Stage Thirteen「暗黒のガルフ」6

Stage Thirteen「暗黒のガルフ」

翌闇竜の月23日、ギルバルドに率いられた5つの小隊がバーミアンを発ち、街道を南下した。目指すケルーマンは短い街道の終点にある。アンデッドが出没するとはとても思えないのどかな田舎で、ただ肌にはりつくようなしつこい暑さだけがゼテギネアのどことも違っていた。
「ここらで昼食にしよう!」
ギルバルドが声をかけ、皆の歩みは止まった。マチルダの指示で携行食糧と水が配られ、皆が思い思いの場所で休む。
「こんなところにアンデッドがいるなんて嘘みたいね。ちょっと暑すぎるけれど、悪いところでもないじゃない」
「とんでもありません、ラウニィーさま。肌がべたついて私はこんなところにいつまでもいたくありませんわ。早くアラムートの城塞に戻りたいです」
「ノルン、やっぱり君はアラムートに残っているべきだったんだ。君のような人が戦闘なんて危ないじゃないか」
「そんなことを言って私を帰そうとしてもだめよ、クアス。それに私だって帝国教会の法皇だったのだもの、少しぐらい役に立てるわ」
「そうよ、デボネア。今回はアンデッドとの戦いなのだから、私たちの役目はノルンたちを守ることよ。彼女がアンデッドに傷つけられるなんて不名誉なこと、ないようにしてよね」
「心得ております」
「大丈夫ですわ。クアスは真の騎士ですもの、皆さんの先頭に立って剣を振るいケルーマンはクアス=デボネアによって守られたと語り継がれるのですわ」
「ですって、デボネア。せいぜい期待に応えなくちゃね」
「それは責任重大ですね」
「暑さよりも私は携行食糧とやらにうんざりしたわ。毎日毎日変わり映えのしない味で、天空の島から帰ったら、やっとまともな食事ができると思っていたのに、まさかまだまだつき合うことになるなんて思いもしなかったわ」
「それは仰らないでくださいましな、ラウニィーさま。私たちばかりでなく、ここにいらっしゃる皆さまが同じ思いだと思いますもの」
「何を言うんだ、2人とも。ここは戦場であってザナドュの屋敷ではないんだぞ。そんな贅沢が許されると思っているのか?」
「あぁら、デボネア、だったらあなたは未練がないというのね? ザナドュの銀糸亭の正餐、もう一度食べたいわ、ねぇ、ノルン?」
「それは素敵ですわねぇ、ラウニィーさま。本当に、もう一度銀糸亭に行きたいですわねぇ」
「でも残念だわ、ノルン。デボネアは興味がないみたいなの」
「そんなはずはありませんわ、ラウニィーさま。私を初めて銀糸亭に連れていってくれたのはクアスですもの。彼の舌は確かですわ」
「それも元を正せばお父様の紹介よ。それでも彼の舌が間違いないって言えて?」
「もちろんですとも。私は何があろうとクアスを信じていますわ」
「ノルンにそこまで言わせるなんて、あなたって果報者ね」
「いつも肝に銘じております」
「そろそろ出発するぞ!」
ギルバルドが声をかけたので、デボネアたちのおしゃべりもそこで中断された。ギルバルドとユーリアを先頭に皆が動き出し、さらに街道を南下していった。
一行は夕方にはケルーマンに到着し、ロシュフォル教会の責任者であるテイシア=トマスという司祭に面会した。さらに彼女の案内でケルーマンの町長に会い、協力することを伝えると歓迎を受けた。
「この町には元々、自警団がありませんでした。いくらダーイクンデイー湿原が近いといってもアンデッドがやってくるのは年に一回あるかないかです。そのような時はロシュフォル教会の方にお祓いしてもらうのが常でした。ところがここ1ヶ月ばかり、アンデッドの数が増えてきました。早急に自警団を募りましたが、腕に覚えのある者もおらず、どうしたものか途方に暮れていたところです。そこへ解放軍を名乗る方々がやってきて、わたしたちを助けてくださっていたのですが、その方たちもいなくなってしまい、わたしたちは門を閉ざす以外に何もできないでおりました」
