Stage Fifteen「女神」
一方、ソロン城を目指して進軍する解放軍の本隊は予定どおり、黒竜の月20日には目的地に至った。デボネアとラウニィーの連携も強力だったが、帝国軍の士気は相変わらず低く、金で雇われたランドルスの私兵も、お粗末な実力しかなかったのだ。
「さっさと片づけてデニスのもとへ急ぎましょう」
「それがいい」
頷いたデボネアはデュランダルを抜刀するとソロン城に向けて大音声で呼ばわった。
「我が名はクアス=デボネア、解放軍の一兵士なり! ライの海を支配する悪しきランドルスめ、我が前に現れ、神妙に裁きを受けよ!」
しかし返事はなく誰かが出てくる気配もない。
「行くぞ。目指す敵はランドルスのみ」
「後ろは任せて!」
ソロン城はシャングリラ城よりも小さく、小振りの屋敷といった感じだ。それでも平屋の建物ばかり見た後では仰々しいものに思われた。
じきにデボネアは玉座の間を見つけた。ランドルス枢機卿は、その最奥、屈強そうな騎士たちに囲まれて震えているようだった。
「つ、ついに、き、き、来たな。こ、この逆賊どもめっ! い、偉大なランドルスさまにかなうとでも思っとるのか?! わ、わしを殺すとラシュディさまやエンドラさまがお怒りになるぞっ。わ、わかっとるのか?! え〜い、ルバロンめっ! 肝心な時に出かけおってっ! あの役立たずめっ!! こうなったらラシュディさまより授かった暗黒魔法で貴様らを倒してやるっ!」
「そうはさせん!」
真っ先に踏み込んだデボネアは、素早く玉座に駆け寄った。
しかし、ここに来てランドルスの私兵が立ちはだかり、デボネアの攻撃は枢機卿に届かなかった。
「諸々の悪しき霊よ、我に楯突く愚か者を討ち滅ぼせ、ダーククエスト!!」
「これしきの暗黒魔法!」
ランドルスの魔法はデボネアたちだけを正確に狙ったが、彼もそれぐらいでは怯まなかった。
遅れてグレッグが反撃の呪文を放つ。
デボネアにスティング=モートン、ボブソン=カリクスも加わり、ランドルスの部下たちと切り結んだ。
騎士たちはスティングとボブソンとは互角だったが、デボネアの敵ではなかった。彼がランドルスとの間に立ちはだかった騎士を一撃で切り捨てると、その後ろにいた騎士は驚愕したようだった。
「畜生!」
彼は、そのまま枢機卿に駆け寄った。
「守れ! わしを守るのだ!」
引っ繰り返った声でランドルスが叫ぶ。
ところが、その騎士は主人に近づくなり、持っていた剣で斬りつけた。
「き、貴様?!」
「おまえなんかにつき合って殺されてたまるか!
