Stage Fourteen「女神」

そのころ、ウォーレアイに駐留する解放軍を訪ねた者があった。
「わたしはコールマン=タルピダエという者ですが、ランスロット=ハミルトンという方はいらっしゃるでしょうか?」
もちろんランスロットはいなかったので対応したのはギルバルドだ。
「ランスロットは不在だが、どんなご用件かな?」
「実はマラノでランスロット殿にお世話になったのですが、解放軍がウォーレアイに来ていると聞いたので懐かしくなって訪ねてきたのです。足りるかどうかわかりませんが、これは今朝、捕ったばかりの魚です。よろしければお納めください」
「それはそれは、わざわざよくおいでくだされた。我らも移動中のことゆえ、たいしたもてなしもできないが、良かったらゆっくり話していかれよ。魚もありがたく戴こう」
「私が運びますわ」
コールマンの持ってきた桶には見慣れない魚が入って、いっぱいになっていた。ユーリアが桶を持っていくと、やがて野営地の奥の方から女性たちの歓声があがるのが聞こえてきた。
「ライの海の方がマラノまで行くとは珍しいこともあるものだ。それにランスロットに世話になったとは、どのような経緯であろうか?」
「わたしはパドバの守備隊長だった者です。それが戦闘で敗れ、捕虜に取られましたが、アプローズ男爵について知っていることを話せと言われたので教えると、そのまま解放されました。その時、ランスロット殿に故郷まで持つだけの糧食と水を分けていただいたのです」
「解放軍では、それは当たり前のことだ。捕虜をとっても閉じ込めておくための場所も人材も割けないとリーダーが言うのでな」
「ええ、そのようですね。解放されたのはわたしだけではなく、同じパドバにいた者や、ほかの町にいた者も同様でした。傷ついた者も旅に支障がないくらいに手当てしてもらい、互いに助け合いながら帰途に就いたのです。その時点で帝国に帰ろうという者はいませんでした。敗残の兵の戻る場所は帝国にはありません。おそらくわたしはパドバが守れなかった咎で罰せられたでしょう。皆も、それは同じです。あなた方に負けたことだけでなく、戦いはもう真っ平だという気持ちでした」
「無事に故郷に戻れたのなら恐悦至極であったな」
「はい。わたしは帝国がそれほど重視していないライの海ということも幸いしました。しかし元々ハイランドの出身だった者たちはどうなったのか、別れてから消息も聞いていません」
コールマンの表情が沈んだ。マラノからライの海までの距離を思えば、その帰途が決して穏やかだったはずはない。
「だが解放軍と聞いてランスロットのことを思い出してもらったのはありがたいことだ。彼が、おぬしの無事を聞いたら喜ぶだろう。必ず伝えよう」
「いいえ、わたしの方こそ、世話になりっぱなしです。ランスロット殿には是非、よろしくとお伝えください。それに解放軍が捕虜を取らず、降伏した者を見逃していることは確実に帝国軍のなかにも広まっています。あなた方のしていることは決して無駄ではありません。元を正せば同じゼテギネアの者同士です。戦いを忌避する声は届いています」
「ありがとう、コールマン。我々のなかにもリーダーの取る策に懐疑的な意見を述べる者が少なくなかったが、おぬしの話はそれを否定するものだ。我らはこれからも降伏した者を解放しよう」
「是非お願いします。同郷の者がまだシュラマナやザナドュにいるはずなのです。彼らとて無用な戦いは望まないでしょう。それにしてもあなたは、私が帝国軍におり、それなりの地位にあったことを知っても何も仰らないのですね。解放軍とは皆さん、あなたのように寛大な方ばかりなのですか?」
「そうではない。だがわたしもかつてはおぬしと同じような身の上だ。他人をとやかく言う権利はない」
「失礼ですが、あなたのお名前は?」
「わたしはギルバルド=オブライエン。旧ゼノビア王国の魔獣軍団長でありながら、ゼテギネア帝国に降った男だ」
コールマンは、しばし言葉を失ったようだ。自分の名も意外と有名なものだと思い、ギルバルドは背中がむずがゆくなった。
「あなたの名はうかがったことがあります。民を守るためと言いながら、その実、我が身可愛さに帝国に降伏したと」
しかし彼はそう言った瞬間には明るい笑顔を見せた。
