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バリュードメイン Stage Fourteen「砂塵の果て」1

Stage Fourteen「砂塵の果て」

「ソールが殺された? いつのことだ?」
「彼は昨日の夜営だったが朝になって死体で発見された」
アッシュの報告に起き抜けのグランディーナは眉をひそめた。
「旧オファイス王国の暗殺団が動き出したのだろう。今晩から夜営は二人一組で当たらせようと思う」
「わかった。皆とは別に私も立つ。警戒を強めた方が良さそうだ。ソールの亡骸はどうしている?」
「天幕を一つ空けて安置しているが、これからロシュフォル教会に預けるつもりだ」
「その前に見せてくれ」
「こちらだ」
朝だというのに野営地は重苦しい雰囲気に包まれていた。グランディーナとアッシュが素早く天幕に入っていくのを皆が遠巻きに眺める。
「傷口はマチルダが洗ってくれた。血だらけで放置するのは忍びなかったのでな」
「そんなに出血をしたのか?」
「喉を一気にかき切られたのだ。傷は気道にまで達している。苦しんだかもしれぬ」
彼女は死体を少し調べて、すぐに立ち上がった。
「あなたの見立てのとおりだろう。彼の家族に連絡は取れるか?」
「そのようなことはヨハン殿の担当だ。ロシュフォル教会に伝言を頼めるだろう」
「わかった」
彼女たちが天幕を出るのと入れ違いにダイスン=テュルパンとハイゼン=ベンサムが入っていった。
黒竜の月5日、解放軍は3ヶ月もの長きにわたって親しんだアラムートの城塞を発った。目指すは旧オファイス王国の王都ホルモズッサだ。アラムートの城塞からはダルムード砂漠を縫うように街道が延び、ホルモズッサ、あるいはその先のシュラマナ要塞やゼテギネアまで続いている。また街道は砂漠のなかを貫くアルデビール河に沿っており、ゼテギネアで唯一の砂漠の旅を多少なりとも和らげてくれるはずだった。
解放軍も一度に全員がアラムートの城塞を発ったわけではない。トリスタン皇子も含めた半数近くの者が残って片づけをしたり、後の管理者に引き継ぎをしたりしていた。アラムートの城塞は、この戦いが終わったらトリスタン皇子の治める国家の管理となる。五王国時代にはオファイス王国の管理下にあったのだから当然の措置だ。そして戦いが終わるまでの間、臨時の管理者に任命されたのが、かつて解放軍にも所属していたリスゴー=ブルックであった。彼はアラムートの城塞の鍵束とともにトリスタン皇子が任命した証として倫理の書を携えていた。
一方、ホルモズッサを目指す解放軍の本隊は黒竜の月6日にバンダアッバーズに到着し街道を進軍していくはずだったが、突然の死者に見舞われた。
しかし出発は少し遅れただけで解放軍は、ほぼ予定どおりにバンダアッバーズを発った。順調に進めばホルモズッサには黒竜の月10日に着けるはずだった。
予定ではグランディーナは別働隊を率いてアリアバードに白き魔導師ギゾルフィを訊ねることにしていたが、ソール=バークレーが殺されたために本隊に同行することになった。念のため斥候には有翼人が当たったが、強烈な日差しの下に暗殺団が現れることはなかった。
黒竜の月7日、解放軍はバンダルランゲ・オアシスに着き、郊外に野営地を築いた。いつもならばアッシュが夜営を指示するところだが今日は先にグランディーナが立った。
「ソールが殺されたことは、あなたたちも知っていよう。今晩から二人一組で夜営に当たってもらう。あなたたちとは別に私も見回りに立つ。夜営はアッシュから告げてもらう。以上だ」
間髪入れずにアッシュが立ち、夜営に立つ者を順に呼び上げた。
「支障のある者はいるか?」
呼ばれた者が首を振る。
その様子を見ていたランスロットは、すかさず手を挙げた。
「申し訳ありません、アッシュ殿。わたしも夜営に加えていただけませんか?」
「順番はいつでも良いのか?」
「二番目でお願いします」
「ならばアレックと交替してもらおう。ほかに希望する者はいるのか?」