「それは申し訳ないことをいたした。彼らは我らの仲間で、先にアンタリア大地の偵察に来ていたのだ。昨日、バーミアンで合流し、このような状況を聞かされたので、こちらに伺った。だが我らも今回の騒ぎが完全に収まるまでアンタリア大地に残るわけにはいかない。我らの仲間が今回の騒動の元凶となっているオミクロンを倒しに行っているが、いまのお話を聞いた限りではオミクロンを倒してもアンデッドが完全にいなくなることはあるまい。そこで提案なのだが、こちらの自警団の方々に敵と戦う方法について指南するのはいかがであろう? もちろん戦いに慣れるまでは我らが先導しよう」
「私からもお願いします。いまはバーミアンから2人、応援に来てもらっていますが、彼女たちはいずれ戻らなければならないでしょう。今後、私たちだけでは手が足りなくなることもあるかもしれません。ケルーマンは私たちの町です。私たちの町は私たちで守るべきです」
テイシアの言葉にケルーマンの町長は困ったような顔になった。
「それほど時間がありませんが、自警団の者と話していただいた方がよろしいでしょうな」
「そのようだが我らの方で赴かせていただこう。その上で、どのような手伝いができるのか、相談させてもらおう」
「承知しました。それではよろしくお願いします」
その後、ギルバルドはテイシアや自警団の者たちと相談して、四方の門に各小隊を配置した。ダーイクンデイー湿原に面した南門にデボネアとライアンの隊を、東門にマチルダ、西門にラウニィー、北門に自分の小隊という配置で、さらにともに来たアラディたちを町の中央に近いロシュフォル教会に置いた。それぞれの門にはロシュフォル教会に勤める司祭や僧侶たちもおり、自警団の若者たちもいたが、テイシアによれば、彼女たちを補助し守るだけの仕事も、それほどうまくいっているとは言いがたいそうだ。
長年ケルーマンのロシュフォル教会に勤めているテイシアはアンデッドへの対処に慣れたところがあり、いままではそれでどうにかやってこられたのだった。
「我らの目的はケルーマンをアンデッドより守ることだが、あくまでも主体はケルーマン側にあることを忘れないでくれ。テイシア殿の話では自警団の者はなかなか自主的に動けないそうだが、我らの助けるべきは彼らが自分から動けるようになることだと心得ておいてもらいたい」
ギルバルドはリーダーたちにこのように話して、それぞれの小隊を位置につけたのだった。
辺りが暗くなり、ケルーマンの町中に灯りが目立つようになったころ、その音は遠くから聞こえてきた。骨の鳴る音が、ダーイクンデイー湿原の方から届くようになった。
南門のプロミオスは、その音を聞くと不機嫌そうに吠えたてた。ケルーマンの門番たちは恐ろしそうにフレアブラスを見たが、ドラゴンは鼻孔から煙を吐き出すだけで門を睨みつけ、それ以上は何もしない。
やがてカノープスが言っていた骨の鳴る音が街壁に響くようになった。それは門に当たり、街壁をひっきりなしにたたく乾いた音だ。湿原の向こうからやってくる死者たちの声なき声のようだった。
自警団や門番たちが落ち着かなくなったので状況を知るために南門の詰め所に昇ったデボネアは、煌々とした月明かりに照らされて無数のスケルトンがこのケルーマンに近づいてくるのを見て、ぞっとしなかった。しかも目をこらすとスケルトンのなかに半透明の亡霊や悪霊が混じっている。スケルトンは街壁に阻まれて町の中に入ってくることはないが、亡霊や悪霊たちは物理的な障壁をものともしない。これは彼が考えていた以上に厄介な事態のようだった。
そして街壁で阻まれているとはいえ眼下では、無数のスケルトンが門や街壁をたたき続けていた。
また、いくらかのアンデッドたちは端(はな)からケルーマンを無視して、さらに北上していった。これらのアンデッドはバーミアンに向かうのだろうが、ケルーマンを包囲した数に比べれば、全て着くとも思えず、大した数ではなかった。
「これは聞きしに勝る光景だな。アンデッドというのは元を正せば気の毒な犠牲者なのだろうが、このまま座して見過ごすわけにもいかないか。
諸君、貴公らの手を貸してくれ!」
彼が詰め所から飛び降りると、戦い慣れていない若者たちは驚異でも見たような眼差しを向けた。
