく、水や大地ばかりか空気さえも悪意を持っているかのようだ。
「ムバンダカに寄ってから行こう」
「そうですネ」
それからフォーゲルは振り返り、サラディンに説明する。
「アンタンジルでは唯一、まともと言っていい町だ。何千年も封印され、魔界の瘴気にさらされて、どのように変わったのか調べておかなければな」
「私たちが行けば、わかりましょう。このように身を隠していても見破られるようならば、ムバンダカは完全に魔界の一部となったということです」
フェンリルの言うとおり、4人は頭からかぶる外套を着込み、手袋もはめて、一目見たぐらいでは何者かもわからなくなっていた。
ただ、アンタンジルの気候はアンタリア大地に近いらしく、不快な蒸し暑さが耐えがたいくらいだ。
「そうなれば、たとえ封印の内とはいえ、地上にそのような場所を残すわけにはいくまい。ムバンダカは殲滅する」
「相変わらず容赦がありませんネェ、フォーゲルさんは」
「その口をふさがれたいのか? 魔界で名を呼ぶことは我らの名をそこら中に大音声でふれ回るようなもの、神の尖兵が来たと報せる行為に等しい。気をつけろ、我らはアンタンジルには好ましからざる客だ」
「魔界に来たのが久しぶりだったので忘れていましタ。ですが、魔界の戦力を少しでも削いでおくのは悪いことではないでしょウ?」
「アンタンジル中の悪魔を倒しても魔界の戦力をそれほど削いだことにはなるまい。奴らの本拠地は魔界だ、アンタンジルに出てきた者など大した数ではなかろう」
「いくらわたしたちでもアンタンジル中の悪魔を倒すのは大変ですネ。これから気をつけますヨ」
「もう遅いわ。見張りの兵かもしれないけれど見つかってしまったわよ」
フェンリルの言ったとおり、悪魔が5匹、近づいてくる。
見上げた空は灰色で雲も澱んでいるかのようだ。風はなく、空気も停滞していた。それでも灯りは要らないのでアンタンジルには陽の光がまったく届かないというわけではないらしかった。
「やっぱり、わたしの責任でしょうネ。すぐに片づけてしまいますヨ」
そう言ったスルストの背に炎の翼が生えた。彼はそのまま剣を抜くと、言ったとおり、5匹のデーモンを素早く倒した。
「さあ、ムバンダカに行きましょうカ?」
「そうしよう」
フォーゲルが先頭に立ち、スルストが続く。サラディンはフェンリルに促されて彼女の前を歩き、前後を天空の三騎士に守られることになった。
以後、アンタンジルを出るまでの3日間、それが彼の定位置だった。
足下の大地は沼沢地と呼ぶほどではなかったが、ところどころに水たまりがあり、歩きづらい泥地だった。サラディンはいつもの引っかけ靴ではなく、フォーゲルの助言に従って騎士たちの履くような頑丈な革靴を履いていたが、それでも歩いているうちに水がしみこんでくる。
じきに彼らはムバンダカに至った。街壁もなく、通りという通りは泥に覆われたままなところは町と言うよりも村と呼んだ方が相応しい。そこに住んでいるのがどんな人間なのか、サラディンには予想もつかなかった。
真っ先に視界に入ったのは、短い角を生やした人型の集団だった。人のように鎧を身につけて武器を持っていたが、丸い頭には短いざんばら髪しか生えておらず、額の真ん中の角と口からはみ出した2本の牙が目立った。
彼らは喧嘩をしており、二手に分かれて争っているようだったが、道を行く者はそれを気にする様子もなかった。
むしろ、その集団から抜け出して去っていく者もあれば、新たにどちらかの集団に混じる者もおり、喧嘩と見えるのも、ここではただの話し合いだったりするのかもしれない。
そして、道を行く者も似たような容姿が多く、改めてサラディンは、ここが魔界だと言った天空の三騎士の言葉に納得していた。
時々、通行人に有翼人がいたが、その羽根が真っ黒だったり、悪魔のような翼の者がいることも稀ではなかった。
たまにそれらの有翼人よりも背が高い灰色の肌をした者がいたが、その顔つきは一本角よりも凶暴そうで、手が長くて前屈みの姿勢で歩いており、見た目どおりに辺り構わず暴力を振るっているのだった。