続いて声は上がらなかったのでアッシュは皆に解散を指示した。
解放軍では夜営は三交替と決まっていてリーダーはいつも外される。今回は昼間の斥候を担当した有翼人も外れ、グランディーナ付きのランスロットも本隊と行動をともにする時は、いつも夜営を免除されているのだった。
「何だ、おまえまで夜営に立とうってのか?」
「いつも、みんなに任せきりだ。たまには働くのも悪くないだろう」
「おまえは誰にも文句を言わせねぇくらいは働いていると思うけど?」
「そんなことはない。今回はすることもなしさ」
「戦闘が始まれば、そうも言ってられなくなるぜ」
「帝国軍も来ているそうだからな」
「王家を暗殺した以上、プロキオンは帝国と同じ穴の狢だ。俺たちとは絶対に相容れない。だからって暗殺団も一枚岩ってわけじゃねぇと思うんだけどなぁ」
「どういう意味だい?」
「ギルバルドに聞いたんだがプロキオンが、そもそも王を殺したのは日陰者の立場でいることが嫌になったからだそうだ」
「それは」
「旧オファイス王国は国土の半分が砂漠だ。ライの海は漁場としては豊かだが農場には向いてねぇ。シュラマナ半島は火山があって、できる作物は限られている。シャローム地方っていう豊穣な穀倉地帯を持っていたゼノビアとはわけが違う。五王国の1つとしてやっていくにはオファイスは、ほかの国がやらないこともしなけりゃならなかった。暗殺団は五王国なんかより、ずっと古いそうだ。オファイスは、その協力を求めたが、だからって後ろめたい存在であることに変わりはない。与えられたのは国という後ろ楯、それだって暗殺団にしてみれば、けっこうな恩恵だったに違いない」
「だがプロキオンは、そうは思わなかった?」
「五王国時代以前なんて80年も前のことだぜ。暗殺団の首領だって代替わりすらぁな。だけど、そういう奴にしてみれば国が後ろ楯にあることなんて当然だ。だから自分たちが、いつまでも日陰者の立場であることが我慢できなかったんだろう。そこにゼテギネア帝国が現れた。渡りに船だと思ったのかもな」
「だからといって主君を殺すなんて許しがたい行為じゃないか」
「その意識さえ希薄だったのかもしれねぇ。オファイスに飼われていたって暗殺団は暗殺団、野獣を馴らすようなものだったんだろう。いいや、違うな。獣は恩を忘れねぇが人間は忘れる。プロキオンは、そういう類の人間だったのさ」
「それで彼は日陰者ではない地位を手に入れられたのかな?」
「プロキオンはな」
「部下たちは、そうではないと?」
「オファイス王を殺すのにも、いろいろな考え方があっただろう。プロキオンに積極的に協力した奴もいただろうし、反対した奴だっていたはずだ。それが反映されてないわけはねぇだろう?」
「確かに、そうだな」
「それはそれとして、あいつ、夜営に立つ時間を言ってなかったように思うんだが、まさか一晩中、立ってるつもりじゃねぇだろうな?」
「確認していないが、そうじゃないかな」
「放っておくのかよ?」
「必要だと判断したからそうするのだろう。せめて少しでも負担を軽減できればと思ったから、わたしも夜営に立つことにしたんだ」
「あいつ、おまえのそういう健気なところは露ほどにも理解してないと思うぞ?」
「わかっていても、やらずにはいられないからな」
「いつか報われるといいな」
「騎士たるもの、そんな期待は抱いてはならないんだ。半分は好奇心もあるしね」
カノープスは呆れたように肩をすくめたが何も言わなかった。
「さぁ、食事にしよう」
「本隊と一緒だと、そいつがありがてぇな」
「同感だね」
ランスロットが起こされた時、当然のことながら野営地は静まりかえっていた。グランディーナの姿は見当たらず、彼はともに夜営に立つことになったドレファス=ウェーバーと野営地を見張りして歩いた。
「暗殺者は現れるでしょうか?」
「多分ね。こういう攻撃は続けてやらなければ効果がない。それに、これだけで終わるとも思えない」
「ランスロットさま、脅かさないでくださいよ」
「いいや、脅しなんかじゃないよ」
