Stage Thirteen「暗黒のガルフ」9

Stage Thirteen「暗黒のガルフ」

海竜の月1日、夜明けとともにグランディーナたちはカンダハルに向かった。広大なダーイクンデイー湿原はここで終わる。町の南側にはアンタリア大地では一部の地域でしか見られない乾いた草原が広がり、そのずっと南には広くて高いバルヴァーン山脈が東西に長く延びていた。ここがゼテギネア大陸の最南端となるのである。
バルヴァーン山脈はゼテギネアにあるどの山よりも高い絶壁で、鳥や魔獣さえ滅多に越さないという天然の壁である。この山脈を抜けて南側に至る道はいまだに発見されていないため、南に行くにはカストラート海からずっと東に向かい、旧ゼノビア王国の属国リヒトフロス王国さえ遙か西に見て迂回しなければならず、ゼテギネア大陸との交流はガリシア大陸以上になく、何という名でも知られていないのだった。
アラディの報告どおり、カンダハルは闇に覆われていた。周囲を街壁に囲われているところはほかの都市と違いはないが、有象無象のスケルトンが町中を歩き回っているのが異常な光景だ。
「カンダハルの神殿はどこにある?」
「町の中央に広場があって、その真ん中だ。それほど大きな建物ではない。祭壇は北方、カオスゲートの方を向いている。オウガバトルの様子を描いた着色硝子があるので、すぐにわかるはずだ」
「カノープス! 神殿の様子が見えるか?」
「こう暗くちゃ、わからねぇな! エレボスとなら偵察に行ってもいいぞ!」
「わかった! 一度、下りよう!」
それでカノープスがエレボスを飛ばして、カンダハルの上空を一回りしてきた。その翼には亡霊も悪霊も追いつけないが、カノープスの視力もあってこそ可能な技だ。
「どうだった?」
「入り口は南側だ。入ってすぐの両脇に10階建ての塔があって、その北側が会堂だな。奥行きは入り口から70バス(約20メートル)ぐらいだと思うが、会堂の高さも同じくらいある。会堂の屋根は傾斜がきつくて、グリフォンを着地させるのは難しいな」
「進入路は入り口だけではあるまい?」
「塔にも会堂にも窓があった。ただ、着色硝子じゃなくて、どれも真っ黒だったな。単に中が暗いのかカーテンで遮ってるのかしれないが、そこまではわからねぇ」
「では中の様子は見えなかったのだな?」
「無理無理。亡霊や悪霊に見つかって大急ぎで逃げてきたんだ。中なんか拝んでる暇があるかい」
カノープスの報告を聞きながら、グランディーナは神殿の見取り図を地面に描いた。
「建物の周囲は広場だそうだが?」
「そこもスケルトンでいっぱいだ。当然、そいつらを片づけないと神殿の入り口は使えねぇ」
「会堂と塔が同じ高さということは10階分の吹き抜けなのか?」
「そうだ」
カノープスに替わってフォーゲルが頷いた。
「聞いた感じでは俺の知っている神殿とほとんど変わっていないようだ。地上でも最も古い建物だろう」
グランディーナが祭壇のある北側に印をつけた。
「ここの着色硝子の大きさは?」
「言うと思ったぜ。全部割れば、グリフォンで通れるだろう。エレボスは特別大きいが、1頭ずつなら大丈夫だ」
「ならば、こうしよう」
彼女が招いたので、9人は図の周りに集まった。
「まずグリフォンで神殿に近づく。ランスロットはアイーシャと、チャールスはレイカと同乗して2人を亡霊や悪霊から守ること。
カノープスとケビンはここの着色硝子を割れ。
そこでサンダースが〈光のささやき〉を使う。
私はカノープス、サラディンはケビンと同乗する。硝子を割ったら神殿に入る。オミクロンもユーシスも祭壇の近くにいるだろう。後は臨機応変に動いてもらおう」
「近づくまでの亡霊と悪霊はどうします?」
「アイーシャとレイカに任せる」
「また〈闇の香り〉を使われたら、どうするのだ?」
「〈光のささやき〉は1つしか使わない。オミクロンが〈闇の香り〉を使うまでの場つなぎだ。大した効果はもとより期待していない」