「でも人の噂など当てにならないものですね。あなたにお会いすることができて、その危うさを改めて確認することができました。わたしがこうして話したあなたは、そんな臆病なことをするような人ではないとわかります。むしろ、あなたはご自分の身の上より民のことを案じられたから帝国に降伏したのだと思います。ランスロット殿はお留守でしたが、あなたにお会いできて良かった」
ギルバルドは何度も咳払いをしたが、コールマンは笑うばかりだ。
「わたしはこれで失礼します。あなた方がこれからも勝ち進めるようバスクにお祈りしています」
「ありがとう。おぬしも元気で」
コールマンが帰ってから、ギルバルドはその話を控えめにリーダーたちに伝えた。
皆の反応は様々だったが、トリスタン皇子がそれほど興味を示さないのがギルバルドには気にかかった。皇子はろくに話も聞いていないようで心ここにあらずといった様子で物思いにふけっている。
「トリスタンさま、何か気にかかることでもおありですか?」
しかし返事がない。
「殿下!」
アッシュの声にようやく反応し、トリスタンは皆を見回した。
「我々は待機中であり、それほど緊迫した状況にありませんが、話し合いには参加していただかないと困ります。解放軍の全権はグランディーナに任せておいでだが、この場にいる者の多くはいずれ殿下の興される国に仕えることになりましょう。そのような者たちを前にして気もそぞろでは不安になりますぞ」
「すまない、アッシュ。少し気になることがあって話に集中していなかった」
「我らにお手伝いできることはございませんか?」
トリスタン皇子は一瞬、考えたようだが、すぐに首を振った。
「ありがとう。だが、いまはまだ時期ではないと思う。いずれ話せるだろう」
アッシュの視線がケインに向けられたが、皇子の側近たる若者は目を伏せたままで無言だった。
改めてギルバルドの話を聞いたトリスタンは頷いた。しかしアッシュは、話を聞いても皇子が何も言わないことに、なお不満そうであった。
ブーロアーナからラモトレック島へは船で1日の距離だ。〈黒獅子〉号が到着すると、グランディーナとサラディン、今回、同行しているフェンリルとジャックだけが下船してタルトに会いに行くことになった。ランスロットとカノープスは〈黒獅子〉号の乗組員とともに留守番だった。
「不思議ね。ラモトレック島の周りには、いつも大渦があって島に近づくのは容易なことではないと聞いていたのだけれど、こんなに簡単に上陸できるなんて思ってもいなかったわ」
島に近づいていくのを甲板から見ながら、フェンリルがそう呟いた。
「それは、あなたさまがご一緒のせいですよ、フェンリルさま」
「私が何をしたというの?」
「タルト殿は十二使徒の末裔とうかがっております。ラモトレック島を囲う大渦は外敵や邪な者どもからタルト殿をお守りするための仕掛けでございましょう。逆に申し上げれば、天界からおいでの天空の三騎士のお一人を乗せた船を、タルト殿が拒むことはございますまい」
「言われてみれば、それもそうね」
フェンリルは納得して微笑んだがグランディーナが口を挟む。
「そんな守り、空から突破すれば済む話だろう」
「そう単純にはゆかぬようなのですよ。空から近づこうとすれば島全体が霧に巻かれてしまうのです。タルト殿のほかには誰も住んでいないという島です。それでも支障はないのでしょう。それも突破されれば、ほら、守護神もいるというわけです」
見えてきた大きな木の周囲には動かぬ大きな人型がいくつも立っていた。それらは木の根元にある小さな庵を守っているようで、ゴーレムを彷彿とさせた。その人型に命が吹きこまれたのは、彼女らが近づいてからのことだ。跪いていた足を、ゆっくりと伸ばして立ち上がり、直立不動の姿勢をとった。その背はジャイアントほどもあった。
同時に庵から老婆が出てきて、一行を出迎えた。
「ようこそ、ラモトレック島へ。わしの名はタルト、見てのとおりのばばあですじゃ」
「久しぶりね、タルト。元気そうで何よりだわ」
真っ先にフェンリルが近づいていき魔女と抱き合う。
「しばらくぶりでございます、フェンリルさま。オルガナをお訪ねしたのが昨日のことのように思い出されますよ」
「あなたと話したいことは山のようにあるのだけれど先に紹介しておくわ。ゼテギネア帝国と戦う解放軍のリーダー、グランディーナとサラディン、それに商人のジャックよ」