そうは言ってもランスロット同様、ドレファスも剣と鎧は身につけて、いつでも戦闘が起きれば駆けつけられる状態だ。
野営地の一角で叫び声があがったのは、その時だった。しかしランスロットは走り出そうとするドレファスを制し、警戒を強めて剣を抜いた。
「我々も行った方がいいのではありませんか?」
「夜営は、わたしたちのほかに二組立っているし、グランディーナも廻っている。うかつに動けば、わたしたちの持ち場を放棄することになってしまう。動かない方がいい」
「わかりました」
「君たちも持ち場に戻れ!」
走ってきた2人が驚いて立ち止まる。
「さっきの叫び声が仲間のものとは限らない。君たちは」
言いかけてランスロットは止めた。騎士の出で立ちをしていたが2人とも見たことのない顔だったからだ。解放軍全員の顔を覚えている自信はなかったが彼の知らない顔は新兵だ。しかしアッシュに限って、そのような者同士を組ませるはずがない。皆に早く打ち解けさせようという配慮も働いていたし、解放軍のやり方に慣れてもらうには知った者と組んで働かせるのがいちばん早いからだ。
「待て。君たちは何者だ?」
2人は応えず、後ずさった。
「1人捕まえろ!」
「承知!」
だが彼の背後から飛んできた鞭は、彼よりも早く手前の1人に巻きついて、その自由を奪った。
ランスロットも剣を捨てて、その者に飛びかかった。
もう1人が脱兎のごとく逃げ出していったが追いかける者はいなかった。
彼が鞭で縛る間にグランディーナが近づく。さっき鞭を投げつけたのも彼女だった。
ところが捕まえた男は彼女に顎をつかまれるなり、こう言った。
「おまえたちに話すことなど何もない。プロキオンさまに栄光あれ!」
言うなり彼の身体は痙攣し、やがて力なく首を垂れてしまった。
グランディーナが舌打ちをし、ランスロットは呆気にとられた。
ただの肉塊となった死体は重く、彼はドレファスの手も借りて鞭を外した。表情に苦悶の痕は残っていなかったが毒でも含んだかのような土気色の顔は不気味だった。
「ドレファス、あなたは、ここを動くな」
「は、はい」
「ランスロット、足を持ってくれ。彼を埋める」
「わかった」
そうは言っても野営地の周辺は砂地で、たとえ道具があっても掘るのは困難だ。どうするのかと彼が見ていたら、グランディーナは少し窪んだところに死体を置いて、上から砂をかけて済ましてしまった。
「せっかく捕まえたのに大した収穫もなかったな」
「彼らはまた来る。そうとわかっただけ収穫だ」
「プロキオンを倒せば止めると思うかい?」
「発端は彼だろうからな。残された者が主を倒した報復に走るかもしれないが、ずっと散発的なものになるだろう」
「同じ穴の狢か、厄介だな」
「そのために彼らを巻き込んだのだろう。何かあった時にプロキオン一人が切り捨てられて済むのでは、かなわないだろうからな」
「だったらプロキオンというのは君と正反対のリーダーらしいな」
「私と? どうして、そんな話になる?」
グランディーナは素早く野営地に戻ってゆく。砂丘だとランスロットの足は遅くなりがちだというのに彼女には何の影響もないようだ。
2人はドレファスのところまで戻った。若者は緊張した顔つきで夜営に就いていたが2人を見て安堵したらしかった。
「先ほどの叫び声は何だったのですか?」
「我々をおびき出すための罠だ。あれで注意を引きつけて、ほかのところから侵入しようとしたらしいがランスロットの機転で阻まれた。
あなたがいて助かったな」
「君やオーサたちもいたからね。それで任せることができたのさ」
「引き続き見張りを頼む。そろそろ交替の時間かもしれないがな」
「わかった。君は、まだ廻っているのか?」
「あれで終わりとは限らない。しばらく用心するに越したことはないだろう」
「気をつけて。
さあ、もう少し続けようか」
そう言ってランスロットがドレファスの肩をたたくと彼は驚いて飛び上がった。
「どうしたんだ? もう眠くなったのか?」
「いいえ、グランディーナさまを、こんなに身近で見たことがなかったものでしたから。噂では聞いていましたが噂とは違う感じですね」
