Stage Thirteen「暗黒のガルフ」
闇竜の月24日、ギルバルドは引き続きテイシアとともにケルーマンの有力者と会い、門のことや防衛について相談に乗った。もっとも乗ったと言っても、あくまで提案したり問題を提起するのはもっぱらギルバルドの方で、いままでこの問題をテイシアたちロシュフォル教会の者に任せきりだったケルーマンの人びとは積極的な話はしてこなかった。できないのだとも言えた。
「門が破られたら事です。町の皆さんに防塞が築けるような家具や木材の供出をお願いしましょう。ですが、ケルーマンの門は町ができて以来、一度も取り替えられたことがないのです。ケルーマンだけでなくアンタリア大地全体が同じような事情でしょう」
「いまからでも門を換えることはできませんか?」
テイシアが訊ねる。
「難しいでしょう。このケルーマンだけが襲われているわけではありませんしアンタリア大地にそんなに大きな木は見つかりません。ほかのところから輸送してもらうには日にちがかかりすぎます。万が一、破られた時には解放軍の方々のお力を頼りにするしかありません」
「湿原にいちばん近い南門だけならともかく、複数の門が破られた時には自警団と我々の力だけで持ちこたえられるかわからんが、全力は尽くそう」
「ありがとうございます、ギルバルドさま。
それでは皆様方、解放軍の方たちは昨日、ケルーマンに着いてから、どなたも眠っていらっしゃらないのです。ゆっくり休ませてあげてください」
「そうでしたな。
それでは今晩もよろしくお願いしますぞ」
「いや、アンデッドと戦うことになったら、自警団の方たちもともに戦ってもらう。これはアンタリア大地にいる、あなた方の問題だ。偶然ここに現われた我らを必要以上に頼っては、我らがいなくなった時に同様の問題が起こっても対処できないだろう。それでは失礼いたす」
ギルバルドが立つと後をついてきたのはテイシアだけだった。町長以下、出席した者たちは呆気にとられ、返す言葉もないようだ。
「あのように言っていただけて、ロシュフォル教会の者としてお礼を申しあげますわ」
「なぜ、そのようなことを仰るのだ?」
「アンタリア大地はホーライ王国があったころまでは王都に附属する直轄領として優遇されていたのです。それがホーライ王国が滅亡して以来、ゼテギネア帝国には見向きもされず、もともと封印の地というだけで何の産業もない辺境の地に落ちぶれてしまいました。多くの人がアンタリア大地を離れましたが、この土地にしがみついて離れられない人も多かったのです。24年も経って、ようやく自活できるようになりましたが、解放軍がゼテギネア帝国を倒した後にできる国には、また特別な場所と認められたいと思っている方も少なくありません」
「だが、そのためには封印の儀式を復活させる必要があるだろう。最後の神官長となったオミクロンの放逐以来、その知識は失われたと聞いているが、ロシュフォル教会の方々はご存じか?」
「いいえ。オミクロンはロシュフォル教会とは何の関係もありません。どのような理由で神官長と呼ばれているのかも存じません」
「天空の三騎士の方々ならば存じていようが、いま訊くことでもないな。テイシア殿も早く休みなさい」
だがギルバルドにはわかっていた。町長たちにああは言ったものの自警団の若者たちを戦闘に引っ張り出すのは容易ではない。かといって解放軍だけでは、いざ門が破られた時には対応しきれないだろうと。
その日の夕方に起き出した解放軍は、ライアンと4頭のドラゴン以外は昨日と異なる門の守りについた。昼間のあいだに住民が築いた防塞はより厚く、強固なものになっていたが、しょせんは家具の固まりなので実際にアンデッドが攻め込んできた時にどれだけもつかはわからない。
しかし、闇竜の月24日から海竜の月1日の晩にかけては、その前の晩と違ったことは起こらなかった。ケルーマンのどの門もアンデッドにたたかれても、さらに一晩、持ち堪えたからだ。
けれど、夜が明けてからデボネアとともに街壁の見回りに出向いたギルバルドは、どの門にも無数の傷痕を見出して暗澹(あんたん)たる気持ちになった。スケルトンは武器を振るって門を壊そうとしている。壊されるのは時間の問題だろう。
そして、そのことを彼から知らされた解放軍も、アンデッドとの戦いをいよいよ覚悟したのである。
そのころ、グランディーナたちはアンタリア大地の西の海沿いにカンダハルを目指していた。野宿した島のずっと南側の島にカオスゲートがあるので、その確認も目的の1つだ。
「ここでむやみにカオスゲートを開けてはならぬ。アンタンジルではカオスゲートが開くのを待ちかまえていて、悪魔が来てしまうからな」
カオスゲートの位置を示しながら、フォーゲルが告げる。
「あなたがアンタンジルに行ったのは何千年も前のことだろう。なぜカオスゲートの位置がここだと言い切れる?」
「このカオスゲートはほかのカオスゲートと性格を異にする。これは二度と開けてはならぬカオスゲートだったのだ。ガルフが封印されている限り、このカオスゲートを使ってはならなかった。だが、封印が破られ、ガルフが復活するという徴候が見られた時、再びカオスゲートからアンタンジルへ行く時のために、この石碑がその目印として残されたのだ」
「なるほど。私の目にはこれは崩れかけた石の柱にしか見えないが、あなたはこれがなぜ、ここに置かれたか知っているのだな」
「そうだ。だが、いまはこれぐらいでよかろう。今日の行程はそれほど長くないが、カンダハルへ近づくとしよう」
「今日はどこで休む?」
