Stage Thirteen「暗黒のガルフ」14

Stage Thirteen「暗黒のガルフ」

それから彼らは襲ってくる魔界の者たちを退けながら西へ向かった。悪魔も一本角も、ガルフのもとに向かう三騎士を単に足止めする役割さえ果たしていなかった。
彼らが暗黒のガルフを封印したアンタンジルに着いたのはその日の午後だ。
そこには石造りの、神殿と呼んでも差し支えのない立派な建物があり、ガルフや魔界の神々に捧げたらしい生贄の血生臭いにおいが周辺に充満していた。
そして、神殿の中からは吐き気を覚えるほどの悪意が放たれて、サラディンはたまらず足を止めた。
フェンリルも顔をしかめたが、歩調は変えずに彼を追い越していき、3人は神殿に近づいた。
「来たか、天空の三騎士ども! 我が身を封じ、我が部下を倒した太陽神の手先どもめ、貴様らを倒す日をいまかいまかと待ち焦がれていたぞ!」
ガルフの声は周辺の空気を軋ませた。地上に現れた魔界となるほど変容したアンタンジルの大気さえ、かつての魔界の将軍になじむには至らないのだ。それが魔界の神々ならば、大気は悲鳴を上げるかもしれない。
「我ら3人に封じられた身で何をほざく! 封印の下で命と力を削られ、なおここにあるしぶとさは認めてやる。だがその命、その姿も今日までのものと思うがいい!」
「くくくっ、これだから貴様らはおめでたいと言うのだ。この俺が貴様らごときの封印で命と力を削られただと?! その逆よ、あの時は俺たちの方が追い詰められていた。太陽神の手先が急に増えたものでな、形勢が逆転した。だから俺は貴様らに封印されたのだ。幾千年が経ち、力をつけるためにな。貴様らの方こそ、今日までの命と覚悟しろ! 天空の三騎士ならば俺の復活に捧げるに相応しい生贄だ!!」
「馬鹿ナ!」
ガルフの言葉が終わると同時に神殿は爆発し、跡形もなく吹き飛んだ。
無数の瓦礫が降り注ぎ、4人を打つ。サラディンは天空の三騎士とともに素早く上空に逃れたが、無傷ではいられなかった。
神殿の跡に立っていたのは彼らの数倍の大きさの悪魔、サタンだった。
「私たちの封印で命と力を削られたはず、あれでは以前より大きいわ!」
「生贄と信者が奴に力を与えたんですカ? いくら4000年も経っているとはいえ、そんなはずがありませン。それとも魔界から力を得ているとカ?」
ガルフの手には塔のような高さの巨大な鎌があった。それに比べれば、いくら天空の三騎士の手にあるとはいえ、剣も短刀にしか見えないほどだ。
「さあ、下りてこい、天空の三騎士ども! そこな人間ともども葬り、俺の復活に捧げてやろう!」
「確かに奴の力は前に戦った時と同じくらいには復活しているようだ。だが奴はまだ封印の支配下にある。あれだけの力を持つのなら、なぜ、そこから動き出さない? 魔界に戻るなり地上を目指すなりしないのは奴にそうできないからだ」
「でも、あんな力はいったいどこから得ているんでス? あれに配下を呼ばれたら、いくらわたしたちだって大変ですヨ」
「ならば、奴をさっさと片づけるとしようか。せめて封印が働いているうちにな!」
三騎士は地上に下り、ガルフと対峙した。その対比はまるでジャイアントと子どものようだ。
「確かに貴様の言うように俺はまだ封印から解放されておらん。だが、いまの俺の力をもってすれば封印などあっても貴様らと戦うに支障はないわ!」
「寝言は我らを倒してからほざけ!」
ガルフの振り下ろした巨大な鎌をフォーゲルが剣で受ける。
彼は返す刀で斬り込んだが、鎌の大きさは楯としても働いた。
「大口をたたくな、天空の三騎士め! おまえ1人では物足りん、3人まとめてかかってくるがいい、そこの人間も一緒にな!」
そう言ってサタンは巨大な翼を動かしたが、その身はわずかにも浮き上がりはしなかった。
「くそっ、大地の神か! だが飛べずとも何の不自由もないわ!」
「呪文を唱える気だわ!」
「そうはさせませんヨ!」
スルストが素早くガルフの背後に回り込み、フェンリルも2人と間を空けた。
3人は三方からサタンを囲む形になり、フォーゲルとスルストが同時に攻めた。
だが、ガルフが手元で鎌を一回転させると巨大な岩石が一帯に降り注いだ。
しかし、命中する寸前でサラディンも含めて水の幕が4人を被い、落下の衝撃を吸収する。
次いで渦巻く炎がガルフに襲いかかり、スルスト自身とフォーゲルの攻撃も合わせて三方からサタンを攻めた。
巨体のためか、ガルフはほとんど避けなかった。
だが、いくら斬りつけられても、その打撃などまるで気にしていないようで攻撃に専念している。
フェンリルが水を針に替えて攻めても、悪魔は端から守る気はないようだ。
三騎士が受ける太陽神の加護はサタンの攻撃を次々に癒していく。
ガルフの大鎌は一度ならず三騎士の首を飛ばし、数えていられないほど手足を断った。スルストなどはその身を縦に真っ二つにさえされた。
悪魔の鎌は鋭く、いくら三騎士が鎧で守られていようと、紙のように切り裂いてしまうからだ。
けれど、フィラーハの守る3人の身体は、そうした傷を即座に治し、すぐに戦線に引き戻した。
