Stage Thirteen「暗黒のガルフ」8

Stage Thirteen「暗黒のガルフ」

海竜の月1日未明、ついにケルーマンの門が破られた。皆の予想に反し、最初に破られたのは南門ではなく東門だった。南門にはプロミオスとギャネガーがいて防塞とともに門を塞ぐのに一役買っているが、東門にはいちばん身体の小さいメラオースしかいないので、そのせいもあったのかもしれない。
その時、ギルバルドは西門にいたが、ユーリアが飛んできて事態の急変を報せた。
「ギルバルドさま! 東門がアンデッドに破られました!」
「ついに来たか。今日の東門は、デボネアの担当だったな」
「はい」
「ですがギルバルドさま、こちらの門も破られるのは時間の問題なのではありませんか?」
すかさず言ったマチルダの言葉に彼は頷いた。
「東門が破られたならば南門も危険だろう。デボネアにはこのままの戦力で東門を死守してくれと伝えるしかない」
「わかりました」
しかしユーリアが戻って、さほど時間も経たぬうちに南門のオーウェル=グスタフが破られたことを伝え、ギルバルドがユーリアに言ったのと同じことを話しているうちに、ついに西門も破られた。
これでケルーマンの町は三方の門をアンデッドに破られ、その侵攻を許してしまったのである。
南門と西門は過剰かと思われるほど積み上げた防塞がアンデッドの侵入を許してもさらに立ちはだかっていた。スケルトンが防塞を越えようとするあいだに浄化魔法が放たれ、崩れていく。
北門を除く3つの門には、解放軍の者も含めて、それぞれ3人の司祭と僧侶が配置され、交代でアンデッドに対処していたが、防塞を乗り越えようとするアンデッドの数にはきりがなかった。
それに防塞は元々、門が破られた時にアンデッドの足を止めるために築かれたので、その上に登って戦うというわけにはいかない。家具を提供した町の者には非常事態なので家具は返せないだろうと断ってはあったが、それでも解放軍が率先して家具を壊してしまうわけにはいかないからだ。
幸いなのは防塞のおかげでスケルトンも容易に町に侵入することができず、一度に侵入できるのはせいぜい1体か2体ということだったが、それも放っておくわけにはいかなかった。
東門の防衛に当たっていたデボネアは率先して先頭に立ち、スケルトン相手にデュランダルを振るった。それは決してアンデッドを倒せない攻撃だったが、彼の後ろにはノルンやユーリア、それにかつての部下たちがいる。その後ろには眠るケルーマンの町がある。彼女らを守るために剣を振るうことを彼も、かつて剣の持ち主だったフィガロも空しいとは言わない。
「デボネア殿、交代しましょう!」
「頼む!」
スティング=モートンが前に立ち、スケルトンと切り結んだ。
その間にも後方から浄化魔法が飛び、アンデッドを消していくが、その間隔も次第に空きがちになる。
ロシュフォル教会の司祭たちも解放軍の者も、ふだん、これほどのアンデッドを相手にすることはない。それに彼女たちは騎士や剣士たちのように戦い慣れているわけでもないので、連続して魔法を唱えるとすぐに息が上がってしまうのだった。
だが、息が上がるのはスティングも同様だった。スケルトンの数にはきりがなく、彼はこんなに長く剣を振るったことなどなかったからだ。
ボブソン=カリクスと交代し、息を整える。その隣ではデボネアもつかの間の休みを取っていた。
「さすがですね、デボネア殿。わたしでは、あなたの半分も持ち堪えられない」
「だが君とボブソンのおかげで、わたしは休むことができる。わたしが戦っているあいだに君たちも休むといい」
「ですが疲れは溜まる一方です。このまま朝まで持ち堪えることができるのでしょうか?」
「我々が持ち堪えられなければ、町にスケルトンが侵入してくる。それでは南門や西門で戦っている皆に迷惑をかけることにもなる。ここは何が何でも死守しなければなるまい」
「そうよ、スティング。私たちもいることを忘れてもらっては困るわ」
ユーリアがメラオースの首筋をなでながら言った。真っ先に東門が破られた時、防塞の前に陣取っていたドラゴンがスケルトンと戦ったのだ。もちろん、それでアンデッドの1体も倒されたわけでもないのだが、メラオースの怒りは激しく、急いで戻ったユーリアが止めなければ炎の息で防塞を焼き尽くしてしまったかもしれなかった。