「それは、どんな噂を聞いたんだい?」
「もっと恐い方だと言われたんですが、それほどでもないような、噂以上のような、不思議な方です」
ランスロットには、それがいいとも悪いとも言いかねた。グランディーナは皆から距離を置きたがっている。トリスタン皇子を矢面に立たせないようにする行為はランスロットを初めとする旧ゼノビア王国に縁の者には都合が良く、歓迎する声もある。
それでも依然、グランディーナを新しい国家の女王にと望む声も消えない。トリスタン皇子以外の王族の生存が絶望的となったいま、どこの国にもしがらみを持たない彼女は旧ゼノビア以外の四王国に縁の者が担ぐには絶好の存在なのだ。いまの彼女に、その意志がないことはわかりすぎるくらいにわかっているのだが、それでも彼女の気が変わることを危惧し、期待する声は根強い。
人の心は移ろいやすい。たとえ、いまは当人が強固に否定していても期待を寄せられるうちにいつか、とはどちらの陣営も思っていることなのだった。
「あいつは受けねぇだろう。たとえサラディンやアイーシャに頼まれたってな」
そう言い切ったのはランスロットの知る限りカノープスで、同意したのはギルバルドとユーリアだけだ。
解放軍のなかでもグランディーナとともに行動する機会の多いランスロットでさえ、もしやと思うことがある。それが危惧なのか期待なのか測りかねることが。
翌朝、出立の前にグランディーナは昨晩の出来事を簡潔に説明し、夜営をさらに増やすと締めくくった。
「昨日の失敗でプロキオンが襲撃を諦めることはあるまい。むしろ昨日よりも手の込んだ策を弄してくると考えた方がいいだろう。昼は引き続きカノープスたちに斥候を頼む」
それで解放軍はバンダルランゲを発ち、街道を一路、カーンガーンの町に向かった。先頭はホークマンのカリナ=ストレイカーで、午後になったらチェンバレン=ヒールシャーと交替する手はずだ。騎乗するのは、いつもエレボスと決まっていて、誰かの後についていくのを嫌がるこのグリフォンは、いつも嬉々として先頭を飛んでいた。
ダルムード砂漠の乾燥は皆の予想以上だった。アルデビール河沿いに歩いているというのに、肌がかさつき、喉が渇いてきたし、風は無数の砂を吹き上げて、服や靴の中に入り込んでくる。少しでも街道を外れると歩きづらい砂丘に足を取られる羽目になり、汗は流れるそばから乾いていった。
上空の有翼人たちも状況は、それほど変わりない。砂は風に乗って舞い上がり、時に砂嵐となってグリフォンが飛ぶより遙か上まで飛んでいくからだ。それにグリフォンやコカトリスの翼と違い、有翼人の翼は砂に弱い。
どちらにしてもダルムード砂漠は、あまり長居したい場所でないことは確かだった。
皆は頻繁に水を飲みたがったがグランディーナは、いつもより多めに休憩をさせることはしなかった。ただ、いままでならば見たこともなかった塩の塊が水と一緒にまわされ、それでも乾燥は耐えがたかった。
アルデビール河が、すぐ傍らを流れていなければ、いつまでも変わらない砂の山に道を見失っていたかもしれない。水平線の彼方に蜃気楼が見えることもあった。アルデビール河という格好の目標がなければ解放軍も砂漠を彷徨い、その砂に埋もれていたかもしれなかった。
チェンバレンが引き返してきたのは夕方、カーンガーンの町にかなり接近したころのことだった。
「帝国軍に待ち伏せされている。ドラゴンもいる混成部隊だ」
「ドラゴンの種類は?」
「ティアマットとブラックドラゴンが混じっている。7、8頭いた」
「ほかの戦力を詳しく話してくれ」
「騎士と狂戦士っぽいのはいたが、それで全員ではないと思う。だが、ほかの連中は隠れているようだ」
「私たちの来ることがわかっていて待ち伏せしているのだろう。敵の戦力がわからないのは厄介だな」
すでに解放軍は停止しており、彼女の命令を待っている。
グランディーナは、まずカノープスたちを呼んだ。
「あなたたちは戦闘に参加しない。この機会に暗殺団が紛れ込んでくるかもしれないから周辺の警戒をしてくれ。グリフォンを使っていい」
