Stage Twenty「暗黒の迷宮」

Stage Twenty「暗黒の迷宮」

「うわっ?!」
「くっ!」
デボネアとフォーゲルは突然の揺れに体勢を崩した。揺れは一度で終わるはずもなく、歩くのに支障がきたすほど続いた。
「なるほど、洞窟を模してはいるが、しょせんは偽物ということか。早く暗黒神のもとにたどり着かねば動くのもままなくなりそうだ」
「何かあったのでしょうか?」
「その前の揺れとは、まったく違うな。案じていたとおり、暗黒神が復活したのだろう」
「急ぎましょう、皆より先に着かなければ」
「威勢のいいことだ。暗黒神を恐れないか?」
「恐ろしくないわけがありません。ですが自分が遅れたために大切な者が傷つけられたり失われる方が、よほど恐ろしいです」
「良かろう。ならば急ぐぞ」
だが、その時、フォーゲルの前からスルストとフェンリルが現れた。
「フォーゲルさン!」
「フォーゲル!」
「おぬしたち、何をやっているのだ?」
「道に迷ったんですヨ。でも、あなたと一緒に行けば、もう大丈夫ですネ」
「うむ。だが2人とも用心しろ。暗黒神が復活しているのは気づいただろう?」
「ええ。グランディーナもサラディンもラシュディを止めることはかなわなかったのでしょうか?」
「それは行ってみなければ、わかるまい。だが楽観できる状況でないことだけは確かなようだ」
「では、急がなくてはなりませんネ」
「そのつもりだ。
デボネアよ、おぬしには少し辛いかもしれないが我慢してもらうぞ」
「覚悟はできております」
フォーゲルが先頭に立ち、スルストが続いた。次いでデボネア、しんがりはフェンリルだ。4人は数珠つなぎになって壁にめり込んだ。
身体中の細胞が異質な物と交わる感触にデボネアは悲鳴を上げそうになるのを懸命にこらえた。
だが、その気持ち悪さは彼の予想を遥かに越えていたし、かかった時間も想像していたのよりも長かった。そもそも岩の中を動くこと自体、バーサの加護を受けたフォーゲルだからできる荒業なのだ。
結局、デボネアは悲鳴を上げざるを得なかった。
けれども彼の声は岩盤に吸収され、誰にも聞かれなかったと思えたのは、せめてもの慰めであった。
ようやく岩を抜けた彼らが見たのは暗黒のガルフに勝るとも劣らぬ大きさの巨神だった。
ジャイアントよりも、さらに巨大な上半身は見るからに禍々しい気配を放っていた。下半身は滑稽なほど低く、両足には巨大なドラゴンの頭がついている。さらに背中から伸びた無数の触手が背後の壁に刺さり、〈魔宮〉内を彷徨う者たちを襲っているのだろう。
しかし、その胸にグランディーナが埋まっていようとは、さすがの三騎士も想像し得なかったし、デボネアも含めて、ただ絶句するしかない。
だが4人は、ほとんど同時に武器を構えた。暗黒神への恐怖よりも剣士としての本能が打ち勝ったのだ。
そして、それこそが彼らが、いの一番にここへ来た目的だった。
それは無造作に4人を踏み潰そうとした。
デボネアには目もくれず三騎士だけを狙っている。
それも道理、彼らの仕える太陽神フィラーハは闇の神々とは不倶戴天の敵同士だ。その地上での代行者たる天空の三騎士を暗黒神が受け入れるはずがなかった。
だが彼らだけの攻撃ではディアブロにはかすり傷一つ負わせることもできなかった。神と半神とのあいだには、それほどの歴然とした差があるのだ。ましてや、たかが人間たるデボネアの攻撃をや、だ。
暗黒神ディアブロは咆哮し、壁から抜いた触手が4人に襲いかかった。
「目を覚まして、グランディーナ!」
フェンリルの叫びが悲痛に響く。
しかしディアブロは返答の代わりに両方の足に座したドラゴンから炎と氷の息を交互に放った。
「このまま彼女ごとディアブロを倒すぞ!」
フォーゲルが叫び、デボネアとスルストが素早く対応する。
炎神ゾショネルと大地神バーサの力が交互にディアブロを襲った。遅れて水神グルーザの力も襲いかかる。
「ああああああっ!!」
「グランディーナ?!」
「諦めるのだ、フェンリル! 人が神の器に呑み込まれて助かるはずがない! たとえ生きていたとて彼女は抜け殻に過ぎん!」
「いいえ、弱々しいですが、まだ彼女の意識を感じます! ああ、ここにサラディンがいれば彼女を呼び戻せるかもしれないのに!」
暗黒神の再度の咆哮が響き渡る。それは〈魔宮〉に散らした眷属を呼び戻す効果をも持っていた。
〈魔宮〉シャリーアが揺れる。それは暗黒神との戦いが新たな段階に移行したことを知らせていた。