「行きましょう、メラオース。一緒にこの町を守るのよ」
ユーリアに促されてドラゴンはスケルトンに襲いかかり、ボブソンが下がる。
残念なことに一度も戦ったことがないというケルーマンの自警団の人びとは、この戦いではまったく当てにできなかった。ギルバルドには自警団も戦わせるよう言われていたが、彼らはアンデッドが侵入してくると誰よりも後ずさりしてしまうのだ。デボネアは騎士や剣士を戦場に連れていくことはできたが、戦ったこともないずぶの素人は無理だ。
確かに彼らの力もなければ解放軍だけでこの場をしのぐことは難しいだろう。だが彼らは容易に立つまい。騎士と市民との差は小さくないのだ。
「デボネア殿、時々、一回では浄化できないスケルトンがいますね」
「そうだな。あのようなスケルトンばかりだと手強いな。そうでなくても、こちらも疲れている。だが浄化のことはノルンたちに任せよう。我々は交代で朝まで持ち堪えるんだ」
そこでデボネアは立ち上がった。
「ユーリア、ドラゴンでは長く持ち堪えられまい! わたしと交代して、ブラックドラゴンを連れてくるといい」
「ありがとう、デボネア! そうさせてもらうわ」
ドラゴンは人間などに比べると無尽蔵とも思える体力を誇るが、さすがに次から次へと現われるアンデッドには手を焼いていた。メラオースが炎を吐いてもスケルトンはすぐに復活するし、亡霊や悪霊には素通りしてしまう。いくらユーリアの命令とはいえ、ドラゴンはすっかり及び腰になっていた。
ユーリアはドラゴンの善戦を褒(ほ)めて、なだめた。しかし、さすがの彼女にも、もう一度、メラオースをアンデッドとの戦いに引っ張り出すのは困難そうだった。
それで彼女は南門に飛んでいった。
空はまだ暗く、湿原から現われるアンデッドは切れることがなかった。
南門を守っていたのはラウニィーとライアンの小隊だった。ところがここの防塞はフレアブラスの息に焼かれてなくなっており、壊された門を2頭のドラゴンが身体で塞いでいるような状況だった。
「どうしたのですか、ユーリア?」
ポリーシャ=プレージが近づいてきた。
「ギャネガーを借りていこうと思ったのだけど、これでは難しそうね」
「そうですね。ここは破られて以来、ずっと2頭に任せきりです」
ラウニィーがオズリックスピアを手に立ち上がる。
「だったら私が行くわ。
ライアン、かまわないでしょう?」
呼ばれた竜使いは肩をすくめてみせた。
「ドラゴンと並んで戦うなんて器用な真似は誰もできそうにねぇし、かまわねぇぜ」
「だけど本当に2頭だけで大丈夫なの?」
「いざって時にはギャネガーを引っ込めてプロミオスに守らせる。こいつはアンデッドとも戦ったことがあるんだ。処し方は知ってるさ」
「ならばオーサとダイスンとオーウェルは西門に行って。そちらも大変でしょうからね」
「承知しました」
「ポリーシャはここに残って。何かあったら西門のギルバルドのところへ行くのよ。いいわね?」
「はい」
それでラウニィーはユーリアと東門へ、オーサ=イドリクスとダイスン=テュルパン、オーウェルは西門に向かった。
オーサから事情を聞いたギルバルドはプロミオスの身を案じたが、ここはライアンの判断に任せるしかなかった。
メラオースに替わって東門の防衛についたラウニィーはアンデッドと戦うことの困難さを初めて知った。オズリックスピアの鋭い穂先も亡霊や悪霊にはまるで効き目がないし、スケルトンも彼女の槍を恐れないからだ。そんな心情を察したのか、デボネアからスティングと交代するように言われた時には、ラウニィーは顔から火が出る思いだった。
「無理は禁物です、ラウニィー殿。夜はまだ長い。あなた1人ではないのですから、倒れるまで戦わないでください」
「本当、デボネア?」
「はい?」
「私はそんなにへこたれそうだったかしら?」
デボネアは微笑んだ。
親友との決別が彼を変えたとラウニィーは思う。四天王だった時は末席だと陰口をたたかれ、一軍を率いる将としてはひ弱さも感じられたものだが、フィガロと死闘を繰り広げてからの彼には落ち着きと頼り甲斐が備わってきたように思える。
