Stage Nineteen「漆黒の女王」

Stage Nineteen「漆黒の女王」

「それからのことは貴様らもよく知るとおり、妾は四王国を滅ぼし神聖ゼテギネア帝国を築いた。だが、それから24年も経ち、妾の治世にも綻びが生じておる。ローディス教国の脅威も、いまだ去ったわけではない。グランディーナといったな。我が手を取れ。麾下の反乱軍ともども我が僕となり、ともに帝国を支えていこうぞ」
「まだわからないのか、エンドラ。我々を取り込んだところで帝国の立て直しなどできはしないし誰も帝国の存続など望んでいやしない。帝国は倒されなければならない、それだけが人びとの恨みを晴らせるただひとつの方法だ」
「帝国を倒すだと?! 馬鹿も休み休み言うがいい、ゼテギネアまで来たぐらいで勝った気でおるのか? 妾には賢者ラシュディとガレスがおるのじゃ、貴様らなど、ひとひねりにしてくれる」
「奴らが来る気なら、あなたの命を待つまでもない。とっくにやってきて私たちを血祭りに上げているだろう。だが、いまだに奴らの気配もないということは、おおかた雲隠れでもしたのだろう。降伏しろ、そうすれば命までは取らない」
しかしエンドラは哄笑した。
「愚か者め! 神聖ゼテギネア帝国の女帝たる妾に向かって言うに事欠いて降伏しろだと?! ふん、そこな若造には見覚えがあるぞ。その派手な金髪、グランにそっくりじゃ」
「そのとおりだ! 我が名はフィクス=トリシュトラム=ゼノビア、亡きゼノビアの神帝、ホーライ、ドヌーブ、オファイスの方々の仇、ここで取らせてもらうぞ!」
「グランの小倅め、冗談も休み休み言うがいい! 我らハイランドはグランの野望を打ち砕き、能のない三王国ともども滅ぼしてやったまで、貴様などに恨み言を言われる筋合いではないわ!」
「まだ言うか! 暗黒道に染まった女帝が正義を唱えるな! 我が父と母の名誉、その漆黒の血で贖うがいい!!」
だがエンドラに斬りかかろうとしたトリスタン皇子は速攻で後ろから引きずり倒された。
「最初に言っただろう、この戦いはグランの弔い合戦ではないと。まさか、あなたはその意味を考えもせずに、ここまで来たというのか?」
「ならば君は、まさか最初から知っていたのか? その上でゼノビアの残党と手を組んだのか?!」
「だったら、どうした。言っただろう、利用できるものは何でも利用すると、あなたたちにも利用しろと。私はゼテギネアを5年離れていた。ウォーレンの誘いは、ちょうどいい機会だった」
「そんな大事なことを、なぜ皆に言わなかった?」
「言ってほしかったのか? 士気を下げるようなことを、わざわざ言う必要はあるまい。それにゼテギネア帝国を倒すには知る必要もない。真相はいずれ知られる。それまでに一面的なものの見方も改まるだろうと期待したが無理な相談だったか?」
「必要か、そうでないかは君が判断することじゃない!」
だが二人は、それ以上、話を続けられなかった。エンドラに氷の礫(つぶて)を浴びせられたからだ。
「妾を前に内輪もめとは余裕じゃな? だが事実を知っていながら、なぜ帝国に反旗を翻す? 聞けば貴様はハイランドの出でラシュディとも縁が深いとか、貴様はハイランドのために戦うべきではなかったのかえ?」
「自惚れるな、エンドラ。ゼテギネア帝国が守るに値するならば、それもあり得たろう。だが帝国は倒すべき存在だ。その始まりは同情の余地があったかもしれなくても悪政は言い訳できない。ゼテギネア帝国は今日で終わりだ!」
「世間知らずの小娘が大きく出たものよ! 妾がなぜ漆黒の女王と呼ばれているのか思い知るがいい!」
「無駄な抵抗はやめろ!」
グランディーナは突進したがエンドラには姿勢を崩されながらでも呪文を唱える技倆があった。
勢い余ってエンドラを押し倒したグランディーナの襟元からサードニクスが転がり落ちる。
それを見たエンドラの哄笑が高らかに響いた。
「何がおかしい?!」
「これが笑わずにいられるか、神の加護になど貴様が頼っているとは思わなかったからの!」
「神の加護?」
「ふん、その石をただの飾りだと思うておったのか。貴様が堕ちずにいられるのは女神の加護の賜物、だが、それもいつまで持つかな?!」
「くっ!」
エンドラの両手の爪がグランディーナの両腕に突き刺さる。グランディーナは逃れようとしたが、それらは容易に抜けず傍で呆然と見ていたトリスタン皇子には真っ黒な血が幾筋も滴るのが見えたような気さえしたほどだった。
だが周りの者の見え方は、さらに違っていた。
エンドラから発せられた黒い光が球状に大きくなってグランディーナを包むのと同時に、彼女の胸元から発せられた光が弾けてエンドラの黒い光を打ち消してしまったのだ。
「くっくっく」
「まだ笑うようなことがあるのか?!」
「逆じゃ。妾は、やはり神にはなれなんだ」
「当たり前だ。あなたも私も人として生き、人として死ぬ。そこに何の不満がある」
「だが人では神帝に勝てなんだ。だから妾は力を欲した、ハイランドを守るためには人ならざる力にすがるより手はなんだ。妾一人の犠牲で神帝を倒せるなら安いもの、まさかガレスまでそう思うておろうとは妾は気づきもせなんだ」
「気づいたのに遅いということはあるまい。ガレスとともにゼテギネアを去るというのならば、それもやぶさかではない」
「そんなこと、そこなグランの小倅が承諾すまいよ。それに妾はもう疲れた。
ヒカシュー、ヒカシューはおらぬか? 妾は動けぬ、寝所まで連れていってくりゃれ」
「父は討たれました」
そう言ったラウニィーの声音は自分でも驚くほど冷たく響いた。
「最後まで、あなたとゼテギネア帝国への忠誠を貫いて戦い、私に討たれました。逃げるなんて許さない、たとえトリスタンさまが許したって私はあなたとガレス皇子を許さない! 最後まで責任を取りなさい、それが女王の務めでしょう?!」
しかしラウニィーは話しながら気づいていた。エンドラの澄んだ湖水のように青い瞳から急速に光が失われていったことに。それで彼女は思わず差し出された手を鷲づかみにしたが、驚くほど冷たい手もまた力を失っていたのだった。
その時、エンドラの唇がわずかに動いたが声は聞こえず、ラウニィーは耳を寄せた。
けれども血の気の色を失った唇が二度と動くことはなく、エンドラは事切れていた。
神聖ゼテギネア帝国の呆気ない終焉であった。
[ − 戻 る − | − 続 く − | 目 次 ]
[ トップページ | 小 説 | 小説以外 | 掲示板入り口 | メールフォーム ]