「オウガですかネ?」
「違うようだ。ここの人間が長い歳月の間に変化したものだろう。本物ならば俺たちに気づくはずだ」
けれど、オウガもどき以上にサラディンを驚かせたのは長衣を着た人間の存在だった。ただ、それらの顔はどれも土気色で、これ以上ないぐらいに肉が薄かった。まるで頭蓋骨の上に直接、皮を貼りつけたかのような顔つきだ。
彼らは魔法使いだった。それも足下が泥にまみれるのを嫌って、自分たちの身体を宙に浮かせて移動し、その力を誇示していたし、サラディンにも彼らの魔力は伝わってきた。
オウガもどきさえ彼らを避けた。それはそのまま、ここの住人たちの力の差を表わしているようだった。
やがて彼らはフォーゲルの前で立ち止まり、肉の薄い鼻をひくつかせた。味方の目から見ても彼の竜頭を隠すのはとても不自然な様子なのだから敵意ある者たちにはすぐに見破られてしまうのだろう。
「臭う、臭うぞ。わしらの大嫌いな太陽神の臭いがする」
人間らしくない乾いた声だった。
「それもそのはず、こいつらは外の世界から来た連中だ」
声で聞き分けるのが難しいほど、よく似た声だ。
「あの忌々しい封印を破ってきたか? 外に行けるようになったのか?」
だがその声はよくとおり、挑発的な内容もあってオウガもどきや有翼人、一本角がだんだん集まってきた。こうして見ると人間の姿は皆無と言っていい。
「いいや、封印はされたまま、太陽神がわしらを閉じ込めたままだ」
「では、こいつらはどうやって来た? このアンタンジルに何をしに来た?」
「もちろん、わしらに害をなすために決まっている。太陽神とわしらは不倶戴天の敵同士、ましてやここは魔界につながっている。ここには暗黒のガルフさまが封印されている」
「ならば、望みどおりにしてやろう!」
目にも止まらぬ速さでフォーゲルは剣を抜き、手近の何人かを斬り捨てた。
と同時に頭の被り物が落ちて、彼の竜頭が露わになった。
「こ、こいつらは?!」
「天空の三騎士だ!」
ムバンダカは騒然となり、スルストやフェンリルも剣を抜いて応戦する。
しかし魔法使いたちからも、たちまち強力な魔法が飛んで、辺りの景色が一変した。田舎の村は、そこここで炎の噴き上げる戦場となったのだ。
サラディンは速攻で身を隠した。アンタンジルの空気が思っていた以上に彼の負担となっており、このままでは天空の三騎士の足を引っ張りかねないと判断したからだ。
けれど、彼などいなくても3人の強さは圧倒的だった。彼らの剣が一閃するたびに首が1つ飛んだ。どれも巨大な剣ではないのに2つまとめて飛ぶこともあったし、飛ばない時には少なくとも1体が串刺しにされていた。
フィラーハの守りも働いており、3人がいくら傷を負ってもすぐに癒された。天空の三騎士の戦いは一方的なものだった。
その光景はオウガバトルもかくありなんと思わせるほどに凄惨なもので、次から次へと現れるオウガもどきや悪魔、一本角に有翼人の誰もが彼らにはかなわなかった。魔法使いたちの攻撃は凄まじかったが、いかんせん天空の三騎士が相手では分が悪すぎた。ふつうの敵ならば消し炭になっていよう業火も3人には通用しない。もっと正確に言えば、いくら消し炭にしても天空の三騎士であるがゆえに、すぐに癒されてしまうのだ。まるでアンデッドのように復活する。これでは、いくら強力な魔法の使い手でも対処のしようがなかっただろう。天空の三騎士の攻撃は、まるで死体の山を築く作業のようだ。
それを見ているうちにサラディンは吐き気を催した。確かにフォーゲルはムバンダカの殲滅を口にしたが、その徹底ぶりは戦慄するのに十分なほどだ。スルストやフェンリルも動く者には例外なく、その剣を向け、斬った。
子どものような一本角や有翼人もいたが、彼らも生存は許されなかった。
何千年か前もそうしたように、天空の三騎士は魔界の者たちを狩った。女性や赤ん坊らしい者さえ彼らのように老練な狩人からは逃れられなかった。