「遠いところから、よく来たの。用件は存じておるが、まずは一休みしなされ」
庵に戻っていきながら話すタルトを、フェンリルを追い越してまでグランディーナが追いかける。
「休まなければならないほど疲れてはいない。用件を先に済ませてもらおう。フェンリルとは、その後でゆっくり話し合えばいい」
「そう急かすものではないぞ。わしは年寄りじゃ。機嫌を損ねると面倒なことになるかもしれん」
庵は外から見た以上に広く、4人が入っていっても狭さを感じさせなかった。本当は大きいのを小さく見せているのか、小さいのに内部は広いのか、どちらにしてもサラディンには興味深いところだが、先に入ったグランディーナは喧嘩腰だ。
「ほかの4人は皆、死んだ。自分も同じことにはなりたくないというわけか」
「ほっほっほ。わしは、これでも150年くらい生きておる。いまさら生にしがみつく気もないし死も恐れん。ただフィラーハさまから賜った使命だけは恙なく果たしたいものじゃなぁ」
「女神の秘石とやらを渡すのが使命だろう」
「そうじゃ。わしらの役目はそれで終わるが、おぬしにはまだ続きがあるぞ。女神フェルアーナさまに会ってもらうというな。神々はいつも地上のことを気にかけておいでだが、人はすぐに神々から賜った恩恵を忘れてしまいがちじゃ。おぬしには女神さまにお会いする心構えができているのかえ?」
「どうせ女神もゼテギネア帝国を倒せと言うのだろう。天界は地上には介入できないから我々にやらせようとする。頼まれなくても帝国は倒してやる。そんなことでいちいち口を出すな」
「ほっほっほ。これは噂以上に性急な御仁じゃ。ならば秘石を出すがよい。ポルトラノからもらった物も含めてな」
言われてサラディンが卓の上に3つの石とクイックシルバーを並べると、ジャックが感嘆の声を漏らした。
それらを見てタルトは頷き、袂に手を突っ込んだ。出されたのは紫柱石で、魔女はそれを緑柱石、藍玉と重ねた。すると3つの石は、まるで水が混じり合って区別がつかなくなるように重なり合い、最初から1つの秘石だったかのように光沢のある紅色に変わってしまったのである。
「これが、わしらの預かった知の秘石、賢者の石の真の姿じゃ」
タルトが紅色の石を指すのと同時にポルトラノから託されたクイックシルバーが姿を変えて、曇りのない水晶となった。
「こちらはポルトラノが預かっていた真の秘石オールドオーブじゃ。ギゾルフィが受け取った明の秘石ジェムオブドーンと合わせて3つの秘石を揃えた者は正義と慈愛の女神フェルアーナさまにお目通りがかなう。早速、会いに行くがええ」
そう言ってタルトが3つの秘石を差し出したのでグランディーナは手を出した。もっとも彼女は、それらをサラディンの持つ小袋に入れようとしただけだったのだろう。
だがグランディーナが3つの秘石に触れると同時に、その姿は歪み、霞のように消えてしまった。
呆気にとられたサラディンとジャックに、タルトはお茶の入った器を差し出した。
「心配することはない。3つの秘石を揃えた者はフェルアーナさまの神殿に召喚されるようになっておるのじゃ。あの娘は、いまごろはフェルアーナさまにお会いしておろう。せっかく秘石を揃えたのに女神さまに会いに行くのが後回しではフェルアーナさまが気を悪くしないとも限らんでのぅ」
それでサラディンは、ひとつ咳払いをした。
「それは帰りの道も保証されているのですかな? フェルアーナの神殿は天空の島シャングリラにあったと記憶しておりますが」
「それは女神のみがご存じであろうよ」
魔女がほくそ笑みながら言うのと同時に、〈何でも屋〉が椅子ごと引っ繰り返った。「荒いことには慣れていない」と広言するとおり、グランディーナが目の前で消えたことは、よほど衝撃的だったようだ。
一方、ソロン城を目指して進軍する解放軍の本隊は予定どおり、黒竜の月20日には目的地に至った。デボネアとラウニィーの連携も強力だったが、帝国軍の士気は相変わらず低く、金で雇われたランドルスの私兵も、お粗末な実力しかなかったのだ。
「さっさと片づけてデニスのもとへ急ぎましょう」
「それがいい」
頷いたデボネアはデュランダルを抜刀するとソロン城に向けて大音声で呼ばわった。