「ユーリアはしょうがないとしても5人も見張りにまわす必要があるのか? 俺ぐらい戦った方がいいんじゃねぇのか?」
「敵の総数が不明だ。今朝も話したとおり暗殺団は偽装している可能性がある。戦闘中だと見分けがつかないかもしれない。上空から見ていれば新たな敵がどこから現れたのか、わかるだろう」
「昨日のランスロットみたいな機転をみんなが利かせられりゃいいんだけどな」
「皆が彼ほど互いの顔を覚えていられればな。暗殺団だけじゃない。帝国軍も隠れている者がいる。相手の戦力がわからなくては作戦の建てようがない」
「わかったよ。怪しい奴を見つけたら、おまえに報せればいいんだな?」
「いつも私が動けるとは限らないから、近くのリーダーでいい」
それから彼女は皆に状況を伝えた。待っている間に後続の者が追いついてきて、全員が揃っていた。
「カーンガーンの町で帝国軍が待ち伏せしている。数頭のティアマットとブラックドラゴンは確認できたが詳細な戦力は不明だ。騎士と狂戦士はいるが、それだけでもあるまい。この機会に乗じて暗殺団も動くかもしれない。以上のことから次のように対処する。
カノープスたちには引き続き見張りをしてもらう。敵がどこから現れても即応できるようにだ。ドラゴンにはライアンとサラディンが当たる。半数の魔術師はアッシュとともに騎士と狂戦士、ポリーシャもこちらだが、新たな部隊が出てきた時には優先して、そちらに向かうこと。ランスロットはアッシュの補佐、私は最初、ドラゴンに当たるが随時、攻撃の足りないところへ移る。何か質問はあるか?」
「わたしにも何かさせてくだサイ」
間髪入れずに応えたのはスルストだ。白き魔導師ギゾルフィは十二使徒の末裔だと噂される。会いたいと同行したのだがグランディーナが本隊と一緒なので、することもなくて退屈そうにしていたのだった。
「ならばマチルダたちの護衛をしてくれ。治療部隊が狙われることはないかもしれないが、暗殺団まで、そうとは限らないからな」
「承知しまシタ。
皆さん、わたしがいれば絶対に大丈夫デスヨ」
「お願いします、スルストさま」
治療部隊は女性ばかりなのでスルストはご機嫌だったが、マチルダ=エクスラインが頭を下げたので、さらに満面の笑みを浮かべた。
「ただし戦闘は極力、町中を避けるように。特にドラゴンと戦う時は気をつけろ。行くぞ!」
言うと同時にグランディーナは曲刀を抜き放った。そのままサラディンたち魔法使いとライアン率いるドラゴンを従えてカーンガーンに向かう。
カノープスたちもグリフォンにまたがって一斉に飛び立った。その後からアッシュたちも従い、ランスロットは元騎士団長の左側に陣取った。
「剛毅な人ですネェ」
スルストが、そう独り言ちたのを聞いたのはアイーシャくらいだった。彼女は思わず天空の騎士を振り返ったが、彼は肩をすくめた。
「フェンリルさんやフォーゲルさんなら止めたかもしれませんけドネ」
アイーシャは何か言おうとしたが、その時にカーンガーンの入口で戦端の開かれる音が聞こえてきた。
「グランディーナさんとの約束は守りまスガ、そんなにほかの皆さんと離れてしまわないでくださイネ」
スルストが、そう言って愛嬌のある笑顔を見せたが、言われるまでもなくアイーシャはマチルダたちから離れることはしなかった。自分が戦場に行っても足手まといになるだけだし、スルストが言うよりもずっとグランディーナは自分自身のことをわかっているだろうから。
言われたとおりにカノープスはグリフォンに乗って見張りを務め、いつも以上に辺りの様子に気を配っていた。上空には5人もの有翼人が待機している。そう思うと、つい下りて加勢したくなるのだが暗殺団のことを考え、そうしなかったのだ。
予想どおり、ドラゴンのいる辺りがいちばん激しい戦いになっており帝国軍も、その力は頼みにしていたようだった。もっとも、そのわりに竜使いがいないのは中途半端な話で味方としてはいささか頼りなかった。
それにティアマットの放つイービルデッドは敵味方関係なしに巻き込んでしまう。その威力は脅威だが、こんな混戦状態では使わせられないだろう。