「そういうわけではないのですが、止めなければ、あなたはそうしていませんでしたか?」
「そんなこと、しないわ」
彼女はつぶやいた。
「ここで私が倒れたら、戦う者が1人、減ってしまうではないの。あなたたちに迷惑をかけてしまうわ」
「そうです。まだ夜明けまで相当あるでしょう。短絡的な思考では乗り切れません」
「でも私たちもこれで精一杯よ。ノルンたちだって疲れているし、あなたはこの後も乗り切れると思っているの?」
「乗り切らなければ、わたしたちは死にます。我々解放軍だけではなく、このケルーマンの町がアンデッドに呑み込まれてしまうのです。そんなことは、このデボネアの名にかけて防いでみせます」
そう言って彼は立っていき、ボブソンと交代した。
ボブソンはすっかり疲れた様子で、ユーリアにいたわられても応えることもできないようだった。しかし、それはスティングも似たようなものだったし、ラウニィーもじきにそうなるだろう。そうなってしまったら、いくらデボネアでも1人では守りきれないはずだ。
だが彼の動きに衰えはなかった。デュランダルを振りかざし、スケルトンを打ち砕いていく。幾度も幾度も、幾体も幾体も、何体、いいや、何十体のスケルトンが彼によって砕かれ、また立ち上がってきただろう。そのたびにデボネアは剣を振るい、侵入しようとするスケルトンを打ち倒した。何度も何度も、飽きることもなく。
途切れがちになる浄化魔法も彼が戦う時には止められた。ノルンたちの疲労がそれほど酷いためだ。彼もそれを意識してか時間をかけているのがわかる。
もともと彼の技量は高いので本当ならばスケルトンなど一撃で倒せるだろうに、そうされたスケルトンは甦るのも早いため、わざと打ち合っているのだ。その方がずっと疲労も溜まるだろうに、デボネアは何も言わないのである。
アンデッドだけが変わらない。骨を鳴らして防塞を乗り越えてくる。何度、皆に飛ばされても、やがて元の形をなし、ただ向かってくる。その流れだけは途切れることがない。まるでそれが荘厳な儀式であるかのようにアンデッドたちはひたすらに前進してくるのだった。
わずかな浄化魔法だけが、それを止める。けれど、それもほんの一瞬だけでアンデッドたちは、何事もなかったかのようにまた前進を続けるのだ。
ラウニィーはデボネアと交代してオズリックスピアを振るった。
単体のスケルトンは決して手強い相手ではない。剣と楯で武装しているが、たいがいの剣は傍目にも刃こぼれしていることがわかるし、楯だってかまえているだけで、一、二度たたかれれば簡単に壊れてしまう物も少なくない。スティングやボブソンだって、ふだんならばスケルトンなど苦にもしないだろう。
彼らが恐ろしいのは集団としてだ。尽きることのない、その数ゆえにだ。そして倒しても倒しても、また蘇るためにだ。
ラウニィーは己の恐怖を気づかせまいと思った。恐れは味方に伝染しやすい。そして敵を勢いづかせるからだ。自らの恐怖を打ち払うため、もう何体目になるのか数えてもいられないスケルトンを弾き飛ばした時、彼女はオズリックスピアをかまえ直し、聖槍騎士の呪文を唱えた。
「嵐雲から出し雷獣よ、その鉤爪で、土地を引き裂かん、サンダーフレア!」
いくつもの電撃が防塞の向こう側に落ち、5体ばかりのスケルトンを一時的にでもなぎ倒した。
互いの骨を適当につけ合わせながらスケルトンはまた立ち上がったが、皆の眼差しに力が蘇るのをラウニィーは不思議に思った。
「お見事です!」
スティングにそう言われても、彼女には褒められる理由などない。ただ自分にできる精一杯のことをしただけだ。
「あなたが味方で心強い限りですよ」
「私がスケルトンを倒したわけではないわ」
「それはわたしたちも同じです。でも、いまのあなたは一度に5体ものスケルトンを打ち倒したではありませんか」
「1体だろうと5体だろうと倒してもいないものを褒められる覚えはないわね。それにグレッグもいるじゃない。こんなことができるのは私だけではないでしょう?」
呪文など唱えたのはほとんどやけくそだったのだとは言いづらくてラウニィーが誤魔化そうとすると、当のグレッグ=シェイクは真顔で彼女の言うことを否定してみせる。
「ですが、わたしはあなたのようにスケルトンと戦えません。そんなことができるのはあなただけです」