「我が名はクアス=デボネア、解放軍の一兵士なり! ライの海を支配する悪しきランドルスめ、我が前に現れ、神妙に裁きを受けよ!」
しかし返事はなく誰かが出てくる気配もない。
「行くぞ。目指す敵はランドルスのみ」
「後ろは任せて!」
ソロン城はシャングリラ城よりも小さく、小振りの屋敷といった感じだ。それでも平屋の建物ばかり見た後では仰々しいものに思われた。
じきにデボネアは玉座の間を見つけた。ランドルス枢機卿は、その最奥、屈強そうな騎士たちに囲まれて震えているようだった。
「つ、ついに、き、き、来たな。こ、この逆賊どもめっ! い、偉大なランドルスさまにかなうとでも思っとるのか?! わ、わしを殺すとラシュディさまやエンドラさまがお怒りになるぞっ。わ、わかっとるのか?! え〜い、ルバロンめっ! 肝心な時に出かけおってっ! あの役立たずめっ!! こうなったらラシュディさまより授かった暗黒魔法で貴様らを倒してやるっ!」
「そうはさせん!」
真っ先に踏み込んだデボネアは、素早く玉座に駆け寄った。
しかし、ここに来てランドルスの私兵が立ちはだかり、デボネアの攻撃は枢機卿に届かなかった。
「諸々の悪しき霊よ、我に楯突く愚か者を討ち滅ぼせ、ダーククエスト!!」
「これしきの暗黒魔法!」
ランドルスの魔法はデボネアたちだけを正確に狙ったが、彼もそれぐらいでは怯まなかった。
遅れてグレッグが反撃の呪文を放つ。
デボネアにスティング=モートン、ボブソン=カリクスも加わり、ランドルスの部下たちと切り結んだ。
騎士たちはスティングとボブソンとは互角だったが、デボネアの敵ではなかった。彼がランドルスとの間に立ちはだかった騎士を一撃で切り捨てると、その後ろにいた騎士は驚愕したようだった。
「畜生!」
彼は、そのまま枢機卿に駆け寄った。
「守れ! わしを守るのだ!」
引っ繰り返った声でランドルスが叫ぶ。
ところが、その騎士は主人に近づくなり、持っていた剣で斬りつけた。
「き、貴様?!」
「おまえなんかにつき合って殺されてたまるか!
どうだ?! こいつは俺が斬った! だから俺のことは見逃してくれ!」
「恥知らずめ!」
しかし、デボネアは怒りに駆られて、その男を切り、そのままランドルスに近づいた。
枢機卿は首筋から血を流し、座り込んでいる。
「よ、良くやったぞ、デボネア」
ランドルスの声は弱々しく、命の火が消えるのも時間の問題かと思われた。
その間に生き残った2人が逃げ出していく。
「いい、捨ておけ!」
追おうとしたスティングをデボネアは制した。
「下にはラウニィー殿がいる。戦意を失った者など放っておけ」
「わしを、助けてくれたこと、決して、無駄には、せん。エンドラさまに、お目に、かかった時には、必ず、伝え、よう」
その声がだんだん力を失っていった。その間にも血は流れ続け、ランドルスの豪華な法衣を真っ赤に染めていく。とうとう彼の手が滑り落ち、デボネアは光を失った目を閉ざしてやった。
「土壇場で部下に裏切られるとは、よほど人徳がなかったのでしょうか?」
「金で雇われた連中だ。忠誠心などないに等しいのだろう。ジャックの副官を呼んできてくれ」
「はい」
言われてボブソンが走っていくのと入れ違いにノルンが玉座の間に入ってきた。
「クアス、あまり無茶をしないで」
「大丈夫だ、これぐらい。ルバロン殿との戦いを前に、これしきでへこたれるわけにはいかないよ」
「どうしても、あなたがルバロンさまと戦わなければならないの?」
「わたしが戦いたいんだよ、ノルン。四天王に任じられた時、わたしはルバロン殿に手も足も出なかったんだ。帝国でも大将軍を除けば最高の剣士と言われている方だ。自分がルバロン殿に太刀打ちできるようになったのか、わたしが知りたいんだ」
ノルンは口をつぐみ、デボネアの傷の手当てに専念する。彼女が包帯を巻き始めたころ、ボブソンとともにカラドックが玉座の間に入ってきた。暴力沙汰は苦手だと広言する主人と異なり、3人もの死体を見ても眉一つ動かさないところは、余り商人らしくなかった。
「ええ、確かにランドルス枢機卿は解放軍によって倒されました。後は、この報告をマラノまで持ち帰るだけです。主人に代わって、御礼を申し上げます」