「もっとも、アンデッドと戦うにはいくら強力な剣があっても足りない。アンデッドに対抗できるのは魔法か聖別された武器だけだ。だから、わたしたちの仕事は彼女たちを守るしかないんだ」
そう言って彼が臆面もなくノルンを引き寄せると、集まった者のあいだから笑いがもれた。
すかさず彼女が侵入してきた亡霊に呪文を唱える。
「聖なる父フィラーハの慈悲深き御名において命ずる。汝、迷える霊よ、この世のくびきより放たれよ。安らぎを知らぬ魂よ、所在の処(あるべきところ)に還れ!」
亡霊は誰かに触れる前に、うなり声をあげて消えた。
「お見事、ノルン」
「これぐらいは元法皇として当然よ。だけど、あの音は確かに耳障りだわ。止めさせることはできないのかしら?」
「そう簡単に言わないでくれ。後から後からスケルトンがやってくるんだ。倒しきれるものじゃない」
だが門の前に陣取ったライアンは、さも退屈そうに大あくびだ。
「打って出ないのかい、デボネア? いくら害がないからって、こんな音を一晩中聞かされるのはたまらねぇぜ」
「そうね。せっかく来たのですもの、私たちが早めにアンデッドを消滅させた方がいいんじゃないかしら?」
デボネアはノルンとライアンを招き、詰め所に昇りなおした。今日の月はかなり明るいのでケルーマンの南に広がる湿原の方まで眺められる。そこから波のように押し寄せてくるアンデッドの群れもよく見えた。
「こいつは、俺たちの手に負える数じゃねぇな」
ライアンは一瞬絶句して観念した様子で呟いた。
「そうだろう?
ノルン、君も無茶を言うのはやめてくれ。もしもこの門が破られたら、あれだけの数のスケルトンには我々だけでは対抗できないよ」
「そうね、ごめんなさい」
3人が詰め所から下りてくると、プロミオスが門に向かってうなり声をあげている。
「どうしたんだ、いったい?」
自警団の若者が、3人が詰め所に昇ったわずかのあいだにフレアブラスの様子が変わったと話した。
「門をたたくのは昨日や今日、始まったことではありませんが、今晩はその音がひときわ強いようです」
「それは良くない報せだな。君、すまないが、北門に行って、ギルバルドにこのことを伝えてきてくれないか」
「かしこまりました」
彼は即座に走っていった。
「なんだ、門が破られるとでも思っているのか?」
「そうならないよう開けてしまった方がいいかもしれない。いまからこの門を作り直すには時間が足りないだろうからね」
「でも、あんなにたくさんのアンデッドが来たら守りきれないわ。私たちが一度に浄化できる数はそんなに多くないのですもの。それにいくらあなただって一晩中、戦い続けることはできないでしょう?」
「だからギルバルドの判断を仰ぐんだ。もっともこの場にグランディーナがいたら、速攻で開けろと言われるかもしれないがね」
「どうだろうな。いくらスケルトンが強くたたいているからって破城槌なんか持ち出しているわけじゃねぇだろう。そんなに簡単に壊れねぇと思うがな」
「ですが、その門はかなり古い物です。アンタリア大地は24年前の戦争でも戦場にならなかったので街壁の修復が行われたのもかなり昔のことになります」
そう話しているあいだにも門は音を立てて揺れた。
「古いと言うが前に替えたのはいつのことだ?」
デボネアに訊かれて自警団の若者たちは顔を見合わせた。はっきりしたことは誰も知らなさそうだ。
「こいつは、かなりやばいんじゃないか? いままで無事だったのが不思議なくらいだ」
「そうだな」
そこに門番の若者と一緒にギルバルドとテイシアが走ってきた。
「門はまだ大丈夫なようだな」
「だが破られてからでは手に負えない」
「フレドー殿がいれば、このようなことにも詳しいのだがな。しかし、この門を開けたところで我らに耐えられる戦力はあるか? それに門が古いことは、ほかの3つの門でも同じ、それらを同時に守るのは、いまの戦力では難しかろう」
「ならば、このままにしておけと言うのか?」
「ほかに手はない。だが、ここに防塞を築こう」
ギルバルドは伝令を勤めた門番の若者を振り返った。
「おぬしの名は?」
「リトルジョン=ペローといいます」
「ならばリトルジョン、この件はおぬしたち、門番の者に頼もう。防塞を知っているか?」