そのころ、トリスタン皇子とケインはウォーレンとカノープスに合流していた。その分というか、悪魔に襲われることも増えたが前衛をカノープス、中衛にウォーレンとケインという布陣は、よく機能し、トリスタン皇子を守るには十分なくらいだ。
しかし、それよりも彼らの足枷となったのは合流したころから始まった洞窟全体の震動だ。石が落ちてきたりしないのは、この洞窟が本物ではないからだろうとウォーレンは推測した。
だが揺れは彼らの足を縛り、あまり高さも広さもないためにカノープスさえ自由ではいられなかった。
「殿下、よくぞ、ご無事で」
「いや、アッシュが倒されてしまった。ケインの持つ十二使徒の証はアッシュの物だ」
「それは」
それでケインがいてアッシュがいないことに納得したもののウォーレンは絶句した。彼にとっては救出以来、良き相談相手であり、指針でもあったからだ。ゼノビア王国のありし日は、それほどつき合いはなかったが、いまとなっては数少ない昔を語れる相手だった。悼む気持ちは強かったのである。
「いまは、とにかく皆に合流しましょう。俺の視力でも、それほど見通せませんが」
トリスタン皇子は頷いた。それで一行はカノープス、ケイン、トリスタン、ウォーレンの順で進んだ。
「殿下、このような時に申し上げることでもございませんが魔法軍団長、お受けいたします」
「本当かい?」
「はい。殿下は何やら覚悟を決められたご様子、ならば、わたしも誠心誠意尽くさせていただきます」
「ありがとう、ウォーレン」
「ですので何があっても、ここから無事に脱出いたしましょう」
「そうだな。カノープスも引き受けてくれたし、あとはランスロットだけだ。アッシュ亡きいま、騎士団長を託せるのは彼しかいない」
「異を唱えるようですがデボネアでは駄目なんですか?」
カノープスの言葉にトリスタン皇子とケインは顔を見合わせた。
「もちろん考えてはみた。だが彼はゼノビアには残らないだろうと、わたしには思える。それに将軍にまで上り詰めたんだ、騎士団長くらいでは満足しないだろう」
「まぁ、俺も、あえてデボネアを推すわけではありませんが当然、名前はあがっていると思ったものですから」
「そうだろうな。もちろん強さだけで選べば適任はランスロット以外にいるだろう。だけど、わたしたちが騎士団長に求めているのは強さじゃない」
「なるほど。差し出がましいことを申したこと、お許しください」
「いや、君たちの懸念はもっともだ。ランスロットが承諾してくれないのも同じような理由なのかな?」
「それだけでもないようですが奴もアッシュの死を知ったら前向きにならざるを得なくなるでしょう」
「だといいのだがね」
同じころ、噂のランスロットは合流したギルバルドとともにラウニィーとノルンを助けて戦っていた。
悪魔は単体では、それほど強くない相手だが最上位のサタンは呪文を使うので手強い上、壁を貫いた触手がクラーケンの足どころじゃない太さだったのだ。
しかもサタンの呪文も触手の攻撃も十二使徒の証を安々と突破する。守りがなければ、もともと魔界の領域だ。彼らには圧倒的に不利だった。
その上、洞窟が揺れ始め、足下が不安定だ。思ってもみなかった状況に彼らは苦戦させられていた。
それに次々に、どこからともなく飛来する悪魔も面倒だった。倒しても倒しても、きりがない。
ようやくサタンを倒し、触手も引っ込んだ後では彼らは満身創痍となっていた。
「ラウニィーさま!」
「私よりランスロットを先に治療してあげて」
「はい」
ノルンの手は震えていたが手際の良さはアイーシャに勝るとも劣らなかった。
しかしランスロットの傷も軽傷ではない。彼は3人を庇って楯役に徹したため、どうしても傷も増えたからだ。
それでも彼は自分の戦い方に確かな手応えを感じてもいた。グランディーナのような超絶的な技巧もない、カノープスのように特殊な力もない、デボネアほど優秀な剣士というわけでもない。ランスロットなりに模索するうちに見つけ出した戦い方だった。
「何か良いことでもあったのか? 暗黒神の神殿にいるとは思えないような晴れ晴れした顔をしている」
「やっと騎士として自分の戦い方が確立できたと思えるようになったんだ」
「ほぉ」
「自分では騎士だと言ってきたし、そうあるべく行動してきたつもりだったが傭兵をしていたころの癖がなかなか抜けなくてね。ずっと気になっていた」
「おぬしは誰が見ても騎士だと思っていたがな。誰かにそんなことはないとでも言われたのか?」
「いや、アッシュ殿やヒカシュー大将軍を見ていると自分は、まだまだ甘いと思わされるんだ。その原因が、どこにあるのかと考えたら騎士としてより傭兵として過ごした時間の方が長かったことを思い出してね、それが迷いになっていたのだと思う」