どうだ?! こいつは俺が斬った! だから俺のことは見逃してくれ!」
「恥知らずめ!」
しかし、デボネアは怒りに駆られて、その男を切り、そのままランドルスに近づいた。
枢機卿は首筋から血を流し、座り込んでいる。
「よ、良くやったぞ、デボネア」
ランドルスの声は弱々しく、命の火が消えるのも時間の問題かと思われた。
その間に生き残った2人が逃げ出していく。
「いい、捨ておけ!」
追おうとしたスティングをデボネアは制した。
「下にはラウニィー殿がいる。戦意を失った者など放っておけ」
「わしを、助けてくれたこと、決して、無駄には、せん。エンドラさまに、お目に、かかった時には、必ず、伝え、よう」
その声がだんだん力を失っていった。その間にも血は流れ続け、ランドルスの豪華な法衣を真っ赤に染めていく。とうとう彼の手が滑り落ち、デボネアは光を失った目を閉ざしてやった。
「土壇場で部下に裏切られるとは、よほど人徳がなかったのでしょうか?」
「金で雇われた連中だ。忠誠心などないに等しいのだろう。ジャックの副官を呼んできてくれ」
「はい」
言われてボブソンが走っていくのと入れ違いにノルンが玉座の間に入ってきた。
「クアス、あまり無茶をしないで」
「大丈夫だ、これぐらい。ルバロン殿との戦いを前に、これしきでへこたれるわけにはいかないよ」
「どうしても、あなたがルバロンさまと戦わなければならないの?」
「わたしが戦いたいんだよ、ノルン。四天王に任じられた時、わたしはルバロン殿に手も足も出なかったんだ。帝国でも大将軍を除けば最高の剣士と言われている方だ。自分がルバロン殿に太刀打ちできるようになったのか、わたしが知りたいんだ」
ノルンは口をつぐみ、デボネアの傷の手当てに専念する。彼女が包帯を巻き始めたころ、ボブソンとともにカラドックが玉座の間に入ってきた。暴力沙汰は苦手だと広言する主人と異なり、3人もの死体を見ても眉一つ動かさないところは、余り商人らしくなかった。
「ええ、確かにランドルス枢機卿は解放軍によって倒されました。後は、この報告をマラノまで持ち帰るだけです。主人に代わって、御礼を申し上げます」
しかし、身体を2つに追ったその物腰は柔らかく、戦士にも見えない。一口に商人といっても、相手はいろいろだ。カラドックは荒っぽい顧客になれているのかもしれなかった。
「我々も用が片づいて一安心だ。君はこのままマラノに戻るのかい?」
「いいえ、ラモトレックに廻った主人を待たなければなりません。皆さんとお別れするのは明日になるでしょう」
「そうか。
ひとまず城を出よう。グランディーナのことだ、今日も野宿だと言い出すだろうからな」
「支配者のいなくなった城に泊まるわけにはいかないのかしら?」
「それには、まず、この死体から片づけなければならないだろうね」
ノルンは周りを見回すまでもなく眉をひそめた。
彼らが外に出ると、ラウニィーが待っていた。彼女が連れた2頭のケルベロスは、満足そうに寝そべっているが、近くに逃げ出した2人はいない。
「ラウニィーさま、逃げてきた者はどうされましたか?」
「この子たちの顔を見るなり悲鳴をあげてすっ飛んでいったわ。馬鹿馬鹿しくて追う気にもならなかったわよ」
「まぁ、そんな奴らなら放っておいても問題はありますまい」
「私たちはグランディーナや後続の人たちが追いついてくるまで、ここで待機しているようね」
「このままクリューヌ神殿まで行ってしまいたいところですがね」
「自惚れるものではないわ、デボネア。デニスと戦うことになったら、あなた一人の力ではどうにもならないわよ」
「やっぱり、かなわないと思いますか?」
「デニスは気持ちだけで戦える人ではないでしょう。あなたも解放軍の一員なのだもの、皆に相談してからでも遅くはないんじゃないかしら?」
「そうですね」