「中にもアンデッドがいるだろう。オミクロン殿が祭壇の近くにいなかったら、どうする気だ?」
「神殿の構造から見ても、ほかにいそうなところは塔だけだ。だが塔の部屋は狭い。ここでアンデッドを生み出すのは効率が悪くないか?」
話を返されてサラディンが頷いた。
「神殿の幅から考えて塔の各部屋は10バス(約3メートル)足らずしかあるまい。アンデッドを作るには人間が要る。それを置くにはあまり向かないな」
「しかしそれなら、オミクロンはそんなにたくさんの死体をどこから持ってきているんだ?」
「アンデッドを作るのに死体である必要はないのだ。活発に動いていなければ生きている人間から作ることもできる。おそらくカンダハルにいた者が犠牲になっているのだろう。墓もあったろうしな。それに加えて来た時に持ってきた可能性も捨てきれない」
ケビンが激しく歯ぎしりをする。オミクロンに対する怒りは彼のなかで頂点に達しそうだ。
「悪いが、もう1つ確認させてくれ。もしもここの着色硝子を割れなかったらどうする?」
「光を防ぐためにも裏から板で補強してある可能性もあるか。
グリフォンの体当たりではどうだ?」
「一度に1頭しかできねぇぞ。エレボスなら、やらせてみなけりゃわからねぇが、蹴飛ばさせるのとどっちがいいかな?」
「その時はグリフォンよりも魔法を使った方がいいだろう。わたしがファイアウォールを唱える。サンダース、そなたがアイスフィールドを唱えてくれ」
「わかりました」
「それでもまだ侵入できないのなら、もう一度ファイアウォールを使えばいいだろう」
「そうしよう。私とカノープスがエレボス、サラディンとケビンがピテュス、ランスロットとアイーシャがメムピス、チャールスとレイカがシューメー、フォーゲルとサンダースがピタネだ。アンデッドにはあまりかまうな。オミクロンを倒し、ユーシスを助け出したら、ここに用はない」
「了解!」
グランディーナがサンダースに〈光のささやき〉を渡して、各々がグリフォンに乗り込んだ。〈何でも屋〉のジャックさえ2個しか調達できなかった稀少品だが、見た目は小さな袋に過ぎない。
「行くぞ!」
エレボスを先頭にグリフォンが飛び立つ。カンダハルの上空にさしかかると、急に周囲が暗くなった。それでも周辺の陽の光があるから、外から見た時ほど真っ暗ではなく、町の中央にあるという広場も、そこにある神殿も判別がつくほどの明るさは残っている。
グリフォンは通常、高度300バス(約90メートル)以上を飛ぶ。亡霊や悪霊は浮遊するのであって飛行するわけではないから、ふつう、両者はすれ違わないで済む。
神殿の屋根の上には、亡霊も悪霊もいなかった。ただカノープスが報せたとおり、急な三角屋根はグリフォンも人も乗っているには向かない。
「やるぞ!」
カノープスの合図でケビンが構えた槍の石突きを力一杯、着色硝子にたたきつけた。反対側をカノープスの鎚が殴り、硝子は派手な音を立てて全壊した。
と同時にサンダースが〈光のささやき〉を使ったので辺りの闇が一斉に払われて、カンダハルの上空は本来の明るさを取り戻した。
それよりも早くエレボスとピテュスが続いて神殿の中に飛び込んだ。
エレボスが突っ込むなり、グランディーナは飛び降り、大上段からオミクロンに斬りかかったが、すんでのところでこれは避けられた。
「我々は解放軍だ! オミクロン、覚悟!」
「愚か者め! わしのかわいいアンデッドに貴様らがかなうと思ったか?!」
「おうよ!」
ケビンもグリフォンを降りるなり、群がってきたスケルトンを力任せになぎ払った。
「我が名はケビン=ワルド、ホーライ王国騎士団の名誉にかけて、貴様の裏切りは許さんぞ!」
「ホーライ王国だと? ラシュディさまのたった二度の禁呪で壊滅した国の生き残りが何をほざく! 貴様もアンデッドにしてやろう、わしの術でなら楽に死ねるぞ」