「この島の南に2つの無人島がある。そこならばアンデッドも来なかろう。カンダハルに行くのは明るくなってからの方がいいからな」
「わかった」
それで彼女たちは再度グリフォンに乗り直して、フォーゲルの言った島まで飛んでいった。そこから南は大陸が続いていて、海を離れると険しい崖があり、ダーイクンデイー湿原の南端がここらまで伸びている。
アラディの報告では、暗くなるとカンダハルからアンデッドが切れることなく出てくるということだったので、夜に地続きの場所にいるのは得策ではなかった。
「ケビンさま、グリフォンの騎乗には慣れられましたか?」
「昨日よりはだいぶましですかな。あなたにばかり気を遣わせて申し訳ない」
「それが私の仕事ですから、お疲れでしたら遠慮なく仰ってください。疲れを取る薬草も持ち合わせておりますし」
「かたじけない。早速いただきましょう」
「はい」
しかし食事を取るには半端な時間だ。陽は西の空に高く、日没まではまだまだかかりそうだ。
「我々だけ、こうしているのが申し訳ないくらいですな。いまごろ、ケルーマンやバーミアンでは皆が大変な目にあっておりましょうに」
「そうですね。ですが、いまはみんなを信じましょう。わたしたちの役割はオミクロンを倒すことです。それ以外のことに思い煩うような余裕はありません」
ランスロットの言葉にケビンは重々しく頷いて、アイーシャの差し出した薬湯を飲んだ。彼女は皆にも薬湯を配ったが、レイカはグリフォンに乗るのが初めてなので、それを手伝う元気もないようだった。
そこへグランディーナとサラディン、フォーゲルが戻ってきた。カノープスはグリフォンの傍にいる。
「小さな島だな。木も生えていないから、島の中央に行けば、島中を見渡せる」
「何もなかったようだね?」
「つまらないところだが大陸で夜を明かすのは危険だ。ここで明日の朝まで待とう」
「しょうがないな」
「封印の儀式とはカオスゲートがあった島で行われていたのですか?」
ケビンの問いに頷いたサラディンは、フォーゲルの方を見やって立ち上がった。
「わたしもそれほど詳しいわけではない。その話なら天空の騎士殿にうかがった方がよかろう」
そう言うと彼はすぐにフォーゲルを呼びにいった。
「封印の儀式が行われていたのはカオスゲートの近辺ではない。カンダハルでだ。この大地には魔力を集めやすい場所がある。カンダハルとはそのような土地のひとつだ。そこはアンタンジルへのカオスゲートから遠いのだが、この近隣ではカンダハルで儀式を行うのがいちばん効率が良かったのだ」
「では封印の儀式は最初からカンダハルで行われていたのですな?」
「そうだ。その知識は失われたと考えているようだが案ずることはない。ガルフを倒したら伝えよう」
「それはかたじけない。ですが差し支えなければ教えてください。なぜアンタンジルは封印されねばならなかったのです?」
「アンタンジルという土地はもともとは地上の一部だったのだが、魔界に通じるカオスゲートがあり、オウガバトルの時に最も多く使われたせいで、その毒気に長くさらされてしまった。我々が行った時には、ほとんど魔界と化していて悪魔やオウガが力をつけるほどであった。我々はそのためもあってアンタンジルに逃げ込んだガルフを封じ、さらにアンタンジルそのものにも封印を施した。放っておけばアンタンジルからアンタリア大地にも魔界の毒が流れ込んできて長い時間をかけて地上を冒しただろう。だが我々がガルフを封じてから、もう何千年も経ってしまった。封印の儀式は地上に残れなかった我らの代わりに行っていた補助的な措置だ。儀式が行われようと途絶えようとガルフが解放されるのは時間の問題だっただろう」
「そのように言っていただけるとホーライ王国の者として救われます。オミクロンを許し難いと思う気持ちに変わりはござらんが」
その時、フォーゲルの後方で5頭のグリフォンが一斉に飛び立った。その姿はたちまち北の島に向かい、エレボスを先頭に力強く飛んでいった。
「いいですなぁ、グリフォンは」
「なぜです?」
「自力で食糧を調達できます。我らは大して美味くもない携行食糧で我慢しなければならないというのに。もちろん狩りの結果が出ないという危険も冒さなければなりませんがな」
「エレボスに頼んで獲物を譲ってもらいますか?」
「いやいや、これも騎士の務め、酒がないの食糧が不味いのなどとほざいては戦っておられません。そうでなくても、わたしはこのとおり腹回りが肥えすぎておる。ヨハンから少し痩せろと言われたのです」
「なぜヨハン殿が?」
「彼は補給部隊のリーダーですぞ。わたしの鎧だけ特注になると言われまして、お目玉を喰らったのですよ、お恥ずかしい話ですが」
そう言ってケビンが高笑いしたので、ランスロットやアイーシャもつられた。確かに彼はギルバルドやカノープスに劣らぬ酒豪だし大食漢だ。もっとも、その鎧は大事にされているらしく、当分、取り替える必要はなさそうだった。
「ところで」
と彼は急に声を潜めて、
「グランディーナ殿はいつも、ああして寝てばかりなのですかな?」
とランスロットに耳打ちした。
「このように待つ時はよく。寝つきもいいですが寝起きも早いですよ」
「それはぜひ、わたしも見習いたいものだ。ここのところ寝つきが悪くてかなわん」
「何かお薬を調合いたしましょうか?」
「それには及びませんぞ。不眠というわけではありませんからな」
やがてグリフォンたちが戻ってきたころ、ランスロットたちも食事にした。
今夜もフォーゲルが見張りに立ったが、焚き火を見ても近づくアンデッドはいないらしかった。