上空から見ていても今日のグランディーナの動きはおとなしかった。ブリュンヒルドを手にしていれば、ティアマットも一刀両断で片づけられるだろうに聖剣は腰にぶら下げたままだ。ムスペルムの武器庫からもらってきたという曲刀を振るい、魔法との連携でドラゴンを一体ずつ始末していく。
西に目を転じれば、アッシュに率いられた騎士たちが帝国軍の騎士や狂戦士たちと切り結んでいる。
「おっと、いけねぇ」
アッシュたちの死角から新手が現れたのは、その時だ。カノープスはグリフォンを飛ばしてアッシュに急接近したが、先にランスロットが気づいた。
「こっちから新手が来るぞ!」
「了解!」
彼は手勢を引き連れてカノープスの指示した方に向かった。
気がつくとオイアクス=ティムも同じように降下してグランディーナに何か伝えている。
それだけではない。カリナとチェンバレンまで下りてき、結果的に解放軍は四方を取り囲まれることになってしまったのだ。
けれども最後のドラゴンを倒したグランディーナが真っ先に包囲網を破ると、手の空いたライアンとドラゴン2頭がこれに続き、囲まれた不利を打ち破った。
結局、負傷者は出したものの解放軍の勝利に終わり、わずかに生き残った帝国軍兵士も遁走したのだった。
戦闘が終わったのを見て治療部隊が合流する。それを見てカノープスたちも降下しようとしたが、考え直して彼だけ上空に残った。陽は、まだ地平線に接近していない。暗殺団が勝利に酔ったところを狙ってこないという保証はないのだ。
解放軍はカーンガーンの郊外に野営地を築いた。カノープスの眼下で次々に天幕が張られ、食事の支度がされていく。
西の地平線に夕陽が沈んでいくのを見届けて、彼もグリフォンの集まっているところに降下した。
「大将、ご苦労様です!」
カリナがすっ飛んできて、ファメースの手綱を受け取った。
「まぁ、俺の取り越し苦労に終わればいいんだ。特に問題はねぇんだろう?」
「リーダーは違う風に言ってましたよ。大将が、ああやって睨みをきかしているから暗殺団も動きづらいんだろうと。今晩も夜営はしなくていいそうです」
「ちぇっ、どうせ労うなら酒の差し入れでもしてくれた方が気が利いているぜ」
「団長がアラムートの城塞に残ってるし、あんまりおおっぴらに酒宴ってわけにもいきませんからねぇ」
「まぁ、ほかの連中が夜営で働いているのに俺たちだけ酒を飲むってわけにもいかねぇけどな」
「ホルモズッサを落として団長と合流したら、ぱあっといきましょうよ」
「そうだな」
トリスタン皇子を初めとする後続部隊は、2、3日遅れて出発する予定だ。ギルバルドは残りの魔獣を連れてやってくることになっていた。
野営地のなかをぶらぶらと歩いていったカノープスは、グランディーナについてリーダーたちの間を歩くランスロットを見つけた。怪我人の手当はすでに終わり、皆が一息ついている。
一角で悲鳴が上がったのは、その時だ。
「あなたたちは、この場を動くな! 即座に警戒態勢を取れ!」
カノープスは、とっさにランスロットと目くばせを交わし、彼がグランディーナを追いかけるのを見送る間もなく、その場を離れた。
見張りはアッシュが立てる。彼はグランディーナの命令を徹底させるために動くのだ。
案の定、突然の騒動に皆は浮き足立ち、くつろいだ気分も、どこへやら吹っ飛んでしまったようだった。
「おまえら、動くんじゃねぇ!」
「し、しかし」
「言い訳は許さん! 敵襲だ、警戒態勢を取れ!」
そう叫びながらカノープスは野営地の間を駆け抜けていった。
彼が一回りしてくるとボブソン=カリクスとメンドーサ=ハリスが武装しており、アッシュの命で就寝までの見張りを命じられたと答えた。
「ほかには誰が立たされたんだ?」
「スティングとブリッドが南東で、バーンズとテッドが西です」
「よし。じゃあ、後は頼んだぞ!」
「はい!」
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