彼女は呆れたが、言葉は口をついて出た。
「だったら、スティングやボブソンの後方から呪文を唱えればいいじゃない。あなたになら、それぐらいたやすいでしょう?」
「そうですね、わたしは役に立てないと思っていました」
「馬鹿おっしゃい。私のしたことを褒めておいて、どうしてあなたが役に立てないことがありますか。たとえ一時でもあなたがスケルトンを倒してくれたならスティングたちだってどれだけ助かるか考えてもごらんなさい。あなただけ戦わないなんて、この状況では許されることではないわ」
「申し訳ありません」
グレッグは首をすくめたが、すぐにボブソンの後ろから援護に入ったのは実戦慣れしていると言えた。
「お疲れ様、ラウニィー」
「まったくユーリアだってメラオースと一緒に戦ったっていうのにグレッグが何もしてなかったなんて考えられないわ!」
「戦っただなんて、私はメラオースと一緒にこの町を守っただけよ」
「それを戦ったと言うのよ! コイオスとタラオスも連れてくれば良かったわ」
「ラウニィー殿、よろしいですか?」
「何かしら?」
振り返るとデボネアの周りに自警団の者たちが集まっていた。彼らは皆、初心者でも扱いやすい4バス(約120センチメートル)ほどの短槍を持っていたが実戦経験のある者は1人もいなかったはずだ。
「どうしたの?」
ラウニィーが近づくと彼は困惑した顔で振り返った。
「いまのあなたの呪文に力づけられて、自分たちも戦わせてくれと言うのです」
「いいことだわ」
「ですが、彼らに教えている時間はありませんし、わたしは槍が苦手です」
ラウニィーはスティングやボブソンを見たが、2人とも得物は剣で槍ではない。デボネアが苦手だと言う物をその2人が得意だとは思えなかった。しかし、デボネアが槍が苦手だという話も初耳だ。
かといって、せっかくやる気になったのを、教えられないと追い返す手もあるまい。
「わかったわ、私と一緒に戦いましょう。槍の基本は突きよ。1人で戦うことはないの、みんなで戦えば、ドラゴンだって止められるわ」
「本当でしょうか?」
「そうよ。さあ、槍をかまえなさい」
自警団の者は6人いて、全員、男性だが年齢はまちまちだ。背も高い者もいれば低い者もいる。少し小太りの者もいるし、痩せた者もいた。丸い兜をかぶり、槍をかまえた姿勢もてんでばらばらだった。
それを見たラウニィーはため息をつきたくなったが、言い出した手前、ここでやめるわけにはいかない。彼女は彼らに槍の角度と持ち方と腰の入れ方を教えてやって、ひとまず四方八方を向いていた槍の穂先が揃った。
「かけ声に合わせて槍を動かしなさい。動きが揃ったら実戦に入るわよ」
ばらばらの顔が、この時だけは揃って嫌そうになった。言い出してはみたが、まさか解放軍に受け入れられるとは思ってもいなかったのかもしれない。
しかしラウニィーはかまわず自分からかけ声をかけて、槍を動かし、彼らにも真似をさせた。動きはばらばらで、かけ声も最初は小さかった。
けれど次第に声が出てきて、それで声が揃うようになると動きもようやく揃い出した。
そのあいだ、アンデッドの攻撃はデボネアたちにグレッグも加わってしのいだが、スケルトンが防塞を壊して侵入しようとしていた。交代しながらとはいえ誰も一晩中、戦闘していた経験などない。終わることのない疲労がさすがのデボネアをも蝕みつつあった。
「デボネア、下がって!」
ラウニィーと自警団の者がそろって前進する。彼女らはかけ声に合わせて一斉に槍を突き出した。さんざん練習していたにもかかわらず、その動きはばらばらで、実際にアンデッドを前にしたことで声も途切れかちになった。
しかし、そのうちの1人の槍がスケルトンに命中した。彼らの表情が変わったのはその時だ。
「いいわよ、その調子!」
すかさずラウニィーが褒めると、次のかけ声が大きくなり、動きがまた揃い出した。その槍は次に防塞を乗り越えてきたスケルトンを近づけず槍衾(やりぶすま)となって新たな防壁を築いた。自警団員の表情に自信が生じてくる。こうなればしめたものだ。何度か実戦に投入してやれば立派な戦力になるだろう。
しかし、彼らにとってはこれが初めての戦いである。ラウニィーは早めに切り上げてスティングと交代した。