「ふざけるなっ!!」
2人にさらにスケルトンが群がった。
ケビンは槍を振り回して、これを振り払ったが、アンデッドの特性で倒してもすぐに甦ってしまう。
そのあいだにもオミクロンはアンデッドに守られ、神殿の中央に後退していく。そして彼が再び〈闇の香り〉を使ったのだろう。明るさがまた失せていった。
「ケビン、離れていろ!」
だがグランディーナの手中には聖剣ブリュンヒルドがある。振り上げた剣を目にも止まらぬ速さで振り下ろすと、鎌鼬(かまいたち)は淡い緑色の光を帯びてアンデッドを一網打尽になぎ払っていった。聖剣による攻撃は司祭たちの浄化と同じ効果を持っていたからである。
それはぎりぎりオミクロンに届かなかったが、その前にできた空きにケビンが突進する。
「諸々の悪しき霊よ、我に楯突く愚か者を討ち滅ぼせ、ダーククエスト!!」
「うおおおっ?!」
だがオミクロンの魔法をもろに受けて、さすがのケビンも足を止めた。その隙にアンデッドが空きを埋めてしまい、三度、彼の周りに群がった。
グランディーナがケビンを助けに入ったが、ブリュンヒルド一振りでこれをしのぐには、さすがの彼女もシグルドで力を使いすぎていた。
「聖なる父フィラーハの慈悲深き御名において命ずる。汝、迷える霊よ、この世のくびきより放たれよ。安らぎを知らぬ魂よ、所在の処に還れ!」
その時、浄化魔法の光が神殿内に拡がった。アイーシャとレイカが同時に唱えたので、相乗効果を起こしたのだ。
それはケビンの周囲のアンデッドを消滅させるに足りた。それでもまだオミクロンとのあいだを遮るスケルトンをグランディーナが片づける。
「かたじけない、皆の衆!」
ケビンの突進にオミクロンが再び魔法を唱えようとしたがサラディンがわずかに先んじた。
「回れ回れ、風よ、回れ、渦となれ、トルネード!」
「何だと?!」
足止めをされたオミクロンをケビンの槍が確実に捉えた。穂先は死霊術師を貫き、彼は槍ごと掲げられた。
「オミクロン、討ち取ったり!」
「馬鹿な、貴様らなどに−−−」
「そんなものはさっさと棄てろ!」
グランディーナとカノープスはケビンをエレボスに無理矢理乗せた。オミクロンの身体が槍から離れなければ槍も捨てさせかねないほどだったが、幸い彼は愛槍を捨てないで済んだ。
それからグランディーナはピテュスに乗り、いままで見向きもしなかったユーシスに近づいた。
天使長は祭壇の上に立てられた十字架に逆さに磔(はりつけ)にされている。手足から血を流し力なく首を垂れていたが、グランディーナが手を伸ばすと突然跳ね起きた。
「触るのではありません、汚らわしい!」
「うるさい、黙っていろ。こんなアンデッドだらけの場所にいつまでもいられるか」
「人ごときが私に触れるのではありません!」
ユーシスはなお、そう言ってもがいたが血が流れるばかりで手と足を止めた釘は容易に外れなかった。
結局、フォーゲルが3ヶ所の釘を抜きユーシスをピタネに乗せた。一行はやっと神殿を離れカンダハルの郊外に着陸した。
「フォーゲルさま!」
天空の騎士を認めたことで天使長はグランディーナたちが助け手だと理解したらしかったが、彼女らを無視した高慢さはエインセルたちと同じだった。
「大丈夫ですか、ユーシス殿?」
「フォーゲルさまこそ、なぜこのようなところにおいでなのです? まさか天界で良からぬことが起きたのでしょうか?」
「話せば長くなりますが、まずはあなたを捜すためです。ですが酷い傷だ。あなたをこのように扱うとはオミクロンという男、神をも恐れぬ輩と見える」
しかし彼女がその身を浮かせると、すぐに玉のような肌の輝きを取り戻した。天使には怪我さえも一時的なことに過ぎないらしい。
「大したことではありません。私の力がアンデッドを作り出すのに使われたことに比べれば、このような傷など、その報いと言ってもいいでしょう。それよりもフォーゲルさま、ミザール姉様を助けるのを手伝ってはくださいませんか?」