「ここまでするのが神の意志だというのか?」
「そうだ」
フォーゲルの竜頭は、自らの赤い血と悪魔たちの黒っぽい体液のために三色斑になっていた。
「このような者たちが神に帰依することはもはやない。その力はそのまま魔界の神々の力となり、いずれ地上や天界を脅かすだろう。ムバンダカはそのような者たちの拠点として働いていた。来るべきオウガバトルに備えて、神はそうした場所を減らすことを望まれている。我ら3人がその意志に背くことはできない。そのための力であり、そのための命だ」
「だがムバンダカで何があったかは広く知られよう。知った者はますます太陽神を憎み、そのことを自分たちの力とするのではないのか?」
「逆の立場でも同じことだ。魔界の神々が我々のような尖兵を送り込めば、必ず地上の者を皆殺しにしようとするだろう。どこにあっても共存など、あり得ないのだ」
「何にしても長居は無用ですネ。この騒ぎを聞きつけて、すぐに悪魔たちが集まってくるでしょウ。アンタンジルの水には女神の力が働いていませんが、わたしたち、身支度をしてくるので待っててくださイ」
「承知した」
血にまみれていたのはフォーゲルばかりではなかった。スルストやフェンリルも鎧が汚れたり、傷を負ったりしていた。しかし、そんな傷はすぐにフィラーハに癒されるのだろう。ただ天使たちのように浴びた血までなかったことにできないだけだ。
それでサラディンは待っているあいだを利用して、悪魔たちには注意をしつつ、倒された者たちの様子を見てまわった。たいがいの者は一撃でとどめを刺されており、天空の三騎士の手際の良さと彼らに示したわずかな慈悲がうかがえる。
だが、オウガもどきと呼んだ灰色の肌の者たちは旺盛な生命力を持っていたらしく、なかなか一撃では倒しきれなかったようだ。
これが偽物だと言うのならば、伝説に伝わるオウガとは一騎当千の強者であったに違いない。そんな者が地上を蹂躙した時の怖ろしさも容易に想像がついた。
それでもサラディンはフィラーハの命だからと彼らを殺し、1つの町を失くしてしまった天空の三騎士に諸手を挙げて賛成することができないのだ。
それが神というものなのだろう。神の尖兵とフォーゲルが言ったのは皮肉も込めてのことなのかもしれない。その過酷さがなければ人間はオウガバトルの時に滅んでいた。それもまた紛れもない事実であったろう。
三騎士が順に戻ってきて、彼らはガルフを封印した地に向かった。いまも使われている細い道が、湿地の間をぬうように西へ延びていた。
4人が足を止めたのは天空の三騎士がイノンゴと呼ぶ廃墟でだ。フォーゲルの話によれば、そこはオウガバトルの時に滅ぼされた町なのだという。
「奴を追ってアンタンジルに攻め込んだ我々は、このイノンゴで奴の軍とぶつかった。すでにオウガバトルの趨勢は決しており、奴は最後まで抵抗していた勢力だったが、その影響力を重く見た神は、アンタンジルの封印と少なくとも奴を封印するか、できたら倒すことを命じたのだ」
「確かに地上にも彼の名は伝わっている。最も長く戦った魔界の将軍として」
「魔界に天界や地上と同様の組織があるわけではないが、奴の率いる勢力は大きく、将軍と呼ぶのが相応しかったろう。オウガバトルの終盤には他の者の下で戦っていた生き残りも吸収していたから奴の勢力は大きくなる一方だった。だが我々には勢いもあった。地上から魔界の者どもを追い出し、平定してきたばかりだ。奴の配下のオウガやサタンがいくら手強くても、それを退けるだけの力があったのだ」
「でも、わたしたちには奴を倒すだけの余力はありませんでしたネ。わたしたちもここで3人だけになってしまいましたし、生き残っていた人たちもかなり倒されてしまいましタ。人間は本当にぎりぎりのところで勝ったんですヨ」
「今度は彼を倒すために来たのか?」