「お二人が確かに最高の騎士であることは誰もが頷くところだろうが、わたしは騎士道とは、そんなに堅苦しいものではないと思っていたがな。まぁ、騎士道に縁もゆかりもない者の戯言だと思って聞いてくれ」
異論を唱えようとするランスロットを珍しくギルバルドが遮った。
父の名が出たがラウニィーは口を挟むことなく黙ってノルンの手当を受けている。
「わたしが、そう思うようになったのは魔獣使いとしてのあり方を考えるからだ。魔獣使いには決まった型というものはない。それぞれが自己流で、それぞれの思惑で魔獣を使う。魔獣にもグリフォンやワイバーン、ヘルハウンドにドラゴンもいるからな、使役の仕方はいろいろだ。カノープス、ライアン、ロギンス、ニコラス、カリナ、チェンバレン、オイアクス、誰に訊いても同じことはないだろう。それは多少は似通ったところはある。だが、まったく同じということはなくて、それが魔獣使いの個性であり、強みでもあり、また弱点でもある」
「弱点? あなたたちを見ていると、とてもそんなことは思えないが」
「それは解放軍の規律が緩いせいもあるのだろう。だがゼノビア以外の国で魔獣軍団がなかった理由が、そこだ。まぁ、オファイスやハイランドのように魔獣が養いにくい環境もあっただろう。だが条件はゼノビアとさほど変わらなかったホーライやドヌーブに魔獣軍団がなかったのは、魔獣使いが、そもそも規律に向いていないせいだ」
「ゼノビア王国の時代は、どうだったのだい?」
「戦のなかった時代のことしか知らないから一概には言えないが、わたしが軍団長になった時は軍団長次第という危うい組織だったな。ゼテギネア帝国に降った時、離反したのはカノープス麾下(きか)の有翼人ばかりだったのは何故だと思う?」
「あなたの意向に皆が従ったからではないのか?」
「だから、その判断が危うい。リーダー次第で意向が変わるような組織は安定しない」
「逆に騎士団はそうではなかったと?」
「少なくともゼノビアではそうだった。だからアッシュ殿がグラン王を暗殺したと言われても戦おうとした騎士が少なからずいたのだ。グラン王、騎士団長、副騎士団長も不在では統率できる者もいなかったから戦いようもなかったし、ハイランド軍に敗れるしかなかったのだがな」
「どちらにも一長一短あるのだな」
「だから、おぬしの傭兵としての経験が生きると言うのさ。アッシュ殿ともヒカシュー大将軍とも違う騎士団を、おぬしなら作れる。そうではないか?」
「そんな大それたことが、わたしにできると思っているのか?」
「いいえ、あなただから、しなければならないのよ」
「ラウニィー殿まで何を言うのです」
「では、あなたはエンドラさまの過ちを正さずにエンドラさまに殉じたお父様を正しいと思ったの? いいえ、正しいなんて誰にも思って欲しくないわ。だからゼテギネア帝国は誤った道を進んだのよ、ほかでもない、お父様こそエンドラさまの過ちを正さなければならなかったのに!」
「わたしに、そんな資格がありましょうか? 自らの過ちさえ見過ごしているかもしれない未熟者だというのに」
「自惚れないで。人は皆、未熟者でしょう。完全な人間などいないから互いに過ちを指摘し、直していかなければならないのでしょう? そのための騎士団であり、そのための騎士道だわ。主君の言うことに、ただ従うだけの騎士道など、新しい国にあってはならないのよ」
「クアスも、そうしたけど退けられたのですわ。ランスロット、あなたにはそうする勇気があると思うからラウニィーさまも仰るのではないかしら?」
「ノルン殿まで、そのようなことを」
言ってから彼は顔が火照るのを感じた。いつもいつも何かが足りないと思っていたのに皆の見方は、そうではなかったらしい。そのことに気づかなかったのが恥ずかしくもあり照れくさくもあった。追いつこうと憧れ続けたアッシュの背に、いつの間にか並んでいたことが驚きでもあった。
「光栄です、あなた方に、そのように思っていただけるのは。わたしも国を背負う覚悟ができました。騎士団長位をお受けしようと思います」
「ええ、ぜひ、そうしてちょうだい。
さあ、そうと決まったら、こんなところでもたもたしていられないわね!」
「そうですな。
守りは任せるぞ、ランスロット」
「もちろんだ!」
4人に、またしても悪魔と触手が襲いかかってきた。
だが彼らは先ほどよりも手際よく、これを退けて先に進んだのだった。
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