ソロン城からクリューヌ神殿は有翼人でも見えるような近さではない。だがデボネアは遙か北方に目をやり、古の神殿に立つルバロン将軍の姿を思い浮かべた。ゼテギネアでは珍しい褐色の肌に白髪は、四天王筆頭ということもあって、かなり目立ったものだ。ルバロンはライの海出身だが、そこにはボルマウカ人の血が混じった者が少なくないといわれている。彼らがライの海を去って久しいが、時々、ルバロンのように先祖返りをした外見の者が現れるそうだ。
そこでデボネアは天空の三騎士の1人、スルストを思い出した。彼は髪も肌も黒く、伝え聞くのみのボルマウカ人にそっくりだ。もっともスルストの場合は本物のボルマウカ人の可能性もある。彼は半神で、何千年も前の人間なのだから、そのころはまだライの海にも大勢のボルマウカ人がいただろう。
それはさておき、デボネアが四天王になったばかりのころ、腕試しといわれてルバロンとプレヴィア、それにヒカシュー大将軍と戦ったことがあったが、彼は大将軍とルバロンには一太刀も浴びせることができずに惨敗した。あまりに圧倒的な差に四天王を辞退することまで考えたが、大将軍に説得されて思いとどまった。親友のフィガロが同じような負け方をしたせいもある。
それからもルバロンやプレヴィアとは何度も手合わせしたが、ルバロンにはどうしてもかなわなかった。聞けばルバロンは若いころ、ディバインドラゴンという神竜を倒したことがあり、その血を浴びたために不死身になったのだと言われていた。プレヴィアも圧倒する強さに感嘆しつつ、そのルバロンさえ敵わないヒカシュー大将軍は、さらに雲上の人だ。
フィガロもデボネアも剣の道の奥深さを思い、いずれ極めてやろうと誓い合ったが、気がつけば、そのフィガロももういない。平和な良き時代だったのだと思って、デボネアはすぐにその過ちを正した。平和だったのはハイランドのみで、それもごく一部の恵まれた民だけに過ぎない。そのほかの大多数の人びとを虐げての偽りの平和、それがゼテギネア帝国を離れたいま、よく見えるようになったのだ。
デボネアは、とうとうルバロンに一度も勝てないままに帝国を離れた。
その四天王筆頭との戦いが目前に迫っているのだ。彼の気持ちは否が応にも高揚し、まだ敵わないのではないかかという恐れをも抱くのだった。
ところが、その後、ソロン城に現れたサラディンが、ラモトレックでグランディーナが消え、タルトの話から天宮シャングリラに連れていかれたらしいと話したので、解放軍は、そのままクリューヌ神殿に進むわけにはいかなくなってしまったのであった。
「トリスタン皇子とケイン、それにヨークレイフがいないというのか?」
ユーリアは頷いた。エレボスで突然、現れたと思ったら、トリスタン皇子が行方不明になったことを報せ、驚いたリーダーたちもグリフォンやワイバーンに乗ってソロンに向かっているというのだ。
「アッシュさまはひどく驚かれて、このことだけでもグランディーナに伝えるよう言われて、私を先にやらせたのですが」
「そのグランディーナ殿も行方不明ときている。サラディン殿、何か良い知恵は浮かびませんかな?」
ケビン=ワルドに話を振られ、皆の注目がサラディンに集まった。
「トリスタン皇子の行方は心当たりがないが、グランディーナはタルト殿によれば天宮シャングリラに呼び出されたそうだ。シャングリラに至るカオスゲートはアラムートの城塞の南方、砂漠のなかにある。そこから戻るのは時間もかかろう。グリフォンを迎えにやるべきだ」
「グリフォンって言ったって、この場合はエレボス以外に考えられねぇし、エレボスだけ飛ばしたってあいつを見つけられるわけもねぇから俺が行くってことでいいのか?」
「兄さんより私の方が速いわ。私が残るより兄さんが残った方が何かと都合がいいんじゃないかしら?」
「何かっておまえ、一人の時に襲われたらどうするんだよ?」
「もちろん逃げるわ。私の役目はグランディーナを迎えに行くことで戦うことではないのだもの」
カノープスとユーリアは睨み合ったが、とうとうサラディンが頷いたので、この問題は、それで決着となった。
しかし、もっと頭の痛い件が残っている。トリスタン皇子がどこへ行ったかということと、グランディーナも皇子も不在のいま、解放軍がどうすべきかということだ。