「そのつもりです。ただ奴も私たちと一緒で本当に死ぬということはありません。ですが、ここで倒されれば、復活にはかなりの時間を要します。来るべきオウガバトルには、奴がオウガを率いることはないでしょう」
「あなた方がアンタンジルに来ているように魔界の尖兵や神々がカオスゲートを破ることはないのか?」
「それは奴らにとって分のいい賭けではないな。カオスゲートを封じたのは太陽神、彼のように破ることのできる者がいても、その封印自体が消えるわけではないのだ。カオスゲートを破るにも膨大な魔力が要るだろう。さらに地上なり天界に橋頭堡を作るのも楽ではないはず、そんなことをするよりも奴らはカオスゲートを消す方を選ぶに違いない。だが、それは遙かに大変なことで、準備にも時間がかかるだろう」
「わたしたちがアンタンジルに来られるのは魔界化しているとはいえ、地上の一部だからでス。魔界に攻め込むのとはわけが違いますネ。そこは奴らの世界ですから、わたしたちもこんなにのんびりしていられませン」
サラディンには3人とものんびりしているようには見えないが、半神たるスルストにはのんびりという言い方がいちばん当てはまるのかもしれなかった。
だが3人の話を聞いているとサラディンにはどうしても腑に落ちないところがあるので、いい機会だからと疑問をぶつけてみた。
「それでは1つうかがおう。天界や地上から魔界に攻め込むことも、その逆も難しいとあなた方は言う。それは世界の分断を意味するのではないのか? それなのに、なぜオウガバトルが再び起こると判断しているのだ? そう考える根拠を聞かせてもらいたい」
「人、特に人間のためです。人間は光と闇を併せ持つ存在、その本質は確かに光に惹かれるものですが、彼のように闇に惹かれる者も少なからずおり、その力は有翼人や人魚の比ではありません。それは魔界の知るところとなり、人の内に擬似カオスゲートを生み出します。そのような人間が増えれば、たとえカオスゲートは閉ざされたままでも魔界の者は容易に地上に出ることができるようになり、また天界にも向かうでしょう。私たちが彼のことを重視しているのは、すでに擬似カオスゲートを持っているのではないかと考えているからです。一度持ってしまえば、もはや魔界との繋がりを絶つことはできますまい」
「擬似カオスゲート?」
「そんなことまで話さなくても良かったんじゃないですカ?」
「いいや、その可能性のある者は知っておくべきだろう。なぜ悪魔が人の召喚に応じると思う? 召喚した者はそれだけ魔界に近くなるからだ。やがて、その者は魔界と分かちがたくなっていき、そのうちに魔界との通路を持ってしまう。それが擬似カオスゲートだ。持ち主の力にもよるが、その者を介することで魔界からの出入りが可能になる。ただ同時に魔界の瘴気に冒されることにもなり、長くは保たない。しかし、そうする者が人、特に人間のあいだに絶えることはあるまい。だから悪魔たちは地上に来ることができる」
「あの方のなかに、そのようなものがあると疑っているのか?」
「そうでス。でも彼にはまだ自分の意志がありますネ。擬似カオスゲートが生じてしまうと、ほとんどの人は魔界の傀儡(くぐつ)となり、魔界と地上を結ぶ道具になってしまうのでス。でも彼はそうではありませン。それは驚くべきことでス。そうならないためにはとても強い意志がいるんですヨ。そうなっている者はわたしたちも彼のほかには1人しか知りませン」
「その1人とは、裏切りの使徒のことか?」
速攻で発したサラディンの問いに3人は顔を見合わせる。応じたのはフォーゲルだ。
「そうだ。そのためもあって彼の力はキャターズアイに封印された。そうできるようになるまでが並大抵の手間ではなかったがな」
「力を失えば彼に擬似カオスゲートを律することはできなくなってしまったのではないか?」
「それだけではない。擬似カオスゲートを維持するには強い力を必要とする。力を失って、彼の擬似カオスゲートも維持できなくなったのだ。魔界は彼の力を利用できなくなり、擬似カオスゲートも使われなくなった。我々に地上を助けるゆとりが生まれたのはその時だ」