「お疲れ様、皆さん」
ユーリアが声をかけて、7人に水を配る。
アンタリア大地で有翼人は珍しいようで6人は彼女を凝視していたが、彼女に微笑み返されると何も言えないらしい。
「あまり水ばかり飲まないのよ、逆に疲れてしまうから。息を整えて、ゆっくり深呼吸をなさい。槍はこう持って、安易に座らない」
6人がラウニィーに言われたとおりに動く。早く切り上げさせたこともあって誰も息を切らしていない。
「どう、初めて戦った感想は?」
「興奮しました」
いちばん年下っぽい若者が言うと、ほかの5人が笑い声を上げた。
「何だよ、みんなだってそうだろう? 最初に当てたのが俺じゃなかったのは残念だけど自分でケルーマンを守ってるんだって思うと、つい力が入ったよ」
「そうだな。リントンの言うとおり、自分の町を守ってるって俺も実感したよ」
「そうだろう?」
それでほかの4人も我先にと話し出したので、ラウニィーは話の輪には加わらずに見守った。
すると彼女の肩をたたく者があったので振り返るとデボネアだ。
「さすがですね。正直なところ、わたしは彼らが戦力になるなんて考えてもいませんでした」
「あら、だから槍が苦手だなんて言ったのね? 四天王にまでなった人がおかしいと思ったわ」
「剣ほど得意でないことは本当ですがね。ですが彼らに教えている時間も惜しいと思ったものですから。あなたがいてくれて本当に助かりました」
「残念だけど、あまり褒められたような気はしないわね」
そこで彼女は声を潜めた。
「だけど私もいつまでも彼らにつき合うつもりはないわ。彼らは6人でもしょうがないでしょうけど私は1人で戦えるもの。あと数回、一緒に戦ったら、後は彼らだけで戦ってもらうわ」
「十分です。グレッグも加わったおかげでスティングとボブソンが楽になった。これなら今晩は持ち堪えられるでしょう」
「明日のことはどうなの?」
「わたしはそこまで楽観的ではありませんよ。それに、いまは今晩のことで手一杯です」
「あなたらしいわね」
それから最初も含めて三度、自警団とともに戦ったラウニィーは彼らに四度目は手を貸さないと伝えた。
「私がいた分、場所が空いてしまうから、少し間隔を開けるといいわ」
「いきなり、できるでしょうか?」
彼女が外れると知って、6人はまた自信を喪失したような顔になる。
「大丈夫よ、あなたたちは三度、ここを守ったわ。私がいなくても、やることに違いはないのよ、もっと自信を持ちなさい」
「ですが、先ほどまではあなたが一緒に戦ってくれました」
リントンの言葉に残る5人が頷く。
「甘えるのもいい加減になさい! あなたたちの槍は飾りですか? あなたたちは何のために自警団に入ったのです? 誰かを守りたいのなら、いつまでも私たちに甘えるのはよしなさい。大切な人をその手で守らなくて何が戦士です。ロシュフォル教会の方たちが独りで戦っているというのに、あなたたちは6人でも戦えないと言う。恥を知りなさい!」
思わぬ叱咤を受けて6人は揃ってうなだれたが、ラウニィーは彼らを睨みつけていた。
「ラウニィー殿、そろそろデボネア殿と交代していただけませんか?」
そこへスティングが声をかけたので、6人はまた顔を上げた。
「わかりました。私の後で彼らに守ってもらいます。あなたたちは休んでいてよろしい」
「承知しました」
彼女はオズリックスピアの石突きを地面に落とし、槍を持ち直した。どんなに疲れていても父から贈られたこの槍を手にすると、彼女は新たな力が湧いてくるのを感じた。それは、こうして敵味方に分かたれてしまったいまとなっても変わることなくラウニィーに決して切れることのない父との絆を思い出させてくれる。あるいは父にとり、彼女がこのアンタリア大地で戦うことは意に背くことなのかもしれない。けれど、もう一度ヒカシュー大将軍に会える日まで彼女は戦い続けるだろう、たとえオズリックスピアを失ったとしても。
その時、彼女は父に胸を張って報告するだろう。あなたの娘として誇りを失わずに戦い続けてきたと。
そして無限とも思えるアンデッドの群れもいつか途切れるのだ。明けない朝がないように。
「さあ、戦いなさい! ケルーマンはあなたたちの町よ、あなたたちが守らなくて誰が守るというのですか?」
「はい!