「クリューヌ神殿には行かない方がいいと思うわ。デニスは四天王最強、戦うことになったらデボネア一人では荷が重いもの」
「ラウニィー殿、そこまではっきり断言されると少し傷つきますね」
名指しされたデボネアは苦笑いしたが、彼女は笑いもせずに続けた。
「デニスはお父様からも3本に1本は取る人よ。私たちの誰が戦っても荷が重い相手だわ。グランディーナがどうするつもりかは知らないけれど何の対策もなしにクリューヌ神殿に行くのは早計に過ぎるわね」
「ではソロンに留まるというのですか?」
「そんなことまで、私が決めるわけにはいかないでしょう? みんなが揃うまで待つか、ほかの人が決めてちょうだい」
ラウニィーが振った話を受けたのはサラディンだ。
「ならば、ここでほかの方々がおいでになるのを待つとしよう。せめて影がいてくれれば皇子の行方もわかるかもしれないがな」
「そういやあ、ミルディンはどうした?」
「彼ならばライの海には来ていないはずだ。セウジト地方で別れたからね」
「あ、そう」
「ユーリア、いま発ってもそれほど進めぬだろう。発つのは明日にするとよい」
「ありがとうございます。支度もありますから、そうさせていただきますわ」
それで引き続きソロン城の近郊で野営を続けることになり、皆は支度を始めた。と言っても、昨日から同じ場所にいるので、することはそれほどない。せいぜい食事の支度ぐらいだ。
するとスティングがデボネアに近づいていった。
「デボネア殿、剣の稽古をつけていただけないでしょうか?」
「わたしがかい?」
「はい。ガルビア半島からずっと同じ小隊にいさせていただいて学ぶことは多いはずなのですが、なかなか上達しません。是非一度、お願いします。いえ! お疲れだったら、またの機会でいいのですが」
彼が申し出を引っ込めかけたのはノルンに睨まれたからだが、デボネアはすぐに応えた。
「そんなことはないさ。君たちがやる気なのに、わたしだけ疲れたなんて言えないよ。教えるなどおこがましい。わたしの方こそ君たちから学ばせてもらいたいな」
「是非、よろしくお願いします!」
スティングが喜び勇んで走っていったのを見てデボネアは立ち上がった。
「クアス、あなたは働き過ぎだわ。どうせ明日も移動なのだから今日はゆっくり休むべきよ」
「君は四天王を見くびるのかい? あれぐらい戦っただけで休むなんて言ったらフィガロにも怒られてしまうよ。それほど怪我をしたわけでもないんだ。せっかく彼らがその気になっているのに水を差すような真似ができるかい?」
「大丈夫よ、ノルン、私も参加するから。なんだったら、あなたは救急部隊として待機していて。怪我人の1人2人くらいは出るでしょうからね」
「ラウニィーさままで、そんなことを仰って」
すると彼女はノルンに、こっそりささやいた。
「本当はね、少し悔しいの。あのままデニスに会いに行かずに済んだことを安堵してしまったのが悔しいのよ。だから今日は本気でやらせてもらうわ。あなたが待機していてくれたら安心なのだけれど?」
「わかりました。でも、ほどほどになさってくださいね」
「任せて!」
ラウニィーが加わると日頃、彼女に羨望の眼差しを向けているポリーシャ=プレージたち槍騎士も稽古をつけてもらおうと参じたので一帯はすっかり賑やかになった。
「どうした、君が仲間に入らないなんて珍しいじゃないか」
ランスロットはカノープスの肩をたたいた。
「俺が入ったら主役をかっさらっちまうじゃねぇか。せっかくデボネアがやる気になったんだ。ここは譲ってやるさ」
そう言ってカノープスが皆の打ち合うさまを眺めたのでランスロットも、そちらに目をやった。
「まぁ、もうひとつ言えば、行って馬鹿騒ぎする気にならねぇんだ。サラディンは心配ないって言うし、あいつに限って万が一もねぇだろうけど、いるべき奴がいねぇとな」
「女神に呼ばれたんだ。危険はないだろう。それに彼女のことだ、引き留められたって帰ってくるさ。聖剣も持っているんだしね」