「ミザール殿は堕天したのではありませんか? いくらミザール殿とはいえ、フィラーハが一度、決めた堕天を取り消すとは思えませんが?」
「いいえ、そんなはずはありません! ミザール姉様がキャターズアイを返せば、フィラーハさまはきっと堕天を解いてくださるはずです。天使長になった私がいまだスローンズなのがその証、ミザール姉様がキャターズアイを手放さないうちに急がなくてはなりません」
「ラシュディがミザールにキャターズアイを持たせたままだとは思えない。姉を助けたがるあなたの気持ちもわからないではないが、事態はそんな楽観視できるようなものではないと思う」
「人間風情が口を挟むことではありません! あなたたちは私をミザール姉様のところに連れていけば良いのです。
一緒に来ていただけますね、フォーゲルさま?」
「その話はこれからバーミアンに戻るまでのあいだにするといたしましょう。まずは暗くなる前にここから離れなければ」
「ええ、わかりました」
しかし2人がグリフォンに乗る間もなく、グランディーナが声をかける。
「フォーゲル、先に帰りたければピタネに乗っていけ。私たちはもう一仕事ある」
「なぜ、あなたになど命令されなければなりませんか? フォーゲルさまがいらっしゃるのです。その命に従いなさい」
「ユーシス殿、この者たちのリーダーは彼女です、俺ではない。このグリフォンも解放軍に所属しているのです。
それで一仕事とは何だ? オミクロンを倒して終わったのではなかったのか?」
「カンダハルに生存者がいるかもしれない。その確認をしないうちは離れるわけにはいかない」
「どうやって捜すのだ? カンダハルは大きな町ではないが、あのようにアンデッドがうろついていては明日になるまで待たねばなるまい。〈闇の香り〉の効果は、あと半日は持続するだろうからな」
「〈光のささやき〉を使えば〈闇の香り〉の効果は打ち消せる。皆で手分けすれば、町中を捜せるだろう」
「ならば、すぐに始めた方がいい。日が暮れればアンデッドがまた活発に動き出す。だが生存者が残っているとは思うな」
「わたしがグランディーナ殿にお頼み申したのです。万が一を思うと、このまま去るわけにはいきません」
「謝る必要はねぇぞ、ケビン。
さあ、〈光のささやき〉があるならとっとと使っちまえよ! その方がアンデッドも早くいなくならぁな」
「そうだな」
カンダハルの上空でグランディーナが〈光のささやき〉を振りまくと、辺りの闇が消え、昼の明るさを取り戻した。
地上を我が物顔で闊歩(かっぽ)していたアンデッドたちは暗闇を求めて地面や地下に逃げ込み、一行の探索を容易にさせた。だが、日暮れまで時間いっぱい行われた探索は、逆にこの町に生存者が1人も残っていないことを裏づけただけだった。フォーゲルまで手伝って彼らは地下室をものぞいたが、カンダハルに生きている者は残っていなかった。残っていたのはアンデッドになり損ねた多くの死体だけだ。
「急いで北の島に渡るぞ。アンデッドが動き出している。
カノープス、あなたがアイーシャ、レイカとエレボスに乗ってくれ」
「俺だけ鞍なしかよ?」
「万が一落ちても、あなたなら飛べるだろう」
「へいへい」
「すみません、カノープス」
「気にするな、どうせ1人あぶれるんだ。アヴァロン島に行った時にユーリアがやったことを覚えていたんだろう」
そのあいだ、ユーシスはずっと皆を睨みつけていたが、フォーゲルに釘を刺されたのか何も言わなかった。
こうしてグランディーナたちはカンダハルを離れた。
しかし、オミクロンが倒された後にも変わることなく現われるアンデッドを見ると、たとえようもない疲労感が彼らを包むのだった。
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