「すみません。初めて聞く言葉です」
「うむ、かまわんぞ。防塞というのは敵の攻撃を防ぐための防塁、つまり簡単な砦のような物だ。砦といっても大げさな物じゃない。町が襲われた時に敵の侵入を防ぐために家具を積み上げたりするだろう? それで十分役に立つ物なのだ」
「家具なんかで大丈夫なんですか?」
「もちろん築いただけでは駄目だ。火で燃やされてしまうし、片づけられてしまえば意味がない」
リトルジョンのほか、同様に警備に就いていた門番の若者たちは笑ったが、ギルバルドは真面目な顔で続ける。
「だが考えてもみろ。強力な魔法やドラゴンの息ならばいざ知らず、ケルーマンに来ているのはアンデッドの群れだ。彼らに防塞を一瞬で片づけられると思うか?」
「思えません」
「ならば、彼らが家具を片づけるのをお主らは黙って見ているだけか?」
「そんなことはしません! 槍で突いて邪魔をしてやります」
「そうだな。そして、それが防塞を築く理由だ。おぬしたちならば邪魔をするぐらいしかできないかもしれないが、このデボネアならば、防塞を1ヶ所だけ空けておいて、侵入してきた敵を倒すこともできる。
そうだな?」
ギルバルドもわかりやすく解説するのはいいが、素人が相手だと話が長くなってかなわないなと思っていたところだったので、突然話を振られてデボネアは慌てたが、表面上は冷静な元四天王の顔を取り繕った。
「当然だな」
「わかったろう。要は何でも使い方だ。さあ、町の者に頼んで大至急、家具などを集めてくれ。防塞を築くのはここだけではないのだから、家具を欲張っては駄目だぞ」
「はい!
よし、みんな、集まってくれ!」
若者たちが相談を始めるのを横目に見ながら、ギルバルドはこっそりデボネアに囁いた。
「ああは言ったがしょせんはにわか知識だ。詰まってしまうようなら遠慮なく助言してやってくれ」
「わかっているさ」
「わたしはほかの3つの門に行ってくる」
「ギルバルドさま、私も参ります。
あなたたちも急いでくださいね」
「わかりました!」
ギルバルドとテイシア、リトルジョンたちがその場を離れていく。それを見たライアンがプロミオスを門に近づけた。
「何をするんだ?」
「こいつなら防塞ができるまで門を押さえておくのに役に立つだろう。フレアブレスにしては小さい方だが、もう火の粉は帯びていないし使えると思うぜ。
ギャネガー! おまえも来るんだ」
2頭のドラゴンが門にくっつくと揺れはようやく収まったが、街壁をたたく音は静まらなかった。
そのあいだにも亡霊や悪霊が町に入ってきていたが、ノルンやほかの司祭たちの手で消滅させられた。
そして町の者たちが持ち寄った家具が積み上げられ、防塞が築かれた。それでプロミオスとギャネガーは今度は防塞の内側に陣取った。
「こんな物でアンデッドをしのげるのかねぇ?」
「要は奴らの足を止めればいいのだからな。この防塞が破られない限り、一度に侵入してこられるアンデッドはせいぜい1体か2体だ」
そこへギルバルドが戻ってきた。
「マーウォルスとメラオースは西門と東門に置いてきた。どうやら、北門はアンデッドの進路から外れているらしい。それにしてもずいぶんと積んだものだな。これならば門が破られた時にもまだ持ちこたえることができるだろう。今晩はこのまま様子を見てくれ。明日になったら町の者たちと相談する。鉄の板で補強できたらいいのだろうが、アンタリア大地全体にもそれだけの鉄はないだろう」
「明日になったら、町の連中にもっと家具を出させるといい。俺たちにとっちゃ、防塞の厚さが生命線になるだろうからな」
「アンデッドに火を使うという知恵が働くとも思えないしな」
たまに侵入してくる亡霊や悪霊を退治しながら、闇竜の月23日から24日にかけての夜はこうして更けていった。皆は一睡もせずに交替で4つの門を見張っていたが、やがて夜が明けるとともにあれだけいたアンデッドは潮が引くようにいなくなり、そんなことはまるで夢だったように思える朝が訪れたのだった。
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