「そういやあ、腰にぶら下げたまんまだったな」
「珍しいわね、兄さんが何もしないなんて?」
「おまえまで、それを言うのかよ? 俺だって、いつでも主役をとりたいわけじゃないの」
「あら、自覚はあるってことね」
ユーリアの額を軽くこづきながらカノープスも黙って言われていない。
「そんなことより支度はもう済んだのか?」
「すぐに終わったわ。携行食糧と水、天幕と毛布、それだけあれば十分でしょう?」
「エレボスの分はどうするんだ?」
「町に寄って、都度、調達するしかないわね。エレボスの食糧まで積んだら重くなりすぎてしまうもの。保存も利かないし、それがいちばんいいと思うわ」
「ちぇっ。少しは俺の仕事も残しとけってんだ。ウォーレアイから飛ばしてきたんだろう? 大丈夫なのか?」
カノープスが立ってグリフォンの方に向かうのをランスロットとユーリアもついていく。
「心配ないわ、兄さん。今回は留守番させられていたから、すっかりくさっていたの。あんまり速く飛びたがるからアッシュ様たちを置いてこなければならなかったぐらいよ」
「へぇ。そいつは大したもんだ」
グリフォンは野営地の隅で休んでいたが、3人が行くとカノープスかユーリアの気配を察したものと見え、目を覚ました。
「今日はもういいんだぜ、飛ばなくても」
話しかけながらカノープスがくちばしの脇をかいてやると、グリフォンは頭の向きを次々に変えて、かいてもらいたい箇所をねだった。
「その代わり、明日から頼むぜ、エレボス。うちのリーダーを連れて来てもらわなきゃならねぇんだからな。大役なんだぜ」
グリフォンは、ますます甘えるように彼の手にくちばしをこすりつけてきた。
まったく、この兄妹の魔獣の馴らし方といったら大したものだとランスロットは、いつも感心させられる。獰猛なグリフォンも気難しいドラゴンも、この2人にかかると借りてきた猫だ。
「お前も本当に気をつけろよ。俺たちが勝ってるとは言ったって帝国軍の残党が、そこらにいないわけじゃねぇんだからな」
「わかってるわ。でもエレボスと一緒なんだから大丈夫よ」
カノープスは、まだ何か言いたそうだったが、そこで止めた。
「頼んだぜ、エレボス」
代わりにグリフォンに念を押したが、さすがの魔獣も眠そうに鼻を鳴らしたのみであった。
彼らが皆のところに戻ると剣と槍の稽古は相変わらず続けられていた。それは時折降る激しい雨に邪魔されながらも、互いに見えづらくなるまで続けられたのだった。
翌黒竜の月24日の昼頃、ギルバルドに率いられて各部隊のリーダーたちが到着した。
ユーリアはエレボスに乗って起床後、すぐに発ち、南下していった。サラディンはグランディーナがフェルアーナの神殿に召喚された場合、カオスゲートからアラムートの城塞、ダルムード砂漠を経由してくるだろうと予想していた。それでユーリアはライの海を南下していき、ダルムード砂漠からは街道に沿って飛んでいくことにしたのだ。
一方、アッシュたちと合流したサラディンたちは、これからどうするかの話し合いを設けたが、首脳部以外の参加は好ましくないと考えたので、デボネアとラウニィーは、またしても稽古に引っ張り出されることになった。
「こうなったら、どちらが先に倒れるか根比べだ」
「悲愴なことを言わないの。四天王だったあなたが聖騎士の私より先に倒れるなんて恥くらいに思ってほしいわね」
2人の話をノルンが心配そうに見守っている。
「もちろん、あなたより先に降参するわけにはいきませんがね」
「言ってくれるわね。だったら競争しましょ。先に倒れた方が残った方の言うことを1つ聞くの。どう、受けてくれる?」
「かまいませんとも」
ランスロットとカノープスは今日も稽古には参加せず、当然のような顔でリーダーたちの会議に混じっていた。
ルバロン将軍の強さは有名なので、グランディーナが不在の時に敢えてクリューヌ神殿を攻めようと主張する者はいなかった。それで話し合いの向きは収まったが、問題はその後だ。ユーリアを迎えにやらせたもののグランディーナが本隊と合流できるのは、いまのままだと20日ぐらいかかるだろうというのがサラディンの見立てだった。