「だが彼とて、たかが人であろう。あなた方の力をもってすれば命を取ることもたやすかったのではないのか?」
「十二使徒の力はわたしたちと同じくらいでス。そのなかでも彼はいちばん力の強い使徒でしタ。彼を簡単に負かせたのは神々だけでしょウ。前に話しましたね、彼のために地上を助けるのが遅れたト? つまり、そういうことなんですヨ」
話を聞いて黙り込んでしまったサラディンにフェンリルが訊ねる。
「あなたは彼女のことを心配しているのではありませんか?」
「それは否定しない。だが、あれには魔力がない。擬似カオスゲートを作ることはできないのではないのか?」
「俺は力と言っただろう。彼女が堕ちれば、魔力があろうとなかろうと関係ない。むしろ、あれだけの力を魔界が見逃すはずもない。だから我らは彼女が堕ちることを案じているのだ。おぬしから説得すれば、彼女も我々の提案を受け入れてくれるのではないか?」
「それはできない。あれが承諾していないものを、どうしてわたしが勝手に受け入れられるだろう。それは、あれに対する裏切りだ」
「そうなる可能性は低くないし、そうなってからでは遅いということもわかっているのか?」
「あれが決めたことだ。いまさら、わたしが口を挟む筋合いではない」
フォーゲルはスルストとフェンリルを振り返ったが、2人とも肩をすくめるばかりだった。
「休む前にもう1つだけ聞きたい。擬似カオスゲートとは人の魂に宿るのか? それとも身体に?」
「全てにです。そうなったら逃れることはできません。その者は魔界に侵蝕されているからです」
「ならば、あの方が転生しても、それから逃れることはできないということか?」
「恐らくはな。だが、そのような前例はない。転生は外道の技だ」
「彼がいつまでも転生しないのも、そうとわかっているからじゃないですカ? できるのなら、さっさと転生すればいいのですヨ」
「器がなければ、あの方とて転生するわけにはいくまい。おそらく、いま転生するのは都合が悪いのだ」
「器とはいやな言い方ですネ」
サラディンはゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ休ませてもらう」
「そうするがいい。明日は奴の封印されたところまで行くつもりだ。きつい行程になるかもしれないし、そもそも、よく寝られるという保証もないからな」
フォーゲルの言ったとおり、サラディンの眠りは浅く短かった。切れ切れのまどろみの中でも悪夢を見たからだ。
それなのに目が覚めるとどんな内容だったのか、まるで思い出せなかった。目を覚ますとただひどく汗をかいていて、とても恐ろしかったことしか覚えていないのだ。
そのために朝だとフェンリルに起こされた時にもちっとも休んだような気がしなかった。魔界の瘴気のため、全身が蝕まれたように感じることも一役買っていただろう。
「大丈夫ですか? ひどく疲れているようですが」
「大して眠れなかったのだ。あなた方の言うように、魔界はただいるだけでも楽ではないところだ」
「私たちのように神の加護が得られれば良いのですが私たちが受けられるのは私たち自身だけで、ほかの方には広げられないのです」
「かといって、あまり強い魔法は使わぬ方が良いのだろう? 魔界の者は魔法に敏感だと聞いた」
「そうですね。でも私たちの存在がここでは闇の中の松明のようなものです。あなたが自分の身を守る魔法を使ったところで、襲ってくる者が極端に増えることもないでしょう。私たちのことは気にかけず、自分の身を守ってください。もともと、あなたに無理を言って同行してもらっているのは私たちの方なのですから」
「そうさせてもらおう」
「あなたの支度ができたら出発します。声をかけてください」
「ありがとう」
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