そのような加護があっても天空の騎士たちは魔界の攻撃に次々に倒されたのだ。その苛烈さにサラディンは戦慄せずにいられなかった。オウガバトルとはそのような戦いであったのだと、これ以上、明確に語るものもなかった。
とうとうガルフは片膝を落とした。
無数の傷が悪魔をより黒く染めていた。
「畜生! こんな石に頼った俺が馬鹿だったのだ!」
「それは、キャターズアイ!」
サラディンはサタンの投げた石を素早く拾ったが、それはただの宝石だった。その石を手にすれば、オウガバトルを再び起こせると言われたはずの力は微塵も感じられなかった。
「その力、キャターズアイのためだったのか!」
「ふん! こんな石にもう用はない! 俺は俺自身の力を取り戻して、いつか貴様らに復讐してやる!」
ガルフはもう片方の膝もついた。
大鎌はフォーゲルに柄を切り刻まれ、スルストに刃も砕かれて武器としては使い物にならなくなっていた。
その拳も片方は業火に焼かれ、片方は氷の塊に打ち砕かれた。
翼の羽ばたきも三騎士を激しく打ち、鎌鼬(かまいたち)さえ起こしたたが、フォーゲルとスルストが片方ずつ切り裂いていた。
「いくらおまえでも命を取られれば、そのようなことは言えまい。次におまえが力を取り戻すのは、また4000年後のことだ!」
「くくくっ、その時まで貴様らが存在していられるかな? 小うるさい太陽神の封印などなくば、魔界が我が揺籃(ゆりかご)、人間たちの悪意と悲鳴、闇を願う心こそが我が養分、4000年もかからぬと思え、俺はまた復活してやる!!」
「その時はまた、おまえの命を奪うまでだ!」
ガルフの四肢が斬られ、胴体は真っ二つにされた。それでも悪魔は息絶えず、フィラーハや天空の三騎士への呪詛を唱え続けた。
首を落とされてもその声は止まず、結局、三騎士はガルフを細切れにしてようやく止めさせたのだった。
ガルフの神殿跡で一行は休んだ。魔界の将軍との激しい戦いは、さすがの天空の三騎士にも休みを必要としたのだ。
また3人の関心はガルフが捨てたキャターズアイにも向けられた。
「確かに、この石には何の力もありませんネ。奴が使ってしまって、あんなに強くなったんですカ?」
「俺にもわからん。何しろ、キャターズアイは見たこともなかったのだからな。だが、天界であれほど警戒されていた石が奴にあんな力を与えるだけだったとは思えん」
「彼が使ったのでしょう。ほかには考えられません。奴の力があれだけで済んだのは、そのためでしょう」
「わたしもそう思う」
「彼がキャターズアイの力を手に入れたと? 神の封印だぞ、人間が容易に解けるはずがない!」
「その神がなしたカオスゲートを、あの方は破っている。おかしくはないだろう」
「残念だが、カオスゲートとキャターズアイでは神の込めた力が違う。カオスゲートはいずれ魔界の神々が総力を込めれば破られるもの、だがキャターズアイの力を解放することは許されない」
「でも、このように力を失っているのですよ?」
「待ってください、皆さン。見たこともない物を前に議論しても時間の無駄でス。これが本物のキャターズアイかどうかなんて神様に訊けば、わかるじゃないですカ」
「それもそうだな」
フォーゲルはただちに石を鷲づかみにし、目をつぶった。
3人とも疲労の色が濃いのに、仕事熱心なことだとサラディンは感心していた。
竜頭の騎士が目を開け、手を開くと、石は半バス(約15センチメートル)ほど浮かんで消えた。
「キャターズアイに間違いないようだ」
「神様はなぜ取り上げてしまったんですカ?」
「理由は言わなかったが預かると言われたのだ」
「でしたら、この件はわたしたちの手を離れたものと考えていいんですネ。さっさと休んで帰りましょウ、いくら神の守りがあるとは言っても、アンタンジルにいるのは気持ちのいいものじゃありませんからネ」
「そうだな。見張りには俺が立とう。3人は休んでくれ」
そう言ってフォーゲルが立ち上がりかけるのをサラディンは止めた。
「わたしはあなた方ほど疲れていない。あなた方は休んでほしい。せめて、わたしにできることだ」
「だが悪魔やオウガもどきが襲ってくるぞ?」
「戦いの心得がないわけではない。手に負えない時にはあなた方を起こす」
「本当に大丈夫ですか?」
彼は微笑んだ。
「無理はしない」
それから、3人の返事を待たずにサラディンは神殿の縁に立っていった。
だが、実際に彼の心を占めていたのは師の取った行動だ。いくつもの考えられる可能性が浮かび、1つずつ否定する。
けれど、やはりラシュディの目的は見えず、結論は出ないままだ。
(だが、キャターズアイから力を得て、あなたは何をするというのだ? あなたの力はすでにそんな物を必要としないほど大きかったはず、何のためにそれだけの力を得る?)
野営地の周囲に防御のための魔法を仕掛けながら、サラディンの思いは師ラシュディに向かっていった。
それは暗黒のガルフがもたらす闇よりも、なお濃いものであった。
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