「それに気にかかるのはトリスタン皇子の行方だ」
彼の言葉にリーダーたちはうなだれた。
トリスタン皇子が解放軍参加以前からの部下であるケインとヨークレイフしか連れていかなかったことは皆には少なからず衝撃的なのだ。皇子が本当に信頼するのは、その2人だけなのかと思わされたこともあったし、その2人でさえ皇子を止められないのかという思いもある。
「殿下がその2人を連れていったのは、よほどの緊急事態なのだろう。ならば陛下亡きいま、理由はひとつしか考えられぬ」
「ですがアッシュさま、その方は24年前に陛下とともに殺されたのではありませんか?」
マチルダの言葉にアッシュはギルバルドの方を見やった。このなかで24年前の惨劇に居合わせたのは彼1人なのだ。
「わたしは妃殿下のご遺体は確認しておりません」
その言葉に元騎士団長は頷いた。
「牢獄にも風の噂は届く。フローランさまは24年前のあの時、ゼテギネア帝国に捕らえられ、そのまま、どこかに幽閉されているのだと」
「では殿下はそのことを知って、そこへ行かれたのでしょうか?」
「おそらくは。だが、それがどこかわからんのだ」
皆は沈黙したが、ウォーレンが思い切ったように顔を上げた。
「シュラマナ要塞ではありますまいか? 殿下ほど慎重な方が、まさか少人数でゼテギネアやザナドュに行くとは思えません。クリューヌ神殿ならば、単独で行く必要はないでしょう。残る帝国の主要な拠点はシュラマナ要塞以外には考えられませんが、いかがでしょうか?」
アッシュは腕組みをしたまま黙っていたが、サラディンが頷いた。
「確かに消去法だと、シュラマナ要塞がいちばん疑わしいようだ。だが帝国が24年間も秘匿したものを皇子がどうやってお知りになったのだろうな?」
「リゲルめ! 殿下に余計なことを吹き込みおったか!」
アッシュがいきなり立ち上がったので皆は驚いた。その眼は怒りに燃え上がり、持っていたロンバルディアを鞘ごと地面に突き立てたほどだ。
しかし、ほとんどの者はリゲルの名を知らないので事情がわからない。元騎士団長がいつまでも彼について説明をしないのでサラディンが口を添える。
「もとは旧オファイス王国の暗殺団の者だ。ゼテギネア帝国に固執するプロキオンを討ち、トリスタン皇子に仕えることを選んだのだ」
「その者が殿下にフローランさまのことを教えたというのですか?」
「わしらでさえ知り得なかった妃殿下の居所を教えられる者に、ほかに心当たりがないだけだ」
「では我々もシュラマナ要塞へ行くべきではないでしょうか。殿下をお助けしなければならないのではありませんか?」
ポリーシャの言葉にウォーレンが困ったような顔で遮る。
「確信はありません、可能性が高いと思われるだけです。殿下がクリューヌ神殿やゼテギネア、ザナドュ、あるいは我々の知らない場所に行かれた可能性も否定できません」
それで皆は黙り込んだ。
しばらく発ってから発言したのはアッシュだ。皆、彼が言うのを待っていた節さえある。
「シュラマナへ行くとしよう。そこがいちばん殿下のいらっしゃる可能性が高そうだし、グランディーナが戻るまでここにいるのも愚かしいことだ。もしも、この判断が間違っていたのなら、わしが責めを負う」
「誰か連絡係を置いていた方がよくはありませんか?」
ギルバルドの提案にアッシュは首を振った。
「シュラマナへ行けば、たとえグリフォンとて、すぐに連絡はできまい。ならば人と魔獣を割くのは無駄というものだ。ウォーレアイに残った者とも合流して皆で発とうぞ」
それでも野営地をすぐにたたむというわけにはいかなかった。ソロン城の近郊には解放軍が百名近くいたし、天幕も立てっぱなしだったからだ。それにアッシュたちが着いたのも昼近かったので片づけ終えるまでに夕方になってしまっていた。
結局、天幕を畳んだまま、解放軍は明日、出発することになり、野営地には急に慌ただしさが漂ってきたのだった。