行くぞ、みんな!」
そう言ってほかの5人を先導したのはリントンと呼ばれた若者であった。
同様の事態はギルバルドとマチルダの守る西門でも起きていた。こちらで自警団の勇気を引き出したのは同じ町のロシュフォル教会の女性たちで、彼らに指導したのはギルバルドだった。そのために彼はマーウォルスを前線から下げた。このレッドドラゴンは雌なのでメラオース同様あまり好戦的ではないのだ。
ギルバルドは自警団の者を3人一組にして侵入してくるアンデッドに当たらせた。
この方法には2つの利点があった。人数が少ない分、息を合わせるのがたやすく、ほかの者が少しでも多く休めることだ。しかし、6人で守るほどの威力はないので、スケルトンをなかなか下がらせられなかったが、防塞の上にたまってきたところに浄化魔法を放てば、もっと効率的にアンデッドを消滅させられた。
「よくやった! 下がって交代しよう!」
「はい!」
自警団の者たちは息を切らせていたが、どの顔も上気して自信を得ていた。
「初戦でこれだけ戦えるなら十分だ。自信を持っていい、ケルーマンを守っているのは自分たちだと」
「あなたの指導のおかげです、ギルバルド殿。わたしたちが戦えるなんて思ってもいませんでした」
「感謝ならば、ロシュフォル教会の方たちにするといいだろう。真にアンデッドを消せるのは彼女たちだけなのだから。我々はアンデッドの侵入を防いでいるにすぎない」
「でもいままでは自分たちにそんなことができるなんて思いもしませんでした。その技を教えてくださったあなたには感謝の言葉では足りないくらいです」
「安心するのはまだ早い。夜が明けて明日になり、アンデッドの数が減らなければ。だが今度は疲れても容易にやめることはできんぞ。我らも疲れているのだからな。おぬしたちは貴重な戦力だ」
「はい!」
しかも東門と西門には南門の自警団の者が半分ずつ加わり、東門の方もギルバルドのやり方に倣ったので、さらに余裕ができた。
それでギルバルドが南門へ行くと、ギャネガーはとっくに引っ込んでいて、プロミオスが1頭で守っていた。フレアブラスの身体はガルビア半島で進化した時のように激しい火の粉を帯びて、ライアンさえ容易に近づけなくなっていた。
ギルバルドが身体越しにのぞくと、プロミオスに近づいたスケルトンはまず楯が燃焼してしまっていた。斬りつける偃月刀は無事だが、その柄も燃え出す始末で、プロミオスを中心に10バス(約3メートル)ほどの範囲が危険地帯なのだと言う。
「いったい何があったのだ、ライアン?」
「見てのとおりだ。アンデッドに斬りつけられて手がつけられなくなった。あいつらがいなくなるまで収まらねぇだろう」
「火事になったら、どうする?」
「防塞なら、とっくにプロミオスが片づけちまったし門もスケルトンと一緒に焼いた。燃やしそうな物は遠ざけてもらったし飛び火した時のために樽に水も汲んである。あとはプロミオスの体力がどれだけ保つかだけが心配だ」
「保ちそうなのか? アンデッドに門を破られてから、ずっとああしているのだろう?」
「俺の見たところでは今日は大丈夫だろう。そら、やまねこ座が昇ってきてる。ぼちぼち夜が明けるぜ」
「だが明日の守りはどうする?」
「プロミオスは引っ込めてギャネガーとマーウォルスを使う。東門と西門にまわした自警団の奴らとかも戻してくれればいい」
「アンデッドが減ってくれればいいのだがな」
けれど、2人がそんな話をして間もなくライアンの言ったとおりに東の空が次第に明るくなり始め、誰もが待ち望んだ朝が近づいていることを教えた。
そうと気づいたアンデッドたちも、いつまでもとどまってなどいなかった。空が白々となるにつれ、その群れは後ずさりし、ダーイクンデイー湿原に呑み込まれていった。
やがて曙光が差し込んできた時、アンデッドはケルーマンの近くには1体も残っていなかった。その残骸とも言える楯の切れっ端や刃は転がっていたが彼らは町を守りきったのである。
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