しかし、身体を2つに追ったその物腰は柔らかく、戦士にも見えない。一口に商人といっても、相手はいろいろだ。カラドックは荒っぽい顧客になれているのかもしれなかった。
「我々も用が片づいて一安心だ。君はこのままマラノに戻るのかい?」
「いいえ、ラモトレックに廻った主人を待たなければなりません。皆さんとお別れするのは明日になるでしょう」
「そうか。
ひとまず城を出よう。グランディーナのことだ、今日も野宿だと言い出すだろうからな」
「支配者のいなくなった城に泊まるわけにはいかないのかしら?」
「それには、まず、この死体から片づけなければならないだろうね」
ノルンは周りを見回すまでもなく眉をひそめた。
彼らが外に出ると、ラウニィーが待っていた。彼女が連れた2頭のケルベロスは、満足そうに寝そべっているが、近くに逃げ出した2人はいない。
「ラウニィーさま、逃げてきた者はどうされましたか?」
「この子たちの顔を見るなり悲鳴をあげてすっ飛んでいったわ。馬鹿馬鹿しくて追う気にもならなかったわよ」
「まぁ、そんな奴らなら放っておいても問題はありますまい」
「私たちはグランディーナや後続の人たちが追いついてくるまで、ここで待機しているようね」
「このままクリューヌ神殿まで行ってしまいたいところですがね」
「自惚れるものではないわ、デボネア。デニスと戦うことになったら、あなた一人の力ではどうにもならないわよ」
「やっぱり、かなわないと思いますか?」
「デニスは気持ちだけで戦える人ではないでしょう。あなたも解放軍の一員なのだもの、皆に相談してからでも遅くはないんじゃないかしら?」
「そうですね」
ソロン城からクリューヌ神殿は有翼人でも見えるような近さではない。だがデボネアは遙か北方に目をやり、古の神殿に立つルバロン将軍の姿を思い浮かべた。ゼテギネアでは珍しい褐色の肌に白髪は、四天王筆頭ということもあって、かなり目立ったものだ。ルバロンはライの海出身だが、そこにはボルマウカ人の血が混じった者が少なくないといわれている。彼らがライの海を去って久しいが、時々、ルバロンのように先祖返りをした外見の者が現れるそうだ。
そこでデボネアは天空の三騎士の1人、スルストを思い出した。彼は髪も肌も黒く、伝え聞くのみのボルマウカ人にそっくりだ。もっともスルストの場合は本物のボルマウカ人の可能性もある。彼は半神で、何千年も前の人間なのだから、そのころはまだライの海にも大勢のボルマウカ人がいただろう。
それはさておき、デボネアが四天王になったばかりのころ、腕試しといわれてルバロンとプレヴィア、それにヒカシュー大将軍と戦ったことがあったが、彼は大将軍とルバロンには一太刀も浴びせることができずに惨敗した。あまりに圧倒的な差に四天王を辞退することまで考えたが、大将軍に説得されて思いとどまった。親友のフィガロが同じような負け方をしたせいもある。
それからもルバロンやプレヴィアとは何度も手合わせしたが、ルバロンにはどうしてもかなわなかった。聞けばルバロンは若いころ、ディバインドラゴンという神竜を倒したことがあり、その血を浴びたために不死身になったのだと言われていた。プレヴィアも圧倒する強さに感嘆しつつ、そのルバロンさえ敵わないヒカシュー大将軍は、さらに雲上の人だ。
フィガロもデボネアも剣の道の奥深さを思い、いずれ極めてやろうと誓い合ったが、気がつけば、そのフィガロももういない。平和な良き時代だったのだと思って、デボネアはすぐにその過ちを正した。平和だったのはハイランドのみで、それもごく一部の恵まれた民だけに過ぎない。そのほかの大多数の人びとを虐げての偽りの平和、それがゼテギネア帝国を離れたいま、よく見えるようになったのだ。
デボネアは、とうとうルバロンに一度も勝てないままに帝国を離れた。
その四天王筆頭との戦いが目前に迫っているのだ。彼の気持ちは否が応にも高揚し、まだ敵わないのではないかかという恐れをも抱くのだった。
ところが、その後、ソロン城に現れたサラディンが、ラモトレックでグランディーナが消え、タルトの話から天宮シャングリラに連れていかれたらしいと話したので、解放軍は、そのままクリューヌ神殿に進むわけにはいかなくなってしまったのであった。
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